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6.妙案

13:22 警視庁


『また連絡する』

 そう言って、相模は一方的に通話を切った。

 相変わらず慌ただしい。彼の性格がそうさせるのか、同じ場所にじっとせず駆け回る。

 相模との電話で聞いた、一般の協力者を気の毒に思った。きっと、大変な目にあっているだろう。

「ま、余計なお世話かもな」

 五十嵐は自身のスマホをしまい、捜査本部へと戻った。

 人で、溢れかえった。

 無線の声。電話のコール。足早な足音とともに書類の束が移動する。

 ムダな動きだと、五十嵐は感じずにいられない。

 旗振り役が目的地を定めないなら、どんなに忙しく動こうとも徒労へと変わる。

 事件当初の朝とは違った。

 あの時は前に進もうとしていた。今は、足踏みしている。

 五十嵐は足を止めた。少しだけ周囲を確認する。目的の人物は、自分の席に座っていた。

「輪島本部長」

 机に肘をついて考え込んでいた輪島は顔を上げる。

 疲れていると言うより、苦しそうだった。

 事件の重さに押し潰されそうな、いや、もっと重たいものを背負わされたような、血色の悪い顔だ。

「どうした?」

「相模からの情報です」

 五十嵐は感情を呑み込んで、冷静に言葉を並べた。

「容疑者の秋月圭介ですが、何者かに拘束され、強要されている可能性がある、と」

 ここで、輪島の様子をうかがう。

 一蹴されるかと思ったが、黙って耳を傾けていた。

「今まで出題されたクイズの答えが、拘束や隠蔽に関連している内容だ、そうです」

「アイツめ……」

 輪島は苦々しく愚痴をこぼすも弱々しい。

「で、相模は?どこにいる」

 五十嵐は肩をすくめた。

「で、どうします?ヤツのカンを信じますか?」

 返事は返ってこない。ただ、輪島は口を結び、黙りこむ。

「……」

 突拍子もない、と拒絶しなかった。だが、賛同するわけでもない。

 ただ何も言わず、肘を置いて手を組む。

 五十嵐は違和感を覚えた。普段の本部長なら即断するはずだ。

「本部長」

「……少し待て」

 本部長は遮ると立ち上がり、重そうな身体を引きずって本部を出ていった。

「どうしちまったんだ?」

 上司の背中を見送りながら、五十嵐は舌打ちした。

「あんなにやる気だったのに。まるで別人のようだ」

「いや。単に元へ戻ったんだろ?」

 近くの同僚が、いら立つ五十嵐を宥める。

「捜査よりも出世レースにご執心だったし。あの人」

 確かに所内では有名な話だ。

 だからって、いや出世レースに乗れるからこそ、無能であるハズがない。

「オマエ、ずっと本部詰めだっろ?ナニがあったのか、知らないのか?」

「いや、ゼンゼン」

 同僚は首を振った。

 嘆息と共に、五十嵐は輪島が出ていったドアを見る。

 ぽっかりと開け放たれた出入り口は、昼だというのに薄暗い。

 追いかけたほうが良いか。

 五十嵐は一瞬だけ考え、やめた。

 あの様子では逆効果。窮地に立たされた上司を、さらに追い詰めることになりかねない。

 ならばひとりにさせたほうが良い。

 なに、彼もバカじゃない。最善の選択をするだろう。

 そう、信じて疑わなかった。




13:30 警視庁


 五分ほど過ぎて、輪島は戻ってきた。

 出ていった時より暗い影を差した、血色の失った顔だった。

「本部長」

 五十嵐が詰め寄ると、上司は無視した。

「本部長っ」

「さっきの話は、聞かなかったことにする」

 輪島は五十嵐を見ず、重く口を開く。

「相模は部外者だ。部外者の発言は、公式記録には上げられない」

 どこか、事務的だった。感情がない分、異様だった。

「現時点では裏付けのない憶測だ。そんなものを伝えたら、現場はさらに混乱する」

「正気ですか?」

 五十嵐は食い下がった。

 先ほどの退席は、情報を吟味するためではなかったのか。本部長だって、現状の捜査に問題があるのは分かっているはず。

「それより、事件現場の状況はどうなっている?」

「あ……ハイ」

 輪島の冷たい問い掛けに、五十嵐は抗議の言葉を飲み込んだ。無意識に背筋を伸ばす。

「3回目と4回目の現場に、大量の爆発物が隠されていたのを発見しました。ビルの中です」

 報告するも、輪島の反応はない。

 五十嵐はさらに続ける。

「現在、周囲2キロの範囲を封鎖。爆弾処理班に処理を依頼しています」

「そうか……」

 輪島は顎を撫で、他人事のように小さく頷いた。

「爆発物を無力化でき次第、ビルの管理者に事情聴取しろ。過去に遡って、詳しく」

「本部長っ」

「いいな?」

 輪島は首を少しだけ動かし、双眼を五十嵐に向ける。

 鋭かった。

 反論を受けつない、威圧的な眼光。どこか感情を失った目だった。

「り、了解しました」

 あんな目を向けられては、敬礼するしかない。

「……頼んだぞ」

 直立不動の五十嵐の肩に、輪島の手が下りた。そのまま自分の席を通り抜け、会議室の奥へと姿を消す。

 残された刑事は、触れられた肩の不自然な冷たさに、思わず身震いした。

「またか」

 ため息が、本部内の喧騒で掻き消える。

 最初、容疑者である秋月の捜索だった。

 なのに、舌の根も乾かないうちに、爆発現場の現場検証へと優先度が移った。

 そして今、爆発物のあったビルの管理者への事情聴取へと方針が変わる。

 すべて、本部長の一存で。コロコロと対象を変えられては、進む捜査も進まない。

「体勢を組み替えないと」

 今日だけで何度目になるのだろう。腰に手を当て、ガチガチに凝り固まった首をゴキリと鳴らした。

 少しだけ、相模が羨ましい。

 組織のしがらみから外れ、己の信念だけで捜査できる同僚。今の自分には眩しく見えてしまう。

「組織人としては、どうかしてるがな」

 五十嵐は誰にともなく呟き、気持ちを切り替えるように自身の頬を軽く叩く。

 捜査本部は、また動き始めた。

 秋月の拘束という仮説は、もうどこにもない。別の捜査の流れに、すべて塗り替えられた。




13:35 パトカー内


 相模は口を閉ざしたまま、工藤の顔を見る。

 工藤もまた、相模から視線を外さなかった。

「それは、どんな?」

 相模が喉を鳴らし、短く問い返す。彼の言う妙案がどんなものか、確認せずにはいられない。

 だが、すぐには答えなかった。

 相手は真一文字に口を結び、唇の前に指を当てる。眉間には深いシワ。

 頭の中にある混沌とした思考を、どう伝えるか整理しているようだった。

「秋月さんは、オレの動画サイトを知ってます」

 出だしは、短い前置きからだった。

「唯一コメントを残した人が、秋月さんでした」

 相模は聞き漏らすまいと、真剣に耳をかたむけた。彼なりに、工藤の話を把握しようとしている。

「それで?」

「コメントを残すってコトは、チャンネルを把握してるってことです」

 工藤の瞳の奥が、頼りなくもわずかに揺らいだ。

「把握してるなら、今も、どこかで見てる可能性があります」

 工藤は早口で言葉を重ねる。自動書記のように淀みなく。

「だとしたら、コッチからもメッセージを送れます」

「だが……」

 相模は初めて、戸惑いを見せた。

「秋月の所在は不明だ。どうやって連絡を取るつもりだ?」

「コレで」

 質問に、工藤は自分のスマホをかざした。

「最新のは画素数も億を越えてますからね。配信にも十分、使えます」

 口角がわずかに上がる。配信者の面目躍如、と言わんばかりに。

 どこから湧くのかわからない自信を前にして、相模はしばらく固まった。やがて、大きく息を吐く。

「悪いけど、賛成できない」

 まっすぐ工藤を見据えながら、語気を強くした。

「配信で秋月の名前を出せば、すぐに情報は拡散する。容疑者と決まってないのに、名前を公表するのは危険だ」

「名前は出しません」

 即答する工藤。あらかじめ反論を想定していたかのような滑らかさだった。

「問題の形に、メッセージを隠します」

 少し間を置いて、付け加える。

「秋月さんと同じやり方です。これなら、秋月さんだけが気付けるでしょう」

「彼が、今もネットを使える状況にあるとは限らない」

 相模は懸念を口にした。

「拘束されているなら、端末を持ってない可能性もある」

「そんなの、最初からなかったでしょ?」

 反論に対し、工藤はウインクで返した。

「秋月さんのクイズも、オレに届く保証なんてなかったハズです。それでも、送ってきた」

 どこか楽しげに、かざしたスマホを左右に振る。

「だから、オレも送ります」

「……身勝手だな」

 相模は目を伏せた。

 まるで、自分を中心にして世界は回るような口ぶり。王様を気取る言動に、思わず閉口してしまう。

「だが、他に手はない、か」

 正直、不安要素が多すぎた。だが、止める理由もない。

 なにより、ただクイズを解いて爆発を食い止めるだけでは、秋月にたどり着けない。

 事件の解決には、別の手段が必要だ。彼の直感が、そう訴えていた。

「分かった。ただし、条件がある」

 相模は工藤から視線を外さず口を開いた。

「配信中は、俺が横にいる。問題が起きれば、すぐ止めるぞ」

 渋々ながら承諾する。工藤はイタズラっ子の笑みを浮かべた。

「オーケーっス。じゃあ、準備を」

 言いながら、自分のスマホを相模に差し出す。

「コレは?」

「悪いっスけど、撮ってもらってイイですか?」

「えっ?」

 突然の申し出に、相模は目を見開いた。

「三脚を使えれば良かったんですけど、車内じゃ取り回しが悪くて」

 悪びれず、工藤は話を続けた。さも当然という素振りで。

「配信開始の操作は、録画するのと同じなんで。分かりますよね?」

「お、おう……」

 顎を引きながら、相模は応じる。応じるしかなかった。

 額には、ひと筋の冷や汗が流れる。

「じゃ、合図したら開始してください」

 有無を言わせぬ指示の後、工藤は目を閉じた。

 禅を組むように、静かに息を整える。狭く静かな車内で、意識を集中させた。

 これから始める配信の、構成を練っているのかもしれない。

 無気力だった姿とは正反対の、活力ある姿。相模は驚きを隠せない。

 時々、素人の動画を目にしたことがある。

 どれも、思考するのを放棄していた。

 動物が生命活動するのと同じで、本能だけで言葉を発するものばかり。思慮のない言葉の羅列。

 結局は、同じような事をするのだろう。高をくくっていた。

 だから、なぜこんな準備が必要なのか。理解が追いつかない。

(いや、違うな)

 しばらくして、相模は思い直した。

 今から工藤が行うのは、不特定多数に対しての動画ではない。

 秋月に、隠したメッセージを届ける。たったひとりに届けるための配信なのだ。

「よしっ」

 工藤は目を開け、相模に合図を送る。

 相模は、配信ボタンを押した。


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