4.答えと問題
12:00 駅前
一読しただけで良かった。考えるより先に、答えが頭に転写される。
後は解答台を見つけるだけ。工藤は頭を左右に振り、目的の場所を探す。
あった。
駅の改札口。奥に灰色の公衆電話がある。
向かおうとした瞬間、腕を掴まれた。
相模の手だった。
「どこへ行くんだっ」
尋ねる声は緊張で張りつめている。彼にとって初めてのクイズ。
工藤は公衆電話を指さした。
「どこって、答えるんですよ」
「あそこは危なすぎるっ」
引き止める力が強くなった。真剣な目のまわりが険しくなる。
何かあったら逃げ場はなくなる。爆弾の場所が分からない今、そのまま押し潰されるかもしれない。
工藤は少しだけ間を置いた。
「じゃあ。なんで連れてきたんです」
怒鳴らない。声も荒げない。
ただ確認するように。静かに問いかける。
「そっ、それは……」
矛盾を突かれた相模は黙り込んだ。
何かを言おうとして、何も言えない。
『命に変えても絶対に守る』
さっき言った言葉に、偽りはない。だから危ない、と止めた。
だが、あの場所に行かなければ爆破は止められない。
「今頃、気づきました?」
工藤は意地悪そうな顔を相模に向ける。ほんの一瞬、つかまれた腕から力が抜ける。
腕を振り回すと、戒めからすり抜けた。そのまま、一目散に走り出す。
考えてやったわけではなかった。体が先に動いていた。
本音を言えば、今すぐ逃げ出したい。心臓がバクバクいっているのは、走っているからだけではない。
怖い。
だけど、何より答えに揺るがない自信があった。
高架の下に潜り込み、改札口そばにある公衆電話へ走り込む。
周囲には誰もいない。
少しガッカリした気持ちを堪え、工藤は受話器を取った。
「答えは?」
「マネジメント・オーバーライドっ」
言い切ると同時にスクリーンを見る。
モナ・リザの下にある問題文が『正解』の二文字に置き換わった。
全身からふっ、と力が抜けた。
へたり込む寸前、また腕をつかまれる。
支えてくれたのは相模だった。あとを追ってくれたのだろう。
「良くやった」
相模の称賛に、工藤は力の抜けた顔で笑おうとする。
でも、笑いきれなかった。
ついさっき「危なすぎる」と言った口が、もう「良くやった」と言っている。
どこまで、この刑事を信じてよいのだろうか?
12:02 駅前
公衆電話にもたれた工藤に、相模が肩を貸す。
遠慮したかった。が、無理に担がれる。
「イイっすよ。歩けます」
「コッチのほうが早い」
噛み合わない会話を繰り返しながら、駅前のロータリーへと連れ戻された。
さっきの警察官がふたり、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。
「周辺の警戒はそのままに。あとは本部の指示を仰いでくれ」
相模は立ち止まり、テキパキと指示を飛ばす。
「相模さんは?」
「次の場所に向かう」
「………………マジで?」
工藤は疲れ切った顔を相模に向けた。
彼に安堵などしていない。凛々しく引き締まった輪郭を前に向けている。
すでに次を見据えている、そんな横顔だ。
「向かうって……車は捨てちゃいましたし。アソコまで戻るんスか?」
無我夢中でかなりの距離を走った。感覚値とはいえ、あの場所まで歩いて戻る気がしない。
相模は横目で工藤の顔色を確認すると、改めて警察官に向き直った。
「パトカーを貸してくれ」
「えっ?それは、構いませんが……」
警察官が腰からキーを取り出す。相模の手にわたるのと同時に、別の警察官が駆け寄ってきた。
「相模刑事っ、本部からです」
息を切らせながら、携帯式の無線機を渡す。
初めて、相模の口から重いため息が漏れた。
「代わりました」
『なに勝手なことをやってるっ!』
スイッチを入れた瞬間の一喝。そばに居る人間にも聞こえる大音声だった。
『オマエは今回のヤマから外れているだろう!今すぐ勝手な操作をやめて本庁に戻ってこいっ!』
無線のスピーカーが割れそうな金切り声に対し、相模は一拍を置いてから声を張る。
「現場百遍が捜査の基本でしょう?なぜ現場に本庁の人間がいないんです?」
『だからって、本部に連絡ひとつ入れず動き回るヤツがいるかっ』
「そんな時間、どこにあるんです?」
相模は負けずに言い返す。
「市民の生命がかかってるんですよ?」
重い言葉に工藤の背筋に冷たいものが流れる。
自分がやった行動に、誰かの生命が知らないうちにベットされていた。
もし、あの時。答えを間違えていれば。
『状況は聞いてるぞ。一般人を連れ回しているそうだな』
「善意の協力者です」
きっぱりと、相模は言い切った。
「彼にクイズを解いてもらっています」
工藤は苦い顔を作り上げた。
善意ではない。なりゆきで、巻き込まれただけ。彼はそう信じて疑わない。
『だがな……』
「会議ばかりしてないで、現場に来てくださいっ」
警部の言い淀んだ隙間をついて、相模は声を重ねた。
「本部のイスに座っているだけじゃ、解決できる事件も解決できない。助けるべき人間も助けられない。違いますか」
怒鳴っていない。懇願でもない。
最後は問いの形をしていたが、答えを求めていなかった。相手も分かっている、と知っていて言っていた。
「捜査は続行します」
無線での会話は、そこで終わった。
相模が自分で切った。
12:10 駅前
借りたパトカーは、駅前から少し離れた場所にあった。それが功を奏したか、車道に障害物は見当たらない。
工藤は相模の後ろをついていった。自分でなぜそうしたのかは、よく分からない。
すぐに出発するのだろうと思ったのだが、違った。
「くっ」
相模がシートにヒザを乗せ、ダッシュボードの下へ手を伸ばした。力まかせに引き抜く。
刑事の指の間から細い配線が数本、ちぎれた形でこぼれた。
「これで、本部からは位置を追えない」
工藤は相模の満足そうな横顔を見た。
「今、規則を自分で壊しましたよね」
「ええ」
相模はすっきりした顔で微笑んだ。改めて運転席に座り直し、エンジンをかける。
「さぁ、行きましょう」
反射的に助手席に座り込み、シートベルトをかける。
パトカーは静かに走り始めた。エンジン音も聞こえない、静寂性の高い車内。
妙に、ふたりの呼吸音が気になってしまう。
「……なんで」
工藤は口を開いた。
相模に向けた問いかけではなかった。頭の中にある何かを、外に出してみた感じだった。
「こんな回りくどいことをしてるんですかね?テロを起こしたいんだったら、もっとシンプルにやればいいのに」
相模が前を見たまま問い返した。
「愉快犯だと思いますか?」
「どうですかね。でも、問題が素直すぎるんスよ」
工藤は真上を向く。天井以外、何もない。
「問題ってのは、意地悪しようと思えばいくらでもできる。ですが問題とか」
「なるほど。それで?」
相模は運転しながら続きを促す。
「そうでなくても、解答が複数ありそうな問題を出されたらお手上げです。絶対に爆破されます」
おどけるように、両手を上げる。すぐに下ろした。
「なのに、しない」
少しばかり間が空いた。
工藤が話した内容を、プロの捜査官として精査する時間が必要だった。
「つまり」
と、相模が言った。
「出題者は正解させることを望んでいる、と?」
「にしては、問題のレベルが鬼ですけどね」
工藤は肩をすくめた。
正解させたいのは正しいのだろう。
だが、誰にでも解かせたいワケではない。
なにより、間違えたときのペナルティが重すぎた。
「なぜ」
ぼんやりと、工藤はつぶやいた。
「こんなコト、するんだろ?」
何かが引っかかっている。それが何かは分からなかった。
無言が、高架線に沿って走り抜ける。
工藤はふと、別のことに気がついた。
「1回だけ、と言ったのに……」
すでに約束は果たしている。だが、帰れていなかった。
同刻 首相官邸
静かだった。
窓のない応接室。少しだけ薄暗かった。外の音は届かない。
間接照明が、書類の角を淡く照らしていた。
首相である岡崎一郎は、険しい顔で手にした書類を睨む。
やがて視線を上げ、向かいに立つ補佐官の佐伯正隆を見た。
「向こうの反応はどうだ?」
「相手国の警護チームから、一刻も早い事態の収拾を希望されています」
佐伯の声は落ち着いていた。
「状況によっては、会談前に帰国も辞さない、と」
「まったく」
岡崎はメガネを外し、目頭を強くもんだ。
政治家としては、まだ若い。と言っても、妖怪がはびこる中で白髪が目立ち始めた年齢だ。
「警備の強化はどうなってる。大丈夫なのだろうな」
メガネをかけ直しながら、佐伯に鋭い眼差しを投げかける。
「先ほど、特別警戒態勢を敷くよう指示しました。会場周辺の警備も最大限強化しております」
「結構」
冷たい声の報告に、岡崎は満足そうにうなずいた。
「で、肝心のテロのほうは片付いているのか?早く収めなければ、相手の不信はさらに増す」
「警視庁には最優先で解決するよう、発破をかけています」
佐伯の解答に、岡崎は渋い顔を作った。
「聞いた話では、スクリーンをハッキングしてクイズを出しているらしいが」
岡崎は言葉を切り、非難するような目を佐伯に向ける。
「それを、どうにか止められんのか?」
佐伯は表情を変えなかった。
「通信を遮断した場合、爆発物が連動型のデッドマンズスイッチで起爆する可能性があります」
「デッドマンズスイッチ?」
聞き慣れない言葉に、岡崎の片眉が跳ねた。
「なんだね、それは」
「死亡判定した際に起動する、ブービートラップのようなものです」
表情ひとつ変えず、佐伯は質問に答える。
「今回の場合ですと、遮断した瞬間に未発見の爆弾が連動し、起爆する可能性があります」
「……そうか」
岡崎は力なくソファに身を預けた。
「他にも、遮断できない理由があります」
佐伯は続けた。
「犯人特定のため、逆探知するには通信網を維持する必要があります。現時点での遮断は危険と判断されています」
「分かった。任せる」
重苦しいため息とともに、突き放すように言った。
「とにかく。日本のメンツにかけて、警備と事件の早期解決に全力を注ぐように」
命令を言い終えるが早いか、岡崎の思考はすぐに次の、より切実な問題へと飛び火する。
「あと、中緑の連中にも、早まらないよう説得を続けてくれ。帰国したら、さらに両国の関係がこじれる」
「分かりました」
「頼んだぞ」
ねぎらいの言葉に、佐伯は一礼した。
「引き続き、すべての調整は私が」
岡崎はその言葉を疑わなかった。




