2.初めてのバズ
11:00 警視庁
警視庁内に設置された特別捜査本部。内部の状況を一言で表すなら、混乱だった。
電話の声とキーボードの音、報告の言葉が無遠慮に重なる。
白板に大きく張り付けられたのは、都内をあまねく記した白地図。第1回・第2回の爆発地点に赤いシールが打たれていた。
時系列が走り書きされていたが、空白の方がずっと多い。
情報は来ている。
だが、適切に内容を把握し、適切に処理する人間が居なかった。
机上に散乱したメモや書類の上で、大きな声で報告と命令が飛び交う。
怒鳴り声はないが、切迫感で尖っていた。静かな混乱、という矛盾をはらんだ状況。
「で?」
本部長の輪島は書類を手に持ったまま、渋い顔で部下からの報告を聞いた。
立ったまま。座る時間ももったいない。
「爆発の残留物から成分の解析を依頼してます。結果が出るまで数日かかる見込みです」
「んなこたぁ、分かってる」
刑事の報告に、輪島は悪態をついた。
「角度を変えて当たれ。ビル1棟を吹き飛ばす量だ。どこかで絶対、ボロが出る」
言葉を濁す部下を睨みながら、輪島はネクタイを緩める。
「他には?」
「現場周辺の通信履歴から、大型ビジョンに侵入した発信元を特定できました」
「なんだって?」
輪島が初めて、いら立ち以外の声を上げた。
「場所は?特定できたのか?」
「それが……」
質問に、刑事は言葉を濁す。
「匿名ネットワークを使用し、複数のサーバーを経由した痕跡が。
完全な場所の特定には時間が必要です」
輪島は唇を強く噛みしめた。
「もっと急がせろ。どうにかして証拠をつかめ」
「それですが、警部」
上司の指示に、隣に居た刑事が口を挟む。
「通信情報から、出題者と思われる人物は特定できました」
「なんだって?」
「秋月圭介。クイズ作家です。現在の所在地は不明。自宅を確認しましたが、もぬけの殻でした」
また別の捜査官が話を引き継いだ。
「残っていた端末を確認したところ、不正アクセスの痕跡がありました。現在、詳細を確認中です」
「ふむ」
新たな情報に、警部は腕を組む。手にしていた書類にシワがついた。
「今のところ、その秋月が第一の被疑者だな。関係者は洗ったのか?」
問いかけに、相手は首を横に振った。
「またか……揃いも揃って、なにも分かってないじゃないか」
輪島は天井を仰いだ。視線を戻したとき、その目には疲弊と苛立ちが半分ずつ入っていた。
「とにかく、各方面に捜査を広げてくれ。秋月の関係者を特に、だ」
「爆破事件の対応はどうします?」
一番若い刑事、東が話を割り込ませた。輪島をまっすぐな目で見つめる。
「次の爆破があるんじゃないかって、みんなピリピリしてますよ。
犯行の予告もないですし、各署も情報を欲しがってます」
「そこは現場に一任しろ。犯人の特定が先だ」
「応援の要請を無視するんですか?」
「無理なものは無理だ!」
輪島はうめいた。
結論は出ていた。それを最初に口したのが誰か、という話だ。
「本部だって問題が山積みなんだ。現場内でどうにかしてもらうしかない」
手にした書類を机に置き、目元を押さえる。
居合わせた者たちは誰もが押し黙った。
捜査本部が設置されてわずか数時間。なのに、灰色の大部屋には徒労感が重く立ちこめる。
「相模は?」
沈黙を断ち切るように。年長の刑事である志村が名前を上げた。
「アイツなら問題ないでしょう?」
名案だと言うかのように、明るい声で手を打ち鳴らす。
だが、輪島の眉はへの時に傾いたまま。渋い。さらに渋い。
「アイツは駄目だ」
ひねり出すように。輪島の喉からしゃがれた声が漏れる。
「なぜ?同じ刑事でしょう?」
「スタンドプレーが多すぎる。こんな忙しいのに、誰がヤツの手綱を握るんだ?」
上司の指摘に、横に並ぶ刑事たちにも少しの動揺が広がる。
「ですが、嗅覚はたしかでっせ」
「そんなもん、ワシだって分かってる」
「……警部っ」
「みなまで、言うな」
食い下がる部下に、輪島は書類を机に投げ出した。空いた手で揺らいだ身体を支える。
悪意があるわけではない。
だが、「分かっている」と「だから使う」は、別の話。
組織の規律を守ろうとする管理職の本能が、そのまま言葉に出てしまった。
「そこまで言うなら」
呪いを吐き出すように、輪島は言葉をつなぐ。
「相模に連絡を入れてみろ。話はそこからだ」
刑事のひとりが端末を取り出した。すぐに操作を終えると、耳を当てる。
待つ間も室内の声は止まらない。役に立つかも分からない、別の報告と確認。静まるヒマもない。
「……出ません」
誰の口からも、大きなため息が漏れた。
「そんな顔している場合じゃないぞ」
唯一、吐息を出さなかった輪島が手を叩く。
「それぞれの捜査に戻れ。何かつかみ次第、連絡しろ」
「爆破事件について解決してませんが……」
「いいから、自分たちの職務を果たせ」
納得できない刑事に、輪島は頭をボリボリと掻いた。
「だいたい、今日だけで2件も爆破事件が起こったんだ。そう何度も……」
「3回目の情報が入りました!」
ドアを吹き飛ばす勢いで最後の捜査員が飛び込んだ。良く通る声が、部屋の隅々に響き渡る。
室内の音がいったん止んだ。電話口の声も、キーボードの音も。
輪島の顔が一気に青ざめ、唇を閉める。
「また駅前で、クイズが出題されました。しかし……」
「しかし?」
「前回までとは異なり、爆発は起きていません。代わりに、スクリーンには正解の文字が表示されました」
誰もが目を見開いた。
捜査本部の空気が固まった。音ひとつ鳴らさず、近くの者同士で顔を見合わせる。
「それは、アレか?」
輪島がゆっくりと、飛び込んできた捜査員に顔を向ける。
「誰かが、クイズを解いた、ってコトか?」
言葉を区切りながら、確認するように。
輪島の質問には、誰も答えなかった。もと居た刑事も、飛び込んできた刑事ですら困惑の表情を浮かべて固まったまま。
「いったい……誰が解いたんだ」
問いは宙に浮いた。
11:20 駅前広場
駅前に救急車が3台、サイレンを鳴らして侵入してきた。
かと思えば、担架に乗せらせた怪我人を吞み込み、大あわてで立ち去っていく。
そしてまた、次の救急車。
繰り返されるピストン輸送。そのたびに野次馬が押し返される。
気づけば、クイズの出題から20分が経っていた。
駅前を囲うように規制線が張られ、制服警察官が人の波を外側へ外側へと追い立てていた。報道のカメラが何台も回っている。
マイクを持ったアナウンサーがしかめっ面で大声を張り上げていた。
パニックで逃げた群衆が、将棋倒しになったらしい。
規制線の外側に押し出された工藤は、地面に腰を落として空を見上げた。
スクリーンに「正解」の文字はもうない。電源が落とされたのか、暗い画面が残っているだけ。
ついさっきの出来事が、ウソのようだ。
視線を戻す。
担架で運ばれる人の横顔を、ぼんやり目で追う。ぐったりとした若い女性。
爆発は止まった。でも、ケガ人が出た。
邪魔かもしれない、と工藤は思った。が、一向に動かない。
立ち上がれないというより、立ち上がる理由を自分から見つけなかった。
すみっこで壁にもたれて座っているだけ。どかしたいなら声をかけるだろう。
「ケガはありませんか?」
救急隊員が声をかけてきた。真剣な表情だが、生命の危機を感じていない。
助けられるのではなく、助ける側の顔。
「……いや、大丈夫っす」
答えると、向こうは別の怪我人のところへ走っていった。
工藤はスマホを取り出し、画面を開いた。
特に何かを確認したかったわけではない。
ただ、現場を直視し続けるより、手元に視線を落としていた方が楽だった。
「……ナニこれ?」
工藤の目が見慣れないメッセージに釘付けとなる。
チャンネル登録者が100人を超えました
最初は意味が入ってこなかった。
「登録者?」
一拍、置いた。じんわりと意味が入ってきた。
指が自然と登録者を確認した。
三桁。また増えていた。
増えている。増え続けている。
最新動画だけじゃない。過去の動画にも通知が来ている。
誰も見向きをしなかった「コーヒーの歴史に隠された意外な真実10選」の再生数にも。
そして、コメントも新しいメッセージで溢れている。
クイズ解いたヤツのチャンネルであってる?
オレがやったコトにしていい?
記念パピコ
やって来た感情はとまどいだった。理由が分からない。
すぐにSNSを立ち上げる。
タイムラインに、誰がアップしたかも分からない動画が流れた。
見慣れない背中が公衆電話で叫んでいる。それが自分自身であるを認識するのに数秒かかった。
コイツが爆弾を止めたっぽい
うはwカッケww
工藤は小さく納得した。
誰かが「クイズを解いた人物」を特定して、工藤のチャンネルへのリンクを撒いているらしい。
その速度が、通知の来る速さに出ていた。確認するより速く、次の通知が来る。
「こんなコト、あるんだ」
じっとたまま、画面に流れる文字を追いかけた。
遠くでサイレンが鳴っている。
担架が脇を通り過ぎる。
報道カメラが向こうで何かを映している。
そういう喧騒の中で、スマホの画面だけが別の現実を映していた。
こんなことが、あるのか。
膝の震えが、気づけばどこかに退いていた。
数字が増えている。自分の動画の——自分の。
工藤は腰を上げた。
自分が少しほこりっぽいのに気付いた。だけど、そんなのはどうでもいい。
バイト先に電話をかけた。
「すみません。今日、行けなくなりました」
電話の向こうでわめく声を無視し、一方的に通話を切った。
少し前なら心苦しかったかもしれない。
今は違った。
規制線の中と外で喧騒が続いていた。救急車の音が遠くで鳴り続けている。
工藤は録画アプリを開く。
視聴者がいる間に配信しないと。
自撮り棒が欲しかった。できれば、手ぶれ補正があるヤツ。
家に戻ればある。でも、戻っている時間も惜しい。
「ねぇ、キミ」
配信の準備をしていると、男が声を掛けてきた。
スーツ姿の、スラッとした男だった。
「なんですか?」
工藤は最初、テレビ局の人間かと思った。
だが、違うらしい。そばにはカメラもレフ板も居ない。
「キミが、この動画の人物ですよね?」
男はスマホの画面を見せる。さっき見ていた動画がループしていた。
「そうですケド……」
ぶっきらぼうに答える。男の相手をするより、早く配信したかった。
だが、男の目がきらりと光った。
「あなたの、その知識が必要です」
「はぁ?」
「ご協力いただけませんか?」
「ち、ちょっと待ってっ」
男が差し出した手を工藤は拒否した。
「アンタ、いったいダレなの?」
「ああ、失礼」
男はスマホをしまうと、空いた手で革の手帳を抜き出した。
上下に割れる。中からテレビで見たことのある桜の紋が現れた。
「警視庁刑事部捜査一課、相模真也です」
誠実な言い方だった。何より、迫力があった。
「マジかよ……」
工藤は言葉に詰まる。
確かに、眼の前に居る男は誰とも違った。制服警官とも、報道のテレビマンとも、野次馬とも違う。
この惨状を全身で受け止める、力強い眼差しを感じた。
工藤の困惑をよそに、相模と名乗った男が再び手を差し出す。
「爆破事件の解決には、あなたの力が必要です」




