13.イチかバチか
16:16 地下駐車場
遠くで、金属の巻き上げられる音が響いた。
同時に、複数人の足音。
速い。規律正しい駆け足が、地下駐車場に広がる。
「くそっ!」
相模が反応するのは早かった。後部座席から運転席へ移動し、スターターを起動する。
ガソリン車と違う、モーター特有のうねりが車体を揺らした。
「行くぞっ」
合図とともに、車体が急発進した。駐車場特有の、キュルキュルとタイヤが地面をこする音が地下の空間を切り裂く。
騒々しいスキール音に合わせ、複数の方向から銃声が咆哮した。
車体のボディに数発が命中する。
くぐもった鈍い音が車内に反響した。が、車体はびくともしない。
「……秋月さん、コレも見越してたんスかね?」
「さあな」
相模が激しくハンドルを切った。十字路を急カーブし、襲撃をかいくぐる。
「狙いはっ、なんだと思いますっ?」
「おそらくっ、口封じだろうっ!」
案内の矢印に従い、アクセルを踏み抜く。出口まで、もう少し。
だが、脱出は断念せざるを得なかった。
出口を遮るように、複数の車両がバリケードを構築している。その前に数人が銃を構えて並んでいた。
「くっ!」
狭い道でバンを急ターンし、銃弾の雨をかいくぐる。
幸運か秋月の用意周到さのお陰なのか、まだ走行は可能だった。
それでも、状況は最悪だ。
「どうするっ、このままじゃ袋のネズミだっ」
相模の声に、切迫が滲む。フロントガラスは蜘蛛の巣状のヒビが走っていた。長くは持ちそうにない。
「……イチかバチかの手なら、ありますっ」
座席にしがみつきながら工藤は腹の底から声を振り絞った。
「どんな手だっ」
「世界中に、証拠をブチまけるんですっ」
片手を離し、ノートPCを手元に引き寄せた。
「なるほどっ、キミらしいっ」
意図を理解し、相模は口元をほころばせる。
「やってイイですかっ?」
「オーケーだっ!」
工藤を見ず、小さくサムズアップした。了承の意。
激しく揺れる車内で、キーボードを操作し配信準備を整えた。
ポケットからケーブルを取り出し、PCとスマホを接続する。
これで、カメラとマイクが使用できる。
横Gに振り回されつつ、オープニングを飛ばして配信を開始する。
「今っ、緊急で動画を回していますっ」
いつもと違う、荒々しい口調。
お決まりの定型句を、ここまで似合う状況で使うとは思わなかった。
「誰かに狙われていますっ!聞いてくださいっ、銃声ですっ」
縦揺れに耐えながら、ドアを少しスライドさせる。手にしたスマホを車外へ突き出した。
すぐそばを弾丸がかすめる。
「すぐ閉じろっ!」
運転席から鋭い一喝が飛ぶ。相模の警告に、工藤はスマホをすぐに引っ込め、ドアをロックした。
「コレはAIでも、外国の話でもありませんっ。
今、日本で起こっていることですっ」
震える手で、カメラを自分に向ける。
「今日の連続爆破事件は、すべて仕組まれたことでしたっ」
声を張った。叫んではいない。叫んだら、泣いてしまいそうだから。
「秋月さんは拉致され、ムリやり犯人を押し付けられましたっ。
なんのためかっ。ソレは、岡崎首相を狙うためですっ。
全部、首相を狙うための陽動だったんですっ」
ここで言葉を切った。ゆっくり息を吸い、吐く。
接続数も、コメントも見ていない。
だから、視聴者の立場で何を求めているかを考えた。
「証拠なら、あります」
打って変わって、冷静な声。
「ソレを今、すべて解放します」
キーボードを操作し、配信画面を操作する。難しくない、単純な作業。
「概要欄に、URLを貼り付けました。
ここから、すべての証拠にアクセスできます」
瞬間、後部座席が一瞬だけブラックアウトした。
車内の証拠ファイルのアクセスに、車内の電力が一瞬、足りなくなったのだ。
「バッテリーがっ」
相模が舌打ちしながら計器を叩いた。
「コレじゃ、10分も保たないっ」
切羽詰まった宣告に、工藤はモニターを見つめる。
すでに配信は止まっていた。ネットワークのひっ迫で、通信が途切れたのだ。
「……多分、大丈夫です」
音声ファイル。動画ファイル。
佐伯の声。外交官との会合映像――すべてが、ネットを通して。
「攻撃する理由がなくなれば……、ひょっとして……」
椅子に深く座り、胸の前に手を組む。
信じていない神頼みなど、図々しいとも思う。が、祈らずにはいられなかった。
その間も、バンは激しく揺れる。
「見ろっ!」
ハンドルを切る手を止めず、相模が叫んだ。
「相手が退いていくぞっ!」
工藤は身を乗り出し、前を見た。
ウィンドウはすでにヒビで白濁し、役に立たない。
だが、耳を痛める銃声は、明らかに少なくなっている。
「助かり……そうですか?」
相模からの答えはない。ブレーキを踏み、バンを停車させる。
「ここで、じっとしてろ」
それだけ言い残し、前扉を開いた。注意深く、周囲を警戒する。
だが、襲い掛かってくる気配は皆無。
急に始まった理不尽な暴力は、同じスピードで潮が引くように退いていた。
16:33 地下駐車場
「相模さんっ、ありましたっ」
息を荒くしながら、工藤が相模に駆け寄る。
膝に力が入っていない。動き慣れない足取りで、もつれるように立ち止まった。
「アッチに、EVの充電スポット……見つけました」
力の残っていない腕を上げ、駐車場の一角を指し示す。
相模はバンを走らせ、充電スポットに停車した。
あれだけの銃撃戦があったというのに、奇跡的に壊れていない。
「これで、バッテリーが切れることもないだろう」
ソケットを車体につなげると、安心した顔で刑事は腰を伸ばす。
その顔に疲れが見えるが、ひどくサッパリとしていた。
その足元で、工藤は下を向いてしゃがみ込んでいた。
「一体、何者だったんでしょうね……」
力のない、死にそうな声音。死線をくぐり抜けた後、ずっとこんな調子だ。
「さぁ、な」
誰を指しているのかは聞かず、相模は答えた。
彼も鈍感ではない。おおよその見当はついている。
だが、警察という組織に属する者として、口に出してはいけないと感じた。
「残るは、ふたつ」
小さな穴が残った車体に深く背を預け、相模は呟いた。
秋月の捜索と、首相に対する妨害の阻止。どちらを優先するか、天秤にかける。
答えは、おのずと決まっていた。
「本庁に連絡したい。通信は使えそうか?」
相模は、車内へ引っ込んだ工藤に尋ねる。
「いや、ファイルへのアクセスが止まらなくって……。ムリっスね……」
相手はノートPCを開き、顔をしかめた。
「まだ、アクセスがあるのか?」
「さっき確認したら、アクセスしてるユニーク数は20万を超えてました。
配信の同接や、その後の動画再生も合わせたら……ヤバいっスね」
なんとも言えない、苦い顔を作る。
本来なら喜ぶところだろう。だが、今はそんな気分ではない。
「だいたい、連絡なら自分のスマホでできません?」
工藤の文句に、相模は苦笑しながらスマホの画面を見せた。
「さっきから五十嵐に何度も電話してるが、繋がらなくてね」
「捜査本部は?」
今度は無言で肩をすくめる。今までのやり取りに、思うところがあるのだろう。
と、聞き慣れた音が耳に飛び込んできた。
「えっ……」
工藤にも届いたのだろう、バンの後部座席から顔を出す。
自然と顔を見合わせ、一緒に音の方向へと顔を向ける。
開けっ放しのシャッターから、男性の声が聞こえた。
「おぉいっ、無事かぁ?」
「志村さん」
相模が相手の名前を呼ぶ。
気づいた刑事も手を上げ、応じる。周囲を見回しながら、小走りに二人の下へと駆け寄った。
「どうして、ココに?東は?」
「一度に複数の質問するな」
顔を合わせた早々、志村はボヤいた。
「玄関にホトケさんが居たんでな。ソッチを見てもらっている」
あごを使って来た道を示す。誰が、までは言わなかった。
「ココにきたのは、戻る途中で五十嵐から連絡を受けたんでな。
問題児を手伝ってくれ、って」
恐縮する相模に、志村はニヤリ、と笑う。
「相模。オマエ、やったな?」
「ええ」
隠し立てせず、相模は真正面から胸を張って受け止めた。
「一人では到底、ムリでした。
ですが、協力者のお陰で果たせたんです」
後部座席に座りっぱなしの工藤をちら、と見てから、誇らしげに言い切る。
「そうか……。だがな、もう少し周囲の影響を考えろ」
志村は納得した後、頭を掻く仕草を見せた。
「オマエのせいで、本庁のメールサーバーがダウン。
通報の電話も、ひっきりなしにかかってくる。
職員は悲鳴を上げっぱなしだ」
想定外の状況を伝えられ、相模は口元を引きつらせて絶句する。
そこまでは考えていなかった、という顔だ。
「で、実際のところ、何があった?」
周囲をぐるりと改めながら、志村は尋ねる。
アチコチに痛々しい弾痕や柱の欠けた跡が残っていた。硝煙の匂いも、わずかに漂う。
「実は……」
相模は、地下駐車場で起こった出来事を、かいつまんで話す。
「そりゃあ……けったいな目にあったな」
聞き終えると、顎に手を当て眉間にしわを寄せた。
「ええ。おそらくは、プロかと」
相模も実際に相対した時の感触を口にする。
「口封じに失敗したと分かった途端、波のように退いていきました。
こんな判断、シロウトには絶対できません」
志村は少し考え込んだ。
「だとしたら、傭兵か……特殊部隊の人間か。
いずれにせよ、人殺しでメシ食ってる連中だな」
「ええ……。怖いですね」
身震いする相模に、志村は黙って相模の肩に手を置き、ねぎらった。
それだけで、いくぶんか報われた気がする。
「団らんするのはイイですけど」
小さな咳ばらいした工藤が、背後から声を掛けた。
会話に割り込むのを遠慮していたが、我慢できなくなったのだろう。
「早く、秋月さんを助けないと。忘れてませんか?」
細めた目で、二人の刑事を睨む。彼にとっては今、一番の優先事項なのだ。
「いや、首相の安全確保が先だ」
だが、相模は別の意見を出した。
「なんで?話が違いませんか?」
望んでない方針に、工藤が拒絶の色をみせる。
「首相になにかあれば、国全体が根底から揺らぐことになる」
相模も、譲らない眼差しで言葉を重ねた。
どちらも、引く気配はない。
「命の重さは、平等では?」
「工藤。オマエだって気付いているだろう。秋月はもう……」
「ソレ以上はダメですっ!」
相模の言葉を遮るように、工藤は声を荒らげてバンの車体を激しく叩いた。
「まぁ、落ち着け。二人とも」
睨み合う両者に、割って入ったのは志村だった。
「相模。首相については後回しだ。
オレたちは、秋月の足取りを探ろう」
年長刑事の提案に、相模は面食らう。てっきり、自分の意見に賛成だと思っていた。
「ですが、志村さん」
「事前に、推理を伝えて正解だったな」
反論しようとする相模の前に、意味ありげな笑みを見せつける。
「アッチはアッチで、もう動いている」




