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10.最後のクイズ

15:02 副都心 ターミナル駅内


「首相近辺で、警察に圧力を掛けられる人物。そして、騎士(ナイト)……」

 工藤は宙を睨みながらひとり言を続ける。

「ひょっとして……佐伯正隆?」

 ついて出た解答に、相模は目を見開いた。

「知っているのか?」

「時事問題用に、ですけどね」

 工藤はポケットに手を突っ込み、薄く笑う。

「警察庁出身の首席補佐官。岡崎政権内では珍しい親中派ですね」

「ああ」

 相模は短く言った。

「彼なら、首相の日程管理、移動、警護……すべてに関与できる」

 守るはずの人間が、一番近くにいる。

 相模の放った言葉の意味を、工藤は遅れて理解した。

「じゃあ、官邸に乗り込んで、佐伯を捕まえます?」

 無茶な提案。さすがの相模も、首を横に振ることしかできない。

「じゃあ、どうします?」

「どうするって、次の……」

 言いかけて、喉の奥がつかえたように口をつぐんだ。

「気付きました?」

 少しがっかりした顔が、ため息をつく。

「この先の沿線、大型スクリーンはないですよ」

 工藤の言う通りだった。

 この先はビジネス街が続く。華美な広告塔は必要とされていない。

 相模は失念していたことを振り払うように、頭を振った。

「この後、クイズは続くと思うか?」

「どうですかね?」

 工藤が、周囲のビル群を見回しながら呟いた。

「ない可能性もありますし。

 あるとすれば、今までと別の形でしょうね」

「……だろうな」

 相模は短く応じた。

「どちらにせよ、ココに居ても解決しない」

 刑事は歩き出した。動画配信者も黙って後を追う。

「秋月の潜伏先へ向かおう」

 乗り込んできたパトカーに向かいながら、目的地を告げる。

「本来なら、部外者を連れ回すことはできないが……手伝ってくれるか?」

「今さらですよ」

 人の悪い顔を作って、工藤は答えた。




15:14 高級マンション前


 警察手帳を提示すると、管理人は困惑したように眉をひそめた。

 だが、刑事たちが来訪の理由を説明すると、すぐに態度を改めた。

「実は、ここ数日、部屋の様子がおかしいんです」

 マスターキーを差し出しつつ、管理人は小声で語ってくれた。

「住人の姿も見ないですし……何かあったんです?」

 刑事の志村と東は、それ以上は何も言わなかった。礼を述べると、エレベーターで最上階へ向かう。

「五十嵐さんも、だいぶ相模に毒されてませんか?」

 若い刑事、東が軽口を叩く。

「言うてやんな」

 ひと回り年の違う志村がたしなめた。

「自分から本部長の尻拭いを買ってくれたんだ。

 感謝こそすれ、おちょくるのは違うだろうが」

 志村がギロリと睨むと、東は首をすくめた。

 年上の刑事はため息をついた。

「それより、五十嵐のカンが合ってればいいが……」

 二人はそろって部屋の前に立つ。ドア周辺に、鍵をこじ開けたような傷跡は見当たらない。

「開いてますね」

 東がドアノブを回すと、抵抗なく開いた。

 二人は頷きあい、無言で部屋へと侵入する。

 玄関から、すでに違和感があった。

 靴が乱雑に散らばっている。廊下の壁には、擦れたような跡。

 リビングに入ると、違和感は確信に変わった。

 テーブルは横倒しになったまま。椅子の一脚は、脚が折れている。

 壁に飾ってあったと思しき絵画が床に転がり、棚から落ちた本や書類が床一面に広がっていた。

「争った跡ですね」

 東の確認に、志村は同意した。

「複数人だな」

 年上の刑事が状況を見渡し、付け加える。

 屈み込み、床に散らばった書類の一枚を、指先で持ち上げた。

「ここ、埃が積もってる。争ってから、一週間くらいだな」

 テーブルの下、こぼれた液体の跡もすでに乾き、黒く変色していた。

「食事がキッチンに置きっぱなしでした。手をつけられてません」

 シンクを覗き込んでいた東が、後ろから声をかける。

「腐敗の状況から、それくらいの時間は経ってますね」

「そうさな」

「秋月圭介、ですよね?」

 確認の言葉は、荒らされたリビングを漂う。

 東は頭を掻きながら、キッチンから移動した。

 サイドテーブルに足を引っ掛け、小物を床へ落としてしまう。

「おい、歩く時は慎重に……」

「志村さんっ」

 身を屈めた東は年長の苦言を遮った。

「小型のパソコンが隠されてました。動いてます」

「なんだって?」

 志村も駆け寄り、よつんばになってのぞき込む。

「ホントだ……。なんで、こんなところに」

「規則的に点滅してます。何かの処理をしているみたいです」

 二人はしばらくランプを見つめた。だが、それだけでは何も分からない。

「鑑識に任せるか」

 志村は決断した。

「すぐ来てくれますかね?」

「ムリだろうな。爆破事件で、ドコの部署もてんやわんや、だ」

 東の質問に、年上の刑事は渋い顔で肩をすくめた。

「一旦、捜査本部に戻ろう。優先順位を上げてもらわにゃ」

 二人は踵を返し、リビングを出ていく。

 サイドテーブルの下に隠されたパソコンだけが、何かを訴えるように低く唸っていた。




同刻 パトカー内


 石川署長との短い別れのあいさつを終え、二人は副都心を後にした。

 片側3車線の幹線道路を東へ。五十嵐から聞いた、秋月の潜伏先であるマンションへ向けてひた走る。

「ナビします」

 工藤がスマホの画面をタップしながら告げると、

「助かる」

 相模はハンドルを操作しながら、個人端末を取り出した。脇見をしつつ、連絡先を選択する。

 相手はすぐに応答した。

『相模、どうした?』

「五十嵐、大事な話がある」

 相手が出るとハンズフリーに切り替え、工藤に渡した。

『なんだ?言ってみろ』

「首相の首席補佐官、佐伯正隆が黒幕の可能性がある」

『…………冗談だろ?』

「だと、良いがな」

 相模が苦々しく応じると、そのまま捲し立てる。

「だが、これまでの不自然な圧力や指示。彼の手引きだと考えれば説明がつく」

 応答がしばらく途切れた。

『……オマエの言い分は分かった』

 絞り出したうめき声。信じがたい話に、スピーカー越しでも苦悩がありありと伺える。

『だが……、仮にそうだとしても、動機は?

 補佐官が爆破事件の捜査を妨害して、何の得がある?

 さっき言っていた、首相を陥れるためか?』

 今度は相模が何も言えなくなる。

 推測ばかりで、裏付ける物証が何も無かった。これでは、いくら熱弁を振るっても空回りするばかり。

 五十嵐も、二人の推理から導かれた結論だと理解しているからこそ、指摘してるのだ。

「ああ。確かに根拠は薄い」

 結局、相模は説得をあきらめた。これ以上、主張を続けるのは相手にとっても迷惑だ。

「ただ、首相にメッセージだけでも、伝えたい。できるか?」

『それは、オレの一存では無理だ』

 五十嵐は組織人として答えた。無理もない。彼も歯車の中で動く人間なのだ。

『本部長に掛け合って、どうにか……』

「それだと、握り潰される」

 相模が遮って警告した。

「どうも、オレたちの捜査に圧力を掛けているようだ。

 確証ない話だが、気を付けるに越したことはない」

 再び沈黙。かろうじて『だからか……』という呟きが漏れ聞こえた。

『分かった。この話は内々に留めておく』

「そうしてくれ」

『で、オマエたちは今、どこにいる?』

 五十嵐の問いに、相模は助手席の工藤と一瞬だけ視線を交わした。

「移動中だ。秋月の潜伏先に向かっている」

『そうか』

 少しだけ安堵したような声。彼にとっては数少ない朗報なのだろう。

『コッチも、志村さんと東が向かっている。もう、到着しているだろう。

 ひょっとしたら、合流できるかもな』

「それは……捜査に加わってもいい、ってことか?」

 返事はなかった。

『また、新しい情報を入手できたら連絡する』

「おい、ちょっと待てよっ」

 相模の制止するも、通話は切れた。

「あのヤロウっ」

 刑事は顔をしかめ、小さく舌打ちをする。

「どうした?」

「いや」

 端末を返してもらう際、工藤が苦笑しているのに気づいた。どこか、小馬鹿にした顔。

「相模さんも、そんな顔するんだな、って」

 遠慮のない指摘に、バツの悪そうな顔を作る。

「そういうのに、こだわらない人だと思ってました」

「そりゃ……正式な捜査のほうが、後ろめたさはないからな」

 恥ずかしさを追い払うように咳払いをする。

「そういうキミこそ、どうなんだ?」

「どう、とは?」

「捜査に積極的になったじゃないか。どういう意趣返しだい?」

 相模の反撃に、工藤はうつむいた。視線を下げ、自分のスマホを指で撫でた。

「……似てるんですよ」

「似てる……って、誰とだ?」

「秋月さん、と」

 ポツリ、と呟く。

「誰かに囚われて苦しんでる、あの人の状況と重なるんです。

 何をやっても見向きされない、自分の境遇と」

 工藤の打ち明け話を、相模は黙って耳を傾ける。

「だから……助け出せたら、自分も変われるんじゃないか、って」

「……そうか」

 会話は途切れた。

 工藤と相模、お互いに自分の胸の内へと没入する。

 それでも、二人の間に流れる空気は居心地の悪いものではなかった。

 無言のまま、車窓が流れていった。相変わらず、人影は少ない。

 事件が収束する兆候は、依然として見当たらなかった。これでは、市民も安心して外出などできないだろう。

 街の異変は、依然として続いている。

 そして——それは、すぐ眼の前にも迫っていた。

 突如、二人の携帯がヴヴヴッと震えた。

 直後、緊急アラートがけたたましく鳴り響く。

「なんだっ!」

 相模は急ブレーキを踏み、停車させた。慌てて、自分の端末を取り出す。

 工藤も、自分のスマホの画面を見た。

 どちらも、同じ通知が並んでいる。

「……URL?」

 国からの、公式な警報ではない。

 不規則な文字の羅列が、誘い込むように表示された。

 二人は、緊張した視線を交わした。示し合わせ、リンクを同時にタップする。

 画面が切り替わった。

 よく見かける動画サイトのデザイン。一本の動画が再生される。

 どうやら生配信らしい。画面脇に設置された、同時視聴者数のカウントが急激に伸びていく。

 いや、それよりも——

 今日、何度も見かけたモナ・リザが画面を埋め尽くした。

「……クイズだ」

 工藤の声は掠れた。

 1時間ごとに出題されていた問題が今、別の形で牙を向いたのだ。

 想像だにしなかった不意打ち。嫌な汗がどっと吹き出す。

「くそっ!」

 相模はドアを開け、身を乗り出した。周囲に異常がないか確認する。

 もし、この周辺に爆弾が仕掛けられていたら。守れる者は自分しかいない。

「問題は任せたっ!」

 工藤はうなずき、画面に神経を集中させる。

 

  『問題——』


 音声が、画面から静かに流れ始めた。


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