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第2話:大賢者の甘すぎる過保護と、見知らぬ二人の天使


「エレーナ、本当に無理はしないでくれ。今日の講義はすべて他の講師に丸投げしてきた。しばらくは私が付きっきりで君の看病をするからね」

ギルバートの甘い声が、豪華な寝室に響く。

彼はベッドの脇に椅子を寄せ、私の手を握ったまま一歩も動こうとしない。それどころか、少しでも私が身動きをしようとすると、世界が滅びるかのような悲壮な顔をして静止してくるのだ。

「ギルバート、だから私は大丈夫だって言っているでしょう? 少し意識が遠のいただけよ」

口から出る声音はどこまでも優美な人妻エレーナのものだが、私の内側(中身は十四歳の松本和彦)は、羞恥心で爆発しそうだった。

前世はただの地味な男子中学生だ。こんな、顔面国宝級のイケメン超絶エリートから熱烈な視線を注がれ、四六時中「愛している」と言わんばかりの過保護を受け止めるなんて、心臓の耐久テスト以外の何物でもない。

しかも、彼はこれでも世界最強の『大賢者』なのだ。

一歩間違えれば、ただの男子中学生の魂が混ざっていることを見抜かれるのではないかと冷や冷やしているのだが、今のところギルバートは、私の変化を「妊娠初期による情緒の揺らぎ」として都合よく解釈してくれているようだった。

「だめだ。君はいつもそうやって自分を後回しにする。ただの貧血だとしても、今は君一人の身体じゃないんだ。我が家の新しい宝がそこにいるんだから、私に甘えておくれ」

そう言って、ギルバートは私の手の甲にそっと唇を寄せた。

「っ……!」

全身に電気のような気恥ずかしさが走り、思わず顔を背ける。

赤い。絶対に今の私の顔は熟したトマト並みに赤くなっている。

そんな私の反応を見て、ギルバートは「おや、付き合いが長いというのに、まだそんなに初々しい反応をしてくれるなんて」と、嬉しそうに目を細めて微笑んだ。天然タラシめ、破壊力が強すぎる。

自称・百戦錬磨の伝説の『剣姫』が、夫のスキンシップ一つでここまで狼狽しているのだから、傍から見ればおかしな話だろう。だが、私にとってはこれこそが死活問題だった。

その時、静かだった部屋の扉の向こうから、パタパタと騒がしい足音が近づいてくるのが聞こえた。

「ママ! ママの意識が戻ったの!?」

「まーま!」

バタン、と勢いよく扉が開く。

入ってきたのは、ふたりの小さな子どもたちだった。

一人は、エレーナのプラチナブロンドの髪と、ギルバートの琥珀色の瞳を受け継いだ、お人形のように愛らしい女の子。長女のアリア、五歳。

もう一人は、トコトコとおぼつかない足取りでアリアの後を追ってくる、紺色の髪の男の子。長男のレオ、二歳。

二人はベッドの端に張り付くと、今にも泣き出しそうな顔で私を見上げてきた。

「アリア、レオ……」

その名前を呼んだ瞬間、私の胸の奥がカッと熱くなった。

松本和彦としての意識は「見知らぬ子供」だと言っている。しかし、エレーナの肉体と魂が、猛烈な勢いで叫んでいた。この子たちは、私が命を懸けて腹から痛めて産んだ、何よりも大切な我が子なのだと。

「ママ、ごめんなさい! アリアが良い子にしてなかったから、ママ倒れちゃったの?」

「まーま、ねんね、いやぁ……」

アリアは大きな瞳に涙をいっぱいに溜め、レオは私の布団の端を小さな手でぎゅっと握りしめている。

その純粋で、無条件の愛を向けてくる二人の姿を見た瞬間、私の中の「十四歳の少年」としての戸惑いは、完全に霧散した。

気づけば、私はベッドの上で身体を起こし、二人を愛おしそうに両腕で抱きしめていた。

「そんなことないわ、アリア、レオ。ママはどこも悪くないの。ちょっと眠かっただけ。心配させてごめんなさいね」

小さな、温かい体温が腕の中に収まる。

ミルクのような甘い匂いと、子供ならではの柔らかさ。前世の泥臭いダンジョン探索では、絶対に触れることのなかった「守るべき命」の感触。

自然と涙が溢れそうになるのを、私は必死に堪えた。

「本当? ママ、もうずっとお目目覚まさないかと思った……」

「まーま、げんき?」

「ええ、元気よ。だから泣かないで、私の可愛い天使たち」

二人の頭を優しく撫で回すと、子どもたちは安心したように私の胸に顔を埋めてきた。その様子を、ギルバートが本当に幸せそうな、優しい眼差しで見つめている。

「アリア、レオ。ママは大丈夫だが、今はまだ静かにしていなければならないんだ。それにね……二人に大切な報告がある」

ギルバートが子供たちの肩を優しく叩き、諭すように言った。

「報告……?」

「実はね、ママのお腹の中に、新しい赤ちゃんができたんだ。アリアとレオの、弟か妹になる子がね」

その言葉に、アリアは信じられないものを見るように目を見開き、それからパッと顔を輝かせた。

「赤ちゃん!? アリア、お姉ちゃんになるの!? レオもお兄ちゃん?」

「にーに?」

レオはまだよく分かっていないようだが、アリアの喜びように釣られて「わーい!」と小さな手を叩いて喜んでいる。

「ええ、そうよ。だから、ママが少しお休みしている間、アリアとレオがママを助けてくれるかしら?」

私が微笑みながら問いかけると、アリアは小さな胸をドンと叩いた。

「うん! 私、ママのこといっぱいお手伝いする! 赤ちゃんもアリアが守ってあげるんだから!」

五歳児とは思えないほど頼もしい宣言に、私とギルバートは思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

十四歳の男子中学生から、三児の母へ。

あまりにもブッ飛んだ人生の転換期だが、この小さな天使たちと、甘すぎるほどに私を愛してくれる夫を見て、私は心の底から思った。

(前世の私は、ダンジョンで無様に死んだ。でも……この世界でエレーナとして生きるなら、私はこの幸せを、何があっても手放さない)

お腹の中の小さき命に、私はもう一度、静かに誓いを立てたのだった。



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