5.離婚までの四つの条件
ジョセフは離婚についての話を始める。
「過去、貴族の離婚が認められた理由は4つあります。『精神的身体的な虐待』『家の没落』『不妊』『不貞行為』です」
「……不貞行為でも認められるの?」
マリーの疑問は最もだった。貴族の浮気や不倫は日常茶飯事で、公然のものとなっている。
男だけで無く、貞淑であれと言われる貴族の女性ですら、愛人を囲うのは珍しくない。
「ごくまれですが、認められた件もあったようです。妻側が力を持つ家で、弱小貴族で婿入れした夫の裏切りに激怒して……ということです」
「あぁ、それはプライドが傷つけられるわね。不貞行為ならすぐに出せる理由だと思ったのだけれど」
マリーが言っているのは、王のミシェルとその幼なじみフローレンスのことだった。
二人は幼い頃から一緒に育ち、その仲の良さと愛らしい姿に国全体が夢中になった。著名な画家が二人を天使に模した絵を描き、それは法外な値段がついたのだという。絵だけでなく、書物やそれを元にした劇まで作られたほどだった。
だから、マリーが嫁ぐと決まったときは国全体が驚きに包まれた。
ミシェルはフローレンスと結ばれ、美しい二人がアーランドを幸福にしてくれるだろうと夢見ていたところに邪魔者が入ったのだ。
同世代の少女達は皆フローレンスに憧れていたから、彼らの悲劇に酔いしれてそれは劇にもなった。
「国中満場一致で不貞行為認定してくれるのだと思うけれど」
「世間の風潮では、どちらかと言えばマリー様が二人の恋を邪魔した者と見られていますね」
「納得いかないわ……どんな仲だろうと、結婚したのは私でしょ。別に未練なんてこれっぽっちもないけれど」
マリーはうんざりしながら言うも、ジョセフが別の視点で話始める。
「大事なのは、証拠です」
「証拠?」
「えぇ。過失をなるべく公的な書類に証拠を残す。証言が多ければ多いほど威力を発揮します。例えば先程出た書物の話。あの物語は、あくまで王とフローレンス嬢を模して書かれたもの。創作と言われてしまえばそれまでです。限りなく実際に起こったことが描かれていてもね。証拠能力としては不十分だ」
「読んだのね」
「情報ギルドの頭領ですから、何でも読んで聞かなくては」
そういうものかしら?という言葉をマリーは飲み込んだ。
ジョセフは続ける。
「ただ、あくまで過去の貴族の離婚例です。王族は過去一度もありませんから、どれが有効化は……」
マリーは考えこんで、ぽつりと呟いた。
「では、全部は?」
「え?」
「4つ全部満たせばどうかしら」
思わぬ発案に、ジョセフは困惑しながらも考える。
「必ず、とは言えませんが、離婚理由が多ければ多いほどいいですからね。良い考えかもしれません」
「あるいは、更に理由を考えるか」
「第5の離婚理由ということですか?」
「道を切り開くには、新しい方向も探るべきだから。それがどんな茨の道でも」
そう言った時のマリーの目は燃えるような強い意志を宿していた。
ジョセフは改めてマリーを見つめた。先程までワインを飲んだくれていた姿はもうそこには無い。
彼女は見事な赤髪をしていた。王族は金髪が多く、その中で彼女の存在は浮いていた。品が無いと揶揄されていたが、こうして夕日をまとった髪は燃えるような色をして目惹を惹かれる。
黒曜石のような美しい瞳も印象的だ。まなざしは強く、人を寄せ付けない威圧感があった。
けれど、どこかちぐはぐな印象も受ける。
彼女本人の魅力と外見が釣り合っていないのだ。
髪の手入れが満足にされていないのか、毛先が傷んでいる。
ドレスも、良く言えばクラシック、悪くいえば古くさいものだった。
マリーの魅力を生かせていないのだ。
その様子からも、マリーを取り巻く状況が良くないことはわかる。使用人からも舐められる王妃。
出自も相まって、彼女は野良犬と囁かれていた。
高貴な貴族達は血統書付きの犬に例えられる。なら、そこにやってきた者は野良犬だ、という訳だ。
誰が言い出したかわからないが、いつの間にかそう呼ばれるようになった王妃。
野良犬と評されるには、美しすぎるのにとジョセフは思ったが、自分がそんな感想を持ったことが信じられず、直ぐにその考えを打ち消した。
ジョセフの戸惑いをよそに、マリーは答えを出したようだった。
「ありがとう。考えがまとまったわ。まずは『精神的身体的な虐待』から取りかかるわ」
丁度彼女の状況に思いを馳せていたジョセフは、手始めに取りかかる問題としてはぴったりだと思った。
それに、例え離婚が出来なかったとしても、問題にさえ出来れば今の状況が改善出来るかも知れない。
立ち上がったマリーに、ジョセフはふと浮かんだ言葉を口にした。
「……マリー様から離婚を要求するより、自分の過失を出して王から離婚を要求される方が良いのでは?」
それに、マリーが間髪入れずに返した。
「どうせ別れるなら、自分から言ってやりたいでしょ。嫌いな男にフラれるなんて癪に障るもの」




