6.動き出すにはまずドレスから
王妃の一日は長い。礼拝に始まり、城内の業務の采配や、国の行事の準備など多岐にわたる。
本来であれば城の使用人達がある程度の業務をまとめ、決済をするだけということが多いが、マリーが王妃になってからというもの積極的に仕事を補佐する者が減り、以前に比べて王妃自身の仕事は増えているようだった。
仕事はそのうち慣れるだろうが、マリーは礼拝の時間が苦痛だった。
アーランドではドミナス教という宗教を敬っていて、王族を初めてとして国の多くのものが信仰している。
初代の王がドミナス教の教えに支えられたということでアーランドでは王族は必ず信仰することになっていた。
マリー自身は神を信じていない。
自分の辛い境遇の改善を神に願ったことで、それが叶ったことは一度も無いからだ。
いつだって、自分を守るのは自分自身。
だから、冬の冷えた朝に礼拝用の薄手のドレスを着るのはおっくうな時間でしかなかった。
そして使用人の嫌がらせの時間でもあったからだ。
王妃は一日に何度か着替える。礼拝用のドレス、日常でのドレス、晩餐のドレス……それ以外でも用事があればどんどんと着替えの機会が増えていく。
通常ならば、使用人達が素早く着替えさせ完璧な身なりにしてくれる。
だが、ここでは違った。
「王妃様。礼拝の後のお召し物でございます」
冬の肌寒い中、侍女はなかなか来なかった。朝日が上ったばかりでまだ部屋の温度が上がりきっていない中で待っている間、体が震えそうになる。
そして、ようやく侍女が持ってきたのは簡素な薄手のドレスだった。
マリーは顔をしかめる。
「今の気温には適さないドレスよね」
使用人のアンナはしたり顔で答えた。
「『王妃は国の模範となるべきで、倹約しなければならない』。王妃様の指導係の方の方針に沿ったものをお持ちしたまでです」
それを聞いて、マリーはため息をついて王城に来たばかりのことを思い出していた。
初めはそういうものかと受け入れていたが、後にそれは嘘だったと気がついたのだ。
歴代の王妃の記録を見れば、平時の時でも王妃の予算内で買った質のいいドレスを着ていた。
それを指導係に問いただせば、あっさりと過去の王妃とは違うことを言っていたのを白状したのだ。
指導係は言った。
「王妃様は、家柄に合わせた品格のドレスを着るものです。……マリー様の家柄を考えれば、華美なものを控えた方がいいかと。やっかみを買う可能性を思ってのことです。ご容赦ください」
その言葉に控えていた使用人達が笑いをかみ殺す表情を浮かべていたのを覚えている。
王城で働く使用人は野心とプライドが強いものが多い。
彼らにとって、マリーは面白くない存在だろう。棚ぼたで王妃になった娘だ。
なぜあの女が、という意識がにじみ出ていた。
だから、嫌がらせの行為も多かった。
食事も、マリーが一人で取る時は質素なものしか出されなかったし、作られてから放置されていたのか冷え切ったものが多かった。
マリーが近くにいる状態で使用人達の悪口を聞くこともあった。
ミシェルは理由をつけてマリーを避けていたので、そんな食事の時間が常態化していた。
ドレスや宝石は、新しく買ったものは質が悪いものばかり。「お前にはこれで十分だ」とばかりの品物ばかりだった。そして、それを使用人達がくすねて売り飛ばし、小遣い稼ぎに使われてもいた。
一部では、王族や城で使われたものを、下げ渡す形で譲渡することもあったが、マリーのネックレスはまるで売られること前提のような、売りさばきやすい品物ばかりだった。
王妃のものを売りさばくなんて、本来ならば大問題となるところだが、誰も問題にしない。マリーに興味も関心もないのだ。
マリーの後ろ盾が何もないから、皆気楽に嫌がらせをしていた。
この状況になった一番の要因は、王であるミシェルがマリーに感心を示さなかったことだ。
嫌がらせはわかりやすかったので、ミシェルの目にも入っていた。けれど、彼は何一つ動かなかった。
それをされて同然じゃないか?くらいの表情を浮かべるばかり。その態度が益々使用人達を助長させていた。
アンナが掲げたドレスがが、今までの日々を思い出させる。
けれど、今までとはもう違う。離婚というゴールに向けて動き出したのだ。我慢をする必要がなくなった。
マリーはドレスを受け取り、それをゴミを捨てるように落とした。
アンナが動揺して声を荒げる。
「な!王妃様!せっかくのドレスに何を!?」
マリーはアンナに対して冷めた顔で答える。
「せっかくのドレス?この気温にこんな薄手のものを持ってくるなんて、あなた考える頭もないの?」
いつものマリーと違う様子に、アンナはあっけに取られた。だが、すぐに調子を取り戻す。
「王妃様、お召し物に難癖をつけるなど……」
「あなた、私より偉いの?」
アンナの言葉を遮ってマリーが質問をする。アンナは面食らいながらも渋々と答える。
「いいえ……」
「じゃあ、なぜ私の指示に反論するの?」
それにアンナは答えられず、歯を食いしばいながらうつむく。
野良犬だと馬鹿にしていた王妃。城全体で彼女を見下し、影で笑う格下の存在。けれど、改めて問われてみれば、マリー・ド・リシャールは王妃。
この国で二番目に尊い存在。
アンナとマリーの間には天と地ほどの差があるのだ。
マリーは口を開くまでにたっぷりと時間をかけた。アンナが頭を巡らし、本来の自分の立ち位置を思い出すようになるまで。
そして、それは犬の調教にも似ていた。主人が喋るまで待つしかない存在。
冷や汗をかいて、ぶるぶると震えだしたアンナにようやく指示を与える。
「厚手のドレスを持ってきなさい。今すぐに」
アンナはすぐに頭を下げて、慌ててその場から立ち去った。
一人残されたマリーは一息ついて、これからどう動くべきかを静かに考えた。




