3.尊厳を取り戻すために
マリーは先日見た出来事を語る。
ミシェルに確認する資料があり、王の部屋へ出向く。うっすらと空いたドアの隙間から、フローレンスの声が聞こえた。
「ミシェル、最近マリー様とよく話すわね?」
「……信頼してもいい相手だと思い始めてな」
フローレンスがすねたような声を出す。
「えぇ?まだ早すぎる気がしますけど。もう少しテストしてもいいと思うけどな」
「少なくとも、警戒しなくていい相手ではあるからな。……もしかしたら、愛することが出来るかも知れない」
「……まだ早いよ。私は認められないもん」
目の前で繰り広げられているのは、まるで幼い子供の恋愛話。
自分が国のためを思って、血のにじむ努力をしている時に聞いていいものではなかった。膝の力が抜けそうになるのをなんとかこらえて、自分の部屋に戻る。
それから、マリーは頭の中で自分の気持ちを整理した。そして、導き出した答えは。
「……流されてたどり着いた先が地獄なら、そこから抜け出さなければ」
あっけに取られるロアに、マリーは言った。
「だから私、離婚します。自分を守るため、自分を取り戻すために」
貴族の離婚自体が珍しいのに、王族の離婚はアーランドで前例が無い。
情報ギルドであらゆるものを目にしてきたロアでさえ、言葉が出なかった。
「というわけで、あなたには私の離婚への道を手伝ってもらおうと思っているの」
言われたことに我に返ったロアは、落ち着くために一息ついてゆっくりと口を開く。
「王族の離婚なんて、一介の情報ギルドには手に余りますよ」
「そうよね。難しい仕事なのは分かっている。……けれど、情報ギルドでありアーランド屈指の公爵家の当主なら出来るはずよ」
その言葉に、ロアは首をかしげる。
「どういうことでしょう?」
彼の問いかけに、マリーは何でも無いことのように答えた。
「情報ギルドの『隠者の目」の頭領ロア。そして、本性はジョセフ・ド・ベリル。アーランドでも最古の歴史を持つ貴族の一つ、ベリル家の当主があなたでしょう?」
突拍子もないことだ、とばかりにロアはクスクスと笑った。
「そのような高貴な方に疑われて光栄です。なぜ、そのような妄想を?」
静かな問いかけに、マリーは答えた。
「王妃にはあらゆる情報がもたらされる。それをたどっていけば、見えてくるものもあるのよ。情報ギルドの頭領ならわかるはず。点で見るのでは無く、線で見ていくの。」
マリーはテーブルをなぞりながら話を続ける。王家から連なる爵位のピラミッドを表すように彼女の指が動いていった。
「情報の一つ一つを見ていけば分からなかったと思う。けれど、全体を見れば?穴がある家があるのよ。王家に足をすくわれない程度の過失情報しかない、空白の場所がね」
ロアは疑問を口にする。
「多くの力を持つ公爵家なら情報が徹底されていますから、珍しいことではありません。それに、穴があるのはベリル家だけではないでしょう?」
「そう。確かに他の有力貴族にも似たような偏りがあった。けれど、決定打になったのは匂いよ」
想定外のことを言われて、ロアは思わず聞き返した。
「……匂い?」
「王家がばらまいた遺伝病には独特の体臭がある。それをごまかす為に花の香水が多く使われるようになった。でも、香水でごまかしたところで体臭と混じり合えば香りは変化していく。……あなたからはその香りがしなかった」
マリーは仮面の下のロアの目を見つめる。
「つまり、あなたの家は王家の病気をいち早く把握し、対策が取れたということ。あの不快な匂いが一人もしなかったのはベリル家の者だけ……私、鼻がきくのよ。野良犬と評されるのはある意味間違いではないわね」
そこまで聞いて、ロアはマスクを取る。
現れたのはマリーの推察通りジョセフ・ド・ベリルだった。




