248 走り出した統治(三)
いつの間にか眠ってしまったようで、目覚めた時にはすっかり日も暮れ、時刻は午後八時を回っていた。
「お目覚めですか大賢者様。本日はシャングラの町を救っていただき、本当にありがとうございました。城壁の一部は崩れましたが、城門は間一髪で無事でした」
寝かされていたのは診療所のベッドで、部屋の中には大神官様と領主とホッパーさんの三人が居て、領主が私の顔を覗き込んで最初に礼を言った。
「町中で、流石は神のお使い様だと噂になっているようです。フフ、当然の反応でしょうね。
恐らく敵は、何が起こったのかも分らぬまま飛ばされたのでしょう。誰一人として戻ってきませんでした。まあ、多くの者が無事ではいられなかったでしょうから」
大神官様が、敵は誰も戻っていないと教えながら、私のことを神のお使い様扱いする住民を否定しなくなった。
そこはちゃんと否定して欲しいのに、このままだと、どんどん可愛い少女から遠ざかっていくじゃない!
「ホッパーさんは、私をロードに送るために残ってくれたの? アレス君は?」
よっこいしょと起き上がり、浮かない顔をしているホッパーさんに質問する。
「それがなぁ大賢者様、神聖領ガイアスラーの領主に挨拶するため、面会を申し込んできた王宮の使者と面会した後から、誰も姿を見ていないんだ」
ホッパーさんが困った顔をして、行方不明になっていると衝撃の報告をした。
「アレス君は、怪しい者を大賢者様に近付けるわけにはいかないからと、従者である自分が面会すると言って、外務大臣と名乗った伯爵と面会した。
領主様との面会は断ったと報告を受けたんだが、その後、誰も姿を見ていない」
大神官様も渋い顔をして、勝手に居なくなるはずがないから、不測の事態が起こった可能性が高いだろと心配する。
「それで、やって来た使者は今どこ?」
「それが、三日は滞在して必ずや領主様に面会すると言っていたはずなのに、例の雷雲騒動の最中に、正門から出ていったと門番から証言を得ています。
怪しいのは間違いないが、何故アレス君を連れ去る必要があったのかが理解できない」
「そうですな大神官様、彼らの要件は大賢者様と面会し、親交を結ぶための贈り物を渡すことだと言っていたのですが、いつの間にか贈り物の大きな花瓶と花台は、教会の客室に置かれていた」
領主も絶対に怪しいと首を捻りながら、贈り物の箱が残されていないことから、アレス君を箱に閉じ込めて連れ出したのではないかと推察する。
「五歳の頃からの付き合いの私には、アレス君が易々と捕まるとは思えません。きっと何か目的があって、わざと捕まったのではないかと……」
「そうだねホッパーさん。アレス君のことだから、捕まることにより何かを探ろうとしているか、私に危害を加えようとしている可能性を感じ取って、未然に防ごうとして動いた可能性が高いと思う」
ちょっと寝ぼけていた思考が、アレス君が行方不明と聞いて一瞬でクリアになった。
使者は堂々と正門からシャングラの町の中に入り、宮廷魔術師は裏門を魔術で破壊しようとするなんて、完全に舐められてるよね。
「私がシャングラの町に居ると仮定して来たのに、隣国の領主が居る町を魔術で攻撃するなんて、危険に晒しても構わないってことよね。親交を結ぶ気なんて全然ないじゃん。
もしも私が本当に町に居たら、使者も宮廷魔術師も、まとめて天罰を下してやったのに、残念」
今は魔力が枯渇しているから良かったけど、もしも私が此処に居て魔力が溢れたら、使者も軍も魔術師も生きては帰れなかったかもしれない。
「まあ、あの者たちは、魔法というものを知りません。だから、教会で大賢者様と面会している内に、シャングラの町を陥落させ、自分たちの力を示したかったか、もしもシャングラの住民を救いたければ……などと言って条件を付け、大賢者様に言うことを聞かせようという魂胆だったのかもしれません」
あの使者も国王も、今回は教会にも喧嘩を売ったことになるのだが、果たして気付いているのかどうか、あまりにも頭が悪いからなぁって、大神官様は溜息を吐く。
……確かに、教会内に居た保護対象者であるアレス君を拉致するなんて、完全に喧嘩を売っている。
「私、理不尽な喧嘩を売られたら、三倍返しを公言して喧嘩を買う少女なんですよね。
でもなぁ、アレス君を拉致するってことは、教会だけじゃなく、エイバル王国の筆頭公爵家であるアロー公爵家にも喧嘩を売ったってことだから、これはもう、国と国の喧嘩に発展する可能性が高いわね」
私はアロー公爵の怒りに燃える顔を想像して、ちょっと黒く微笑んじゃった。
あんな名ばかりの宮廷魔術師なんて、魔術師協会のトップであるアロー公爵が、上級魔術師を五人くらい連れてきたら、ギューメラ王国は間違いなく落ちる。
「えっ? 大賢者様の弟子であるアレス様は、エイバル王国のアロー公爵家のご子息なのですか!」
「ええ、そうよ領主様。大国エイバル王国の筆頭公爵家の後継者と言われているアレス君を拉致するなんて、国を滅ぼす気だとしか思えないわ。まあ、そんなことは知らなかったんでしょうけど、知らなかったで済むことじゃないわ」
もしも傷の一つでも付けられていたら、私が滅ぼすとは思うけど、念のためにアロー公爵に手紙で知らせておこう。
手紙が届いて動く頃には、ギューメラ王国の王族から何か言ってくるだろうし。
……たぶん目的は私とシャングラの町の食料。そして、サンアンシスロードのお宝ってところかな。
「でもまあアレス君だって、私同様に王城くらい簡単に破壊できるんだけどね。
大神官様、一週間待っても何も言ってこなかったら、私が王都へ行きます」
「いえいえ、それは許可できません。道中も悲惨な状態ですし、ギューメラ王国の大飢饉は、まだこれからも続く可能性が高いんですから」
大神官様は直ぐにダメだと止めにかかる。そして大至急、大司教様の判断を仰ぐ必要があると言って、伝令を走らせるため部屋を出ていった。
「ホッパーさん、悪いんだけど朝一でシャングラ支部へ行き、でき上っている大トカゲのなめした革を全部貰ってきてくれる? 渡してある空間拡張バッグはプレゼントするから」
……さあ、反撃の準備をしなきゃね。
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