249 走り出した統治(四)
◇◇ アレス ◇◇
己の立ち位置が見えていない者というのは、愚かという一言で済ませることができない、独特の図々しさや浅ましさを持ち、自分の方が上だと勘違いする。
たかが伯爵の分際で、大賢者様への挨拶に出向いてやった?
新しく興した新参の国であれば、近隣に挨拶に出向くのが当然の礼儀?
「己が見捨てた民を、力の限り生かそうとしてくださる恩人で、この大陸の大賢者様に対し、礼儀も常識も知らない驚きの物言いだ」
この無礼者が上から来るなら、私はその上の上から行くしかない。
不快感を露にし、さっさと帰れと言って追い返そう。
「従者ごときが偉そうに。所詮、下級貴族の家の者か平民だろう。
お前がギューメラ王国の者なら、この場で無礼討ちにしてやるところだが、わしは寛大な人間だから、新しく領主となった少女を、急いで連れてくれば許してやる」
多くの民が飢えて死んでいるというのに、でっぷりと腹は出ており、使者とは思えない派手な服装で、これ見よがしに宝飾類を身に付けるとは、エイバル王国の貴族とは価値観がまるで違う下品さだ。
「はーっ、このような無礼な者との面会など、従者として許可できるはずがない。
そもそも大賢者様は、エイバル王国の侯爵でもある。伯爵ごとき者の無礼な態度、エイバル国王にも報告が必要だな」
「なんだと! エイバル王国の侯爵? 侯爵家の娘だったか」
「何を聞いていた、大賢者様ご本人が侯爵だと言っただろう」
……頭が悪過ぎて、話が通じない。
そもそも今は、王宮からやって来た兵や魔術師たちが、この町に攻撃を仕掛けているんだぞ! 頭がおかしいとしか思えない。
「ならばお前は、侯爵家の従者ということだな。まあ、伯爵家の子息くらいの身分……かもしれぬが、新領主も従者も子供では、とうてい領地の統治などできまい」
「隣国からの余計な干渉は、きっぱりとお断りします」
いやいや、お前の国の方が統治できてないだろう! バカなのか? 絶対にバカだな。
「フン、そもそも王子からの求婚を受ければいいものを、教会が邪魔して断るとは、政治のなんたるかも、統治のなんたるかも知らない教会の言いなりでいるより、情け深い我が国の王子に全てを任せた方が、大賢者も幸せだろう」
……はあ? バカ王子に全てを任せろ? 従者なら、結婚を勧めるべきだろう? フ、フフフ、サンタさんの夢は、トレジャーハンターとして世界を巡ることだぞ。お前如きが、サンタさんの幸せを語るんじゃない!
ギューメラ王国の王族は、まだサンタさんとの結婚を諦めていなかったのか。
恐らく、この男はサンタさんに会って、再び結婚を勧めるつもりなんだ。これは、作戦の変更が必要だ。
「まあ大賢者様は、私をとても信頼してくださっているので、私が実際に王子に会い、大賢者様に相応しいお方かどうかを判断し、進言するのであれば、前向きになられる可能性も……う~ん、でも大神官様は、私が王子に会うことを許可されないでしょう」
残念ですがと言いながら、今後の計画を頭の中で描いていく。
「大賢者様は現在、新しく発見したロードのお宝の数々を売って、流民を助けることに精進されているので、王子と会うような時間は取れませんからね」
人間性を探る情報を出しながら、この男の思考を読んでいく。
「ほう、新しいロードの報告は、トレジャーハンター協会の事務長から受けていたが、その口ぶりでは、かなりのお宝が眠っていたようだな。
フフ、そうかそうか、ならば尚更、子供の領主では舐められるだろうから、私が間に入って遺物を売ってやってもいいぞ」
にやりと気持ちの悪い笑みを浮かべ、欲深さを隠すこともしないとは……
「いや、今は流民の世話で忙しいから、販売開始は来月の予定だ」
「なんとも面倒な。流民や民など放っておけばいいのだ。まあシャングラの町も、間もなく我が国の優秀な宮廷魔術師の働きで陥落するだろう。
そうなれば、私はこの町の統治官として暫く滞在するから、遺物は任せてくれたらいい」
あぁ、元々ロードのお宝にも興味がって、此処に来たってことね。本当に己の欲を隠さないなコイツ。
……ある意味、分かりやすくて御しやすい。だが、愚者は常識を知らないから危険だ。
「確かに僕も大賢者様も子供だから、大人の手助けは必要だが……今のまま町を攻撃し続けたら、大賢者様は決して結婚に同意なさらないだろう。大賢者様は、この町の住民と良い関係を築いてこられましたから」
「だが、既に勝敗は決まっている。この町は以後、王族の直轄地となるだろう。大賢者が結婚に同意すれば、この町の所有者は王子になり、私が統治官として、新しいロードの管理も含めて管理することになっている」
……なっている?
「例えそうなったとしても、最も大賢者様から信用され、兄のように慕われている私の口添えがなければ、決して結婚の同意はされないし、ロードの権利は教会のままです。
でも、私が王子に会うことも難しい。なにせ此処はガリア教会ですから」
どうしたらいいんだって悩んでいる子供を演じながら、私という餌をぶら下げてやる。
十五分後、町中がざわざわと大騒ぎになり、裏門を攻めていた軍や王宮魔術師たちが、竜巻に吹き飛ばされたという情報が入ってきた。
「町が混乱している今なら、教会から出ることができる。さあ、王子に会わせてやるから、この箱の中に入れ。直ぐに発つ」
王子に会わせてやるから発つんじゃなくて、戦争に負けたから逃げるんだろう? 笑わせる。
贈り物の入れ物として持ってきた木箱に、早く入れと命令されたが、何故、木箱なんだ? 普通に乗ってきた馬車に乗れば済むじゃないか。
「これでも私はエイバル王国の貴族だぞ。木箱になどご免だ!」
文句を言った途端、伯爵が「やれ!」と誰かに命じて、後ろから強く殴られてしまった。
振動が腰にきて、体が痛くて目が覚めた。
お客様扱いではなく、木箱に入れられ荷物扱いされて荷馬車で運ばれるとは、流石の私も予想していなかった。
これではもう、完全に拉致だ。
……よし、ウエストポーチからクッションを出して、パンでも食べよう。
木箱の長さは一・五メートルくらいで、高さは七十センチくらいだ。身動きできない程に窮屈というわけではない。
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