237 流民と治安維持(一)
教会で馬車を降りた王立能力学園の教授陣も、商業連合や商会の者も、あまりに悲惨な状況を見て言葉を失った。
エイバル王国は三十年以上も干ばつや飢饉を経験しておらず、民を見捨てる領主という感覚も理解できないから、同情するより先に怒りの感情が込み上げてきたようだ。
「これほどとは、想像していませんでした」
想像を超える有様に、エイバル王国から取り寄せる物資の中に、衣類なども必要ですねと商業連合のエバリス副会長は言って、私に同情する視線を向ける。
「ええ、私もです副会長。最低限の着替えさえも持っていないなんて、支援する物資の見直しが必要です」
もう溜息しか出てこない。頭が痛いなんて言ってはいられない惨状だ。
私の隣に居たアレス君が、ショックを受けている私の手をそっと握って「大丈夫サンタさん?」て、心配そうに声を掛けてくれる。
「ぜんぜん大丈夫じゃないよ、アレス君。私……皆を生かしてあげられるんだろうか?」
「サンタさん、全部抱え込んじゃダメだって守護霊の皆に言われたよね? 此処に来てから僕たちは、できる最大限の準備をしてきた。
でも、不可能なことだってある。責任を負うべき者は他に居るんだ」
握っていた手を放し、アレス君は私の両肩に手を置いて、泣きそうな顔をしている私の瞳をじっと見て、全部抱え込むなと注意する。
「流民たちは領地を追い出される際、領主や代官から最低限の着替え以外の持ち出しを禁じられ、手持ちの僅かな現金も、どうせ死ぬ身には必要ないと言って取り上げられたそうです。
神の教えに反する暴挙の数々を、神は……神は決して御赦しにはならないでしょう」
この国の王族や貴族のことは分かっていたつもりだったが、これ程までに信仰心も責任感も無かったのだと知った教会長は、怒りを懸命に抑えながら手を震わせている。
「エイバル王国では考えられないことだ。たとえ農奴や奴隷でも、買ったからには責任があるだろう! なんのための貴族なんだ!」
側にいた鑑定士学部のシリテーナ教授も、意図して民を捨てる領主なんて貴族として失格だと、怒りを爆発させる。
「この状態の流民が、まだ七百人以上やって来るのか……これは、ザルツ帝国との戦争で勝利するより困難な課題だサンタさん、いや、大賢者様。
この有様では、直ぐに【サンアンシスロード】に移動させるのも難しい。
二日くらいは教会で休ませ、水と食料で体力と気力を戻さないとダメだろうな」
流民の殆どが二日間は飲まず食わずだったらしいと付け加え、シャングラの町の領主から話を聞いていたため、少し遅れて戻ってきた大神官様が冷静に意見する。
「大賢者様、先日購入した古着くらいじゃ足らないから、【サンアンシスロード】の居住地に残っている衣類を使うのはどうでしょうか?
確かに朽ちて使い物にならない衣料が殆どでしたが、多少ぼろでも使える服が残っていました。私が確認した服は、まだ十分着れるようでした」
目の前が真っ暗になりかけた時、今回の調査にも同行していた黒ヒョウのオルスバーンさんが、意外な提案をしてきて、思わず顔をガン見しちゃったよ。
「まだ使えそうな衣類があったの?」
「はい大賢者様、私は商人ですから、あらゆるモノを商品として見ます。高度文明紀後期の衣類は、見たこともない繊維で作られており、大変興味深く観察いたしました。少し強く引っ張ってみましたが使えると思います」
直接会話することは少なかったけど、積極的に話し掛けてきた黒ヒョウのオルスバーンさんは、先日流民用に古着を立替払いで購入してくれていた。
「流石はバーリアン連合国の大商会の商隊を率いる隊長ですね。私も衣類を数枚確認しましたが、確かに使えそうなモノがありましたよ」
オルスバーンさんに続いて、ホッパーさんも衣類について教えてくれる。
「どうせ明日には再びロードに潜って、流民用の部屋にある物は全て回収する予定だから、服を慎重に探してみるよ。誰か元気が残っている人を助っ人にして連れて行こう」
「それならば、明日は私たちもお供させてください大賢者様」
今回は同行しなかったバーリアン連合国バード商会のデルンさんが、にこにこしながら助っ人を名乗り出てくれた。
守護霊のトキニさん情報によると、今回彼は湖のある北の町へ行き、【サンタゲート】の近くに作る建物等を建設するため、必要な大工をスカウトしに行っていたらしい。
「大歓迎だわ。商人だから使えるモノを判別できるし、助っ人は多いほどいいもの。信用できる人に限られるし、教会のメンバーは流民の世話で動けそうにないから」
「魔力循環は問題なくできるようになりましたか? 明日の仕事には空間拡張バッグを使うので、先日のポーチよりも魔力が必要です」
私とデルンさんの間に割って入り、アレス君がデルンさんに質問する。
「はい、実は私、バーリアン連合国では珍しい【中位・魔術師】なのです。まあ、エイバル王国の魔術師と比べたら笑われるでしょうが、懸命に練習して三センチのカラ魔核に魔力充填できるようになりました」
「それは凄い。この短期間で、よく三センチを充填できましたね」
どこか警戒した感じのアレス君が、驚きながらデルンさんを褒めた。
……ああ、そう言えば、バーリアン連合国の王族も魔術師が多かったわね。
この大陸にある国の王族は、魔術師の職を授かることが多いと学園で習った。
魔術師であることが、権力や地位を持つことと同義なのは、エイバル王国も他国も同じだから、王族や高位貴族たちは、結婚相手に魔術師を選ぶことが多い。
私とアレス君も、【下位・魔術師】に合格していたから、養子として売られそうになったり殺されそうになった。
「王族に魔術師が多いって、どこの国も同じなのね、デルンさん」
一瞬驚いて瞬きしたデルンさんは、何も言わず微笑み返したけど、貴方が王族だって知ってますよと、さり気なく釘を刺しつつ、利用できる……いや、協力してもらえる魔力持ちなら、この際、遠慮なく使わせてもらおう。
商人を装っていても、これで裏工作することは難しくなったはず。
「オルスバーンさんもどう? 王族なら魔力量は多いでしょう?」
当然オルスバーンさんにも、釘はさしておくわよ。ウフフ。
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