230 迫る大飢饉(九)
シリスに続き、耳を澄ましながら部屋の中を進むと、その部屋はかなり広い倉庫で、奥の方からキューキューと可愛らしい鳴き声と、グーッ、ウーッという低い唸り声が聞こえてきた。
『サンタさん、この先にホワイトウルフの親子がいるわ。どうやら父親はケガをしているようで、かなり危険な状態よ』
先行して様子を見に行ってくれたパトリシアさんが、この先にホワイトウルフの親子が居ると教えてくれた。
「ホワイトウルフ? アレス君、ホワイトウルフって知ってる?」
「サンタさん、それってお伽噺に出てくる森の守り神じゃない?」
「えっ、ウルフなのに守り神なの?」
私は杖の明かりを少し落として、驚かせないよう気を付けながらアレス君と会話する。
『本当にホワイトウルフなら、私の生きた頃には、山神の使いって言われていた気がするな』
高度文明紀後期のエンジニアだったショーニスさんが、追加情報をくれる。
『ああ、白くて巨大なヤツだーね。僕の時代にもいたーよ。火の山の使い様って言われていたーね』
高度文明紀前期の農学者だったゴモラさんまで、似たような神さまっぽい感じの動物の話をする。
『サンタや、あれは確かにホワイトウルフじゃ。絶滅したかと思っておったが、生きていたとは驚きじゃ。恐らく大トカゲと戦ってケガをしたんじゃろう。わしの時代には神獣と呼ばれておったが、母親は子を産んだばかりじゃ』
「アレス君、どうやらこの先に、聖獣である光猫のシリスと同じように、大昔から神獣と呼ばれてたホワイトウルフの親子が居るみたい。
しかも父親は瀕死のケガをしていて、母親は子供を産んだばかりらしいよ」
私は一旦立ち止まって、他のメンバーとも情報を共有し、子を産んだばかりの親は警戒心が強いだろうから、慎重に確かめる方が良いだろうと意見が一致した。
シリスがそのまま先行して、私だけが杖の明かりを薄っすら光らせて、確認することにした。
警戒する唸り声は続いていて、近付いてきたシリスを見ると、唸り声はより大きくなった。
「ガウ、ガウ」
ちょっとだけ大きな声でシリスが警戒するような声を出すと、先ほどまでの唸り声がピタリと止んだ。
シリスは全く警戒していないし、寧ろ心配しているような気がするから、少しだけ明かりを強くして、ホワイトウルフの方を照らしていく。
私の目に映ったのは、シリスの倍の大きさはあろうかという巨大な白い狼が、体中に赤い血を付けて、家族を守るように懸命に立っている姿だった。
その後ろには、二匹の子狼を守るようにして伏せている母親狼が見える。
体はシリスより少し大きいくらいだけど、こちらも前足から血を流している。
『出産のために安全な場所を探していたんでしょうね。でも、きっと大トカゲの群れに遭遇したんだわ。可哀そうに。あっ、父親が倒れるわ』
マーガレットさんの話を聞いている最中に、血だらけで懸命に立っていた父親狼の体が、ゆらりと揺れたかと思ったら、傾いて倒れていく。
気付いたら走り出していた私は、頭を地面に打ち付けないよう、浮遊魔法を放っていた。
地面すれすれの所で父親狼の体は止まっていて、私は直ぐ傍まで行き、ゆっくりと父親狼の体を地面に横たわらせた。
「可哀そうに、こんなになっても……け……懸命に……家族を守ったのね。よしよし、頑張ったね。もう大丈夫。これからは私が家族を守ってあげるからね」
唯一血がついていなかった頭を撫でながら、息を引き取った父親狼に労いの言葉を掛ける。
シリスも父親狼が亡くなったと気付いたようで、「ガオーン」と悲しそうに鳴いた。
私に警戒の視線を向けながら、子狼を腹の下に隠すようにしていた母親狼が、フラフラと立ち上がり、亡くなったパートナーの頬を舐めてから、「クオーン」とひと鳴きしてドサリと倒れるように伏した。
私はなんだか水を飲ませなきゃいけないような気がして、空間拡張リュックから急いで大きな水筒と深皿を取り出し、母親狼の顔の横で水を注いでいく。
トクトクと注ぐ水音を聞き、母親狼は重そうな首を懸命に上げて体を起こして、なんとか水を飲もうとする。
「大丈夫、ゆっくり、ゆっくりでいいよ。もしも、トカゲが襲ってきたら、私が仇を取ってあげるからね」
そう言いながら母親狼の背中を撫でて、心細そうにキューキュー鳴いている二匹の子狼の頭をそっと優しく撫でる。
水を飲んで少し落ち着いた様子のホワイトウルフの親子に、私の仲間を紹介する。
「みんな、神獣様だからね。ちゃんと敬意を持って接してよ」
「了解」と皆は頷いて、可愛い子狼に目が釘付けだ。
「生まれて半日くらいかなぁ?」
「どうだろろうね、サンタさん。本当に可愛いね」
アレス君も傍に来て、子狼の頭を優しく撫で始める。
『サンタや、父親は地上に埋めてやれ』
「了解、サーク爺。地上に埋葬したいので、ご遺体をお預かりしてもいいですか? 神獣ホワイトウルフ様」
「ガウガウガウ」
まるで通訳するように、シリスが母親狼に向かって話し掛けた。
「ワン」と一声鳴いて、母親狼はもう一度父親狼の顔を舐めると、何かを訴え掛けるように私を真っすぐ見て、再びその場に伏せた。
きっと了解してくれたんだろうなって解釈し、簡単な祈りの言葉を唱えてから、昨夜新しく作った空間拡張ポーチに納めた。
「これからどうする?」
「食糧難の解消はしなきゃいけないから、もっと先に進むよリーダー。ホワイトウルフの親子には、扉が閉まる部屋に移動してもらって、暫く休んでもらう」
そうと決まれば行動あるのみ。
シリスがガウガウと母親狼に何か話し掛けて、私とアレス君は子狼を一匹ずつ抱っこして、頑丈そうな扉の部屋を探して移動を開始する。
向かい側の部屋は金属で補強された扉だったので、先にサブリーダーが扉を開けて中を確認してくれる。
「なんだ此処は!」
扉を開けたサブリーダーが、驚いて扉から三歩下がった。
何事? って、皆で部屋の中を覗くと、そこは貯蔵庫みたいで、大きな壺や木箱、大小様々な瓶に金属製の箱などが、所狭しと金属の棚に並べられていた。
ひと際目を引きたのは、一辺が二メートル四方の高さ三メートルの魔術具で、近くには同じような四角い魔術具が四台並んでいた。
『あれが時間停止装置だーよ』
『えっ!』
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