ノウン
何者と問われましてもねぇ……。
俺は黙り込んだ。
皆の顔を見回しても、やはり難しい表情で黙り込んでいるだけだ。
正直、話すのは全然構わないが、信用してもらえる自信がないのである。
天使猫獣人の子ども───天使猫でいいな。天使猫は、なぜか俺の方ばかりをニヤニヤしながら見つめている。……可愛いじゃねぇか。前にも言ったが、俺は猫派なのだ。
「ちょっと突拍子もない話になるが、いいか?」
「構わん。そういう話は慣れておる」
「おお、これは心強い。あ、それはそうと、俺は虎須大吉」
「ノウンじゃ」
「俺たちの出身は地球という惑星で───」
俺は訥々と今までの事情を話した。
ノウンは、黙って聞いてくれた。
他の皆も、なぜか黙って聞いていた。
「なるほどのぉ。お主らをここに送り込んだ連中、だいたい想像がつくわ」
「え?あんた、ダンジョンの事だけじゃなく、宇宙の事まで詳しいのか?で、どんな連中なんだ、俺たちをここに送り込んだのは!?」
「そんな事、お主らが聞いても仕方なかろう。何も出来やせんのに、腹が立つだけじゃぞ」
「腹はもう立ってるけどな」
「なら、なおさらじゃ」
何か、はぐらかされた。
「で、わざわざ出て来たノウンさんは、俺たちをどうする気で?」
「ん?どうもせんぞ。最初は違法な連中かと思うたが、そういう事情ではな」
「違法な連中だったら、どうなってたんだ?」
「ここの10階層のボスでも喚び出したかもな」
「うわぁ〜、エグい」
「お主らも、もっと強い武器を使ってたら、問答無用でエグい敵をぶつけてやったところじゃがな」
「ふむふむ。つまり、ノウンさんはそれだけの権限を持った存在であると」
「あの!だったら、私たちを地球に帰してくれたりは……」
不意に、多摩さんが切り出した。
「地球に……帰る……?」
その途端、俺は、自分が地球に帰るなんて事をこれっぽっちも考えていなかったのに気がついた。
俺だって、地球には大事な友だちがいる。両親がいる。昔の彼女だっている。読みかけだった文庫本の事、仲良くしていた野良猫の事、冷たいビールの味。様々な思いがいきなり頭の中を駆け巡る。
どうして、それらを一度も思い出さなかった?
今まで誰も言い出さなかった?
高校生の女の子なんて、叫びながら「お母さんに会いたい!」なんて言ってても不思議じゃない状況だ。飛行機に乗っていた同級生を気にしていた者はいるが、地上にいる友だちや親を気にしている者はいなかった。
それらをすっぱり忘れていたなんて、やはり異星人の意識コントロールか?
それとも、そんな大事な事も忘れるぐらいに、日々の生活を送るのに必死だったのか?
でも、俺は思い出してしまった。
もう、この感情を再び失う事は考えられない。
「地球に帰りたいのか?」問うノウン。
「帰りたいです!」答える多摩さん。
「帰る手立てがまるでないとは言わぬ。が、途方もなく面倒くさければ時間もかかる方法しかない。が、何より問題なのは」
ノウンが一旦間を置き、多摩さんを見つめる。
「どんな最新式の宇宙船に乗ろうとも、地球まで片道数百年はかかるという事じゃ」
「は?」
「いや、異星人の科学技術なら、光速の壁なんて簡単に超えられるんじゃ?それこそ、ワープとか……」
「お主の言う『わーぷ』が何かは知らんが、光速の壁は簡単に超えられやせぬ」
「じゃ、じゃあ、俺たちがここに来たのは、どうやって!?」
「当然、数百年かけて来たのじゃろう」
鳩尾の辺りから、何かが抜けて行く気がした。魔力切れと相まって、本当に吐きそうだ。
「俺たち、何百年も眠ったままだったって言うのか?」
「そうじゃろうな。ちなみに、お主たちを連れて来た連中は、寿命が千年を超えておるじゃろう」
「なんだそりゃ、デタラメな」
「光速の壁は超えられぬが、不老の壁はとっくに越えておる。そういう事じゃ」
つまり異星人たちは、千年を超えるありあまる時間を使って、星々の海を渡っている訳だ。
「私……、彼とそろそろ結婚しようかって話をしてて……。何百年も経ってるって、それじゃあ、彼は……彼は、もう……?」
言いながら、多摩さんがポロポロと涙を流す。
誰も何も言えなかった。
言える訳がなかった。
あまりにも非情な現実だった。
浦島太郎じゃあるまいし、知る人が誰もいない地球に帰って、どうしろと言うのか?
誰も皆、過去の地球に大事な人を残して来たという意味では同じだ。
多摩さんだけの痛みではない。
でも、この場で一番痛手を受けているのは、多摩さんだろう。
しかし、清水さんも竜ヶ原さんも宮島さんも、そしてアヅマも呆然とした表情のまま俯いている。
俺だって、多摩さんや竜ヶ原さんを力づけたいという気持ちはあっても、自分自身がひどいショックを受けているのが分かる。
しばらく、無言の時間が過ぎた。
誰も何も言わなかった。
ノウンも何も言わなかった。
誰かが泣き出しても、不思議ではなかった。
怒鳴り散らしたとしても。
でも、何も言わなかった。
何か言えば、それこそ決定的に取り返しがつかなくなる。そんな気がした。
でも、いつまでもこうしている訳にはいかない。まだここは、ダンジョンの中なのだ。
「拠点に帰ろう」
俺の物言いは唐突だったろう。
それでも、「そうね」と清水さんが同意の声を上げてくれた。
「とりあえず拠点に戻って、バスタブを買って、風呂に入ろう。難しい事は、それからだ」
「そうよね」
竜ヶ原さんも、ぎこちなくだけど笑ってくれた。
「じゃあ、俺が大吉の背中を流してやるよ!」
「いや、一人で入れよ」
「レスラーたる者、裸の付き合いが大事に決まってるだろう!」
「俺はレスラーじゃねぇ!」
多摩さんも薄く笑いながら、何とか立ち上がってくれた。
「じゃあな、ノウン。貴重な情報をありがとうな」
俺たちはノウンに手を振った。
「こら、待たんか。ワシを置いて行く気か!?」
「え、置いて行く気だけど」
「わざわざお主たちに会う為に、久しぶりに目覚めたのじゃぞ?風呂ぐらいご馳走せんかい!」
「えー、猫って風呂嫌いじゃん」
「この見かけは、お主たちの集合意識の中の、絶対に攻撃出来ないイメージを具現化したものじゃ。実際の猫とは、関係などない!つか、猫って何じゃ?」
「えー、偽物かよ」
でも、猫で天使で子どもで……確かに攻撃出来んわな。
「じゃ、清水チーフ1人だったら、カエルの姿で出て来たのね?」
宮島さんが茶化す。
「別に私、カエル好きって訳じゃないわよ!」
清水さんが怒ってみせ、やっと多摩さんも笑ってくれた。
「仕方ないな、ノウンも拠点に招待するよ。食べ物は普通ので大丈夫か?」
「何が普通か知らんが、アルコールが良いなぁ」
「その見かけでかよ」
俺たちはわざとはしゃぎながら、拠点に向かって歩き出すのだった。
読んでいただいて、ありがとうございます。
こんなお話でも面白いと思って下さったら、『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にしてポイントを入れてもらえたら嬉しいです。




