第三十四話 私は、八尺様とメリーさんに酒を提供する。
「じゃア、適当な、酒とツマミを持ってくるわ」
「うん、お願い」
まだ火照っているらしい顔を手で隠したまま、メリーさんは小さく頷き返してきた。
「八尺様は、どウしますか?」
念の為に、私は八尺様にも確認しておく。
メリーさんの理屈で言えば、八尺様も飲酒は出来る。
まぁ、八尺様の場合は、見た目が成人しているから、仮に、居酒屋で酒を注文しても、年齢を確認される事はないだろうが。
(いくら、最近の子が発育が良いからって、このおっぱいは凄すぎるもんな)
おっぱいに貴賤なし、ちっぱいもデカぱいも、私は等しく好きだ。
しかし、そんな私の中には、爆乳のロリ、これには、苦手意識とまでは言わないものの、ちょっと抵抗感はあった。
自分のおっぱいが、友人よりも大きく、それを男子から揶揄われたり、周りの男に下品な視線を向けられたり、女子から疎まれる、そんな現状に苦しんでいる子がいるのも承知だ。
私が、今イチ、受け入れがたいのは、二次元作品における、巨乳ロリキャラである。
そのアンバランスさが良いって人もいるのだろうが、私は興奮できない。
とは言え、この手の性癖は、非難するようなものではない。
相手の「好き」を軽蔑し、罵倒して、悦に浸るなど、愚の骨頂である。
一応、苦手である事を伝えた上で、相手の「好き」を尊重する姿勢を示す、それで十分だろう。
「ぽっぽぽぅ」
若干、話がズレてしまったな、と自省しつつ、私が目で問うと、八尺様は小首を傾げた。
「自分がオ酒が飲めるかどウか、判らなイ、と」
私の確認に、八尺様は気まずげに頷いた。
どうしたものか、と私は無意識に、腕を組んで考えた。
都市伝説の住人に、飲酒をさせても、人間の法律には違反しないだろう。
あちら側には、何らかの法律があるのかも知れないが、いくら何でも、そこまで配慮は出来ない。
しかし、私個人としては、酒を飲めない相手に強引に酒を飲ませるのは「アルハラ」だ、と思っているから、そこは、人間か人間じゃないか、は関係ないのだ。
私の印象など、てんで当てにはならないが、恐らく、八尺様は飲酒をしても、すぐには潰れないタイプに思える。
(酒乱の類でもなさそうだよな)
かと言って、興味本位で酒を飲ませるのは、私としては気が進まない。
メリーさんも、姉として慕う八尺様に、飲酒を強要する気はないようだ。
「どウしましょウか?」
若干、どころか、相当にズルい気もしたが、私は八尺様の意志を尊重する、そんなスタンスを示した。
「ぽぉ~~~」
しばらく悩んでいた八尺様は、「ぽぉぽ」と、ぷっくりと分厚い唇に指を押し当てた。
「飲んでみますか?」
「ポォ」
力強く頷いた八尺様。
彼女が、お酒を飲んでみたい、と望むのならば、私はそれを止めはしない。
まぁ、酔った八尺様を見てみたい、そんな気持ちがあったのも確かだ。
暴れ始めてしまったら、その時はその時でしかない。
私の命一つを懸ければ、まぁ、どうにかなるだろう、と気楽に構えつつ、私は「何なら飲めるだろうか?」と思案を巡らせる。
飲み会であれば、「とりあえず生」は定番だ。
しかし、これは飲み会ではない。
八尺様が、ビールの苦味の良さが解からぬ子供舌じゃないのは確かにしろ、人(?)生初となると、もう少し、ライトな方が良い気もする。
(梅酒にするか・・・)
酒に詳しくない人からすると、意外かも知れないが、梅酒はビールよりもアルコール度が結構、高い。
飲みやすいからと言って、カパカパ飲むと、あっという間に酔っぱらってしまう。
『くればやし』の本社で働いていた頃、飲み会で、梅酒でベロンベロンになった新人を何人も見てきた、私は。
そんな梅酒をチョイスするなんて正気か、と酒飲みからは疑われそうではあるにしろ、私としては、まず、気軽にお酒を楽しむ、それを八尺様に知って欲しかった。
かと言って、梅酒をそのまま飲ませてしまうのも、不安はある。
繰り返しになってしまうが、梅酒は地味にアルコール度が高い。
市販のものだと8~15%、自作となれば、20%前後、と考えた方が良いだろう。
私は料理が趣味でもあるから、梅酒、正確に言うと、果実酒の自作にもチャレンジしており、この家に引っ越してくる時も、暮林邸で漬けた梅酒を持ってきていた。
(飲み頃としては十分だが、八尺様に、そのままで飲ませるには強過ぎだよな)
梅酒を飲み慣れている者、良綱さんや五十嵐さんは「美味しい」と絶賛してくれたが、飲酒した事がない八尺様に飲ませるのは躊躇してしまう。
苺さんなどは、良い感じに酩酊し、普段以上の色気が出まくっていた。
「あっつーい」とパタパタ、服を動かし、火照った体に風を浴びせていた苺さんは、実にセクシーだった。
(そう言えば、あん時、涼子ちゃんに、「見惚れすぎ!!」って頬を抓られたな)
私は、今は肉が無い頬を撫でながら、そんな事を思い出した。
性悪な雪乃と違い、優しい苺さんが大好きな涼子ちゃんからしたら、いくら、家族として受け入れていても、お姉ちゃんを男にエロい目で見られるのは不快だったんだろう。
あの時の痛みを懐かしく思いながら、私は考えを進める。
(そうだ、ソーダで割ってみるか)
基本的に、私は梅酒を割らずに飲むタイプであるが、初めての八尺様には、ソーダで割るのが良いだろう。
自分の中で答えが出たので、私は腰を上げる。
「二人とも、待っててくださイ。
今、持ってきます」
「よろしくね。
あ、先に言っておくけど、グラスとかに注がなくていいから」
「了解」
「ぽっっぽっぽ」
二人に見送られ、私は今一度、キッチンに戻る。
と言ったって、大層な事をする訳じゃない。
私は缶ビールで良い。
様々なメーカーの缶ビールを飲み、どれも美味しい、と感じてしまうバカ舌の私が今、気に入っているのは、ど定番と言っても差し支えない、中国の瑞獣が描かれているものだ。
(生まれた時代と国が違えば、良綱さんの前に、コイツは姿を見せただろうな)
缶ビールの表面に描かれている、霊獣を指の腹で撫でながら、私は思いを馳せる。
(幸か不幸か、あっち側から戻ってきちまった俺の前に現れるとしたら、ノルマに追われた冥府の使いかね・・・)
メリーさんも、グラスは要らない、と言ったから、缶チューハイだ。
缶チューハイは、冷蔵庫に何本か、入れていたので、私はその中から、檸檬のイラストが入った一本を選んだ。
メリーさんは酒に強そうではあるにしろ、これは、あまり、アルコール度が高くない。
何せ、酒を飲みながら話すのは、この顔の傷の事。
つまり、雪乃の事にも言及せねばならない。
とっくに、私はアイツへの憎しみなど捨てているにしろ、八尺様とメリーさんが、雪乃の性悪さを、どう受け止めるのか、そこが読み切れなかった。
何らかの原因で、二人はズレている感じがあるにしろ、それでも、「都市伝説の住人」に分類される事は間違いない。
人に害を成す事が「当たり前」である都市伝説の住人からすれば、性悪女の雪乃は賞賛に値するかもしれないし、逆に、都市伝説の住人の感覚からしても外道すぎる、と嫌悪感を抱くかもしれなかった。
どうなるか、判らない以上、あまり、強い酒は飲ませたくない。
八尺様には、梅酒のソーダ割を飲んでもらうから、ここで作っていく。
私は自家製の梅酒を、適当な大きさに砕いた氷をたっぷり入れたグラスの三分の一の所まで注ぐ。
飲み慣れている者なら、グラスの半分まで梅酒を注いでも良いが、八尺様は、今日、初めて、お酒を楽しむ。
であれば、1/3くらいがベストだろう。
続けて、入れるのは、無糖の炭酸水だ。
クッキーやケーキなどは、ご近所さんへのサービスとして無料で振る舞っているが、店では駄菓子に加え、ラムネやコーラ、ジュースの類も、中型の冷蔵庫に入れ、販売していた。
大介くんたちは、私に慣れてきているのか、ここでお菓子を食べていく事に躊躇いが無いが、他の学生はちょっと、買い物をしていくだけで、すぐに店を後にしてしまう。
こちらも、無理強いは出来ないし、買いに来てくれるだけでもありがたい。
それに、キンキンに冷えた飲み物を買ってくれる子も増えて来ているのだ。
売り上げが増える、それも確かに嬉しいが、学生が私に「ラムネください」と話しかけてくれるのが、実に嬉しい。
(でも、それを涼子ちゃんに報告したら、何か、涙ぐんでたんだよなぁ)
そんな小さい事でテンションが上がる私に、涼子ちゃんは涙が出るほど、呆れてしまったのだろうか。
悩みつつ、私は無糖の炭酸水を、グラスへ静かに注ぎ入れたら、マドラーで一回、軽く混ぜる。
一応、これで完成ではあるにしろ、私としては、ここにカットレモンを添える。
半分ほど飲んだ所で、レモンを搾り入れると、爽やかさが強まり、違った旨さを楽しめるのだ。
(ツマミは・・・焼き鳥と枝豆、あとは、たたきキュウリのナムルで良いかな)
さすがに、今から鶏肉に串を打って、炭火で焼いていたら、八尺様とメリーさんに待ちぼうけを食わせてしまうので、焼き鳥はレンジで済ませてしまおう。
たたきキュウリのナムルは作り置きがあるから問題ない。
枝豆を塩茹でし、冷凍庫から、モモ肉の串を塩とタレ、三本ずつ取り出すと、大皿に乗せ、電子レンジで温めていく。
「出来た、出来た」
焼き鳥が温まったので、私は良い感じの緑色に茹で上がった枝豆をザルに上げる。
「ん、丁度イイ塩加減」
一粒だけ、味を確かめた私は、酒とツマミをトレイに乗せると、足早にダイニングへ戻る。
「オ待たせしました」
「ありがと、真宵君」
「ぽいぽお」
「イエイエ」
寝転んでいるたまを、指先でちょいちょい突いていたメリーさんと八尺様は、私がダイニングに戻ってくると、私へ律義に礼を言ってから、席に着く。
「こっちがメリーさんの缶チューハイで、こっちが八尺様の梅酒のソーダ割です」
私は二人の前に缶とグラスを置き、ツマミを盛った皿を中央に配置した。
「お姉さまは、梅酒のソーダ割なの?」
「初心者向けかっつーと微妙だが、飲みやすイからな」
「確かに」
八尺様は、グラスへ鼻を近づけ、香りを嗅いでいた。
さほど苦手な香りではなかったらしく、見えはしないが、恐らく、彼女の目には興味の光が宿っているだろう。
「真宵君はビールにしたのね」
「飲み慣れてるので」
「それが一番よね。
じゃあ、話を聞く前に、まずは乾杯をしときましょ」
メリーさんが缶を掲げたので、私と八尺様も缶とグラスをそれに近付けた。
「この出会いに乾杯」
「乾杯」
「ぽっぽぽぅ」
二つの缶と一つのグラスが軽くぶつけられる良い音が、ダイニングに浸透する。
「いただきます」
メリーさんはプルタブを開けると、レモンの酸味が強めの缶チューハイをゴクリッと飲む。
「あっー、美味しい」
「そりゃ、良かった。
八尺様、どウですか、オ味は?」
若干、躊躇っていた八尺様だったが、グラスに近付けた唇を湿らすように、梅酒のソーダ割の味を確かめる。
「!!」
一瞬、目を見開いた様子の八尺様。
しかし、グラスをテーブルに置く事はなく、もう一度、味を確認する。
そうして、美味しさを感じ取れたようで、チビチビとではあるが、美味しそうに飲み始めてくれた。
「ぽぅっぽっぽおお」
「そりゃ良かった」
八尺様が、梅酒のソーダ割にご満悦なようなので、私はホッとする。
「オ酒だけ飲むと、酔イが回りやすイんで、オツマミも一緒に食べてくださイね」
「ぽぇ」
頷いた八尺様は、枝豆を手に取ると、チマチマと食べ始めた。
彼女のように、体のサイズが大きい女性が、ハムスターのような食べ方をするのは、実に好いギャップを感じて、幸せな気分になれる。
「じゃあ、真宵君」
甘辛いタレが効いた焼き鳥を、ゴクリっと飲み込んだメリーさんは、おもむろに私の名を呼んだ。
「早速、その顔の傷について話して貰おうかしら」
メリーさんの言葉に、自然と八尺様も背筋を伸ばす。
何だかんだで、八尺様も、私の顔については気になっていたらしい。
これまで訊いてこなかったのは、自分が「ポ」しか喋れず、意思の疎通が難しい、と思っていたからなのか、それとも、他人のプライバシーにズカズカと踏み込んではいけない、と自分を律していたからなのか。
何度も繰り返して申し訳ないが、私としては、この顔の傷に関しては、あまり気にしていない。
それこそ、俳優やモデルと言った、顔の良さで、世間の人に希望を与える職業に就いていたのなら、自分がやりたい事が出来なくなり、絶望した可能性も否定できない。
ただ、私は、顔で仕事をしていた訳じゃない。
なら、一体、何で仕事をしていたのか、それを訊かれてしまうと悩むが、少なくとも、顔が良いからと言って、仕事の成果に繋がりはしないのは確かだ。
(俺を「イケメン」と言ってくれたのは、涼子ちゃんくらいだからなぁ)
家族をあの大災害で喪った私を引き取ってくれた施設のトップである伊武さんは、「イケメン」ではなく、「私好みの顔」と評してくれていた。
八尺様ほどではないにしろ、女性にしては高身長で、力も強かった伊武さんは、当時、小柄な中学生だった私を、頻繁に、自分の膝の上に乗せ、私の頬を後ろから揉み解し、「良い男に育つようにおまじない」と笑っていた。
小学生の時は、「おかしい」とは感じなかったし、むしろ、優しくしてくれる事が嬉しかった。
だが、多感な時期である中学生ともなれば、さすがに恥ずかしい。
しかし、先にも言った通り、伊武さんは、当時の私では、まるで歯が立たないほど、身体能力が優れており、本気で抵抗しても、膝の上から逃げる事は叶わなかった。
諦めやすい性格ではないにせよ、人間、諦めも肝心、と学んだ私は、伊武さんが満足するまで大人しくしている事を選択した。
満足するまで、少なくとも、30分は要したが、中途半端に反抗したら、頬を揉まれるだけでなく、耳まで甘噛みされ、首筋を舐められる事もあったので、私はジッとしていた。
(何かのきっかけで、その時の事を、涼子ちゃんに話したら、メッチャクッチャ不機嫌になられたよなぁ)
さすがに、あの時の涼子ちゃんは怖かった。
真由子さんと苺さんが、方法は解らないにしろ、涼子ちゃんを宥めてくれなかったら、黄泉園に血の雨が降っていたかも知れない。
「どうしたの、ボケっとして」
「イや、どっから話そウかって悩んでた」
言い訳っぽくなってしまったが、どう話そうか、悩んでいたのは事実だ。
「真宵君が話したいように話してくれていいのよ」
「それが一番、難しイって解って、言ってねェか、メリーさん」
メリーさんのテヘペロ顔に、私は溜息が漏れてしまう。
しかし、気持ちが楽になった。
ビールで、胸のモヤモヤを流した私は、「俺は、ちょっと前まで、『くればやし』って企業で働イてたんだ」と切り出した。
正確に言えば、私は、『くればやし』をクビになっていないし、それどころか、役員待遇だから、過去形にするのは変かも知れない。
けれど、役員と言ったって、末席、どころか、お飾りも同然であるし、個人的には、この紅檎寺村の『暮林雑貨店』の店主、と胸を張って言いたいのだ。
「『くればやし』って、あの、何がメインか、よく解らない大企業の?」
「身も蓋も無い言イ方だけど、まァ、間違っちゃイねェな。
色んな業種に進出して、どこでも結果が出てるからな、そウ言われても、否定が出来ねぇわ」
「ぽぅっぽっぽ?」
「そうね、エリートよ、お姉さま。
凄いじゃない、真宵君。
でも、今は、ここの店長なの?」
「アァ」
私が頷くと、メリーさんが「何をやって、クビになったのかしら」と訊きたそうな目になる。
「先に言ってオくと、クビになった訳じゃなイぜ、メリーさん」
「そうなの?!」
「『くればやし』の社長から、この店を任されたんだよ、俺は」
自分の早計を恥じたのか、頬を赤らめたメリーさんは、その感情を誤魔化すためか、缶チューハイをゴクリッと飲む。
「その顔の傷は、ここに来る前に負ったの? それとも、ここに来てからなの?」
「ここに来る前だよ。
大部分は占めちゃイなイが、この村に移り住む理由の一つに、この顔の傷がアるってのは確かだな」
返答しながら、私はマスクの上から、顔を撫でた。
「ぽぉっぽっぽ」
「イや、大丈夫です、八尺様。
話すのが辛くなってきた訳じゃなイですから」
私のメンタルを心配してくれる八尺様に感謝しつつ、話を続ける。
「自慢に聞こエちまウかも知れなイが、俺は、『くればやし』の社長に高イ評価を受けてたんだ」
「高評価されてたのに、こんなド田舎の店を押し付けられたの?」
「オイオイ、ど田舎ってのは酷イぜ、メリーさん」
歯に衣着せない物言いをするメリーさんに、私は苦笑いを浮かべてしまう。
ここの住人としては、怒るのが正解なのだろうが、まぁ、紅檎寺村が田舎に分類されるのは事実だ。
「俺は、ここに引っ越してこられて良かったって、本心から思ってるんだからさ」
「そうね、ちょっと言いすぎたわ。
ごめんなさい」
「構わんさ」
素直に謝られてしまっては、ムキになった方がみっともない。
「とは言エ、紅檎村寺と俺の尊厳の為に言っておくが、ここへの移住を最終的に決めたのは俺自身だ」
その決断は、俺にとっての誇りであり、後悔など微塵も無い。
「ぽっぽ」
「エェ、好イ村ですよね、八尺様」
八尺様が、紅檎寺村を誉めてくれたので、私も嬉しくなる。
「この村がどれほど良いか、そこはこれから知っていくにしろ、一体、何があったの、真宵君に」
「繰り返しになるっつーか、自慢っぽくなっちまウが、俺は、『くればやし』の社長に、仕事ぶりを認められていた」
「うん」
「っぽ」
「俺は、社長、名前は良綱さんって言ウんだが、良綱さんに家族同然の扱イを受けてた」
「よっぽど優秀だったのね、真宵君が」
「それなら嬉しイ話だな」
「違ったの?」
「イや、多分、それもアっただろウけど、他に理由がアったってのも確かなんだよ、メリーさん。
良綱さんには、娘が三人、いたんだ」
「ぽぉ」
「良綱さんは、俺を自分の次女の婚約者に選んだんだ」
「凄い、逆玉の輿じゃない、それって」
「何も知らなイ周りからしたら、そウだっただろウな」
私の言い方に含みがあったからだろう、メリーさんは眉間に皴を寄せた。
「つまり、その次女に問題があった?」
「大まかに言エば、そうだな。
正確に言ウなら、問題しかなかった、その次女、雪乃には」
「ぽっぽっぽぉっぽ?」
「ちょっと、お姉さま、さすがに、『不良物件』は言い過ぎだって」
なまじ、自分が言おうとして堪えたからだろう、メリーさんは八尺様のストレートな表現に慌てふためき、私の顔色を窺ってきた。
「今更だから構わなイよ、二人とも。
実際、良綱さんも、俺に、アんな娘を押し付けてしまウ事を申し訳なく思ってるって謝られたしな」
良綱さんに謝られた時の驚きを思い出し、私は苦笑いを浮かべてしまう。
「メリーさんたちの感覚からすると違ウかも知れなイが、少なくとも、俺ら人間の尺度で見たら、雪乃って女は、ドが三つは付くほどのクズだったからな」
「そ、そんなに酷かったの? 真宵君の婚約者にされた女は」
「今、ここで、八尺様たちを前にしてるから、本音を言ウが、雪乃が良綱さんの娘じゃなかったら、俺は雪乃を絶対にブチ殺していたよ」
その瞬間に、私の双眸に、マジの光が宿ったのだろう、メリーさんと八尺様は無意識に、ゴクリッ、と息を呑んでいた。
顔に傷を負った事は、もう気にしていないし、俺を散々、振り回した雪乃への憎しみも、とっくに昇華している。
ただ、私以外の人間に、雪乃がやっていた悪行を思い返せば、否が応にも殺意が湧き上がって来てしまう。
恐らく、私以外にも、良綱さんの顔を立てて、もしくは、暮林家と争うのを避けたくて、雪乃に対する憎悪に身を委ねるのを堪えた人は多いだろう。
雪乃の死に方、それは、人として、実に惨たらしいものだった。
天罰覿面、それか、自業自得の最期だ、と思った者もいるだろうが、むしろ、それは少数派だ。
あの程度では生温い、と憤っている被害者の方が多いんじゃないだろうか。
雪乃が「事故死」した、そう聞いて、喜んだ者よりも、自分が殺してやりたかった、と動かなかった己を責めた者も少なからずは存在していそうだ。
それほどの罪過を、雪乃は抱えているのだから。
「死んだ人間を罵るのは、人として最低だってのは自覚しちゃイるが、雪乃は大勢から罵詈雑言を浴びせられるだけの事をしてたんだ」
「一体、何をしてたのか、聞くのが怖いんだけど」
「・・・・・・そこに関しちゃ、ほんとに、メリーさんと八尺様に不快な思イはさせたくなイから、話すのは勘弁してくれ」
怪人の感覚や常識が明瞭でない以上、私は人間に近いパターンを考慮し、雪乃のやらかしを語るのは止めておく。
そもそも、この顔の傷に、雪乃の過去の悪行は、さほど関係していないのだから。
「OK」
「ぽぉ」
二人が私の気遣いを受け入れてくれたので、私はホッとしつつ、話を続けていく。
「良綱さんが、俺と雪乃を婚約させたのは、雪乃の人間性を少しでも矯正したかったかららしイ。
残念ながら、俺は、そこまで人間が出来てイなイから、良綱さんの思惑は外れちまって、雪乃の性悪っぷりは直らなかった」
「朱に交われば赤くなるって言うけど、その雪乃って人間は、よっぽど、根性とかがひん曲がってたのね。
真宵くんが婚約者に決まったら、君に相応しい人間になろう、ってほとんどの女性が思うんじゃない?」
「・・・・・・そんな事はなイと思ウけどな」
メリーさんが、やたら、私を過大、いや、過剰評価してくるので、私は戸惑いを露わにしてしまう。
しかも、その意見に、八尺様まで「ぽぅぽぅ」と同意してくるので、私はますます、気恥ずかしい。
「まァ、そこはさておき、俺は社長命令って事もアって、雪乃の婚約者になる事を了承した」
「その雪乃って女、とんでもないクソ女だったんでしょ?
真宵くん、よく、そんなクソ女の事が好きになれたわね。
もしかして、そいつ、顔だけは良かったの?」
「雪乃が美人だったって事は否定しねェよ」
私は顔を知らないが、恐らく、良綱さんに薬を飲ませ、逆レイプをかました雪乃の母親も、顔だけは上の上だったんだろう。
(母娘揃って、顔の良さだけで、男を食い物にし、他人を不幸にする事で肥えていた訳だ)
改めて、ろくでもない母娘だったな、と心底から軽蔑しつつ、私は微苦笑を漏らす。
「バカ娘を更生させて欲しイっつー恩人かつ雇イ主でアる良綱さんの意向を汲んで、雪乃を好きになろうと努力はしたが、結局、一度も、アイつに惹かれなかったな」




