第三十五話 私は、顔の傷について、八尺様とメリーさんに語る。
「真宵くんは、女性の外面より性格を重視するタイプなの?」
「どウなんだろウな・・・正直、これまで、色々とアった所為か、誰かを本気で好きになったって経験がなイんだよなぁ」
アルコール、と言うより、今更ながら、メリーさんと八尺様と一緒に酒を飲んでいる、この状況に対して高揚しているのか、ついつい、そんな事まで漏らしてしまった。
口に出してしまったし、あながち、間違ってもいないので、私は特に訂正もせず、話を続けた。
「欲張りと言われるだろうが、やっぱり、外見も性格も、好みにドンピシャな相手と付き合イてェよ、やっぱり」
「ぽっぽっぽっぽぉ」
「そうね、お姉さまの言う通り、普通でしょ、その考え方は」
二人が首肯してくれたので、ちょっとだけ、私の気は楽になる。
ただ、ここで「アりがとウ」と告げるのは違う気がするから、あえて、何も言わず、焼き鳥を頬張った。
「まァ、雪乃の方も、俺の事を毛嫌イしてたから、オ互イ様だけどな」
「付き合う、と言うか、その社長さんに言われて、婚約する前から、真宵くんは顔に傷があった訳じゃないのよね」
「アァ、この顔の傷は、雪乃の婚約者になってからのもんだ」
私はマスクに触りながら、メリーさんからの質問に答えた。
「その、私たちは、真宵くんの元の顔を知らないから、適当な事は言えないけど、その雪乃って女にとっては、真宵くんの顔が好みじゃなかったのかな?」
「顔云々じゃなくて、雪乃は、俺の存在そのものを疎んでたからなァ。
ア、そウだ、興味があるなら、俺の元の顔を見せよウか?」
「ぽぅっ!?」
「え、見せてくれるの?」
「別に、見せて減るもんじゃねェしな。
でも、そんな期待はしなイでくれよ。
今よりは多少はマシってだけで、どこにでもイるフツメンだったからさ」
私はテーブルの上に置いていたスマフォを操作し、この怪我を負う前に撮った、いや、撮られた写真を画面に表示させた。
元々、私はあまり、写真を自分で積極的に撮る方ではない。
けど、涼子ちゃんは、私のスマフォを使って、仕事中やプライベートの私、また、半ば強引に自分とのツーショット、暮林家の皆さんに囲まれた状態で撮っていたから、画像データは多く、スマフォに保存されていた。
そのデータを出力して現像した写真を収めたアルバムが、涼子ちゃんの部屋の棚に置かれているのは、私としては結構、恥ずかしい。
(涼子ちゃんも、こんなアラサーの写真を撮る事の何が面白かったんだろうな?)
今更の疑問に首を捻りつつ、私は無難な一枚をメリーさんと八尺様に見せる。
「・・・・・ぽぅ」
「そうねぇ、確かに、イケメンって感じじゃないわね」
決して、涼子ちゃんの撮影技術のレベルが低い訳ではない。
被写体である私が、美男子ではない、それだけの話だ。
「でしょ?」
「でも、文句なしのイケメンを10にするなら、真宵くんは8くらいよ、実際」
メリーさんの評価に、八尺様はおっぱいが激しく揺れるほど、コクコクと頷いている。
「イや、そんな高評価されると、照れちゃウんですけど」
「けど、本当の事じゃない。
ねぇ、お姉さま」
「ポゥ!」
八尺様がブルンッとおっぱいを揺すったので、私は複雑な気分になった。
元より、自分の顔が好きでも嫌いでもなかった、私は。
一社会人として、不衛生だと仕事に差し支えるから、毎日の手入れを欠かさず、少しでも、相手に好ましい印象を抱いて貰えるようにしていただけだ。
そんな顔を誉められたら、私としては喜んでいいのか、失った事を嘆いて良いのか、悩んでしまう。
「アりがとウござイます?」
「何故に疑問形(笑)」
クスクスと笑ったメリーさんは、「ねぇ、他の写真も見て良い?」と訊ねてきた。
「構わなイけど、そんな面白くねェぞ」
私がスマフォを渡すと、メリーさんは八尺様と一緒に他の写真を見始めた。
「結構、多いわね、写真」
「ぽぅっぽっぽ」
「そうね、自撮りじゃなくて、誰かが撮ってるものばっかり」
八尺様の鋭い指摘に、メリーさんは「ふむ」と頷き、顎に手を当てた。
「真宵くんの写真、撮りまくってるの、年下の女の子?」
「よく解ったな」
思わず、私は驚きを露わにしてしまった。
「でしょうね」
自分の推測が的中していた事に破顔しつつも、メリーさんは何か言いたげな表情だった。
かと言って、そこを追求するほど、私は野暮じゃない。
言いたいが言わない、とメリーさんが判断したのなら、無理に聞き出していい事じゃないからだ。
「多分、どっかに、一緒に写ってるのがアったはず」
私はメリーさんにスマフォを返して貰い、私と涼子ちゃんのツーショットを探す。
先も言ったが、涼子ちゃんは、私を撮るだけじゃなく、自分と一緒に撮る事も積極的だった。
容量の半分を占めているってのは言い過ぎしろ、三分の一くらいは、私と涼子ちゃんのツーショットかもしれない。
ただ、私と涼子ちゃんのツーショットよりも先に、暮林家の皆さんと一緒に撮った一枚を見つけたので、私はメリーさん達にそれを見せる事にした。
「これ、さっき話した、社長さんの家で、クリスマスパーティーをやった時の写真だ」
「ぽうっぽっぽぉっぽ」
「アハハハ、そうね、真宵くん、トナカイのコスプレ、似合ってるわよ」
メリーさんは大笑いし、八尺様もニヨニヨしている。
「これが、社長さんかしら。
めっちゃ、イケオジじゃない」
メリーさんがサンタクロースの帽子を被っている良綱さんを指差しながら、容姿の良さを誉めてくれたので、私は「だろ?」と口の両端を吊り上げてしまう。
もっとも、マスクを外し、そんな笑顔を晒したら、周りは悲鳴を上げたに違いないだろうが。
「周りの人も美形ねぇ」
「この人らに比べたら、俺なんてフツメンさ」
苦笑いを浮かべながら飲んだからか、ビールの苦味が、ちょっとだけ強く感じてしまった。
「そこまで卑下する事もないわよ、真宵くん」
私に励ましの言葉を言ってくれたメリーさんだが、ふと、表情を真剣なものに切り替えてきた。
「この女が、真宵くんと婚約した雪乃?」
そう訊ね、メリーさんが指差したのは、写真に写ってはいるが、不機嫌であるのを隠そうともせず、そっぽを向いて、カクテルを飲んでいる雪乃だった。
この時、雪乃は「家族写真」に入る気など微塵も無かったのだが、真由子さんに圧をかけられ、渋々、微妙に写る位置に立ったのだ。
雪乃にとって、真由子さんは義母な訳だが、暮林家の「家庭」を牛耳っている彼女には逆らえない存在だったようだ。
(アイツに同意するのは癪だが、確かに、真由子さんに反抗するのはヤバいもんな)
「何で解ったんだ?」
「ぽぉっぽぅっぽっぽ」
八尺様の声には、今まで聞いた事が無い、不快感に満ち溢れており、その体躯からは「軽蔑」が噴き出ていた。
「お姉さまの言う通りよ。
この雪乃って女、魂の色が穢れ過ぎなのよ。
写真でも、ドス黒い雰囲気が見えるって相当よ」
都市伝説の住人から、そこまで高評価される雪乃も大したもんである。
まぁ、当の雪乃は、喜ばないだろうが。
「メリーさん達からしても、胸糞悪くなるか?」
「少なくとも、私は、この女と上辺だけの友達にもなりたくないわね」
メリーさんがキッパリと言い切ると、八尺様も鼻息を荒々しくして頷きながら、中指をおっ立てたもんだから、私は瞠目してしまった。
「こんな女と婚約してるの?」
「正確に言エば、していた、だよ、メリーさん」
聡いメリーさんは、私の言い回しでピンッと来たらしい。
ただ、さしものメリーさんも読み違えてしまったようだ。
「さすがに、この社長さんが、真宵君に悪い、と思って、娘との婚約を解消したのね」
どこか自信ありげなメリーさんに、私は気まずさを感じながら、首を横に振るしかなかった。
「イや、そウじゃない。
良綱さんは迷ってイたけど、俺と雪乃の婚約を解消はしなかった。
一人の父親として、良綱さんは、雪乃が変わってくれる、と信じたかったんだろウな。
そんな良綱さんの期待に応エるには、俺じゃ力不足で、結果は出せなかったけどな」
自嘲気味に肩を竦めた私に、メリーさんは眉を寄せ、八尺様も唇をへの字にしていた。
「つまり、婚約していたって事は?」
「俺は、雪乃に婚約破棄された大マヌケなのさ」
「ハァ!?」
「ポォ!?」
メリーさんと八尺様は怒りを剥き出しにし、勢いも良く立ち上がろうとした。
だが、当事者の私が、どこか諦めきっているように見えたのか、結局、椅子から腰を上げなかった。
「どこまでもふざけたクソ女ね」
「ぽぉっぽっぽっぽぽっぽ」
語調が荒々しい八尺様に、メリーさんは激しく首肯している。
「お姉さまの言う通りね。
ブッ飛ばしてやりたいわ」
ただ、メリーさんは、実際に、暮林の豪邸に出向き、そこを守っている結界を目の当たりにしているからだろう、ブッ飛ばす事が困難である事が解かるのか、苦虫を噛み潰したような表情だ。
「とりあえず、真宵くんの婚約者、いえ、元婚約者の話は脇に置いておくわ。
それで、どうして、この顔が、今は、そんな状態になっているの?」
メリーさんはスマフォに表示されている私を指差してから、マスクを被っている私に人差し指の先を向けてきた。
「アっーと、メリーさん」
「何?」
私が奥歯に物が挟まったように、自分の名を呼んだからか、メリーさんは嫌な予感を覚えたらしい。
聞き返してきた彼女の表情は、不安と不快がごちゃ混ぜになったモノだった。
「脇に置かせた手前、申し訳なイんだが、この顔の傷には、雪乃が関わってくるんだよ」
ビキッ、そんな音が聞こえるほど、前髪で隠れている八尺様の額には、太々とした青筋が浮かんでいるようだった。
テーブルの上に乗せている八尺様の両拳がプルプルと震えているのを見て、メリーさんも緊張し、怒るタイミングを逸したようだ。
「どう言う事?」
「正確に言エば、雪乃が関わってるのは、俺の顔の半分だけだ」
「余計、訳が分からないんだけど」
戸惑いを露わにするメリーさんに、私は「マスクを外していいか?」と訊ねた。
一瞬、ビクッとなったメリーさんだったが、深呼吸をして、あの時の恐怖を和らげたのか、顔の引き攣りはすぐに収まった。
「無理強イはしたくねェんだが」
「ううん、大丈夫。
こっちこそ、ビクビクしちゃってごめんね」
気まずそうにするメリーさんの頭を、八尺様は優しく撫でる、「貴女は悪くない」と諭すように。
その手の優しさで、メリーさんは心が回復したようだった。
「マスクを外した方が、説明がしやすいなら、そうして、真宵君」
「なら、オ言葉に甘エて」
八尺様にも目で問うと、彼女も小さく頷き返してくれたので、私は顔を隠していたマスクを脱ぎ取った。
私のズタボロの素顔が露わになると、やはり、一瞬、メリーさんの息を飲む音が聞こえた。
だが、彼女のプライドや勇気を慮り、私はそこを指摘しないでおく。
「酷いわね」
「エェ、醜イでしょう?」
私が、まるでダメージを受けていない物言いをしたからか、メリーさんと八尺様は憮然とする。
「どっちかは解らないけど、少なくとも、顔の傷の半分は、この雪乃って性悪女が原因で出来たものなんでしょ?
雪乃を、真宵君は恨んでないの?」
「今更、恨んでも仕方なイだろうが。
まァ、本音を言エば、さすがの俺も何度か、堪忍袋の緒は切れかけたけどな」
「ぽぅっぽっぽ?」
「そウっすね。
俺がキレる前に、他の人が、特に、この涼子ちゃんが、雪乃にブチ切れて、姉妹喧嘩のゴングが鳴っちまったんで、俺は怒るどころじゃなくなって、大慌てで、涼子ちゃんを羽交イ絞めにしてましたから」
(そん度に、真由子さんや苺さん、五十嵐さんが拳骨を落としてたんだよなぁ)
どこか懐かしさを覚えてしまう私は遠くを見てしまっていたのか、呆れた表情の八尺様とメリーさんの視線で我に返る。
「ちなみに、直接的に、雪乃が関係なイのは、こっちです」
私は、猛スピードで走って来た車から、女の子を守った際、奥歯が剥き出しになってしまうほど、肉がごっそりと削り取られた方を指差した。
「そっちが直接的じゃないって事は、もう片方は、ガッツリと関わってるって事?」
「端的に言ウと、そウ言ウ事になるな」
「気にはなるけど、とりあえず、その傷について話してくれる?」
チューハイをゴクリと飲んだメリーさんは、私のごっそりと肉が削げている頬を指した。
「今更だけど、ほんと、面白味もクソもなイ話だぜ」
「それでも、聞きたいの。
もちろん、真宵君が話したくないなら、無理強いはしない」
「ぽぅ」
メリーさんに、八尺様も同意する。
「話したくなイって訳じゃなイが・・・ぶっちゃけ、自分の黒歴史を語るよウな感じで恥ずかしイんだよな。
ア、イや、血がドバドバ出たから、黒歴史じゃなくて赤歴史か?」
「つまんなっ!?
真宵君、もう、酔ったの?」
私の小粋なジョークに、手厳しいツッコミを入れてきたメリーさんを、八尺様が窘めてくれるが、彼女も笑ってくれていないので、どうやら、スベったようだ。
マスクを被って、真っ赤になっているであろう、触らずとも熱くなっているのが解かる顔を隠したいが、それはそれで、恥の上塗りになるだけだ、と自分でも判ってしまうから、グッと堪えておく。
「ま、まァ、それはさてオき、こっちの傷は、アる意味、俺の不注意っつーか、慢心が原因で負っちまったんで、雪乃は責められません」
「クソ女の事は脇に置いておくにしたって、真宵くん、それは、不注意で負うようなレベルの傷じゃないでしょ、どう見たって」
「ぽぉぉっぽっぽ」
メリーさんの言葉に、八尺様は爆乳を激しく揺らして同意する。
「けど、本当の事ですから。
俺がもウ少し、気を付けてイたら、こんな情けなイ傷は負わずに、アの子を助けられたんです。
つくづく、自分は誰かを助けられるって思うのは、傲慢が過ぎるって、この傷の痛みで思イ知りました」
自嘲じみた溜息を、つい漏らしてしまった私に、メリーさんと八尺様は気まずそうな表情だ。
他人ではどうしようもないほど、自己嫌悪にどっぷりと浸っている私に、どんな言葉をかけていいのか、救いの手を差し伸べてもいいのか、と逡巡しているのが明らかだ。
彼女達に、そんな顔をさせてしまった事に、私はますます、自分が嫌になる。
とは言え、このままでは話も進まず、雰囲気も険悪なままなので、私は二人の表情に気付かないフリをして、その時の事を語り出した。
と言ったって、そんな大袈裟に語るような内容でもない。
「こっち側の頬の傷は、名前も知らなイ、どっかの女の子を、店にとんでもないスピードで衝突して、ド派手に吹っ飛んだ車の破片から庇った時のものなんです」
「はぁ!?」
「ぽぉ!?」
メリーさんと八尺様のリアクションに、私の方が体が強張ってしまい、恥ずかしくなる。
「ちょっと、ビックリさせなイでくださイよ、二人とも」
「いやいや」
バクバクしている心臓を落ち着かせるべく、胸板に手を当てている私に、メリーさんは頭を振った。
「ビックリしたのはコッチだって、真宵君」
メリーさんの言葉に、コクコクと頷いた八尺様の爆乳がバユンバユンと激しく揺れ、危うく、凝視してしまいそうになった私は、どうにか、視線をそこから外し、メリーさんの大きいが、安心感はある胸部に目をやって落ち着きを取り戻す。
「何か、今、ちょっと、ムカついたんだけど」
「気のせイでしょウ」
にっこりと笑い返した私は、破片によって肉が抉り取られた頬に手をやった。
「ほんと、破片が当たったのが、首じゃなくて、ここで良かったですよ。
破片に頸動脈をぶった切られていたら、さすがに死んでた」
「いや、結構、重傷じゃん」
「ぽぉぽぅっぽっぽ」
「お姉さまの言う通りよ、真宵くん。
運が良かっただけじゃない」
「・・・・・・まァ、俺は運だけは良イみたイだからな」
そうでなかったら、私はあの日、家族と一緒に死んでいたのだから。
たまたま、運良く、あの日、生まれた町から離れていて、私は生き残ってしまった。
「真宵君?」
「ポォッポ?」
「悪ィ、ちょっと、ビールをもウ一本、持ってくるわ。
メリーさん、八尺様、オ代わりは?」
「じゃあ、次は他のチューハイをお願い」
「ぽぅっぽっぽ」
メリーさんは空になった缶を振り、八尺様はまだ、半分ほど入っているグラスを持ったままで、首を横に振った。
「OK。
すぐ戻るわ」
メリーさんと八尺様は、私の心がザワついているのを察したのだろうが、気付かないフリをして、台所に向かう私に手を振ってくれた。
(くっそ、ダメだな)
雪乃への憎しみは、もう存在していないが、やはり、家族を喪った悲壮の念は、私の心から未だに拭い去れないようだ。
一緒に死にたかった訳じゃない。
家族が、今、生きている私を責めたりしない事も解っている。
それでも、やはり、辛いものは辛いのだ。
情けない限りだが、客の前で辛気臭い面を晒す訳にはいかない。
(何せ、ただでさえ、今、みっともねぇ素顔を見せてるんだからな)
気持ちを切り替える事を意識しながら、台所に早足で向かった私は冷蔵庫から、二本目のビールと缶チューハイを取り出す。
ビールは同じ銘柄だが、メリーさんに渡す二本目、今度は、レモンではなく、キウイフルーツがプリントされているモノにした。
「さっさと戻らねェとな」
鬱々とした気分を心の中から追い払うように、私は頭を幾度か振って、リビングへ足早に向かう。
その途中で、廊下に飾っている鏡に、私の今の顔が映ったので、つい、足を止め、マジマジと見入ってしまった。
「家族には見せられなイ顔だよな、二重の意味で」
自嘲もとい自虐的な呟きを発したからか、私はいくらか、気持ちが軽くなった。
失ったモノを数えても仕方がない。
死ぬ気で努力すれば取り戻せるモノもあれば、命と引き換えにしたって取り戻せないモノもある。
であれば、今、自分に残っているモノを大事にした方が、よほど建設的ではないか。
「せっかく、八尺様たちと知り合イになれたんだから、この縁は切らなイよウにしたいもんだな」
ちょっとした決意を固め、私は鏡に映っている自分を励ました。
「強く生きろよ、俺」
ニカッと笑った私は、再び、リビングに向かって歩き出す。
現金なもので、その足取りは随分と軽くなっていた。
「オ待たせしましたかね」
「そんな大して待ってないから、平気よ」
「ぽっぷっぽぅっぽ」
「どうぞ、メリーさん」
「真宵君、ありがと」
私から缶チューハイを受け取ったメリーさんは、プシュッ、と開けた缶を傾け、中身を味わうようにして飲んだ。
「うーん、美味しい!!
さっきのより酸味がちょっと強いけど、悪くないわね。
今の気分にピッタリね」
「気に入ってくれたなら良かったよ」
私は、失礼だった私の態度に対し、何も言わないでくれたメリーさんに感謝する、心の中だけで。
「ぽうっぽっぽ」
ほんの少しだけ、頬が朱色になってきている八尺様だが、「ぽ」だけで喋っているからか、正直、呂律が回っているのかいないのか、判断し辛かった。
「じゃあ、話を続けましょうか」
メリーさん達が、私から話を聞くのに飽きていないのは一目瞭然だったので、私は一度、肩を竦めてから、話を再開する。
「そっちの傷は、言わば、名誉の負傷よね」
「そんな大それたもんじゃねェさ」
「過度な謙遜は厭味よ、真宵君」
「イや、これに関しちゃ、謙遜してるつもりはねェんだよ、メリーさん」
「ぽう?」
「涼子ちゃんも、メリーさんと同じよウに、俺のこの傷を、誇るべき勲章って言ってくれたんですよ」
「その子の言う通りじゃないの?」
「だけど、俺は、助けた女の子に、トラウマを植エ付けちまった」
私の言葉に、ハッとするメリーさんと八尺様だが、コメントに窮したのか、苦々しい表情を浮かべてしまう。
「それは仕方がない事じゃない?
もしかすると、トラウマにはなってない可能性もあるわよ」
「トラウマになってイなくても、女の子を泣かせちまったのは、事実だ。
あの子の体だけじゃなくて、心も守れる助け方を、アの時、俺はすべきだったんだよ」
「ぽっぽぅっぽっぽぉい」
「お姉様の言う通り、理想が高すぎるわよ」
「涼子ちゃんにも言われたよ、それは傲慢だって」
「会った事が無いのに、何だか、私、その子と気が合いそうな気がするわ」
メリーさんの言葉に、私は「かもな」と笑い、ビールをゴクリッと飲む。
「真宵オ兄ちゃんと、女の子は命が助かった。
それで十分なのに、それ以上を求めるのは、驕りが過ぎるって叱られちまった、涼子ちゃんに」
ビールはほろ苦いが、私の口元に浮かぶ笑みには、多分、嬉しさが滲んでいた。
「真宵君を心配して、ちゃんと叱ってくれる良い子なのね、その涼子ちゃんは」
「年下に説教されちまウなんて、大人として情けなイ話だけどな」
「ぽうっぽおっぽお」
「そうね、お姉さま、会ってみたいわね、涼子ちゃんに」
会えないけど、とメリーさんは呟き、八尺様は肩を落とした。
そんな二人に、私はかける言葉が思いつかなかった。
(でも、涼子ちゃんは、二人が、人じゃない事を気にしねぇだろうな)
さすがに、八尺様には劣るにしろ、胸の大きい涼子ちゃんは、学生ながらも、良綱さんの血を引いているだけあって、人としての度量がデカい。
だから、八尺様とメリーさんが、「都市伝説の住人」と知っても、さほどビックリはしないだろう。
涼子ちゃんが大器ってのもあるが、八尺様とメリーさんは、人間にしか見えない。
雰囲気には、確かに、人ならざる存在特有のモノは混じっているが、それにしたって、霊感が鋭い者でないと気付けないだろうから、普通の人には、八尺様とメリーさんは、ただの美人として見えるはずだ。
涼子ちゃんは勘が鋭いから、そこに気付くだろうが、やはり、気にしないだろう。
一つ問題があるとしたら、私が、この二人と仲良くしている事に対し、涼子ちゃんが、どんな反応を起こすか、そこが予想できない事か。
涼子ちゃんは、雪乃の原因なのか、私に異性が近づく事に対し、妙に警戒心を抱くと言うか、敵意を剥き出しにする所があった。
真由子さんや苺さん、暮林邸で働いているメイドさん達には、そこまでじゃない。
と言っても、真由子さんが揶揄い半分で私のネクタイを結ぶ所や、雪乃の我儘に振り回された私の肩を苺さんが揉んでくれているのを見たり、私がメイドさんと、話題になっているケーキについて歓談していると、涼子ちゃんは唇をよく尖らせていた。
しかも、商談などで、他社の女性社員さんと部屋の中で会議をすると、涼子ちゃんは、暮林家に帰って来た私に抱き着こうとする間際、「女の匂いがする」と表情を険しくするのは、しょっちゅうだった。
以前など、良綱さんに、「真宵お兄ちゃんと他の女を、一緒の部屋にしないでって言ったじゃん」と文句を言い、良綱さんは「しょうがないだろ、仕事なんだから」と説得されていたくらいだ、涼子ちゃんは。




