第三十二話 私は、メリーさんに「優しい人」と評価され、気まずくなってしまう。
意を決して、とまで言ってしまうと、少し大袈裟だろう。
ただ、それなりに緊張はしていた。
今、私の前にいる八尺様は、「ぽ」でしか喋れないにしろ、こちらの言葉を通じるし、私の方も八尺様の身振り手振りで、ある程度は察せている。
ちょっと距離感がバグっている、と言うか、爆乳を押し付けてくる事が多いのは、こちらの自制心をガリガリと削ってくるので、そこは自制して欲しいにしろ、基本的な性格は温厚だ、この八尺様は。
もしも、この八尺様以外にも、八尺様が存在しているのなら、マズいかも知れない。
私は、彼女に対し、敬意を持って接する事を心掛けている。
少なくとも、今のところ、この八尺様の気は害していない、と思いたい。
もし、この八尺様が、私の言動にムカッと来てしまい、衝動的に攻撃されてしまったら、命の危機に関わるのだから。
問題は、この八尺様は私の言動にムカッと来てなくても、他の八尺様は違うかもしれない、ここだ。
八尺様全てが同じ性格であるなら、私の言動を、他の八尺様も気にしない、と考えるのは、あまりにも、自分本位が過ぎる。
(他の八尺様が、俺と彼女が仲良く出来ている、この現状を許さなかったとしたら、マジでヤバい)
もちろん、友人の八尺様は、この身を挺して守るつもりだ。
一度ならず二度までも、三途の川を渡りかけ、ギリギリのところで、こちら側に戻って来た影響なのか、十代の女の子に、「オジさん」と言われても受け入れるべきか、と悩む年齢になったにも関わらず、身長や手足のリーチが伸び、筋肉量も増したために、いざって時に違和感なく動けるよう、五十嵐さんたちに鍛えて貰った、この肉体でも、ガチギレした八尺様の攻撃を止められる自信はなかった。
付け焼刃の護身術では、そもそもの身体能力が違いすぎる八尺様にも通用すまい。
あくまで、私が修得できたのは、対人の技に過ぎないのだから。
パンチの軌道を逸らし、手首と肩を同時に極める技も、パンチの威力を利用して投げ、頭から落とす技も、パンチが繰り出される前に相手の懐へ入り、足を掬って倒し、背中を叩きつける技も、圧倒的なシンプルすぎる怪力の前では歯が立たないのは目に見えていた。
自分の技が通じない、それも不安を強める要因だが、友人の八尺様がキレている同族を相手に、どちらかがくたばるまで止まらない殴り合いを始めてしまう、そこも心配だった。
友人の事は、理由なく信じたい。
友人の八尺様が弱い、とは思ってない。
しかし、それなりに強い、と理解しているからこそ、喧嘩はして欲しくなかった。
相手が同族で、しかも、戦う理由が私を守るため、であるならば、尚更に。
Love&Pieceなんてのは、些か大袈裟、いや、クサすぎるにしろ、やはり、友人にはつまらない喧嘩はして欲しくなかった。
「ぽぅ?」
私の懸念を感じ取ったのか、八尺様は不安そうな表情を見せる。
長い、艶のある黒髪で、顔の上半分が隠れてしまっていても、その不安の色は濃厚い。
もし、八尺様も複数体、この世に存在していて、今、私の前にいる八尺様と違い、人に仇を為し、人と親しくする個体を拒絶し、駆除に動くとしたら。
可能かどうかは微妙であるにしろ、そうなった場合、私に、と言うより、私だからこそ取れる手が一つある、実は。
今、この召威巫之山の管理者は、法的な部分も含め、私である。
特異なパワースポットであり、その特殊性を生む存在が主として鎮座する、この召威巫之山に、私が権利者として認められているのならば、害を齎す存在を近づかせない事も出来るようになるんじゃないだろうか。
結界を張る、そのようなイメージで、この紅檎寺村にいてくれる限り、八尺様やメリーさんを守ってくれ、と願ったのならば、召威巫之山に満ちている霊的なエネルギーを制御できるかもしれなかった。
もちろん、あくまで、これは私の想像に過ぎない。
所詮、私は、ただの人間だ。
不思議な力など、これっぽちもない。
だが、友人は守りたい、その気持ちは本物である。
望めば、山の主に代償を支払わねばならないだろうが、それはそれで構わない。
さすがに、命まではくれてやれないが、肉体の一部、もしくは、寿命程度で、八尺様とメリーさんが守れるなら、私はそれで良い。
(あー、でも、また、涼子ちゃんに泣かれちゃうか、そんな事になったら)
誰かを守れるなら、自分が傷付いても構わないが、守りたい誰かが、私が傷付いた事に泣くのなら、それはそれで辛かったりするのだ。
「どウなんだ、メリーさん」
私としては、それなりに決意して疑問を口にしたのだが、どういう理由か、メリーさんはバツが悪そう、もしくは、奥歯にものが挟まっているような面持ちに変わった。
「?」
「散々、偉そうに語っていて恥ずかしいんだけど、私、他の都市伝説の住人に会った事が無いのよ」
「エ?」
「ぽ!?」
「私、今回が、メリーさんとしての活動が初めてなの」
「そウなのか!?」
メリーさんからの告白に驚かれながらも、私は心中で首を傾げた。
(あれ、でも、さっき、メリーさん、俺より年は上って言ってたよな・・・どういう事だ?)
口に出さず、顔もマスクで隠されていて、見えなかったはずが、どうも、?マークが頭の上に浮かんでしまっていたようで、メリーさんは唇をムッと尖らせる。
「私の方が年上なのは・・・本当よ。
微妙な言い方になっちゃうけど、私の本体は、百年前に作られたフランス製のアンティークドールなんだから」
「―――・・・アァ、なるほど」
メリーさんは、人形が自分を酷い形で捨てた持ち主に復讐をする、そんな怪談から生まれた、都市伝説の住人だ。
であれば、メリーさんの自己認識が「人外」ではなく、「人形」であっても、何ら不思議ではないだろう。
フランス製で、なおかつ、百年も前に作られたアンティークドールならば、相当に高額なはずだ。
暮林家や、パーティーで良綱さんから紹介して貰い、商談を含めての食事に招かれた獅子ヶ谷家や金多家などで、いくつか、アンティークドールを拝見させて貰い、仮に売った場合の金額を聞いた時は、思わず、変な声が出てしまったほどだ。
今、私の前で胸を張っているメリーさんが、私では、およそ手が出ない金額だったそれらに匹敵しているのか、それは判らないが、彼女の自己紹介が事実であるならば、その手の蒐集家がチェックに一度は来る逸品であるのは間違いないだろう。
だからこそ、疑念も湧く。
(そんな高い人形を捨てるような真似をするか?)
パターン違いもあるにはあるだろうが、少なくとも、私は、ゴミ捨て場に放り込まれた人形が「メリーさん」と化す展開しか知らない。
果たして、アンティークドールを町のゴミ捨て場に放棄する者がいるだろうか?
絶対にいない、とは言えないにしろ、価値が解っている者なら絶対にしないだろう。
価値を知らないにしたって、捨てるよりも、二束三文でも良いから、と考えて、売るんじゃないだろうか。
そうなると、今、私の前で食事をしているメリーさんは、持ち主に捨てられた以外の理由で、都市伝説の住人になったのかもしれない。
(そうだとしても、どんな経緯で、メリーさんになったのか、そこを訊くのは抵抗があるな)
とっくに、自分の不遇な環境に関しては乗り越えられている。
会いたい、と願ったところで、両親も妹の珊瑚も生き返ったりしない。
むしろ、私のそんな思いが、家族の魂をこの世に縛り、成仏を妨げる可能性もあった。
だから、私は望まないように意識していた。
他人には、薄情、と罵られる可能性が大だろうけど、正直、折り合いを強引に付けなきゃ耐えられなかったのだ、私は、あの「現実」に。
不幸自慢をする気は微塵も無いが、あれが幼かった私の心に与えたストレスは、事故や病気、他者の悪意や狂気が原因で家族と死別した場合の比ではなかったのだ。
「あの日」を悪夢で見て魘され、自分の腹の底から発した絶叫や「死なないで」、「僕を置いて行かないで」のような言葉で目が覚め、現実に家族がいない、その喪失感を幾度も噛み締めておきながら、よくもまぁ、自分は家族を追いかけようとしなかったな、と驚くばかりだ。
あまりにも理不尽で、唐突すぎた、家族を喪った、あの日は。
それゆえに、未熟だった私の精神は瞬時に砕け散った。
粉微塵になった私の精神は、それから多くの人から愛情たっぷりの抱擁をされたおかげで、新たな形に固まってくれた。
それが良い事だったのか、悪い事だったのか、私自身も判断が付かない。
けど、少なくとも、今の私は、自分を、不幸な奴、とは思っていない。
他の人が、私の境遇を見聞きして、どんな印象を抱くか、それは知らないし、知りたくもない。
幸せ、と自信を持っては言えないにしろ、毎日、楽しいのは確かだ。
(これから、もっと楽しくなるって確信もあるしな)
謎の多い山に、八尺様、そして、メリーさんと関わりを持つ日常の、どこに楽しさがあるのか、と呆れる人もいるだろうけど、人間、ここまで来たら、楽しんでしまった方が得じゃないだろうか。
幸い、今のところ、召威巫之山では人の命を脅かすような異常事態が起きていない。
それに、この八尺様とメリーさんは、人にとって害悪な存在ではない。
「私が、どうして、メリーさんになったのか、真宵は知りたい?」
微笑んだメリーさんは、グラタンがたっぷりと染み込んだトーストを頬張りながら、首をわずかに傾けた。
小悪魔的に可愛らしい動作だったが、私は彼女の瞳に宿っている感情を視ていた。
「イや、話さなくてイイよ」
私が首を横に振ると、メリーさんは、その返答が意外だったのか、瞠目する。
「何で、そんなにビックリしてんだよ、メリーさん」
私が訝しむと、メリーさんは、途端におどおどする。
「いや、だって、真宵に、その顔の事を話して貰うんだから、私も自分の過去を話さなきゃ、公平じゃないでしょ」
アンフェアである事を気にするメリーさんに、私は苦笑いを溢してしまう。
「全く気にならなイって言ったら、まァ、大嘘になっちまウよ」
「じゃあ、聞きたいの?」
「気にはなる。
だが、メリーさんが、その事を話して、心が苦しくなるんだったら、俺は興味を抑エ込むよ」
「真宵は、自分の顔の事を、私達に説明してくれるんでしょ?」
「俺は、とっくに乗り越エてるっつーか、元々、大して、負イ目にも感じてなイしな。
けど、ほんと、愉快な話じゃなイから、期待はし過ぎなイでくれよな、二人とも」
「本当に聞きたくないの?」
「イや、どウして、そんなに食イ下がってくんだよ。
話したイのか?」
「・・・・・・正直、話したくない」
葛藤の末、メリーさんは、そう答えた。
表情から察するに、相当、辛い過程があったらしい、彼女には。
気まずそうに唇を尖らせたメリーさんの頭を、八尺様は優しく、ポムポムする。
「なら、話さなくてイイさ。
友達でも、イや、友達だからこそ、踏み込んじゃイけない領域ってのはアるだろ、絶対」
私が、そう告げると、メリーさんはビックリしたらしく、判りやすく動揺していた。
「ぽ?」
「え、私と真宵くんって友達なの?」
その返しに傷付いてしまう、柔らかな部分が、私の心には、まだあったらしい。
「オ、俺はそウ思ってるんだが・・・そウか、違ったのか」
わざとらしく、ではなしに、ガチで私が落ち込んでしまったからだろう、メリーさんは大慌てとなった。
「ちょ、違うのよ。
あ、いや、違わないわ。
私と真宵くんは、もう、友達だから。
ねっ、そんなに落ち込まないでよ」
「ぽぽっぽっぽっぽぅっぽ」
八尺様にまで慰められてしまっては、私もクヨクヨしてはいられない。
「悪イ、ちっと恥ずかしイトコを晒しちまった」
「大丈夫、おしっこを漏らしちゃった私よりはマシだから」
ここで自虐をブッ込んでくるメリーさんに、私と八尺様は苦笑いを浮かべるしかない。
「でも、ビックリしたのは本当よ。
私だけが、真宵くんを友達だって思っていたから、真宵くんも、私を友達の中に入れててくれたのが嬉しくて、驚いちゃったの」
「そっか」
照れ臭くなって、私が頭の後ろをポリポリと掻くと、メリーさんが質問してきた。
「‐‐‐‐‐‐・・・ねぇ、真宵くんは、男女間で友情は成立するって思う?」
「どウだろウな。
俺らみたイに、人間と人外でも友達になれるんだから、男と女でも友達になれる可能性はアるかもしれねぇ。
ただ・・・・・・」
「ただ?」
「男って生き物は、バカだからな」
「・・・・・・つまり、距離感がおかしい女の子が、ちょっと、おっぱいとかを腕にくっつけてきたら、『こいつ、俺の事、好きなのか!?』って感じで、勘違いしちゃうって事?」
「否定は出来ねェのが、ほんと、申し訳ねェがな。
けど、こう言ったら、気を悪くしちまウかもだが、俺にとっちゃ、メリーさんや八尺様は、女の子の友達っつーより、人外の友達って認識だわ」
「私たちを、女の子として、今後ずっと見ないって意味?」
「イや、美人、美少女だ、とは思ってる。
ぶっちゃけ、八尺様みたイに綺麗な人、メリーさんほど、可愛イ子は、そウ多くなイからな。
そこも含め、俺にとって、八尺様とメリーさんは友達だよ」
悪イ、と私が深々と頭を下げると、メリーさんは「ううん、怒ってない」と、妙に晴れ晴れとした笑顔で、首を横に振った。
「元々、真宵くんを誘惑する気なんて、微塵も無かったけど、ちょっと安心したよ」
「安心?」
「真宵くんが優しい人で良かったなって」
「・・・・・・俺は別に優しくなんかなイさ、メリーさん。
甘っちょろさを、この年になっても捨てきれてなイ、そんだけだ」
私が自嘲から肩を竦めると、メリーさんだけでなく、八尺様までもが、首を横に振った。
「真宵くんは、優しいよ」
「ぽっぽぅっぽ」
「ほら、お姉さまも、真宵くんは優しい人って褒めてるじゃない」
「そこまで言われると、却って照れ臭イんだが」
熱くなってきてしまった顔を、私は手で煽ぐ。
「でも、やはり、俺は優しイ人じゃなイんだよ、メリーさん。
俺が優しかったのなら、アイつを見捨てる事なんてしなかっただろウしな」
「真宵?」
どうやら、言葉の後半で、無意識に声のボリュームを落としてしまっていた私は、マスクをしていても判るほど、剣呑な表情を浮かべていたらしい。
不安が滲んだメリーさんの声に、私はハッとし、柔和な笑顔で、微妙な空気になってしまった、この場を乗り切ろうとする。
「ほら、早く食わなイと、料理が冷めちまウからよ」
半ば無理矢理に、この話を終わらせるように、私は二人に食事を再開するように促す。
ほぼ建前ではあるにしろ、完食して欲しいのも事実だった。
「そうね」
「ぽぇっぽ」
八尺様とメリーさんが食事を食べ始めたので、私はホッとする。
「ごちそうさまでした」
「ぽぽっぽっぽぽぽ」
二人は両手を合わせ、食事を終えた。
「美味しかったわ~」
「ぽぅぅぽぇぇ」
「アりがとウよ。
そウイウ言葉が、一番、嬉しイな、作った側からすると」
「ぽぅっぽっぽっぽ」
二人が、私の作った料理を完食してくれたので、自然と私はマスクの下で、ほとんど肉が残っていない頬を緩めた。
食後のお茶を出しながら、私は感謝を示す。
「一応、言っておくけど、お世辞じゃないわよ」
「解ってるよ」
「ぽっぽ」
「お腹いっぱいね、お姉さま」
八尺様の言葉に頷き、お茶を啜ったメリーさんは服の上から、ぽっこりと膨らんでいる腹部を擦る。
「さすがに、アんだけ食ったとなると」
「何?」
「イや、デザートは出さなくてもイイか、と思ってよ」
「デザートも作ってたの?!」
驚くメリーさんに、私は頬を掻いた。
「イや、昨日、この店の常連の子供に出したカステラの余りが冷蔵庫に入ってはイるんだけどな、そんなに満腹なら、入らんだろ?」
「真宵くん、一つ、人生で大切な事を教えてあげるわ」
「エ、何だよ、メリーさん、藪から棒に」
「女の子には、甘いものを入れる別腹があるのよ」
思っていたよりも、メリーさんの言葉が浅かったので、私は笑う事も出来なかった。
「つ、つまり?」
「カステラ食べたいなぁ~」
ぶりっこのモーションをかますメリーさん。
見た目こそ、女子高校生くらいの彼女だが、私は実年齢を知ってしまっているか、若干の痛々しさを覚えてしまう。
だが、ここで指摘したり、デザート出す事を断固拒否するほど、私は愚かではない。
(まぁ、太るのは、メリーさんと八尺様だし、俺がゴチャゴチャ言う事じゃねぇか)
八尺様の場合は、食べた分だけ、胸に回り、更に大きくしそうだが、メリーさんは胸よりも腹囲を豊かにしそうである。
カステラをデザートに出す、それを決めると、そのままで出すのは失礼か、と考えてしまうあたり、私も凝り性か。
「少し時間がかかってもイイか?」
察しの良いメリーさんは、私がカステラをアレンジしたデザートを作ってくる気だ、と判ったらしい。
「いいわよ、そのままで」
「イや、どウせなら、美味しく食べてもらイてェ」
「なら、お願い」
どこか呆れたように肩を竦めたメリーさんは、私へ小さく頭を下げた。
「じゃア、ちょっと待っててくれ」
「ぽっぽっっぽぅ?」
八尺様は私を手伝おうとしたのか、腰を上げてくれたが、私は首を横に振る。
「アりがとウござイます。
けど、そんな難しイものは作りませんから」
「ぽうぽっぽっぽぅ?」
「はイ、楽しみにしててくださイ、八尺様」
マスクの下で、自信ありげに微笑んだ私はキッチンに向かった。
(さて、別腹系女子を満足させるデザートを作りますかね)
都市伝説の住人でも、女の子だなぁ、と役体も無い事を考えつつ、私は冷蔵庫から、カステラの残りと他の材料を取り出した。
八尺様とメリーさんを待たせているとは言え、生半可なものは出したくない。
パッと作れ、なおかつ、食べ応えがあって、何より、美味しいモノを作らねば、と私は気合を入れる。
(八尺様は一回、食べてるが、ここは、フレンチトーストにしよう)
材料は、そんなに多くない。
カステラ、牛乳と卵、カフェオレ、基本的にはこれだけで良い。
とは言え、ちょっと、これだけでは寂しいから、ミックスフルーツの缶詰とホイップクリームも用意だ。
デザートにしては、ちょっと重すぎかなって気もするが、メリーさんの「乙女の別腹説」を信じるのであれば、問題ないのだろう。
私は、牛乳と卵を混ぜてから、そこにカフェオレを注ぎ入れる。
もう一度、ちゃんと混ぜたら、適度な大きさにスライスしたカステラを漬け込む。
食パンを使う場合は、一晩程度は漬け込みたいところだが、カステラは食パンよりも一気に卵液を吸ってしまうから、漬け込む作業は素早く行い、なおかつ、サッと上げねばならない。
たっぷりと卵液を吸い込み、カステラの表面、側面を弱火でじっくりと、美味しそうな色味になるまで焼いていく。
「よし、焼けた」
フレンチトーストならぬ、フレンチカステラ・カフェオレ味、と名付けようか。
皿に盛りつけ、ミックスフルーツとホイップクリームを添える。
「オ待たせしました」
「もう出来たの!?」
満腹になり、寝転んでいるたまを愛おしそうに眺めていたメリーさんは、私がダイニングに戻ってくるなり、驚きの声を発した。
「二人を待たせる訳にもイかなイからな、簡単なものにしたんだよ」
「それにしたって、まだ15分くらいじゃない。
何を作ったの?」
「フレンチカステラ・カフェオレ味だよ」
私がそれをテーブルの上に置くと、八尺様とメリーさんは目を輝かせる。
「わぁ、美味しそうじゃん」
「ぽおっぽっぽ」
「そうね、お姉さま。
美味しそう、じゃなくて、絶対に美味しいわ、これ」
やはり、八尺様は一度、私が作ったフレンチトーストを食べているからか、このフレンチカステラ・カフェオレ味が美味しい、と確信してくれているようだ。
(地味にプレッシャーだな)
苦笑いをマスクで隠しつつ、私は「どうぞ」とフォークを渡す。
「ありがとう、真宵くん」
「ぽっっぽっぽ」
「気にするな。
ほら、冷める前に食べろよ」
「うんっ」
私が促すと、メリーさんはフォークでフレンチカステラ・カフェオレ味を一口大に切ったものを、大きく開いた口に運んだ。
「・・・・・おいしい~」
人それぞれだろうが、やはり、私はシンプルに「美味しい」と言われる方が嬉しい。
もちろん、ド派手なリアクションや詩的な表現で、美味い、と言って貰っても、テンションは高まる。
「ぽぅっぽっぽ」
「八尺様も、アりがとウございまス」
ほんのりと赤く染まった頬を押さえながら、フレンチカステラ・カフェオレ味をひょいひょいと口に運んでいく八尺様に、私も自然と頬が緩んでしまう。
まぁ、私の頬肉は抉られ、焼け落ち、とっくにありはしないのだが。
自虐ジョークを胸の内でかましつつ、私はメリーさんの方に視線を動かす。
「こんな美味しいもの、初めて食べたわ」
「嬉しいね、そウ言って貰エると」
「私は舌が肥えてる訳じゃないけど、これは、本当に美味しいわよ、真宵。
本当にありがとう」
「ぽぅぽぅっぽおっぽ」
二人から感謝されてしまい、私は照れ臭くなってしまう。
「ねぇ、真宵くん」
「ん、何だ、メリーさん」
「ここって、文房具屋さんなのよね?」
「まァ、文房具がメインの雑貨屋って立ち位置かな、この村では」
「そうなんだ」
「今、メリーさんが着てる服も扱ってる」
「・・・そうなんだ」
深く考えなかった私の言葉で、メリーさんは自分が失禁してしまった事を思い出してしまったようで、陰鬱なオーラが滲み出してしまう。
こう言っちゃ何だが、出会って初めて、都市伝説の住人っぽい雰囲気が出ていた、今のメリーさんは。
だが、どんよりとされるのは気まずいので、私は、あえて謝罪はせず、言葉を続けた。
「もっとも、今、一番の売れ筋は、八尺様が作ったぬイぐるみだけどな」
「ぽぇ!?」
このタイミングで、まさか、自分に話の矛先が向いて来るとは予想ってもいなかったのか、フレンチカステラ・カフェオレ味をムシャムシャ食べていた八尺様は、長身をビクンッとさせた。
驚かせてしまった事を申し訳なく思いつつ、私は八尺様に「アりがとウござイます」と、感謝を示す。
「うそっ、お姉さまが作ったぬいぐるみを、ここで売ってるの!?」
「正確に言ウと、テディベアだけどな」
「本当?」
メリーさんに問われた八尺様は、恥ずかしそうに頬を赤らめながらも、ぬいぐるみ作りが好きである事を隠したくはないようで、コクリと頷いた。
「めっちゃ欲しい、私も、お姉さまが作ったテディベア!!」
物欲全開で、ダンッとテーブルを叩くメリーさんに、私は苦笑いを浮かべた。
「そウ言エば」
「?」
私は、ふと思い出した、メリーさんに、まだ二つ目の質問をしていなかった事を。
「メリーさん、もウ一つ気になってる事がアるんだけどさ」
「何よ、真宵」
「何で、八尺様を『お姉さま』って呼んでるんだ?
八尺様の方が、メリーさんより年上だったりするのか?」
身長その他諸々だけで考えるならば、八尺様がメリーさんより年上に見える。
都市伝説の住人だから、見た目も、いつまでも若々しいままだろう。
しかし、先程、メリーさんは、自分の『本体』は、100年物のアンティークドール、と誇らしげにしていた。
私自身、都市伝説に造詣が深い訳ではないにしろ、八尺様は、そこまで古い存在ではなかったはずだ。
生活環境の変化やネットやSNSの普及などの影響で、オリジナルと呼ぶべき一体が、人に認知され、存在感を増すために、八尺様、この形に収まった可能性はあるにしろ、少なくとも、今、私の目の前にいる八尺様は、発生して、そこまで長い年月を経ていないようである。
どうなのか、と視線で問うたら、八尺様はフレンチカステラ・カフェオレ味を口の中に入れたままで、首を横に振る。
首の動きに合わせ、ダイナミックに揺れた乳房に、思わず、目が向いてしまったのは、私だけではなかった。
「これが理由よ、真宵くん」




