第三十一話 私はメリーさんに、顔の傷について訊ねられる。
「オ待たせしました」
「ぽぽぽっぽ」
私と八尺様が調理った夕食をダイニングに運んでくると、既に、メリーさんはテーブルと床を拭き終えていた。
「ちゃんと、綺麗にしておいたわよ」
夕食をテーブルに並べ終えると、メリーさんはドヤ顔を見せた。
私と八尺様は苦笑を浮かべた顔を見合わせたが、メリーさんがお手伝いしてくれたのは事実だ。
「ぽぅ」
「ちょっと、お姉さま、私、子供じゃないのよ」
八尺様に、「えらい、えらい」と、金色の髪が美しい頭を撫でられ、メリーさんは抵抗するが、どう見ても、その表情は褒められた事に嬉しさを感じているのが丸判りのものだった。
見た目が女子高校生だからか、精神年齢も、もしかすると、その辺りに引っ張られているのかもしれない。
(涼子ちゃんも、俺が頭を撫でて、「ありがとう」って伝えたら、嬉しそうにしてくれたしな)
いつか、涼子ちゃんの健康的なマロンブラウンの頭を撫でる事も無くなるんだろうな、そう思うと、寂しさも胸に湧き上がるが、彼女だって、いつまでも、頭を撫でられて喜ぶ子供ではない。
いつか、頭を撫でられ、嫌そうな顔をされる日が来る、想像しただけで胸が痛くなってきてしまった。
良くないイメージを振り払った私は、八尺様とメリーさんへ席へ着いてくれるよう、促した。
「どウぞ、オ座りになってくださイ」
「ぽぅ」
「お姉さま、私の隣に座って」
「ぽぽぃ」
八尺様とメリーさんが椅子に腰を下ろしたので、私は二人の前に、シチューパングラタンから、料理を一皿ずつ、給仕する。
「どウぞ、召し上がってくださイ」
私は食べてくれるよう、最高の笑顔を意識して促したのだが、八尺様とメリーさんは、自分たちの前に並んだメニューをガン見したまま、ピクリとも動かなくなってしまった。
「・・・・・・もしかして、食べられなイ食材が入ってイましたか?」
不安に駆られた私の問いかけに、八尺様は慌てて、首を横に振った。
一方で、メリーさんは「はぁ」と溜息を漏らした。
「あなたね」
「?」
「気合を入れすぎなのよ」
「・・・・・エ」
「気合を入れて、凄い料理を作り過ぎって言ってるの」
メリーさんの指摘に、私は戸惑いながら、自分が作った料理の数々を見やる。
「エっと・・・量が多かったですか?
それなら、遠慮なく残してくださっても、大丈夫です」
しかし、私の返答に対し、メリーさんはまたしても、嘆息を溢し、八尺様までもが苦笑いを浮かべたものだから、私は戸惑いを隠せなくなった。
「量じゃなくて、質の問題よ、これは。
明らかに、美味しいって一目で解る料理ばかりじゃない」
さすがに、私も、これには困惑を隠せなかった。
マスクをしっかりと被っている状態でも、私がメリーさんの言葉を理解できず、困っているのが伝わってしまったようで、八尺様は頬を膨らませているメリーさんの脳天に、チョップを叩き込んだ。
「ぶべっ!?」
文句に似て非なる何かを、まだ、私にぶつけようとしていたメリーさんは、八尺様のチョップで、変な声を出してしまっただけでなく、滑稽な顔を私に晒してしまう。
「お姉さま、いきなりチョップするなんてひどい!!」
チョップが叩き込まれ、白煙が立ち昇る頭を押さえながら、メリーさんは八尺様に抗議する。
しかし、八尺様に見降ろされ、なおかつ、威圧されてしまい、メリーさんはたじろいでしまう。
「ポッ!!」
「ううう・・・ごめんなさい」
八尺様の圧に負け、頭も冷えたのか、メリーさんは手で痛む場所を押さえたままで、頭をペコリと下げてきた。
「イエ、謝って貰ウよウな事でもアりませんし。
頭、大丈夫ですか?
氷嚢を持って来ましょウか」
私が台所に戻ろうとすると、八尺様が「ぽぽっぽぽ」と首を横に振る。
どうやら、甘やかす必要は無い、と言っているようだ。
八尺様とメリーさん、どちらを優遇すべきか、実に迷う所だが、結局、私は氷嚢を台所へ取りに行かなかった。
保身に走る訳ではないにしろ、一応、言い訳させて貰うと、決して、八尺様のおっぱいが大きいから、メリーさんに優しくしなかった訳ではない。
「そこまで痛くないから、氷嚢は要らないわ」
気を遣ってくれたのか、八尺様が怖かったのか、そこは判断しがたいにしろ、メリーさんが、そう言った以上、私としては「そウですか?」と戸惑いながらも、受け入れるしかなかったのだ。
「でも、ちょっと、気合を入れ過ぎじゃない?」
「そんな事はアりません。
オ客様に料理を提供する以上、手は抜きたくアりませんから」
私にも、それなりに譲れないポリシーはある。
経営などの面倒臭い事に関わりたくないだけで、料理をする、それ自体は何ら苦ではないし、自分が調理したモノを食べてくれた人が笑顔を見せ、「美味しい」と褒めてくれるのは、実に嬉しく、次も腕を揮おう、と気合も入る。
例え、家に招いた、まぁ、メリーさんは半ば、勝手に押しかけて来たような形ではあるにしろ、お客様が人間でなくとも、私はそのポリシーを曲げない。
美味しいものを食べて、笑顔になって欲しい。
ただ、それだけのシンプルな話だ。
「本当に、私たち、食べていいの?」
「苦手なモノが入ってイるのでアれば、避けて貰っても構イませんが」
「それは大丈夫だと思うけど・・・」
あまり、グダグダと悩んでいても、私に対して失礼だ、と感じたのか、それとも、自身の食欲を押さえていられなくなったのか、そこは判断しがたいし、あえて気付かないフリをするのが正解なのかも知れないが、メリーさんは大きく頷くと、おもむろに両手を合わせた。
「いただきます」
「ぽぽぽぽぽぽ」
八尺様もメリーさんと同じく、両手を合わせてから、スプーンを手に取る。
まずは、二人とも、一番、気になっていたらしい、シチューパングラタンから食べ始めた。
「・・・・・・味が濃厚!!」
シチューを一口、含んだ瞬間に、メリーさんは見開き、シチューの味の濃さに驚きを露わにした。
「ぽっぽっぽ」
「うん、濃いんだけど、全然、くどくない。
味のインパクトは凄いんだけど、ビックリするくらい、後味が爽やか。
入ってる鶏肉もホロホロで、旨味がしっかりと出てるもん」
「ぽっぽっぽっぽ」
「うわっ、シチューが染み込んでるパンも美味しい。
最初のザックリとした食感から、じゅわっと甘味が染み出てきて最高」
八尺様とメリーさんは、私の作ったシチューパングラタンをべた褒めしてくれた。
やはり、自分が調理ったものを大絶賛されると、本当に嬉しいし、実感できる、自分が料理が好きだってことを。
「ぽぅぽぅ」
「そうね、お姉さま、他のモノも凄く美味しそう」
八尺様に促され、メリーさんはキャベツとベーコンのレンチン蒸しに箸を伸ばした。
「キャベツの甘味と、ベーコンの塩気を、卵のまろやかな旨味が見事に纏めていて、ガツンと来る美味しさね」
メリーさんの食レポに、一瞬、目が点になりそうになったが、それでも、私は「オ褒めの言葉、嬉しいです」と笑顔で返した。
「ぽっぽぃっぽ」
八尺様は、鰺の香味焼きを一口、食べた瞬間に、胸をばゆんばゆんさせ、美味しさに震えていた。
これはこれで、作り手としては嬉しいリアクションだ。
素晴らしい、を通り越して、凄まじい揺れっぷりに鼻の下を伸ばさないように自制しつつ、私は「アりがとウござイます、八尺様」と頭を下げる。
「このトマトのスープもサッパリしてて、食欲が刺激されるわね、お姉さま」
メリーさんの言葉に、八尺様は「ぽぅん」と頷き、スープをゴクゴクと飲む。
(カップ、もうちょい、大きいものにした方が良かったかな)
スープを注いだカップは、一般的なサイズなのだが、やはり、八尺様が大きいからか、彼女が手にしていると、子供サイズに見えてしまう。
対して、メリーさんは、カップから直にスープを飲まず、匙を使って、丁寧に飲んでいた。
意外と言ってしまったら失礼だが、メリーさんの食事の所作は洗練されていた。
社長同士の会食に同席しても、まるで恥をかかないレベルで食事が出来ている。
「ところでさ」
私がメリーさんに感心していると、当(怪)人が、唐突に私に声を掛けてきた。
「はイ」
「何で、あなた、そこに突っ立ってるの?
あなたも一緒に、ごはんを食べなさいよ」
鋭い目つきのメリーさんに睨まれてしまう私。
良綱さんに比べれば、まるで威圧感が足りていないので、さほど緊張を強いられなかった私は、ゆったりと首を垂れる。
「オ構イなく。
私は後で食べますので。
邪魔だ、と感じるのでアれば、キッチンの方に引っ込ませてイただきますが」
「いや、誰も、邪魔だ、なんて言ってないでしょ。
けど、あなたみたいな背の高い男の人が、席にも付かず、立ってたら気になるっての。
やっぱり、私たちみたいなバケモノと一緒じゃ、ご飯は食べたくない?」
「イやイや、そんな事はアりませんが・・・」
メリーさんに悲しそうな表情を浮かべられてしまい、私は慌ててしまう。
かと言って、素直に食事の席に着く訳にもいかなかった、私としては。
「なら、どうして?」
正直に言うべきか、私は迷うが、ここで誤魔化しても意味が無い。
「また、メリーさんを怖がらせたくはなイので」
「!!」
そう、食事をするとなると、私は顔のマスクを取らねばならない。
八尺様が作ってくれたマスクは、脱がなくとも食べられるように、口元だけ開けられる。
だが、八尺様にくしゃみをぶっかけられた後、新たに被ったマスクは、そのタイプじゃなかったので、メリーさんの言葉に従って、食事を摂るとなると、マスクを脱がねばならない。
私の顔を晒せば、また、メリーさんは気絶してしまう。
次、失禁してしまったら、さすがのメリーさんでも、確実に心が壊れかねない。
「ぽっぽっぽっぽ」
私の意図を汲み取ってくれたらしい八尺様は、多分、メリーさんを説得しようとしてくれているようだ。
けれど、メリーさんは、唐突に、「バンッ」とテーブルを強く叩いた。
「ナメてるの、あんた」
「イや、ナメてはイません」
「あんたが、私に気を遣う必要は、これっぽちもないでしょ」
「オ客様に礼を尽くすのは当然だと思イますけど」
私の返しに、メリーさんはグッと言葉に詰まる。
それでも、彼女はなおも、私に噛みついてきた。
見た目こそ、100年に1人レベルのゴスロリ美少女だが、やはり、気合が入っている。
「あんた・・・ちょっと待って」
「はイ」
「さすがに、これだけ美味しいものを振る舞って貰ったのに、あんた呼びは失礼すぎるわ。
ごめんなさい」
そこで、一旦、メリーさんは私に深々と頭を下げてから、改めて、私に名を訊ねてきた。
「名前は何て言うの?」
「主宮真宵と申します」
「じゃあ、私は、真宵くん、と呼ぶけど構わないわね」
「どウぞ」
「あと、ついでだから、もう一つ、私の方が実年齢は、真宵くんより上だけど、見た目で言ったら、私の方が、君より年下に見えるわよね?」
「エ、エェ、まァ」
肯定すべきか否定すべきか、困ったが、私はぎこちなく、言葉を濁す。
「もちろん、本当は何歳かって訊いたら、今度こそ、命は無いと思いなさい、真宵くん」
「了解です、メリーさん」
重々しく頷き返した私に、口角を吊り上げたメリーさんは話を再開した。
「ともかく、見た目は私の方が若い、つまり、年下に見えるのよ」
「そウですね」
確かに、メリーさんは、涼子ちゃんと、ほぼ同じくらいの年齢に見える。
同レベルにして、ベクトルが異なっている美少女なので、そう見えるのかもしれない。
少なくとも、私は、涼子ちゃんとメリーさん、どっちが上か、は決めきれない。
優柔不断な男、と罵られても仕方ないだろう。
自嘲の念を感じつつ、私はメリーさんの話に耳を傾ける。
「私の方が真宵くんより年下に見える訳だから、真宵くんは、私に対し、もうちょっと砕けた喋り方をすべきじゃない?」
私だって、そこまで、頭の回転が鈍い訳じゃない。
メリーさんの要求は察せた。
だがしかし、自分の方が年上、と言われているのに、同年代の相手に対するものと同じ話し方をしろ、と要求されても、戸惑ってしまうのは致し方ないんじゃなかろうか。
(でも、ここで、メリーさんの方が年上って言う度胸は無い、俺には)
己のチキンっぷりに凹みつつ、私は助けを求めるように、八尺様に視線を向けた。
「ぽぽっぽっぽっぽ」
八尺様は、巨乳を揺らしながら、首を横にゆったりと振った。
どうやら、観念しなさい、と言われているようだ。
「・・・・・・解ったよ、メリーさん」
半ば諦めたように、天井を仰いでから、私は両肩を大きく竦めた。
私を陥落させ、満足気に笑ったメリーさんは、八尺様に両手を突き出す。
「ぽ?」
メリーさんのその行動が何を意味するのか、判らなかったのか、一瞬、戸惑いを露わにした八尺様に、私は「ハイタッチをしたイんじゃなイっすか?」と教えてみた。
「ぽぇ」
八尺様は私の言葉にもビックリしたようだったが、この状態でハイタッチしないのも、こんな自分を「お姉ちさま」と慕ってくれるメリーさんを傷付けてしまう、と思ったのか、おずおずと自身の大きな両手を広げ、彼女の方に向けた。
「イェイ!!」
メリーさんは思いっきり、八尺様の両手に自分の両手をぶつけ、ダイニングに「パンッ」と気持ちの良い音が響いた。
「じゃア、俺の分、キッチンから取ってくるわ」
「はーい」
私はキッチンに戻ると、真っ先に、マスクを口の部分が開くタイプに換えた。
その後、皿に盛ったご飯の上にシチューをかける、たっぷりと。
他の料理もトレイに乗せ、私がダイニングに戻ってみれば、八尺様とメリーさんは食べる手を止めていた。
どうやら、私が帰ってくるのを待っていてくれたようだ、二人とも。
「別に、食べてても良かったのに」
「ぽっぽっぽ」
「ほら、さっさと座りなさいよ、真宵くん」
「オゥ」
私は椅子に腰かけると、「イただきます」と両手を合わせた。
「あなた、ほんとに、ご飯にシチューをかけて食べるタイプなのね」
「ん、変か?」
「・・・・・・私の元の持ち主のお兄さんが、そうやって食べてたから、変とは言わないけど」
ほんのわずかに言い淀むメリーさん。
メリーさんの由縁を考えると、あまり踏み込むべき話題じゃないな、と判断した私は、「そウか」と頷いておく。
マスクの口の部分を開け、私はシチューと白米を一緒に食べ、咀嚼してから、メリーさんの疑問に答えた。
「育った施設が、カレーやシチューを炊いた米にかける所だったからな」
「施設で育ったの? 真宵くん」
「ん、アァ」
私が頷くと、メリーさんは少し考え込む素振りを見せる。
しかし、やはり、好奇心じみたものを自制できなかったのか、俯きながらも、チラチラと私を見てきた。
「その顔の傷が原因?」
思っていたより、どストレートに訊ねられたので、私は微塵も不快にならずに済んだ。
「イや、顔の傷とは関係なイよ」
私が首を横にゆったりと振ると、メリーさんは「じゃあ、どうして?」と目で問うてくる。
「ぽっぽっぽっぽ」
メリーさんより先に私と知り合ったからか、気を遣ってくれた八尺様が、メリーさんを止めようとするが、私は「八尺様、大丈夫ですから」と肩を竦めた。
「ぽ?」
「別に、隠さなきゃイけなイよウな理由でもアりませんから。
けどな、メリーさん」
「な、何?」
「話す事に抵抗が無ェとは言エ、二人の食欲が失せちまウのが確実の内容だ。
だから、俺としちゃ、正直、飯時には話したくねェんだわ」
「そうね、これを作ってくれたアナタに失礼よね、それは」
ごめんなさい、とメリーさんは私に頭を下げてきた。
「けど、夕食が終わったら話してくれるわよね?」
「ほんと、くだらなイ話だぜ」
「くだるか、くだらないか、それは、私が判断する事よ。
私はね、友達の事は、出来るだけ詳しく知りたいの」
(ややストーカー気質なトコがある、都市伝説の住人だもんな、メリーさん)
「だから、ご飯を食べた後、私達に話してもいい、と思ったのなら、話して欲しいの」
「考エてオくよ」
「それで十分よ。
ところで、美味しい?」
一旦、気持ちを切り替えたらしいメリーさんからの質問に、私は動きが止まってしまった。
さすがに、私も、自分が作ったモノを美味い、と言えるほど、調子には乗れない。
もちろん、自分が味見をしっかりと行って、「美味しい」と判断したからこそ、今、八尺様とメリーさんに出せたんだが、「美味しい?」と聞かれ、「美味い」と答えるのは、話が違ってくるのだ。
かと言って、何も返さないままでは、メリーさんの不興を買ってしまう。
「エェ、美味しイです。
やっぱり、美人と美少女が目の前にイますから、格別ですね」
自分でも、歯の浮くような、キザったらしい台詞を吐いてしまった、とマスクで隠している顔が真っ赤になってしまう。
(やべぇ、完全にスベったわ)
ドン引きしているであろう八尺様とメリーさんの反応を、恐怖寄りのドキドキを胸の中から発しながら、二人を見た私は、思わず、目を見張ってしまった。
どういう訳か、八尺様もメリーさんも、私に負けないくらい、真っ赤になっている。
「ぽっぽぅっぽ」
とんでもない破壊力を有した爆乳を持ちながら、実に初心な八尺様であれば、当然なリアクションだが、まさか、遊び慣れている、とまでは言えないにしろ、男のあしらい方が巧そうなメリーさんまで、私の胡散臭い言葉に照れてしまったのは予定外すぎた。
「そんな美少女だなんて・・・・・・ありがとう、真宵くん」
「イ、イエ、どウイたしまして」
この返しも何か変だな、と思いながらも、それ以外が思いつかなかった私は後頭部を掻く。
「真宵くん、あなた、ジゴロね」
随分と、古臭い表現をするメリーさんに、私はうっかり、噴き出しそうになるが、どうにか堪えて、「そんな事はアりません」と謙遜した。
ここで、「本当に、可愛いですよ、メリーさん」とダメ押しをしたら、何だかヤバい気がしたので、私は疑問を口にした。
「ところで、メリーさん」
「何?」
「ややこしイ感じになるが、メリーさんの他にも、メリーさんってイるのか?」
「いるわ」
メリーさんは咀嚼していた鰺の香味焼きを飲み込んでから、微かに頷いた。
「連絡網と言えば、良いのかしら、メリーさんだけのネットワークがあるの。
メリーさんとして誕生した時点で、このネットワークには、自動的に組み込まれているって、先輩のメリーさんに教えて貰ったの」
「じゃア、メリーさんは、会った事がアるんだな、他のメリーさんに」
すると、メリーさんは、今度は首を横に振る。
「会った事は無いの」
「ぽっぽぽぽっぽ」
「そうなの、お姉さま。
メリーさんは、自分以外にメリーさんがいる、とネットワークのおかげで判るけど、実際に会う事は一度も無いのよ」
「つまり、さっきの、先輩メリーさんに教エて貰った、と言ウのは」
「そう、これに連絡が来るの」
メリーさんが見せてくれたのは、本(怪)人が使っているスマフォだった。
一見すると、ごく普通の、スカイブルーのケースに入った機種だ。
しかし、一度、死にかけ、なおかつ、この特異なパワースポットに生活の拠点を移し、そして、召威巫之山の管理人になった恩恵もしくは呪縛で、これまでよりも視えるようになった眼には、スマフォから立ち昇る、菫色の煙が映っていた。
禍々しい、と表現するほどではないにせよ、異質だ、と如実に感じさせる色味の煙だった。
「その先輩メリーさん曰く、私達は同一存在だから、対面する事が出来ないんだってさ」
「つまり、直で会った瞬間に、世界の摂理、と言ウか、神学的なルールが発動して、二人のメリーさんが対消滅してしまウって事かな?」
「ぽ!?」
「らしいわね」
メリーさんは、わざとらしく、両肩を竦めてみせた。
「勘が鋭いわね、真宵くん」
「これくらイ、話を聞イてりゃ推察できるさ」
私もおどけた調子で肩を竦め、改めて、メリーさんのスマフォを見やる。
「メリーさんが、俺を仕留め損なった事も報告するのか?」
「ぽっぽっぽっぽ」
八尺様は「報告しない方が良い」と訴えているようだが、メリーさんは苦笑いを浮かべた。
「もう筒抜けでしょうね、古参のメリーさんには、私のヘマが」
「ぽぅ!?」
「ネットワークに組み込まれてイるから、一挙一動が自動的に、大元に送信されるんだろうな」
「そうみたいね。
あの屋敷に結界が張ってある事を教えてくれた真宵くんなら知ってるだろうけど、世の中には、私達、人じゃない存在を狩るハンターがいるの」
「ぽおぽお?」
「えぇ、実在してるのよ、お姉さま」
知ってる? と八尺様に目で問われた私は、「エェ、知ってます、ちょっとだけですが」と返した。
暮林邸を、住んでいる人間も含め、守護っている結界を張っている、あの術師が、人外を倒す者として強いのか、そこは判断が付かないにしろ、暮林家の専属に近い立場にいる、優秀な彼ならば、人外と戦闘になっても、さほど苦労せずに倒しているのかもしれない。
「自分で言ってて情けない話だけど、メリーさんって、そんなに強くないのよね」
メリーさんの溜息に、私は苦笑いを浮かべた。
(確かに、メリーさんは強いってイメージが湧かないな)
ターゲットの背後に瞬間移動できる特性、それ自体は、メリーさんにとっての強味だ。
目の前にいた相手が、背後に高速で回り込む、はさほど珍しくないし、対応も出来る人は、私の周りにも何人かはいる。
しかし、視界の遥か外から転移して来られると、厳しいだろう。
メリーさんの気配が感じ取れた瞬間に、首にナイフを突き刺されていたって話も有り得そうだ。
(でも、厄介な特性ってのは、それだけって感じでもある)
相手は、都市伝説の住人だから、油断してはいけないにしろ、女子高校生にしか見えない容姿通りの身体能力であれば、何とかなってしまいそうだ。
背後からの一撃、それすら回避できたのなら、逆に、メリーさんの命を獲れる一撃をぶち込む事も、決して不可能じゃない。
恐らく、不可思議な力を使える術師は、そのメリーさんの最大にして唯一の強味をどうにかする術を持っているんだろう。
「まぁ、私たちは、基本、人を傷付けるイメージがあって、その通りの事をしてるから、ハンターに狩られても文句は言えないけどね」
サバサバとしているメリーさんは、トマトのスープを飲んで、「美味しいわぁ」と頬を緩めた。
「これ、後でレシピを教えてくれる?」
「構わねぇよ。
ところで、一つ、イや、二つ質問、構わなイか?」
「何?」
「じゃア、まず、一つ目の質問な。
メリーさんが大勢、まァ、少なくとも、複数、存在するってのは解った。
なら、八尺様も、他にイるのか?」
「!!」
私がメリーさんにぶつけた疑問に、八尺様は緊張を全身に滲ませる。
どうやら、八尺様自身も、自分は単独の存在なのか、気になっているようだった。
だが、自分では、メリーさんにそれを訊くのを躊躇っているようだったので、野暮かな、と思いながらも、私自体も確かめたかったので、つい、訊ねてしまった。




