第二十九話 私はメリーさんに「ごめんなさい」と謝られ、困惑してしまう。
「ぽぃっぽ」
依然として、目を覚まさず、ぐったりとしているメリーさんを抱えたまま、一分ほど待っていると、八尺様が二枚のショーツを手に戻って来てくれた。
元々、この文具店は、紅檎寺村にあり、真由子さんがお世話になっていた雑貨店を引き継いでいる形だ。
その為、取り扱っているメインの商品は、『くればやし』などの文房具だが、他にも洗濯用の洗剤やトイレットペーパー、卓上用ガスコンロのボンベ、入浴剤なども置いてある。
また、その雑貨店は衣服も取り扱っていたらしいので、この店にも服飾コーナーは用意されていた。
とは言え、そこまでの量や種類は揃えていない。
デザインも奇抜ではなく、実に無難なものばかりだ。
私自身、あまり、服にこだわりが無いし、センスも良い方じゃない。
実用性重視、と言えば、聞こえは良いかも知れないが、その実情は、一年通して過ごしやすければ、それで十分なだけだった。
だから、基本的に、私が自分で買う服は動きやすさと、ぶっちゃけ、手頃な値段に重きを置いており、見た目は二の次だった。
さすがに、国外の人間が正気を疑うようなデザインの服は買っていない。
曲がりなりにも、社会人なので、TPOを弁えた服装選びは出来ていたはずだ。
しかし、ファッションセンスがある訳じゃないから、この店に陳列している衣服は、『くればやし』系列にある、様々な年齢層をターゲットにしたブランドの商品を、真由子さん達に見繕って貰っているのが実情だった。
そのコーナーから、八尺様が選んできたショーツは、白の無地とライトブルーに鈴蘭の刺繍が入った二枚だった。
(やっぱ、八尺様、白にこだわるんだな)
妙な事に、軽い感動を覚えてしまった自分に自己嫌悪しつつ、私は抱き上げたままでいたメリーさんを、壁に背を預けた状態で座らせる形で下ろした。
「オ湯を汲み終エたら、チャイムが鳴ります」
「ぽ」
「申し訳なイんですが、メリーさんの事をオ願イしますね、八尺様」
「ぽぅ・・・ぽぽ?」
八尺様は両手を合わせた私に頷き返しながらも、私が今から何をするのか、を訊ねてきた。
「洗面所の床を掃除してから、夕食の準備に取り掛かります。
服は、オ二人が浴室に入ってから、この扉の前に置イてオきますから、安心してくださイ」
改めて、オ願イします、と深々、頭を下げてから、私は、何故だか、やる気になっている八尺様と、目を覚ます気配が無いメリーさんを、その場に残して、洗面所に戻った。
当然と言えば当然だが、まだ、洗面所の床には、メリーさんのお漏らしが残っていた。
都市伝説の住人の体液だ、人のそれと違い、忽然と消える可能性もある、と一抹の期待を抱いていたが、やはり、見通しは甘かったか。
幸いと言って良いか、メリーさんの尊厳も含め、微妙な気もするが、空気には、ツンとしたアンモニア臭は混じっていなかった。
家族を亡くしてから身を置いていた施設で、私はしょっちゅう、年少者たちの粗相の後始末をしていたから、メリーさんの尿であっても、さほど嫌悪感は覚えていなかった。
もちろん、興奮もしていない。
八尺様に続き、メリーさんに出逢え、テンションが高まっているのは認めるが、いくら、そんな私でも、おしっこにまで興奮するほど、最低限の一線は越えちゃいない。
「とりアエず、ジーパンは洗濯しなきゃな」
ぐっしょりと湿っているジーパンを、私は脱ぎ、洗濯機に放り込む。
都市伝説を研究しているオカルトマニアからすれば、メリーさんのおしっこが染み込んだ、このジーパンは垂涎必至の代物かも知れないが、さすがに、このジーパンを売る気にはならない、私だって。
それこそ、一日三食も食べられないほど、生活が困窮している身ならば、売りつけるって発想も浮かんだだろう。
しかし、今の私は、さほど、金銭面で困ってはいない。
むしろ、毎月末に、良綱さん、正確に言えば、「くればやし」から、特別役員報酬が支払われている現状に心苦しさを覚えているくらいだった。
だから、このメリーさんのおしっこで汚されてしまったジーパンを、マニアに売る必要は無かった。
(まぁ、そもそも、これがメリーさんのおしっこって証明する術がねぇしな)
確かに、アンモニア臭はする。
しかし、人間の尿からするそれと大差は無い。
小難しい検査をしたら、違いが判明するのかもしれないが、生憎、私はそこまで知的好奇心が強くも無い。
毒や酸の類じゃない、と直感はしたので、落ち着いていられただけだ。
メリーさん云々は抜きにして、おしっこで汚れたのなら捨てるべきなんだろうが、どうにも、根っこの部分から貧乏性が抜けないのか、一回、洗濯してから判断してみよう、と私は日和ってしまった。
とりあえず、私は下半身はトランクスのままで、床に広がっている、メリーさんのおしっこを念入りに拭き始める。
(一応、消毒と消臭もしておくか)
有害かどうかは別として、おしっこはおしっこだ。
特徴的な臭いは、なるべく早めに取り除いておきたかった。
床掃除を終えたタイミングで、風呂場の方から、湯舟に湯が満ちた事を知らせるチャイムが聞こえてきた。
「メリーさんの方はともかく、八尺様は俺のシャツだけじゃ、パンツが丸見エになっちまイそウだな」
八尺様は私より体が大きいから、私のズボンで丁度、良いだろう。
若干、ウエストがキツい可能性もある。
メリーさんは、この紅檎寺村の中高生と変わらぬくらいなので、短パンをベルトで締めて、ズリ落ちないようにして貰うのが無難かも知れなかった。
(店の方から、スカートを持って来れば良いんだろうが、正直、サイズが判らないしな)
私は、八尺様とメリーさんがお風呂に入ったであろうタイミングを見計らい、風呂場に着替えとタオルを準備し、向かった。
扉の前で、脱衣所に二人がいない事も気配でしっかりと確かめる。
さすがに、いきなり、扉を開けて、八尺様とメリーさんが服を脱ぎ終え、ほぼ全裸に近い状態になっていたら、こっちの命が危ない。
(まぁ、暮林の屋敷にいた頃は、涼子ちゃんが俺が脱いでるタイミングで、自分も半裸の状態で入ってこようとして、めっちゃ大変だったが)
あの時の「恐怖」を思い出し、つい、私は寒気を覚えてしまった。
一応、扉に耳を当てると、シャワーの音とメリーさんが八尺様に文句を言っているのが聞こえたので、脱衣所にいない、と確信できた。
そっと、扉を開けた私は、浴室の中にいる八尺様とメリーさんに気付かれる前に、棚へ着替えとタオルを置き、すぐさま、その場を後にする。
(そう言えば、真由子さんに頼まれて、タオルを持って行ったら、いきなり、風呂場のドアを涼子ちゃんが開けて、俺を強引に連れ込もうとしたっけな)
いくら何でも、イタズラってレベルじゃないので、良綱さんに注意してください、と頭を下げた。
だが、やはり、良綱さんは涼子ちゃんに強くは出られないようで、私をターゲットにした涼子ちゃんからのイタズラは、てんで鳴りを顰めなかった。
それこそ、雪乃の我儘に振り回される時よりも強い心労に、私が憔悴しているのを見かねて、苺さんが良綱さんに代わり、涼子ちゃんにお灸を据えてくれたおかげで、彼女は大人しくなってくれた。
改めて、苺さんには頭が上がらないな、と苦笑いを漏らしながら、私はキッチンに向かう。
「メリーさんの分が増エるとなると、シチューだけじゃ、少し足りなイかな」
やはり、もう一品か二品くらいは作っておいた方が良さそうだ。
好き嫌いはともかくとして、メリーさんに食物のアレルギーはあるだろうか、と私は小首を傾げた。
(念には念を入れるべきか)
笑顔になって貰うべく、夕食を振る舞うのに、食べられない食材を使ってしまったら、本末転倒だ。
八尺様とメリーさんが風呂に入っている間に料理を作らず、確認をしてから、調理に取り掛かるべきだな、と決めた私は店舗の方に戻り、後片付けと明日の準備をし始めた。
店舗の清掃と補充すべき商品の確認、戸締りを終えた私が、改めて、キッチンに向かうと、リビングの方から、八尺様とメリーさんの気配がした。
「オ待たせしちゃイましたかね?」
「ひぅ!?」
私がリビングに入るなり、たまを猫じゃらしタイプのおもちゃで遊ばせていた、いや、多分、たまが強制させて、猫じゃらしを使わせていたのか、メリーさんが、恐怖に顔を歪め、八尺様の大きな体の後ろに隠れてしまった。
一応、私は顔をマスクで隠しているのだが、メリーさんにとっては関係ないようだ。
もはや、顔の傷云々の前に、私自身が、メリーさんにとっては、恐怖の対象らしい。
彼女のリアクションに、私は軽く傷つきそうになる。
しかし、失禁するほど怖かった訳だから、こういう反応をされても仕方ない。
むしろ、また、漏らされないだけマシだろう。
メリーさんだって、この短時間で二度も漏らすなんて、心へのダメージがデカすぎるに違いなかった。
(それにしても、結構、メジャーな都市伝説の住人であるメリーさんを、ここまでビビらせちまうって、そんなに、俺の顔は怖いのか)
毎日、鏡で自分の顔を見ているのもあってか、とっくに慣れてしまっていた私は、改めて申し訳ない事をしちまったな、と反省した私が、八尺様の後ろに隠れたまま、顔すら出してくれないメリーさんに謝罪をしようとした。
だが、私が頭を下げるよりも先に、八尺様が自分の背後に隠れるメリーさんの後ろ襟を掴んで持ち上げ、私の前に立たせてしまう。
私は唖然としたが、当然、メリーさんだって愕然としていた。
すぐさま、メリーさんは、八尺様の背後へ隠れ直そうとするが、八尺様は彼女の両肩を上からしっかりと押さえつけ、そこから動く事を許さない。
あくまで、私の想像に過ぎないが、八尺様とメリーさんは、風呂場で、都市伝説の住人として友情を深めたはずだ。
会話が成立していたのか、そこも判らないにしろ、少なくとも、メリーさんは八尺様を自分の味方、と信じていたのだろう。
でなければ、こんなにもショックを受けたような表情を見せない。
「アの・・・」
メリーさんに救いの手を差し伸べる意図は特に無いまま、私は八尺様に、この行為の真意を問おうとした。
その時だった、メリーさんの脛に、たまの猫パンチが叩き込まれたのは。
猫パンチが直撃した瞬間に、ゴヅンッ、と私の耳には聞こえたくらいだから、その威力はとんでもないモノだったに違いない。
私の予想を補強するように、メリーさんは「痛ァァッァい」と喚き散らしながら、殴られた脛を手で押さえ、床を転げ回った。
「たま、オ前なァ」
私は苦言を呈そうとするが、たまはまるで反省していないのか、メリーさんの脛を容赦なく打った右前足の先をペロペロと舐めていた。
しかも、そんなたまを擁護するように、私の前に立つ八尺様。
どうやら、八尺様としては、たまの味方をする気らしい。
(いや、違うか)
恐らくだが、八尺様が味方をするのは、たま、と言うより、たまの飼い主である私のようだった。
とは言え、何故、同じ都市伝説の住人であるメリーさんじゃなく、ただの人間でしかない私に、八尺様が与そうとするのか、その理由が思いつかない。
確かに、付き合いで言えば、メリーさんより、私の方が長いとは思うが、その程度で、私の味方をするメリットはないはずだ。
「っぽっぽぅ」
どんな理由で、私の味方をするのか、を考えようとした矢先に、八尺様は私に頭を下げ、顔を前に戻すと、自分が袖を通しているシャツの裾を軽く引っ張った。
思考を中断された事に対して、さほど苛立ちは湧かず、私は改めて、八尺様の今の格好を見つめた。
白の丈が長いワンピース、そのイメージが強いので、男物のシャツにジーパン、そんな服装に違和感を覚えない、と言ったら、嘘になる。
しかし、似合っているのも事実だ。
やはり、長身で肉付きが良いってのは強い。
私が着ている服を、八尺様が着てくれているのは、正直、テンションが高まってくる。
(けど、やっぱり、サイズが合わなかったか)
最初こそ、八尺様の筋すら見えない、ちょっと指で摘まみたくなる、弾力があるであろう腹と弄り甲斐がありそうな臍が丸見えだったので、シャツが小さかったか、と思った。
しかし、しばらく見ていて気付けた、おっぱいがデカすぎて、シャツが上に引っ張られて、意図せぬ臍出しルックになっているんだ、と。
(涼子ちゃん達も、相当、おっぱいが大きかったが、八尺様はそれよりデカいからな)
恐らく、いや、確実に、シャツは八尺様の腹部にくっついていまい。
あまり、おっぱいを凝視していると、命の危険に晒されかねないので、私は頭部に視線を動かした。
「ぽぽぉ」
当然だが、今、八尺様はトレードマークの一つでもある、真っ白な帽子を被っていない。
さすがに、風呂に入り、髪が湿っている状態では、帽子は被れない。
ただ、やはり、目元を見られるのは恥ずかしいのか、前髪を垂らし、しっかりと隠している八尺様。
私がイケメンであれば、八尺様に甘い言葉を囁き、前髪を掻き上げる事も許されるだろうが、残念ながら、今も昔も、私はイケメンから程遠い見た目だ。
もっとも、イケメンであっても、異性が見られたくない所を、強引に見ようとするのは万死に値する、と私は思っているが。
いずれにしても、私が魅力的な大きさを誇るおっぱいを見ない為に、顔をジッと見つめたからだろう、八尺様は照れ臭そうに頬を赤く染めた。
顔も見ちゃならないとなると、どこを見つめれば良いのか、悩んでしまう所だ、私としては。
「すイません、そんなシャツしかオ貸しできなくて。
でも、オ似合イですよ」
一応、私はシャツのサイズが、八尺様の体躯に合っていない事を謝罪し、なおかつ、それとなく誉め言葉も添えたが、彼女は気にしてない、と言わんばかりに、首を横に振ってくれた。
むしろ、どこか嬉しそうな雰囲気を醸しているような・・・
「ところで」
私が視線を動かすと、八尺様は、未だに呻いているメリーさんの腋に両手を入れるや、軽々と持ち上げ、私の前にドンッと置く。
「ひゃぁ!?」
この「ひゃぁ!?」は、八尺様に持ち上げられたからなのか、それとも、私を目の前にしたからなのか、今イチ、判断が付かなかった。
出鼻を挫かれた、は若干、違う気もするが、メリーさんを目の前に置かれてしまった以上、話を続けないのも不自然なので、私は逡巡しながらも、八尺様に訊ねてみる。
「どウイウ理由で、メリーさんを私の前に?」
「ぽ」でしか喋れない事もあるだろうが、行動で示した方が手っ取り早い、そう考えたのかは定かじゃないが、八尺様は逃げようとしているメリーさんの肩を左手で押さえ、右手を彼女の頭に置き、半ば無理矢理に私へ下げさせようとしたではないか。
「痛いってば、八尺おねえちゃん!!」
(メリーさんからすると、八尺様はお姉ちゃんポジションなのか?)
八尺様とメリーさんの噂話、どちらの方が先に世の中に広まったんだったかな、と私は真面目に考えてしまう。
それとも、流布し始めた時期が早い方ではなく、多くの人に認知されているか、でヒエラルキーがきまるのだろうか?
もしくは、お風呂場の中で、メリーさんが八尺様を「上」と認めるナニかがあった、いや、ナニかをされたのだろうか?
興味深い謎だ、と思いつつ、さすがに、八尺様のパワーでムギュっと押さえつけられたら、メリーさんの細首など、〇ッキーよりも簡単に折れてしまうだろうから、私はやや焦りながら、八尺様に待ったをかける。
「八尺様、メリーさんが痛がってますから、そのくらイに」
「ぽっぽっぽっぽ」
八尺様は私の言葉で、メリーさんに頭を下げさせようとする力こそ緩めてくれたが、手は乗せたままだ。
「・・・・・・アの、もしかして、八尺様、メリーさんに、私へ謝らせよウとしてますか?」
私の問いに、八尺様は「ぽっっ」と力強く頷き、またしても、メリーさんに頭を下げさせようとする。
「イや、私、メリーさんに謝罪されるほど、失礼な事はされてませんよ」
すると、ここまで、八尺様に抵抗していたメリーさんが、急に、自発的に頭を、私に下げてきた。
「ごめんなさい、人間のお兄さん」
「エ?!」
唐突に、心から反省した様子のメリーさんに謝られてしまい、私は驚きを通り越して、戸惑いすら覚えてしまった。
「・・・・・・エっと、私、メリーさんに、何かされましたっけ?」
本当に私がメリーさんに謝罪される理由に思い至ってない、と解ってくれたのか、八尺様は「ぽう」と呆れた声を漏らし、たまに顔を向けた。
「にゃぉん」
こういう奴なのさ、と言わんばかりの鳴き方をし、たまは尻尾をパタパタと揺らす。
そんなたまに、八尺様は「なるほど」と言わんばかりに頷き返し、自分の顔を指してから、私の顔、正確に言えば、顔を隠すために被っているマスクに指先を向けてきた。
いくら、私だって、そこまで、ハッキリとした、サービスが過ぎるヒントを出されてしまったら、答えに辿り着けてしまう。
(なるほど、俺の顔を見て、気絶した事を謝ってきたのか、メリーさんは)
だが、ここで、謝るような事じゃない、と言うのは、半ば強制された形に近いにしろ、私に謝る為に振り絞られた、メリーさんの勇気にケチを付けるに等しい。
(失禁させちまった時点で、チャラになっちまった気もするが、そこも言えねぇな)
「お風呂も貸してくれて、ありがとう」
「イエ、どウイたしまして」
深々と頭を下げるメリーさんに、私は大らかに手を左右に振って応える。
「ほんと、情けなくて嫌になるわ。
住所まで聞いて、ここに来たってのに、とんでもない醜態を晒しちゃった。
これじゃ、『メリーさん失格』って、他のメリーさんに烙印を押されちゃう」
(やっぱり、彼女だけが『メリーさん』って訳でもないんだな)
彼女が、ぽろっと漏らした事実に胸中で唸りながらも、私は、今、自分の目の前にいるメリーさんのフォローに努める。
「本当に、気にしなイでくださイ、メリーさん。
こちらこそ、オ見苦しイものを見せてしまイましたし」
「・・・・・・言い辛かったら話してくれなくても良いんだけど、一体、何があったの?」
怖さは感じているものの、興味は抑えきれないのか、メリーさんはチラチラと私の顔を見る。
「話す事に抵抗がアる訳じゃアりませんが、聞イて楽しイ内容でもアりませんよ、メリーさん」
「ちゃんと聞きたいわ」
メリーさんがきっぱりと言い切ったタイミングだった、この場に、「ぐぅぅぅ」、そんな音が鳴り響いたのは。
どう考えても、その音は腹の虫の音だが、問題なのは、その腹の虫の飼い主が誰かって事だろう。
空腹感こそ感じ始めているが、いくら何でも、そこまで大声で鳴くほど、腹の虫も飢えていないので、私じゃないって事は先に言っておく。
そうなると、今、この場にいるのは八尺様とメリーさんだから、彼女たちのどちらか、もしくは、両方だ。
果たして、どちらが腹の虫を鳴かせたのか、さりげなく、確かめようとすると、メリーさんが顔を真っ赤にしていた。
体を小刻みに震わせ、腹を押さえているメリーさんの目には涙が溢れそうになってるではないか。
「んなぁん」
さしものたまも、これには同情したようで、メリーさんの側に寄り、優しく鳴いたほどだ。
とは言え、人間だって、時には優しくされた方が辛い。
「ううううう」
都市伝説の住人であるメリーさんにとっても、たまからの同情は、却って、精神的にキツかったらしく、真っ赤になっている顔を両手で覆い、その場に蹲ってしまった。
「ぽぽお」
八尺様も、羞恥心に悶えているメリーさんに、どんなフォローをしていいのか、判断しかねているようで、オロオロしてしまっていた。
「メリーさん」
こういう時、落ち込んでいる女性に気の利いた事を言えないのだから、私は、どう足掻いても、イケメンにはなれないのだろう。
そんな私に今、出来る事と言ったら、たった一つだ。
「何が食べたイですか?」
「・・・・・え?」
人間と同じように、都市伝説の住人も「恥ずかしい」と感じるのであれば、その精神的なダメージから回復する手段もまた、変わらないんじゃないか。
だから、私はもう一度、出来るだけ、柔らかな声を意識しながら、困惑しているメリーさんに訊ねた。
「食べたイものは、アりますか?」




