第二十八話 私は家を訪れたメリーさんと顔を合わせる。
(まぁ、そう考えると、そんじょそこらの悪霊なんか比較にならないレベルでヤバい祟り神の類がいる場所だけどな、この村は)
しかも、私は、こうやって、八尺様と親密になってしまっている。
それに加えて、メリーさんに現在地を教え、招いてしまった。
暮林家専属と言っても過言じゃないプロに知られたら、冗談抜きに、正座で一時間、いや、二時間は懇々かつ淡々と説教される事案だろう、これは。
(八尺様やメリーさんは、悪霊じゃなくて、都市伝説の住人って言い訳は通じねぇよなぁ)
プロの人には説教されるだけで済むだろうが、八尺様やメリーさんと関わった事が、涼子ちゃんに知られたら、また、自分の命を大事にしなかった、と憤った彼女に一発、殴られる事は覚悟しなければならない。
何やら、今、良綱さんや真由子さんに加え、見知らぬ大勢からも、呆れがたっぷりと籠った溜息を吐かれたような気がする。
「んにゃぁん」
幻聴が聞こえるほど疲れているのか、と思ったタイミングで、たまが八尺様の谷間から顔を出した。
「ぽぅ」
自分のおっぱいに挟まっているたまに、八尺様は嬉しそうな表情を浮かべる。
「たま、八尺様に迷惑だから、オッ・・・そこから出なさイ」
「にゃんっ」
私が出てくるように促すも、たまは拒絶するように首を横に振る。
やはり、私の言葉を理解できているたまは頭が良いようだ。
しかしながら、今はそれに感心している場合でもあるまい。
「たま、イイ加減にしなイと、私にも考エがアるぞ。
出て来なイなら、今日の晩飯は抜きだからな」
「にゃっ!?」
私の脅し文句に、たまの表情がサッと変わった。
やはり、たまにとっては、一食抜きの罰は相当に効果的なようである。
上手くいきそうだ、とほくそ笑みかけた私だが、ここで予想外の事が起きたのである。
「ぽっぽっぽ」
居心地の良い場所から、渋々、出ようとするたまを、八尺様が押し留めてしまったのだ。
「・・・・・・八尺様?」
「ぽぅっぽっぽ」
相も変わらず、八尺様は「ぽ」を主体にしか話さないが、何となく、今は何を伝えようとしているか、感じ取れた。
どうやら、八尺様は、たまの味方のようだ。
たまも、それを感じ取ったのか、もぞもぞと動き、八尺様のおっぱいの中に戻っていく。
おっぱいの中で動くたまの毛がくすぐったのか、やたら色っぽく、ムチムチな体を揺らした八尺様。
そのモーションで、八尺様の胸の双丘だけでなく、髪も揺れ、彼女の鼻に触れた。
「ぽっくしょん!!」
八尺様のくしゃみは激しく、私は真正面から、色々な液体をモロに顔へ浴びてしまった。
「ッッッッ」
事故の影響なのか、三十代後半でありながらも身長が伸びた私が、わずかに見上げねばならぬほどの長身であり、なおかつ、都市伝説の住人たる八尺様は、くしゃみですら、勢いが凄かった。
八尺様の揺れたおっぱいに意識が向いており、油断していた事が仇になり、咄嗟に顔を腕で私は庇えず、くしゃみで、危うく、むち打ちになってしまう所だった。
「ポオオオオオオ」
人間、誰しも、自分よりもパニックに陥っている人が目前にいると、冷静さを普段よりも迅速に取り戻せるものだ。
焦りまくっている相手が怪人であっても、その定説は適用されるらしかった。
八尺様のくしゃみを思いっきり浴びてしまい、私の顔を覆っているマスクは、すっかり汚れてしまう。
「ぽっぽっぽっぽ」
たまが谷間に入っているのも忘れ、八尺様は私に土下座で謝ろうとして来たので、私は急いで、彼女の腕を掴んで、謝罪を止めさせる。
「八尺様、謝らなくても大丈夫です。
マスクが濡れてしまっただけですから」
「ぽぅぽうぽっぽ」
私は、気にしていない、とハッキリ伝えたが、八尺様はすっかり落ち込んでしまう。
このままだと、夕食を食べていく、どころか、この店に来なくなる可能性があった。
涼子ちゃんなどは、人じゃない存在は家に来ない方が良いよ、と言うかもしれないが、私はもう、八尺様と友人になったつもりでいる。
これくらいで、友情が壊れてしまうのは嫌だった。
「八尺様」
私がおもむろに両手を取り、優しく握ると、八尺様はビクッと身を竦ませた。
しかし、八尺様が私の手を振り払わなかったので、私はそのまま、話を続けられた。
「本当に大丈夫ですから」
これは、八尺様に気を遣って、強がっている訳じゃなかった。
もしも、八尺様のくしゃみが毒を帯びているものだったら、マスクをしていたとは言え、皮膚がほとんど無い私にとっては、致命的だっただろう。
「ポ?」
「エェ、怒ってません。
ですから、帰らなイでくださイ」
しばらくの間、八尺様は唇を真一文字に引き結んでいた。
「ぽう」
ようやく、八尺様が首を縦に振り、帰らない意思を示してくれたので、私は安堵する。
「ぽっぽぅっぽ」
それでも、八尺様は私のマスクに右手を当て、思っていた以上に湿っている事を確かめてから、深々と頭を下げてきた。
「顔を洗って、マスクを変エてくるので、少し待ってイてくれますか?」
「ぽぅぅ」
まだ、完全には落ち込んだ状態から脱し切れていない八尺様の返事は、実に弱々しかった。
そんな彼女の鼻先を、谷間の中から、たまはペロリと舐めた。
「!?」
「どウやら、たまも、八尺様に、元気を出して欲しイよウですね」
「・・・・・・ぽ」
たまのそれはナイスフォローだったようで、わずかではあるが、八尺様は気持ちを立て直せたらしく、たまの頭を優しく撫で始めた。
「それでは、ちょっと失礼します」
「にゃん」
たまに見送られ、私は洗面所に向かう。
(八尺様が元気になってくれそうで、一安心だな)
胸中でたまに感謝した私は、後でご褒美を用意しないと、今度は、たまの方が臍を曲げちまいそうだな、と苦笑を浮かべてしまう。
「さて、と」
八尺様のくしゃみを浴び、汚れてしまったマスクを顔から外し、洗濯機に放り込んだ私は顔を洗おうとする。
「オっと」
しかし、蛇口から冷水を出し、顔を洗おうとしたタイミングで、私は胸ポケットに入れていたスマフォを落とす事を危惧し、動きを止めた。
これまで、スマフォを水没させた経験はない。
しかし、今、その最初の一回目が起きないとも限らない。
このスマフォが壊れ、使えなくなってしまうと、仕事に洒落じゃ済まない滞りが生じてしまう。
(まずい、まずい)
ギリギリで気付いた自分を誉めつつ、私はスマフォを、洗面台に落ちない、安全な位置に置き、改めて、冷水で顔をバシャバシャと強めに洗い始めた。
しかし、そういう時に限って、スマフォは着信するのだ。
電話帳に入っていない相手からの連絡である事を示す着信音が、洗面所に響く。
誰からだ、と思いながら、水を止めようとした時だ、何故か、通話状態になり、しかも、スピーカーに切り替わったではないか。
『もしもし』
「!?」
『アタシ、メリーさん』
「今、アナタの後ろにいるの」
その言葉にギョッとした私は、大急ぎで、びしょ濡れの顔を上げた。
目の前の鏡には、当然だが、私が映っていて、その私の後ろには、見知らぬ美少女がスマフォを右耳に当てた状態で、麗らかな笑顔を浮かべ、立っていたではないか。
(メリーさんか!!)
私は思い出した、メリーさんに、文具店の営業が終わってからにして欲しい、と「お願い」していた事を。
私にくしゃみを浴びせ、落ち込んでいた八尺様を元気付けている間に、時間は過ぎ、顔を洗い始めたタイミングで、18時になったに違いなかった。
(18時ピッタリに来やがったのか!?)
ついに、私の家に辿り着き、そして、私の背後を取る事に成功したメリーさんは、鏡に勝ち誇った笑顔を映していた。
「・・・・・・!?」
だが、その笑顔が、鏡に映っている私と目を合わせた瞬間に、ビキッと引き攣り、瞬く間に、恐怖で歪んでいく。
「アッッ」
そう、今、私はマスクを脱いでいる。
つまり、素顔が剥き出しになった状態なのだ。
やっちまった、と思いながらも、私は、ほぼ反射で、メリーさんの方を振り向いてしまう。
体の向きを、メリーさんの方へ向けるのにかかったのは、一秒未満だが、その間、私は「あ、ヤバいかもしれない」と気付いたのだが、一度、動き出してしまったら、もう止めるに止められなかった。
「キャアアアアアアアアアア」
バケモノよりも恐ろしい面構えになった私と真正面から向かい合ってしまったメリーさんの口からは、当然、絶叫が発せられた。
絹を裂いたよう、と表現するに相応しい悲鳴だった、文句なしに美少女であるメリーさんのそれは。
しかし、その悲鳴は突如、中断させられる事になった。
メリーさんが気絶してしまったからである。
私の顔が、あまりにも恐ろしく、精神の許容量を超えてしまったんだ、と思った方もいるだろう。
それは、まぁ、否定できない事実だから、反論は出来ない。
ただ、今回に限っては、メリーさんの失神の原因は、多分、私の顔が100%、原因ではない、とだけ言わせてほしい。
ある意味、今の「顔」になったのは、自業自得な部分が大きい。
涼子ちゃん達が、真宵お兄ちゃんが気にする必要はない、と言ってくれたとしても、やはり、無茶をした私自身に非があるのは間違いない。
まぁ、同じような状況になったら、きっと、いや、確実に、私は自分の身体が損傷するのも構わず、誰かを助けてしまうのも間違いなかった。
自分の身体が傷付かない手段を選択した結果、誰かが傷付くのであれば、例え、命が助かっても、私は酷く後悔してしまうからだ。
誰かを無傷で救えるのなら、私みたいな人間は傷ついても構わない。
自分は二の次で、誰かを救おうとしてしまうのは、もはや、私の治しようがない悪癖のようだ。
(俺が血を流す事で、誰かが血を流さずに済むのなら、それで良い、そっちが良い)
そもそも、私は今の「顔」に対して、嫌悪感を抱いている訳でもない。
傷は男の勲章、とカッコつける気もない。
自分の行動の結果なのだから、ありのままを受け入れるしかないではないか。
泣き言を言おうが、愚痴を溢そうが、文句を重ねようが、傷の修復にかけては世界有数の名医も匙を投げるしかなかった、この「顔」が元通りになる訳じゃない。
大体、元の顔だって、大して整っていなかったのだから、今と大差は無い。
(イケメン、と全力で褒めてくれたのは、涼子ちゃんくらいだったな・・・)
改めて、私は人への気遣いを身に付けている涼子ちゃんに感謝しつつも、美的感覚が心配になってしまう。
ともかく、私は、今の「顔」がコンプレックスではない、そこだけは言っておきたい。
しかしながら、私の今の「顔」を見た相手を失神させてしまったら、さすがに、傷付く。
いや、もちろん、相手に精神的なダメージを与えてしまった事に対しては申し訳なく思う。
だが、こんな私にも、傷付く権利くらいはあるんじゃないか?
なので、今回、メリーさんを気絶させた、直接的な原因が私のこの「顔」でない、と言わせてほしい。
では、何が原因なのか、いい加減、言えよ、と苛立っている方もいるだろう。
メリーさんが意識を失った原因は、そう、たまなのだ!
何を言っているんだ、お前は、と私に人差し指の先を向ける方もいるだろうが、事実だ。
私も、他人に、飼い猫がやった、と言われたら、人を指差すなんて、バギィッ、とヘシ折られても文句が言えないレベルで失礼な事はしないにしろ、戸惑いは隠せない。
けれど、今、私の目の前で起こったのだ、それが。
端的に説明すると、たまの体重と速度を上乗せした頭突きが、私の顔を直視して、絶叫していたメリーさんの顎に直撃したのだ。
言い方は変になるが、当たり所は良かったのか、メリーさんの顎の骨が砕けたり、歯が悉く折れ飛ぶような事にはならなかった。
しかし、顎に頭突きを喰らった事で、メリーさんは脳震盪に到ったのではないか。
特殊能力を有していても、メリーさんの肉体、その構造は人のそれと変わらないのであれば、顎に衝撃を受ければ、脳が揺らされ、意識を喪失する可能性は大いにある。
私の今の「顔」を見た事による甲高い悲鳴は、たまの頭突きを顎に受けた瞬間に、不自然に止まった。
そして、頭から意識をスッ飛ばされたメリーさんは両膝を床にガクンッと落とし、バランスを崩すと、そのまま、倒れ込んだ。
咄嗟に、私が動き、抱き止めていなかったら、メリーさんは床へ頭に強打していただろう。
セーフ、と安堵の息を漏らした私は、メリーさんを睨み、「フゥゥゥッッッ」と唸り声を発するたまを見やった。
「たま」
「にゃぉん」
私が名を呼ぶと、たまは唸るのを止め、誇らしげな鳴き声を上げた。
「・・・・・・」
確かに、メリーさんは、私を害する目的で、この家に侵入した。
大雑把に分けてしまうのなら、敵だ。
つまり、たまは、私の命を救った事になる。
だから、たまが誇らしげに鳴くのも当然ではあった。
正直、たまの体重を考えると、頭突きの威力は相当なモノになるはずだから、やり過ぎとは思える。
けれど、こんなにも、褒めてオーラを出してくるたまに、私は注意が出来なかった。
(猫飼い失格かね)
自嘲の笑みを浮かべながら、私はメリーさんを抱えたままで、たまの頭を撫でてやる。
「アりがとウな、たま。
助かったよ」
「にゃぁぁん」
苦笑いを浮かべた私に頭を撫でられ、感謝を伝えられ、たまは更に誇らしげな顔で鳴く。
「ぽぅ!?」
さて、これから、どうしたもんかな、と思考をシフトしようとしたタイミングだった、八尺様が洗面所に駆け付けたのは。
居心地が良さそうにしていた自分の谷間から突然、たまが飛び出し、どっしりとした体形から想像できないほどの加速さを見せたものだから、呆気に取られ、しばし固まってしまっていたが、やっと、我に返り、後を追い、ここに来たのだろう。
たまを見つけ、ホッとする間もなく、私がマスクを外しており、なおかつ、見知らぬ美少女を抱きかかえているのを目の当たりにして、再び、固まってしまっていた。
パニックに陥った八尺様が、リーチの長さを活かした強烈なビンタを繰り出してこなかっただけ、マシな方ではあるにしろ、このまま、頭が真っ白になった状態でいられても困ってしまう、私としては。
(さりとて、この状況を、八尺様を落ち着かせた状態で説明するには、どうしたらいいもんか)
元々、言葉を巧みに使って、縺れた事態を円満に解決するセンスが冴えていない自覚があるだけに、私は悩んでしまう。
とりあえず、このゴスロリ美少女が、八尺様と同じ、都市伝説の住人であるメリーさんである事から説明すべきか、と判断し、私が「八尺様」と呼びかけようとした時だった、それに気付いたのは。
下半身が濡れ、妙に冷たい、と気付いた時、大抵の人は、「どうして濡れているのか」の正解に、すぐ辿り着いてしまうだろう。
「・・・・・・んなぁ」
呆れと蔑みが混じった鳴き声を上げるたまを視線で窘めつつ、一縷の期待を抱いて、私は確認したが、やはり、予想は当たってしまっていた。
(メリーさん、漏らしちまったか)
「ぽ!!」
どうやら、八尺様も、メリーさんがお漏らししてしまったのを、スカートの色の変化もしくは洗面所に漂う、ツンとしたアンモニア臭で気付いたらしく、鼻を手で押さえ、頬を赤くした。
「ハハハ・・・」
案の定、メリーさんは恐怖のあまり、失禁しており、彼女の尿が私のジーンズを濡らしていたようだ。
私の顔は、チビっちゃうを通り越して、漏らしちゃうほど、おっかないのか、と落ち込みかけるが、ここで落胆したって、何も解決はしない。
(今日は、とことん、水難ならぬ体液難の日だったか)
あえて、しょうもない事を考えて、自虐的に笑う事で、私は気持ちを切り替えた。
とりあえず、今からすべきは、メリーさんの粗相を、彼女が目を覚ます前に片付けてしまう事だ。
「勝手に家に押しかけてきて、真宵お兄ちゃんの顔を見て気絶する女のおしっこを、真宵お兄ちゃんが綺麗に拭く必要なんてないよ。
そいつに、自分で後片付けさせればいいじゃん」
涼子ちゃんだったら、きっと、そう言うに違いなかった。
まぁ、涼子ちゃんの意見も間違ってはいない。
大半の人が同意するであろう、正論だ。
しかし、半ば不意打ちのような形で、この顔を見せてしまい、その上、失禁なんて恥をかかせてしまったとなると、それ以上の赤っ恥を味合わせるのは、どうにも、私としては胸が痛んだ。
(メリーさんが押しかけたってのは事実にしろ、俺も安易に、ここの住所を教えちまっている以上は、同罪だろ)
心の中にいる”涼子ちゃん”に怒鳴られながら、私は、まだ動揺の渦中にいる八尺様に顔を向けた。
「八尺様」
「ぽ?」
私が真剣な、この状態では判り辛いだろうが、顔を向けたからだろう、八尺様も自然と表情を固くしていた。
「オ願イがアるんですが」
「ぽっぽっぽぅぽ」
「彼女を、メリーさんをオ風呂に入れてアげてくれませんか?」
「ぽ!?」
八尺様の見せた驚きは、今、私が抱えている美少女が、自分と同じほどの知名度を持つ、都市伝説の住人である「メリーさん」と知ったからなのか、それとも、私が口にしたお願いが、あまりにも突飛すぎたからか、どちらが理由なのだろう。
「ぽぉぽぅ?」
八尺様が自分とメリーさんを交互に指差したので、私は首を縦に振る。
「大変な事を頼んでイるのは、重々《じゅウじゅウ》承知してイます。
ですけど、さすがに、男の私が、初対面でアるメリーさんを脱がして、体を洗う訳にはイきませんので」
私の言っている事は尤もだったので、八尺様は「ぽ~ん」と唸る。
「オ願イします。
イくら何でも、このままにしてオくのは可哀想ですから」
「にゃぉぉん」
私に深々と頭を下げるのに合わせ、たまも八尺様に首を垂れてくれた。
悩んでいた八尺様だったが、たまにもお願いされてしまっては断り切れない、と判断してくれたのか、コクリと頷いてくれた。
しかし、不安はあるようだ。
八尺様が、自分の身体をペタペタと触っているのを見て、私は、彼女が自身の体が大きい事を懸念しているのだな、と気付く。
「安心してくださイって言ウのも、可笑しな話ですが、この家の風呂場は大きイので、八尺様とメリーさんが二人で入っても余裕がアるくらイです」
見て貰った方が手っ取り早いので、私は濡らされたジーパンに対する気持ち悪さを意識しないようにしながら、メリーさんを抱き上げたままで、洗面所の隣にある浴室へ、八尺様を案内する事にした。
「ここです」
私が浴室の扉を開け、中を見た八尺様は「ぽ」の一言すら出ないほど、驚いていた。
「・・・・・デカ過ぎですよね」
やや困ったように、私が笑いながら言うと、一瞬、八尺様は首を縦に振りかけたが、ギリギリで、その動作にブレーキをかけた。
それでも、否定は出来ないためか、ドギマギとしてしまっていた。
「私も毎日、この風呂に入りながら思ってますから、デカ過ぎだわって」
そう、この家の浴室の浴槽は、あまりにも大きいのだ。
思いがけず、二回目の成長期が来てしまって、持っていた服を買い替える羽目になった私どころか、そんな私よりも長身の八尺様が横の面に背中をくっつけた状態で足を伸ばしても、対面までは30cmほどの余裕があるのだ。
浴槽が大きければ、リラックス効果も高まるのだが、これはあまりにも大きすぎるので、仕事などで疲れて入浴している時など、うっかり寝てしまったらヤバいので、つい、気を張ってしまうくらいだ。
良綱さんが、私に召威巫之山の管理人を任せてくれた際、自分たちが使っていた別荘を改築してくれた事は先にも説明した通りだ。
この時、良綱さんは、浴槽をもう少し小さいサイズに交換しようか、と仰ってくれ、私もデカすぎる風呂に入るのも落ち着かないので、その言葉に甘えようとした。
そこに待ったをかけたのが、誰か、皆さん、お分かりだろうか?
そう、涼子ちゃんである。
涼子ちゃんは、家族みんなで入りたいから、浴槽のサイズは変えるべきじゃない、と熱弁した。
移住により、自分の持ち家になるとは言え、元の持ち主の良綱さんである娘、涼子ちゃんに、そう言われてしまったら、私としては反対できなかったのだ。
良綱さんも最後まで味方をしてくれなかったので、結局、この家の浴槽は大きいままだ。
体育座りでなければ浸かれぬほど狭いタイプよりは遥かにマシだが、やはり、私は根っからの小市民だからか、どうにも落ち着かなかった。
とは言え、今、八尺様とメリーさんが同時に入浴しても余裕があるのだから、結果オーライ、と考えるべきだろう。
「ぽぉぽぅっぽ?」
「はイ、遠慮なさらず」
私がそう言うと、八尺様は腹を括ってくれたらしい。
彼女が力強く頷いてくれた事にホッとしながら、私は壁に設置してある操作盤のボタンを押し、お湯を汲み始めた。
「十五分ほどで満杯になると思イます。
アと、着替エは、八尺様が不快でなければ、私のジャージを使ってくださイ」
八尺様が右手でOKサインを出してくれたので、繰り返し、私はホッとする。
「それで、申し訳なイつイでで恐縮なんですけど、店の方に、女性用の下着があるので、八尺様とメリーさんの分を選んでイただけますか。
下着の代金は、請求しませんので」
いいの? と訊ねるように、八尺様が小首を傾げたので、私は頷き返す。
「こちらが無理を言ってますから」
私が頑固である事を、八尺様も既に把握していたのだろう、彼女は「ぽ」と頷き、店の方に戻る。
「にゃあぁぁん」
「そウだな、確かに思ってもイなかった展開だな、こりゃ」
メリーさんに、この家の住所を教えた時点で、荒事になるかも知れない、と覚悟はしていたのだが、まさか、メリーさんを気絶させ、失禁させてしまい、その上、八尺様にメリーさんをお風呂に入れて貰う展開になるなんて、さしもの知理子ですら視えていなかっただろう。




