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第二十七話 私は八尺様を夕食に誘う。

 「ぽぽっぽ」


 それから、しばらくして、八尺様はうめぇ棒のコーナーから移動した。


 (選んだのは・・・定番のコーンポタージュと明太子味か)


 八尺様が好きな味は、この二つか、と思った私だが、よくよく考えると、八尺様はうめぇ棒を食べた経験が無いかもしれない。

 何せ、ここで、うめぇ棒は店で買わなければ、手に入らない駄菓子の一つだ。

 通販でも買えるにしろ、八尺様は、その為のツールは持っていまい。

 この紅檎寺村で、うめぇ棒を売っているのは、僭越ながら、私が店長を任されているこの店と移動販売車くらいである。

 うめぇ棒も売っている移動販売車は、すぐに人が多くなってしまうから、八尺様は近づか(け?)ないだろう。

 そうなると、この店でしか、うめぇ棒を買えない。

 だが、八尺様の反応から察するに、うめぇ棒を見たのは初めてのようだった。

 

 (いや、そもそも、人間の食べ物自体を、これまで食べて来なかった、と考える方が自然か)


 今、私の目の前にいる、この八尺様が、いつ、実体を得たのか、それは定かではないが、これまでの交流から察する彼女の性格からして、人との触れ合いを避けてきたのは間違いなさそうだ。

 人との交流で嫌な思いをした、親しい人間との辛い別れを経験した、それらの理由から、人と距離を置いているのではなく、単に、この八尺様がシャイ、または、コミュ症なだけだろう。


 (俺の場合は、見た目が人間っぽくないから、割とテンぱらずにいられるのかな)


 自分で思い浮かべて悲しくなる理由に、自嘲の笑みを浮かべつつ、私は次の駄菓子を選んでいる八尺様を見やった。


 (チーズケーキを食べた時も、こっちが凄く嬉しくなるリアクションをしてくれたし、これまで、どんな食生活を送ってきたのやら)


 心配になる一方で、八尺様に美味しいものを食べさせてあげたい、そんな気持ちも湧く。

 何だかんだで、私は、自分が調理したものを誰かが食べてくれて、その美味さを喜んでくれるのが嫌いじゃないんだろう。

 私を引き取ってくれた養護施設の「黄泉園」では、子供に様々な手伝いをさせていた。

 私も洗濯や掃除、家具の修繕や草木の手入れを手伝っていたが、特にやりがいを感じたのは、やはり、台所での調理補助だった。

 もちろん、子供に包丁を持たせたり、火を扱わせたりはしなかった、職員の人たちは。

 それでも、私は野菜や皿を洗う事から始め、野菜の皮剥き、魚の三枚おろしなどを教えて貰い、ついには、献立の一品作りを任せて貰えるまでになった。

 台所の支配者である高岡さんに、自分が作った肉野菜炒めに、OKサインを出して貰えた時の歓喜は、未だに思い出し、口元が緩んでしまうほどだ。

 案外、難しいのである、肉野菜炒めを、水気が無駄に出てしまったベシャベシャな状態にしないのは。

 その肉野菜炒めを、他の子供たちや職員さん達が食べ、「美味しい」と絶賛してくれたのは、本当に最高だった。

 だがしかし、そんな成功経験を得はしたが、私は、調理人の道は選択しなかった。

 そちらの業界に進んだらどうか、と勧めてくれた職員さんもいたし、私が首を横に振ると、不思議がられたものである。

 確かに、料理そのものは好きだし、誰かが喜んでくれるのは嬉しい。

 けれど、私は、人より料理が巧い程度だ。

 料理のプロになる、それには様々な責任が伴って来る。

 端的に言ってしまえば、店に儲けが出なければ意味が無いのである。

 ハッキリ言って、私は、店の利益まで考えて、全てのお客さんを喜ばせられる、最高の料理を作る事が出来るほど天才ではない。

 もちろん、それは、自分の店を持った場合の話であるから、誰かに雇って貰えば、利益云々の事は考えず、調理に集中すればいいだろう。

 しかし、私は人とコミュニケーションを取るのが苦手なので、周りと連携を取って調理する自信が皆無だった。

 せいぜい、親しい人を笑顔にするくらいで、私は満足だったから、プロになる選択肢は最初から除外していた。


 (まぁ、自分の店を持つ事に憧れはあるけどな・・・

 俺にてんで向いてない、経営の雑事を一手に引き受けてくれる人がいて、俺が厨房で好きに動けるなら、まぁ、やってみたい)


 いずれにしろ、現状では、涼子ちゃん達に食べて貰うくらいで十分だった、私は。

 涼子ちゃんは、真宵お兄ちゃんは欲が無さ過ぎる、もっと我儘になってもいいのに、と私が店を開くつもりが無い、と牛タンシチューを厨房で仕込みながら、告げた時に頬を膨らませ、あからさまに不機嫌さを露わにした。

 私の背中を押そうとしてくれるのは嬉しいが、やはり、私には、飲食店の経営は手に余ってしまう。

 我ながら、安っぽい人間だ、と思いもするが、私のような人間は、そんなちっぽけなプライドを譲らないくらいで良い気もしていた。


 「ぽぇぽっぽ」


 耽っていた考え事を、八尺様からの問いかけで打ち切った私は、彼女が「キャベツ二郎」と「レタス五郎」を選んでいるのを確認する。


 「アと、130(ひゃくさんじゅウ)エんですね」


 「ぽぅ」


 残金を聞いた八尺様は、棚に貼った値札のシールを確認しながら、次の駄菓子を選び始めた。

 元々、候補は絞っていたのか、最後の一つを決めるのは、存外、早かった。


 「ぽっぽっぽ」


 八尺様がチョイスしたのは、チリルチョコのビッグサイズ1つとレギュラーサイズ3つだった。


 「以上いじょウでよろしイでしょウか?」


 私が訊ねると、八尺様は自信満々に頷いた。


 「オ買イげ、アりがとウござイます」


 八尺様から代金を受け取った私は、「袋はオ使イになりますか?」と確認する。

 「ぽぅ」と八尺様が首を縦に振ったので、商品を紙袋へ、私は手早く、しかし、丁寧に詰めていった。


 「オ待たせしました」


 「ぽぅ」


 八尺様が深々と頭を下げ、感謝を示してくれたので、私はこそばゆくなってしまう。


 「なぁん」


 たまが、再び、八尺様のスラッとした足に体を擦りつけ、甘えだした。

 頭が良く、なおかつ、気遣いも出来るたまは、八尺様の買い物が終わるのを律義に待っていたらしい。

 それが、八尺様にも解ったらしく、彼女は嬉しそうに、たまの体を優しい手つきで揉む。


 「八尺様」


 「?」


 私が名を呼ぶと、たまの喉元をくすぐっていた八尺様は小首を傾げた。


 「私の手作りで恐縮きょウしゅくですが、もし、よろしければ、オ召しがりくださイ」


 そう告げ、私が白磁の皿にチョコチップクッキーを積むと、八尺様の表情が華やいだ。

 刹那、キュルルルル、とお腹が鳴ってしまったものだから、途端に八尺様は真っ赤になってしまった。


 「ぽおお」


 「どウぞ」


 私は笑いを堪えながら、椅子への着席を、八尺様へ促した。

 ほんの一瞬だけ、八尺様は躊躇い、出入り口の方に視線を向けたようだが、やはり、チョコチップクッキーの誘惑には抗えなかったらしい。

 大きな体を恥ずかしさから縮こませながら、八尺様は椅子へ腰を下ろすと、早速とばかりに、チョコチップクッキーを、皿に同化してしまいそうなほど真っ白で、長い指の先で摘まみ上げた。


 「ぽぇぇぇ」


 一口、ポリッと齧ったチョコチップクッキーのほろ苦さと適度な甘味に、八尺様は蕩けた声を漏らしてしまう。


 (そんな良い反応を貰えるなら作った甲斐があるってもんだな)


 チョコチップクッキーを堪能している八尺様を見て、私は改めて、彼女がこれまで、人間が食べるモノを口にして来なかった、この推測が正しい事を確信する。

 美味しいからこそ、堂々と出してはいるが、実際、このチョコチップクッキーは一流のプロが製菓つくったものには遠く及ばない。

 素人が作ったモノにしては、かなり美味しい。

 この域は出ていない程度のチョコチップクッキーを、ここまで美味しそうに何枚も食べてくれるのは、八尺様が人間にとってはありふれた食事を、これまで口にした事がない証明となるのではないか。


 (どうするか・・・)


 悩んだが、私は、その欲を抑えきれそうになかった。

 駄目で元々、誘うだけ誘ってみるか、と気楽に考えた私は、八尺様に紅茶を注いだカップを出しながら訊ねる。


 「八尺様、もし、よろしければですが」


 「?」


 「夕食ゆウしょく一緒イっしょに食べませんか?」


 私の誘いは、八尺様にとって予想外だったのだろう、彼女は手に持っていたチョコチップクッキーを離してしまった。

 幸い、私が床に落ちる前にキャッチできたので、八尺様の齧った跡が付いた、ある意味、稀少なチョコチップクッキーはゴミ箱行きを回避できた。


 「ポ?」


 八尺様は、戸惑いも露わに、自身の顔を指差した。

 自分を夕食に誘ったのか、と疑っているようなので、私は「エェ」と首を縦に振った。


 「たイしたものを用意よウイできるわけではアりませんが、手料理てりょウりを振る舞わせてくださイ」


 「・・・・・・ぽ?」


 八尺様が、WHY顔になるのは当然の発言ではある、今のは。

 かと言って、ここで撤回するのは余計に恥ずかし過ぎるし、そもそも、引っ込める気も無い。

 私にしては珍しく、八尺様に美味しいものを食べてほしい、その衝動がやたら大きくなっていた、私の中で。

 どうしてだったのか、と後で考えてみた私は、ふとしたタイミングで、八尺様のリアクションが涼子ちゃんのそれに近いからか、と気付いた。

 この時は、その点に思い至っていなかったからこそ、却って、私は意見を翻さなかった。

 タイミング良く、と言うのも微妙な気はするが、たまたま、昨夜、ホワイトシチューを私は大きめの鍋で作っていた。

 だから、八尺様をさほど待たせずに、夕食を提供が出来る状況にあったのだ。


 「もちろん、八尺様がオ暇でなイのでしたら、仕方なイのですが」


 よくよく考えれば、私は、八尺様に、店に並べるテディベアやぬいぐるみ作りを依頼している。

 急ぎの案件ではないとは言え、八尺様の性格と、今、ここで材料を購入した事を考えれば、すぐにでも作成に取り掛かりたいだろう。

 そこを失念し、夕食に誘うなんてバカか、俺は、と後悔したのだが、八尺様は激しく、首を横に振った。

 あまりにも、ブルブルと首を左右に動かすものだから、それに合わせ、八尺様の、涼子ちゃん以上に大きいおっぱいも強烈な自己アピールをしてきた。

 さすがに、そこを凝視してしまうほど、私は若くもなく、恐れ知らずでもないから、艶やかな前髪に隠されている目をしっかり見る事を意識しながら、視界の端には、見事な揺れっぷりを心のフィルムに焼き付けていた。

 今更、取り繕っても仕方ないから、ぶっちゃけるが、私だって、男である。

 目の前で、おっぱいが揺れたら、見てしまいたくなる。

 見ない方が女性に対して失礼、だなんて時代錯誤や男らしさを勘違いしている事を言うつもりはない。

 だがしかし、魅力的なおっぱいに抗えぬのは、男の性だと弁明はさせてほしい。

 こればかりは男でそれぞれだろうが、私は決して、巨乳が好きな訳じゃない。

 いや、この期に及んで何の言い訳だ、とツッコまれそうだが、もうちょっと言わせて頂きたい。

 巨乳が好きじゃない、と言うと、貧乳が好き、つまり、ロリコンか、コイツ、と勘違いされがちだが、そうではない。

 私は、大小関係なく、女性のおっぱい、それが好きなのである。

 堂々と言ったら、変態扱いされない訳ではないにしろ、好きである事をコソコソはしたくない。

 まぁ、さすがに、衆人環視の状況で、「おっぱい大好き!!」と叫ぶ度胸は持ち合わせていないが。

 激しく揺れるおっぱいも、掌で覆い隠せてしまうサイズのおっぱいも、全て、私は良い物だ、と力強く言いたいのだ。

 一方で、私は女性に軽蔑されたくないヘタレ野郎なので、おっぱいを凝視しないように心がけている。

 男たるもの、常に紳士的な振る舞いは大切にすべきだろう。

 おっぱいが好き、己の性癖は一切、恥じないが、おっぱいを凝視《ガン見》している事を女性に悟らせないように、それが大事だ。

 もっとも、一番好きなのは、おっぱいではあるが、腹や尻などに女性の魅力を感じない、とは口が裂けても言えない。例え、実際に、口が裂けていても、だ。

 実際、八尺様の体のパーツで、最も視線が釘付けになってしまいそうになるのは、間違いなく、体躯の大きさに見合った巨乳なのだが、彼女は尻のサイズも大きく、なおかつ、形も良く、張りが良さそうだった。

 もしも、私が八尺様の背後を歩く事があれば、おっぱいを見られない事も含め、ついつい、デカ尻を見てしまうだろう。

 さすがに、触りたい、とは思わない。

 電車などで痴漢をする者を唾棄している事も大きいが、それ以前に、八尺様の尻に、指先が触れたら、間違いなく、裏拳が飛んでくる。

 警戒レベルをMAXにしていたら、八尺様が繰り出してきたバックブローを回避できるだろうが、万が一、尻を触る事に集中していたら、確実にクリティカルヒットを喰らってしまうだろう。

 首を捻って、威力を受け流す事も、まぁ、やって出来ない事はないだろうが、やはり、八尺様が人の枠に収まらぬ存在である事を考えると、対人用のテクニックが十全に発揮されない可能性も考慮すべきだ。

 だからこそ、私はおっぱいや尻などを、見ている事を気付かれないように見るようにしている。


 (涼子ちゃんは、自分から「見て良いよ!!」って感じでアピールはしてくるんだが・・・)


 それはそれで、どうも、私的に違うのだ。

 何が違うのか、そこを問われると上手く説明できず、実にもどかしい。

 見たいのは確かなのだが、見せられるのは、萎えるとまでは言わないが、テンションが高くならないのである、私の場合。

 もちろん、涼子ちゃんが、大恩人たる良綱さん達の愛娘である事も、私が彼女のスキンシップを受け流している理由の一端ではある。

 雪乃と違い、本当に良い子である涼子ちゃんは、私よりも遥かに良い男と恋愛をすべきなのだ。

 私の容姿は最早、八尺様やメリー様とは違う方向性で怪人のそれだし、仕事の能力や将来性にしても凡人の域を出ない。

 一人前、その自己評価を下せるだけの結果は出してはいるが、所詮は、その程度。

 世界的な大会で金メダルを取れる、と多くの者から期待されるほどの才能を有する涼子ちゃんには、もっとお似合いの人物がいるはずだ。

 つい、涼子ちゃんの事を考えてしまった私は反省しつつ、八尺様に確認する。


 「よろしイんですか?」


 「ぽっ」


 八尺様は長い両腕で、頭の上に大きな丸を作ってくれた。


 「アりがとウござイます、八尺様」


 深々と頭を下げた私に、八尺様は「ポポポポポ」と慌てたように、大きく開いた両手を振った。

 その激しい動作でも、八尺様の巨乳は揺れたが、さすがに、これ以上、見るのは自分の中でのラインを越えるので、しっかりと視線を外し、八尺様の顔に向けておく。


 「イま17(じゅウしち)時50分か・・・」


 壁にかけた時計を見てから、しばし、私は考える。

 八尺様を夕食に誘い、それを快諾してくれたのは嬉しいが、さすがに、食べ始めるには、ちょっとどころか、相当に早すぎる時分だ。

 せめて、19時くらいが無難だろう。

 しかし、一時間ほどもある。

 

 (19時前に、もう一回、来て貰うってのも、ちょっと申し訳ねぇよな)


 私が迷っていると、たまが私の足に軽めの頭突きをかましてきた。


 「たま?」


 「ぬぁん」


 ゆったりと鳴くと、たまは、八尺様の方に歩いて行き、彼女の足に体を擦りつけ始めた。


 「ぽぅ」


 八尺様がしゃがみ込むと、たまは彼女の豊満な胸の谷間へ飛び込んだ。

 

 「ぽ!?」


 「たまっっ」


 私と八尺様は、思わず、仰天してしまう。

 八尺様の胸の谷間は相当に深いのか、そこらの猫よりも大きいはずのたまですら、全身がすっぽりと収まってしまうほどだった。

 

 「ぽっぽっぽっぽ」


 どうやら、たまは八尺様の胸の谷間で、もぞもぞと体を動かし、ベストポジションを探しているようで、八尺様はくすぐったさから笑い声を我慢できなくなったらしい。

 奇妙な、だが、彼女らしい笑い声を発しながら、スラリとした長身を八尺様がくねらせていると、たまはおもむろに、ひゅぽっと頭を彼女の谷間から突き出した。

 美女の巨乳から顔を出している、ふてぶてしい顔つきの猫。


 (絵面が強ぇなぁ)


 呆れながら、私は八尺様の胸から、たまを引っこ抜こうとと、手をワキワキさせながら近づく。


 「ぶにゃぁ」


 私が一歩、踏み込んだ刹那に、たまは八尺様のおっぱいの中に潜り込んでしまった。

 いくら何でも、私だって、八尺様の美乳の谷間に手を突っ込む自信がなかった。

 今、この店内の中には、私と八尺様だけとは言え、今は営業中だから、新しいお客様が来る可能性も否定できなかったのだ。

 他のお客様に、八尺様の姿が視えるか、そこは解らない。

 しかし、大介くん達の間に広がっている噂話から考えると、八尺様の姿は一般人にも差異はあるにしろ、視認は可能である、と考えるべきだろう。

 霊視、そう表現すると、特別な能力であると思えるが、実際は、普通の人が見逃している異変に目敏く気付ける、それだけなのだ。

 あくまで、私の、死にかけた事で鋭敏になった感覚を軸にした推測だが、霊の類は、いきなり、見えるようになる訳じゃないようだ。

 木陰や電柱の後ろ、路地裏、曲がり角、そこに対し、「妙だな」と思える事が最初のキッカケだと思う。

 その小さな異変に気付き、より注意する事で、自然と、違和感の正体である幽霊の輪郭を視覚で捉える事が出来るようになるのではないか。

 もっとも、幽霊が見えるようになる事が、幸せかは人それぞれだろうが。

 八尺様のように美人であれば、目の保養になるが、彼女のようなパターンは、かなり稀だ。

 却って、人に似つかぬ姿形をしていれば、いくらか恐怖も薄まるが、人と解り、その上、死因によって、人の原形を留めていない状態の幽霊にロックオンされてしまったら、精神を危険なレベルまで摩耗されかねない。

 月並みな話だが、こちらが幽霊に気付けるのなら、幽霊もまた、こちらに気付けるのだ。

 幽霊は、極端な言い方をすれば、面倒なタイプの寂しがり屋だ。

 見えない自分に気付いてくれない人間には、まるで関心を向けないが、もし、自分の事が見えている人間に気付けば、即座に絡んでくる。

 もしも、そのタイプの幽霊にダル絡みされても、姿が視えてないフリをし、声も聞こえていないように振る舞い、決して、反応をしてはいけない。

 ちょっとでも、気付いている事を悟られるリアクションをしてしまったら、アウトだ。

 鬱陶しい割に、幽霊になってからの期間が短く、大した力を付けていない個体なら、対処のしようもある。

 その程度の個体に出来るのは、せいぜい、肉体への接触くらいだ。

 まぁ、蒟蒻のような物体で叩かれるのは、不快以外の何物でもないから、やはり、ムカつきはするだろうが。

 問題、と言うか、ヤバいのは、孤独感を拗らせ、しかも、十年以上のキャリアを持つ、幽霊、いや、悪霊の類だ。

 個体差もあるにしろ、ヤバい、と判断されるのは、幽霊になってから、十年が経過し、その間、成仏もせず、除霊もされずにいる奴だそうだ。

 そういうタイプに気付かれたら、最低でも憑依され、最悪の場合は、生命エネルギーを根こそぎ奪い尽くされ、自身も幽霊の仲間入りしてしまうらしい。

 暮林邸を護る結界を張ったプロに、その辺りの話を聞いた時は、「なるほど」と膝を打ってしまったほどだ。

 妖怪、悪魔、モンスターとなると、少し話は違ってくるらしいが、幽霊になって十年、その間、他の幽霊を取り込んで、なおも寂しさが募っている個体は、人語を解すが、意思の疎通は絶対に不可能だ、とプロは断言していた。

 もはや、それは、生きている人間も、死んだ人間も、一切、区別せずに、ロックオンが出来たら襲い掛かってくるそうだ。


 (そんなヤベェ個体も、相手に気付かれなければ、取り込む事が出来ないってルールには縛られちまってるのが、逆に怖いよな)


 そのルールがあるからこそ、ヤバい個体は、生きている人間が自分に気付き、反応するように、様々な手段を使い、策略を講じてくるらしい。

 確かに、例え、その姿が見えなくても、妙な音が聞こえたり、悪寒が走ったりすれば、大抵の人間は異変を感じる。

 もしかして、何かがいる、と思わせれば、第一段階は成功したも同然で、悪霊は更に自分を知覚するように接触をしてくるらしい。

 そのプロが言うには、基本的に、幽霊が出るって噂が蔓延っている場所、地域には近づかないのが、一番、確実に身を守れるそうだ。

 これまた、納得できるアドバイスだった。

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