写真の中の三人目
ミラは、図書館を出てから一度も走るのをやめなかった。
背後から誰かがついてきている気がした。
足音が聞こえるわけではない。
振り返っても、誰もいない。
それでも、誰かがいる。
ずっと、自分のすぐ後ろに。
家に着くと、彼女は玄関の扉を閉め、鍵をかけた。
それから、しばらく扉の前に立ち尽くしていた。
静かだった。
時計の音。
冷蔵庫の低い唸り。
二階から聞こえる、家族の話し声。
いつもと同じ音だった。
ミラはようやく息を吐いた。
新聞に載っていた少女。
エレノア・ヴェイル。
亡霊と同じ顔をした少女。
そして、あの紙に書かれていた言葉。
――一人目を見た者は、二人目を見る。
――二人目を見た者は、何を見る?
ミラは目を閉じた。
あれが本当に何かの規則なのだとしたら。
自分は、もう二人を見てしまった。
では、次に現れるものは何なのだろう。
考えるのをやめようとした、そのとき。
携帯電話が鳴った。
エリアスからだった。
『今、話せる?』
ミラはすぐに返信した。
『うん。どうしたの?』
数秒後。
『昨日の屋敷のことで、確認したいことがある』
ミラの指が止まった。
『何?』
返事はなかなか来なかった。
やがて、画面に短い文章が表示された。
『昨日、俺たちの写真を撮った?』
ミラは眉をひそめた。
『撮ってないけど』
『本当に?』
『本当だよ。どうして?』
しばらくして、エリアスから画像が送られてきた。
ミラはそれを開いた。
古い屋敷の玄関前。
夕暮れの森。
画面の中央には、ミラとエリアスが立っていた。
二人とも、門のほうを向いている。
ミラは息を止めた。
写真の隅に、何かが写っていた。
二人の背後。
屋敷の二階の窓。
そこに、白い顔があった。
長い黒髪。
黒いドレス。
女が一人、窓からこちらを見下ろしていた。
ミラは画像を拡大した。
女の顔は、ぼやけていた。
けれど、見覚えがあった。
あの亡霊だ。
ミラは震える指で返信した。
『これ、誰が撮ったの?』
『分からない』
『エリアスが撮ったんじゃないの?』
『俺の携帯に、今朝入ってた。撮影日時は昨日の午後五時四十二分』
ミラは写真を見つめた。
昨日の午後五時四十二分。
二人が屋敷にいた時間だった。
『ほかにもある?』
『ある』
続けて、三枚の写真が送られてきた。
一枚目は、屋敷の玄関。
二枚目は、階段のある広間。
三枚目は、二階の廊下。
ミラは順番に開いた。
玄関の写真には、誰もいなかった。
広間の写真にも、誰もいなかった。
しかし、三枚目。
二階の廊下の奥に、二人の女が立っていた。
背中合わせの二人。
同じ顔。
同じ黒いドレス。
そして、その間に浮かぶ黒いハート。
ミラは携帯電話を落としそうになった。
自分が見たものと、まったく同じだった。
けれど。
写真には、もう一つ、おかしなものが写っていた。
女たちの背後。
板で塞がれた窓のガラスに、ぼんやりと人影が映っていた。
長い髪の少女。
白い服。
そして、亡霊たちと同じ顔。
ミラは画像を拡大した。
少女は、二人の女を見ていた。
その表情は、泣いているようにも、笑っているようにも見えた。
画像の下に、エリアスからメッセージが届いた。
『ミラ。これ、三人いるように見えないか?』
ミラはすぐに返信できなかった。
三人目。
あの紙に書かれていた問いが、頭の中によみがえる。
――二人目を見た者は、何を見る?
ミラは、ようやく文字を打った。
『その写真、誰にも見せないで』
『どうして?』
『お願い』
送信してから、ミラは携帯電話を伏せた。
窓の外では、夕日が沈み始めていた。
部屋の壁に、長い影が伸びている。
ミラはふと、自分の影を見た。
頭。
肩。
腕。
足。
何もおかしくない。
そう思った。
けれど、影の隣に。
もう一つ、細い影が伸びていた。
ミラは動かなかった。
その影は、彼女と同じ方向を向いていた。
長い髪を垂らし、両手を身体の前で重ねている。
ミラが息を止めた瞬間。
携帯電話が、もう一度鳴った。
エリアスからの新しいメッセージだった。
『写真、もう一枚あった』
添付された画像を開く。
それは、屋敷の玄関前で撮られた写真だった。
ミラとエリアス。
その背後に、二人の女。
そして、窓の向こうに三人目の少女。
だが、今度は違った。
写真の一番手前。
カメラを持っているはずの人物が映ることのない場所に。
もう一人、少女が立っていた。
ミラと同じ服。
ミラと同じ髪。
ミラと同じ顔。
その少女は、写真の中からまっすぐこちらを見つめていた。
そして、彼女の口元には。
小さな文字が浮かんでいた。
――あなたは、どちら?
ミラは携帯電話を床に落とした。
画面が暗くなる。
部屋の影が、ゆっくりと揺れた。
その夜、ミラは一睡もできなかった。
そして翌朝。
エリアスの携帯電話から、すべての写真が消えていた。




