↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したので田舎で錬金工房を始めます ~地味な生活用品を作っていたら、なぜか王都で大騒ぎになりました~  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/54

■第四十六話 気がつけば、食料が余っていた

内田生活工房では。

今日も、石鹸などが作られていた。

「この型、少し変えましょう」

「はい」

「握ったときに滑りにくい形にして」

「分かりました」

沙樹は工房の作業台で、石鹸の試作品を手にしていた。

王国の人口が増えた。

住宅が足りない。

学校が足りない。

水道を拡張しなければならない。

道路も必要だ。

そんな報告が次々に届いている。

だが。

それらはもう、沙樹の仕事ではない。

「人口のことは人口・住宅分科会」

「食料は農業・食料分科会」

「水は水・衛生分科会」

「物流は物流・交通分科会」

それぞれの担当者が調査し、計画を立て、実行している。

沙樹は洗っていた。

「この洗剤、もう少し泡切れを良くしたいですね」

「了解です」

そんなある日。

工房に、一通の報告書が届いた。

『農業・食料分科会 定期報告』

沙樹は作業の合間に開いた。

「えーっと……」

収穫量。

保存量。

加工量。

輸送量。

市場価格。

備蓄量。

順番に目を通す。

そして。

手が止まった。

「……ん?」

もう一度見る。

「これ……」

従業員が振り返る。

「どうしました?」

「食料」

「はい?」

「余ってる」

「え?」

沙樹は報告書を読み直した。

王国各地で農業生産量が増えている。

土壌調査によって、地域ごとに適した肥料の使い方が広がった。

農家が収穫量を記録するようになった。

堆肥の品質が安定した。

農産物の保存技術が普及した。

共同倉庫が増えた。

加工施設が増えた。

物流網が整備された。

そして。

「……食料不足地域が、ほとんどなくなってる」

従業員が驚く。

「本当ですか?」

「見て」

沙樹は地図を広げた。

以前。

赤く塗られていた地域があった。

『食料不足』

『冬季不足』

『保存能力不足』

『輸送困難』

『収穫期価格暴落』

それが。

一つずつ消えていた。


王都。

王宮会議室。

農業・食料分科会の責任者が報告する。

「今年、王国全体の穀物生産量は過去最高を更新しました」

「食料不足地域は?」

「大幅に減少しました」

「備蓄は?」

「十分です」

「輸送は?」

「主要地域については問題ありません」

「価格は?」

「収穫期の暴落が抑えられています」

国王が目を丸くする。

「なぜだ?」

担当者が答えた。

「保存できるようになったからです」

以前なら。

収穫期。

一斉に市場へ出る。

農産物が余る。

価格が下がる。

農家は安値で売る。

保存できない。

腐る。

数か月後。

今度は不足する。

価格が上がる。

庶民は高値で買う。

農家も儲からない。

そんな奇妙な状態だった。

だが。

今は違う。

「倉庫があります」

「加工施設があります」

「乾燥施設があります」

「輸送網があります」

「在庫記録があります」

「需要予測があります」

「だから、収穫したものを一度に売る必要がなくなりました」

農家は。

「今日売らなければ腐る」

という状態から抜け出した。

それだけで。

農業経済は大きく変わった。

「さらに」

担当者が続ける。

「周辺国との交易も増えています」

「輸出しているのか?」

「はい」

国王が驚いた。

「食料不足だった王国が?」

「現在は、地域によって余剰があります」

「余剰分を輸出しています」

会議室がざわめいた。

「……そんなに増えたのか」

「はい」


南部。

以前は収穫期になると、果物が大量に余った。

だが今は。

「この分は乾燥」

「これはジャム」

「これは市場向け」

「これは王都へ」

「これは隣国へ」

「これは備蓄」

農家自身が分けている。

農産物加工業者が買い取る。

倉庫業者が保管する。

運送業者が運ぶ。

商人が販売する。

食料が。

腐る前に。

次の場所へ移動する。

結果。

農村の所得も増えた。

加工業者にも仕事が生まれた。

運送業者にも仕事が増えた。

倉庫も増えた。

商取引も増えた。

そして。

税収も増えた。


北部。

冬になると食料不足に悩まされていた町。

そこにも。

今では共同倉庫がある。

穀物。

豆。

乾燥野菜。

干し肉。

保存食。

油。

塩。

燃料。

冬になる前に必要量が確保されている。

「今年は雪が降っても大丈夫そうだ」

倉庫の責任者が言う。

「去年の二倍あります」

「二倍?」

「人口が増えましたから」

「なるほど」

人が増えた。

しかし。

食料も増えた。

物流も増えた。

倉庫も増えた。

だから以前なら危機だった人口増加が。

今では経済成長の一部になっていた。


さらに一年。

王国の統計がまとまった。

人口。

増加。

農業生産。

増加。

食料加工。

増加。

物流量。

増加。

商取引。

増加。

税収。

増加。

そして食料価格。

大幅な変動が減少。

「……」

財務担当者は資料を眺めていた。

「食料問題が、解決した」

隣にいた農業担当者が笑う。

「正確には」

「はい?」

「食料を作る問題だけではなく」

「保存する」

「運ぶ」

「加工する」

「売る」

「備蓄する」

「その全部が繋がったことで、解決したんです」

「なるほど」

一つの農家だけではできない。

一つの役所だけでもできない。

農業。

商業。

物流。

金融。

倉庫。

加工。

行政。

それぞれが動いた結果だった。


その頃。

内田生活工房。

「沙樹さん」

「はい?」

「また王宮から報告書が来ています」

「また?」

沙樹は苦笑した。

「今度は何です?」

「食料問題が解決したそうです」

「へえ」

「王国全体で食料不足がほぼ解消した、と」

「よかったですね」

「……それだけですか?」

「それだけです」

沙樹は石鹸を型から外した。

「みんな頑張ったんですね」

「沙樹さんが始めたことなのに?」

「違いますよ」

沙樹は首を振った。

「私は最初に、少し仕組みを作っただけです」

「その後は?」

「農家さんが使った」

「商人が運んだ」

「役人が制度にした」

「職人が倉庫を作った」

「加工業者が保存した」

「運送業者が運んだ」

「それぞれが仕事をした」

そして

「国が発展した」

沙樹は新しい石鹸を手に取った。

「私が全部やっていたら、こんなことにはなってませんよ」

「……なるほど」

「人に任せるって、大事なんです」


その日の夕方。

沙樹は王都の市場を歩いた。

以前とは違う。

店頭には。

小麦。

豆。

野菜。

果物。

干し肉。

漬物。

乾燥食品。

油。

加工食品。

さまざまな食料が並んでいる。

しかも値段が以前ほど大きく変動していない。

「安いな」

沙樹は野菜を眺めた。

店主が笑う。

「今年は豊作ですから」

「倉庫もありますしね」

「ええ」

「昔だったら、豊作でも大変だったでしょう?」

「そうなんですよ」

店主は笑った。

「昔は、豊作になると値段が下がりすぎて農家が困った」

「今は?」

「保存して、少しずつ売れる」

「なるほど」

「だから農家も安心して作れるんです」

沙樹は頷いた。

食料問題。

それは「食料を作れない」

だけではなかった。

作っても保存できなければ腐る。

運べなければ届かない。

売れなければ農家が続かない。

需要が読めなければ不足する。

価格が暴落すれば生産意欲が落ちる。

逆にそれらを全部つないでしまえば。

同じ農地でも。

同じ農家でも。

同じ収穫量でも。

国全体の食料事情は大きく変わる。

沙樹は市場を見渡した。

「……ちゃんと回ってる」

それだけ言って。

また工房へ戻った。


数日後。

王国政府から、正式な報告書が発表された。

『王国食料安定化報告』

そこには。

農業生産の増加。

保存能力の向上。

物流網の拡大。

加工産業の成長。

地域間取引の増加。

備蓄制度の改善。

食料不足地域の減少。

農家所得の安定。

食料価格の変動縮小。

そして隣国との食料交易の拡大。

すべてが記録されていた。

王国はもう食料不足に怯える国ではなかった。

むしろ余った食料をどう使うか。

どこへ売るか。

どこへ加工するか。

どれだけ備蓄するか。

そんなことを考える段階へ進んでいた。

そしてその報告書の最後にはこう書かれていた。

『次年度より、余剰食料を利用した加工産業および輸出産業の育成を開始する』

王国は食料を確保する国から。

食料を生産し、保存し、加工し、輸出する国へ。

変わり始めていた。

その頃、沙樹は。

工房で新しい石鹸を洗っていた。

「……もう少し泡切れを良くできそう」

王国が発展していることなど。

あまり気にしていない。

今日も沙樹の仕事は洗うことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。