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転生したので田舎で錬金工房を始めます ~地味な生活用品を作っていたら、なぜか王都で大騒ぎになりました~  作者: レモンティー


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■第四十五話 国の問題は役人に任せる

「……では、あとはお願いします」

沙樹は会議室の中央で、あっさりと言った。

「え?」

人口・住宅分科会の担当官が固まった。

「お願いしますって……?」

「人口が増えたことによる住宅不足、水不足、学校不足、道路の混雑、食料需要の増加ですよね」

「はい」

「全部、皆さんの仕事です」

「…………」

担当官たちは顔を見合わせた。

沙樹は机の上に積まれた資料を整理した。

「人口の数字はもうあります」

「住宅の数字もあります」

「学校の数も、水の使用量も、物流量も、税収もあります」

「必要な材料は揃っています」

そして。

一番上の資料を担当官のほうへ押し戻した。

「だから、あとは役人の皆さんが考えてください」

「沙樹さんは……?」

「私は帰ります」

「帰る?」

「はい」

「どこへ?」

沙樹は少しだけ考えてから答えた。

「工房です」

「工房……」

「石鹸を作らないと」

会議室が静まり返った。

「…………」

「…………」

「…………」

誰も言葉を発しない。

沙樹は立ち上がった。

「王国の人口問題を私一人で解決する必要はありません」

「でも……」

「国には役所があります」

「はい」

「担当者もいます」

「はい」

「分科会もあります」

「はい……」

「だったら、任せればいいんです」

沙樹は笑った。

「私が全部やったら、役人の仕事がなくなりますよ」

誰かが小さく笑った。

だが沙樹は冗談ではなかった。

これまでの仕事で、十分に分かった。

一人の人間が国中の問題を解決することなどできない。

最初は石鹸だった。

石鹸を作った。

すると洗濯の問題が出た。

洗濯を改善すると水が必要になった。

水を整えると排水が問題になった。

排水を整えると工場排水が問題になった。

ごみが問題になった。

農業が問題になった。

保存が問題になった。

物流が問題になった。

住宅が問題になった。

人口が問題になった。

そして今。

人口が増えたから、また新しい問題が出ている。

「これを全部、私が追いかけていたら……」

沙樹は肩をすくめる。

「永遠に終わりません」

担当官が苦笑した。

「確かに……」

「だから任せます」

「分かりました」

「ただし」

沙樹は振り返った。

「一つだけ」

「何でしょう?」

「ちゃんと数字を取ってください」

「数字?」

「はい」

沙樹は指を一本立てた。

「何人増えた」

「何軒家が必要になった」

「何人学校へ入る」

「何リットル水を使う」

「何トンごみが出る」

「何台荷車が必要になる」

「予測と実績がどれくらい違った」

「それを記録してください」

「分かりました」

「失敗してもいいです」

担当官が驚いた顔をした。

「失敗しても?」

「はい」

「予測が外れても?」

「もちろん」

沙樹は笑った。

「予測が外れたことが分かるだけでも、次の予測が良くなりますから」

「なるほど……」

「ただし、失敗を隠すのは駄目です」

「分かりました」

「では」

沙樹は扉へ向かった。

「本当に帰るんですか?」

「帰ります」

「人口問題は?」

「皆さんに任せました」

「食料問題は?」

「農業分科会に」

「住宅は?」

「住宅分科会」

「水は?」

「水・衛生分科会」

「物流は?」

「物流・交通分科会」

「財政は?」

「財政分科会」

沙樹は扉を開けた。

「全部、専門家に任せる」

そして。

「私は私の仕事をします」

「……沙樹さんの仕事?」

「はい」

「何ですか?」

沙樹は笑った。

「洗うことです」

「…………」

「石鹸を作って、洗剤を作って、洗浄方法を考える」

「それが私の仕事です」

そう言い残して。

沙樹は会議室を出ていった。


翌朝。

内田生活工房。

「おはようございます」

「おはようございます!」

工房に入ると、従業員たちが一斉に挨拶した。

沙樹は作業場を見渡した。

そこには。

石鹸。

洗濯洗剤。

食器洗浄剤。

清掃用品。

業務用洗浄剤。

軍向け製品。

さまざまな商品が並んでいる。

そして。

「沙樹さん、昨日届いた原料なんですが」

「はい」

「この油、前回より少し色が違います」

「見せてください」

沙樹は容器を受け取った。

蓋を開ける。

匂いを確認する。

色を見る。

粘度を確認する。

「……確かに違いますね」

「使えませんか?」

「すぐには判断しません」

沙樹は記録表を取り出した。

「仕入先」

「製造日」

「保管期間」

「輸送条件」

「ロット番号」

一つずつ確認する。

「同じ規格でも、原料の状態は変わります」

「はい」

「だから検査する」

「分かりました」

沙樹は少量を取り分けた。

「試験してみましょう」

「はい!」

久しぶりだった。

国の会議ではない。

人口統計でもない。

税収でもない。

道路でもない。

目の前にあるのは。

一本の石鹸。

「洗浄力は……」

沙樹は試験結果を見る。

「問題なし」

「泡立ちは?」

「少し違う」

「では配合を微調整しましょう」

「はい!」

従業員が嬉しそうに動き出す。

沙樹も作業台へ向かった。

「やっぱり、こっちのほうが落ち着くな」

誰にも聞こえないほど小さな声だった。

国家予算を考えるより。

人口を予測するより。

新しい洗浄剤を考えているほうが楽しい。


その日の午後。

工房に一枚の報告書が届いた。

『人口・住宅分科会 第一次対策案』

沙樹は封を開けた。

内容をざっと読む。

人口増加地域では住宅建設を促進。

空き家の改修。

学校の増設。

水道設備の拡張。

道路の改修。

食料倉庫の増設。

地域ごとの人口予測。

「おお」

沙樹は少し驚いた。

「ちゃんとやってるじゃない」

その下には。

『今後、三年間の需要予測を作成する』

と書かれている。

さらに。

『予測と実績を毎年比較する』

ともある。

沙樹は満足そうに頷いた。

「それでいい」

報告書を閉じる。

そして。

目の前の作業へ戻る。

「さて」

沙樹は新しい洗剤の試作品を手に取った。

「次は、油汚れをもっと簡単に落とせるようにしよう」

従業員が驚く。

「まだ改良するんですか?」

「しますよ」

「今でも十分売れていますけど」

「だからこそ」

沙樹は答えた。

「もっと楽に洗えるようにする」

「もっと少ない量で洗えるようにする」

「もっと冷たい水でも使えるようにする」

「もっと手荒れしにくくする」

「もっと安くする」

目の前の製品を見つめる。

沙樹にとって。

国を変えることは目的ではなかった。

目の前の人の生活を。

少しだけ楽にする。

その積み重ねだった。

「国のことは、国の人たちに任せる」

沙樹は笑った。

「私は洗います」

工房に。

石鹸を削る音が響いた。

国では今日も。

人口。

住宅。

水。

食料。

道路。

税収。

さまざまな問題について、役人たちが頭を悩ませている。

だが内田生活工房では今日も変わらない。

「この汚れ、どうすればもっと簡単に落とせる?」

「この石鹸、もう少し泡立ちを良くできない?」

「この洗剤、もっと安くできない?」

沙樹は笑いながら答える。

「じゃあ、試してみましょう」

国家規模の改革から、一歩離れて。

沙樹は再び自分の好きな仕事に戻った。

――洗う。

それが沙樹の原点だった。

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