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転生したので田舎で錬金工房を始めます ~地味な生活用品を作っていたら、なぜか王都で大騒ぎになりました~  作者: レモンティー


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■第四十一話 資料を国に渡す

「……ここまで来たら」

沙樹は机の上に積まれた資料を見つめた。

水。

衛生。

廃棄物。

農業。

肥料。

食料保存。

物流。

人口。

住宅。

産業。

地域内循環。

都市の人口増加。

そして、人口減少地域。

最初は石鹸を作っただけだった。

それが。

一つ問題を解決するたびに、次の問題が見えてきた。

水が必要になった。

水を整備すれば汚水が出た。

汚水を処理すればごみが問題になった。

ごみを減らせば堆肥や資源回収につながった。

農業を改善すれば保存や物流が必要になった。

物流を改善すれば人口移動が見えてきた。

人口を調べれば住宅や学校、医療の問題が見えてきた。

そして今。

都市の成長限界まで見えている。

「……私一人でやる話じゃない」

沙樹はそう呟いた。

隣にいた調査員が顔を上げる。

「では?」

「国に渡す」

「国に?」

「これまで集めた資料を全部」

調査員は驚いた。

「全部ですか?」

「全部」

「かなりの量になります」

「だからいい」

沙樹は笑った。

「一人で読めないくらいの量になったから、私の仕事じゃなくなった」

「……」

「国政に関わる人たちに見てもらう」

翌月。

王都の大広間。

国政に関わる役人。

財務担当。

農政担当。

商業担当。

建設担当。

衛生担当。

軍の補給担当。

教育担当。

医療担当。

地方行政担当。

さらに。

商会。

ギルド。

農業組合。

運送業者。

鉱山関係者。

水道事業者。

さまざまな立場の人間が集められた。

壇上には。

山のような資料が並んでいる。

「これが全部?」

財務官が目を丸くした。

「はい」

「人口調査だけではないのか?」

「人口だけでは問題が分からなかったので」

沙樹は答えた。

「人口と一緒に、住宅、仕事、食料、水、医療、教育、物流、産業などを調べました」

財務官が一冊の資料を開く。

「……数字が細かい」

「できるだけ、地域ごとに比較できるようにしています」

農政官が別の資料を見る。

「こちらには農地面積と人口がある」

「はい」

「こちらは食料生産量」

「はい」

「そして物流量?」

「はい」

商業担当が声を上げた。

「こっちは地域内の支出と地域外への支出まであるぞ」

「分かる範囲で調べました」

会場がざわついた。

沙樹は壇上に立った。

「今日は、私が解決策を発表するために来たわけではありません」

会場が静かになる。

「では、何を?」

「皆さんに考えてほしいんです」

沙樹は資料を持ち上げた。

「これを見て、それぞれの立場から解決策を作ってください」

財務官が眉を上げる。

「あなたが考えればいいのでは?」

「私には無理です」

「無理?」

「私は生活用品から始めただけです」

沙樹は笑った。

「国全体の税制を決める専門家ではありません」

「農業政策も専門家ではない」

「都市計画も専門家ではない」

「医療制度も教育制度も、私一人では決められません」

そして。

「だから、専門家に渡します」

会場が静かになった。

「私は調べる」

「資料を整理する」

「問題を見つける」

「でも、その先は」

沙樹は会場を見渡した。

「それぞれの専門家が考えるべきです」

財務官が腕を組んだ。

「具体的には、どういう形にする?」

「地域ごとに分科会を作ります」

沙樹は資料を配った。

第一。

『人口・住宅分科会』

第二。

『農業・食料分科会』

第三。

『水・衛生分科会』

第四。

『物流・交通分科会』

第五。

『産業・雇用分科会』

第六。

『教育・医療分科会』

第七。

『地域財政分科会』

第八。

『都市成長管理分科会』

「そして」

沙樹は最後の資料を置いた。

『総合調整会議』

「各分科会で出た案を、お互いに確認します」

財務官が尋ねた。

「なぜ総合調整が必要なんだ?」

「住宅だけ増やせばいい、という話ではないからです」

沙樹は答えた。

「住宅を一万戸増やす」

「すると水が必要になる」

「道路も必要になる」

「学校も必要になる」

「ごみも増える」

「下水も増える」

「商店も必要になる」

「つまり、一つの政策が別の場所に影響する」

財務官が頷く。

「なるほど」

「だから」

沙樹は言った。

「分野ごとに解決策を作って、それを最後にぶつける」

農政官が資料をめくった。

「例えば人口が減っている農村なら?」

「農業だけで人口を増やそうとしない」

「では?」

「加工業を作る」

「物流拠点を作る」

「倉庫を作る」

「農産物を加工して付加価値をつける」

「それでも人口が増えなければ?」

「必要な人口規模を見直す」

「……」

「無理に一万人に戻す必要があるとは限りません」

今度は都市計画担当が質問した。

「逆に人口が急増している都市は?」

「住宅だけ増やさない」

「水、下水、道路、学校、医療、廃棄物処理まで一緒に考える」

「つまり?」

「人口増加を受け入れられる上限を事前に計算する」

会場の空気が変わった。

これまで。

行政は問題が起きてから対応することが多かった。

水が足りなくなれば水道を増やす。

学校が足りなくなれば学校を増やす。

道路が混めば道路を広げる。

住宅が足りなければ住宅を作る。

しかし。

沙樹の資料は違った。

「人口が増えたら、何が足りなくなるか」

「人口が減ったら、何が余るか」

「産業が増えたら、どこに負荷がかかるか」

それを事前に考えようとしていた。

財務官が言った。

「これは行政のやり方そのものを変える可能性があるな」

「私には分かりません」

沙樹は笑った。

「だから皆さんで考えてください」

その日の会議は。

夕方になっても終わらなかった。

「鉱山町について、住宅を増やすだけではなく、地域内調達を増やすべきだ」

「いや、鉱山依存が強すぎる。加工業も必要だ」

「農村については?」

「農業だけでは若者が残らない」

「食品加工を組み合わせるべきだ」

「都市部は?」

「水道能力を超える前に建設計画を調整する必要がある」

「学校は?」

「人口予測と連動させるべきだ」

「医療は?」

「高齢化する地域と若年化する地域で必要な施設が違う」

次々と意見が出てくる。

沙樹は黙って聞いていた。

誰かが一つの案を出す。

別の誰かが問題を指摘する。

さらに別の人間が修正案を出す。

それでいい。

最初から完璧な答えを作る必要はない。

むしろ。

「問題を見つける」

「案を出す」

「反対意見を出す」

「修正する」

「試験的に実施する」

「結果を見る」

「また修正する」

その繰り返しこそが必要だった。

会議の最後。

国政担当の最高責任者が立ち上がった。

「沙樹殿」

「はい」

「あなたは、国に何をしてほしい?」

沙樹は少し考えた。

そして答えた。

「全部を国がやらないことです」

会場が静かになる。

「国はルールを作る」

「地域は地域で考える」

「商会は商会の仕事をする」

「ギルドは技術を提供する」

「農家は農業をする」

「工房は製造する」

「自治体は地域を管理する」

「専門家は検証する」

「そして、結果をまた共有する」

沙樹は続けた。

「私は、そのための資料を作ります」

「資料を?」

「はい」

「全国で何が起きているのか」

「どこに問題があるのか」

「どこで改善したのか」

「何をやって失敗したのか」

「それを記録します」

責任者はしばらく黙っていた。

そして。

「分かった」

そう言った。

「国政に関わる各部署へ、この資料を正式に配布する」

「各分科会を設置する」

「地域ごとに実証を行う」

「結果を半年ごとに報告する」

沙樹は頷いた。

「お願いします」

その日。

内田生活工房の役割がまた一つ変わった。

商品を作る会社。

衛生用品を普及させる会社。

規格を作る会社。

そして。

社会の問題を見える形にする会社。

数か月後。

各地から報告が届き始めた。

「北部鉱山町、地域内調達を増やした結果、商店の売上が増加」

「農村部、食品加工施設の設置で若年層の転出が減少」

「都市部、水道施設の拡張計画を前倒し」

「空き家改修により住宅不足を一部解消」

「物流拠点統合により輸送効率改善」

だが。

成功報告だけではなかった。

「工場誘致に失敗」

「住宅を作りすぎて空室発生」

「学校統廃合後に人口が増加し、再び教室不足」

「農産物加工施設の採算が合わず閉鎖」

失敗も大量に送られてきた。

沙樹はそれを見て。

むしろ安心した。

「……これでいい」

調査員が尋ねる。

「失敗なのに?」

「失敗を隠さないなら」

沙樹は答えた。

「次の町が同じ失敗をしなくて済む」

一つの町の失敗が。

別の町では教材になる。

一つの町の成功が。

別の町では参考になる。

全国で。

少しずつ。

試して。

失敗して。

直して。

また試す。

沙樹は窓の外を見た。

かつて。

一個の石鹸から始まった。

それが。

町の衛生になった。

産業になった。

物流になった。

人口調査になった。

そして今。

国全体が。

「問題を見つけてから対策する」のではなく。

「数字を見ながら、問題が大きくなる前に考える」

方向へ動き始めていた。

その日の夜。

新しい資料が届けられた。

表紙には。

こう書かれていた。

『全国地域運営・第一回総合報告書』

沙樹はそれを開いた。

最初のページには。

一つの数字が記されていた。

人口。

税収。

生産量。

物流量。

水使用量。

廃棄物。

住宅。

学校。

医療。

それらを一つの表にまとめた。

沙樹はしばらく眺めた。

そして。

小さく笑った。

「……ようやく、国全体が一枚の地図になってきた」

だが。

次のページをめくった瞬間。

沙樹の表情が変わった。

全国の物流量を分析すると。

ある地域だけ。

どうしても数字が合わない。

生産量より。

出荷量が多い。

倉庫在庫も足りない。

輸入記録も一致しない。

「……これは?」

調査員が資料を覗き込む。

「帳簿の間違いでしょうか?」

沙樹は首を横に振った。

「分からない」

そして。

資料の端に赤い線を引いた。

『全国物資流通に未確認の流れあり』

今まで。

国が見えていなかったものが。

また一つ。

数字の隙間から姿を現し始めていた。

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