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転生したので田舎で錬金工房を始めます ~地味な生活用品を作っていたら、なぜか王都で大騒ぎになりました~  作者: レモンティー


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■第三十五話 足りなくなってから買うのでは遅い

「災害備蓄……ですか」

王都から来た役人が頷いた。

「はい」

「どのくらい?」

「王国全体で一定量を確保したいと考えています」

沙樹は少し考えた。

「それなら、倉庫を大量に建てればいい……とはなりませんね」

「なぜです?」

「一か所に集めたら、その場所が被害を受けたときに全部使えなくなります」

役人が黙った。

沙樹は王国の地図を広げる。

「備蓄は分散させます」

王都。

東部。

西部。

南部。

北部。

さらに各地域の主要都市。

その下に中規模の町。

「大きな倉庫を一つ作るのではなく、小さな倉庫をたくさん作る」

「そして必要なら相互に融通する」

「それが基本です」

兵站担当官が頷いた。

「軍の補給と同じ考え方ですね」

「そうです」

沙樹は黒板に書いた。

『一か所に集中させない』


ところが。

役人から次の質問が飛んできた。

「では、何をどれだけ備蓄すればいいのでしょう?」

「……」

沙樹は考えた。

ここが一番難しい。

多すぎれば金がかかる。

少なすぎれば意味がない。

食料なら保存期間がある。

石鹸なら比較的長く置ける。

衣類なら長期保管できる。

水は備蓄だけではなく、水源そのものを確保したほうがいい。

そして、

「全部を倉庫に入れる必要はありません」

「どういうことです?」

「平時に使っているものを、一定量だけ余分に持っておけばいいんです」

つまり、

『日常在庫』

と

『備蓄在庫』

を分ける。

例えば石鹸なら、普段から使っている量に加えて一定量を倉庫に残しておく。

古い備蓄を放置するのではなく、古いものから通常利用へ回し、新しいものを補充する。

「備蓄を腐らせない」

沙樹は言った。

「これが重要です」


この考え方を聞いた商人が首を傾げた。

「しかし、それでは倉庫の商品が常に入れ替わることになります」

「はい」

「在庫管理が大変では?」

「だから記録するんです」

沙樹は新しい帳簿を作った。

『在庫管理簿』

品目。

数量。

入庫日。

保管場所。

保存状態。

出庫日。

補充予定日。

そして、

『最低在庫』

という欄。

「ここを下回ったら、補充を始めます」

「なくなってから注文するのではない?」

「はい」

沙樹は頷いた。

「なくなる前に注文します」

商人が目を見開く。

「つまり……」

「在庫が少なくなった段階で、製造業者へ自動的に注文が行く仕組みです」

「それなら工房も準備できます」

「そうです」

「急な大量注文が減る」

「その通りです」

製造側にもメリットがある。

突然、

「明日までに一万個作れ」

と言われるより、

「今月は千個必要」

「来月は千二百個」

「その次は八百個」

と分かっていたほうが生産計画を立てやすい。

沙樹は笑った。

「需要を予測できれば、作る側も楽になります」


ところが、その話を聞いた一人の商人が言った。

「需要を予測する……?」

「はい」

「そんなことができるのですか?」

「完璧にはできません」

沙樹は即答した。

「でも、予測はできます」

過去の販売量。

季節。

人口。

祭り。

農繁期。

冬。

夏。

軍の移動。

学校の開校時期。

市場の規模。

これらを記録すれば、

「来月、何が増えるか」

ある程度は予想できる。

「例えば冬になると?」

「毛布や薪の需要が増える」

「夏は?」

「水や保存食品、衛生用品の需要が変わる」

「収穫期は?」

「運送と倉庫の需要が増える」

商人たちは黙って聞いていた。

沙樹は続けた。

「今までは、足りなくなってから商品を探していました」

「これからは、足りなくなる前に準備するんです」


それから王国各地で記録が始まった。

毎月の石鹸販売数。

穀物の出荷量。

倉庫の在庫。

運送量。

堆肥の需要。

水の使用量。

衣類の販売量。

最初はただの数字だった。

だが半年。

一年。

二年。

記録が積み重なるにつれて、数字に意味が見えてきた。

「南部では、春になると石鹸の需要が増える」

「北部では冬前に保存食の需要が増える」

「東部では収穫期になると荷車が不足する」

「王都では祭りの前に食品加工品が急増する」

商人たちは驚いた。

「市場には周期がある」

「完全な偶然ではなかったんだ」

沙樹は頷いた。

「だから記録するんです」


しかし、ある年。

北部で大雪が降った。

街道が封鎖された。

通常なら、北部の町では食料不足が起きる。

だが、その年は違った。

北部の主要都市に分散備蓄があった。

さらに周辺の町にも小規模な倉庫があった。

一つの街道が使えなくても、別の街道から運べる。

「北部中央倉庫から東の町へ」

「西の倉庫から北西地域へ」

「南側の街道が使えるなら、そこから補給」

物資が分散していたため、一か所の道路が止まっても全体が止まらなかった。

数週間後。

街道が復旧すると、備蓄を補充する。

大きな混乱にはならなかった。

王都から来た役人は、その報告書を読みながら驚いた。

「備蓄が使われたのに……」

「在庫が戻っています」

「はい」

「なぜ?」

沙樹は答えた。

「最初から、補充する仕組みを作っていたからです」

備蓄は、

「緊急時に使うもの」

だけではない。

「使ったら戻すもの」

でもある。


この仕組みは、商人たちにも広がった。

ある商人は小麦の在庫を管理した。

別の商人は石鹸。

別の商人は衣類。

そして運送業者は、

「どこからどこへ、いつ荷物を運ぶか」

を記録し始めた。

すると、妙なことが起きた。

空の荷車が減った。

帰りの荷物を事前に探せるようになったからだ。

さらに、

「この町から王都へ小麦を運ぶ」

という情報があれば、

帰りに王都からその町へ運ぶ商品を探せる。

一台の荷車が、

行きも帰りも仕事をする。

「物流費が下がっています」

商人から報告が来た。

沙樹は少し驚いた。

「備蓄の話をしていたはずなのに……」

「物流まで変わりました」

兵站担当官が笑う。

「いつものことですね」

沙樹も苦笑した。


ところが。

ある日、大問題が起きた。

王都の倉庫から、

「小麦が足りない」

という報告が届いた。

だが帳簿上では、

『十分にある』

ことになっている。

「盗難?」

役人が疑った。

沙樹は倉庫へ向かった。

そして現場を見て、すぐに気づいた。

「これ、盗まれたんじゃありません」

「では?」

「記録が間違っています」

古い帳簿。

新しい帳簿。

別の倉庫の帳簿。

それぞれの単位が違っていた。

『一袋』

という単位が倉庫によって違う。

大袋。

中袋。

小袋。

なのに帳簿には全部、

『一袋』

と書かれている。

沙樹は頭を抱えた。

「……やっぱり単位を統一しないと駄目だ」

そして黒板に大きく書いた。

『重量・容量の統一』

『数量単位の統一』

『記録様式の統一』

これまで作ってきた規格が、さらに一段深いところへ進む。

商品そのものだけではない。

「数字の書き方まで統一する」

必要があった。


数か月後。

王国全土で新しい帳簿が使われ始めた。

物資。

数量。

重量。

容量。

価格。

入庫。

出庫。

在庫。

そして、

『最低在庫』

『補充予定』

という項目。

沙樹は完成した帳簿を眺めた。

「これで、ようやく全体が見える」

王都だけではない。

地方の倉庫。

農村。

市場。

工房。

商会。

輸送業者。

それぞれの情報がつながっていく。

だが、その結果。

王都の役人から、とんでもない相談が持ち込まれた。

「沙樹殿」

「はい?」

「この仕組みを使えば……」

役人は一枚の紙を差し出した。

『王国全土の物価と在庫を毎月集計してはどうか』

沙樹は紙を見た。

物価。

在庫。

生産量。

輸送量。

消費量。

それらを集めれば、

「どこで何が余っているのか」

「どこで何が不足しているのか」

が分かる。

つまり、

市場そのものが見えてくる。

沙樹はしばらく黙っていた。

そして、小さく笑った。

「……ここまで来ると、もう石鹸屋じゃないですね」

だが役人は笑わなかった。

「沙樹殿」

「何でしょう?」

「王国では今まで、全国の物資がどれだけあるのかを正確に把握した者は一人もいません」

沙樹は王国の地図を見た。

「……」

役人は続ける。

「もし、この仕組みが完成すれば」

「王国は初めて、自分たちの国に何がどれだけあるのかを知ることができます」

沙樹は静かに地図を見つめた。

生活用品から始まった小さな会社。

それが、

水を管理し、

ごみを管理し、

農業を管理し、

食品を保存し、

物流を管理し、

在庫を記録する。

そして今度は、

『国全体の物の流れ』

まで見ようとしている。

沙樹はペンを手に取った。

黒板に、新しい計画を書いた。

『第六次・生活基盤計画』

その名前は、

『全国物資流通台帳』

だった。

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