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転生したので田舎で錬金工房を始めます ~地味な生活用品を作っていたら、なぜか王都で大騒ぎになりました~  作者: レモンティー


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■第三十二話 豊作なのに農家が貧しくなる理由

「収穫した作物を、もっと長く保存できないか」

農業ギルドから届いた要望を、沙樹はもう一度読み返した。

「保存……」

問題そのものは単純だった。

しかし、その先にある問題は単純ではない。

作物は収穫した瞬間から傷み始める。

野菜。

果物。

穀物。

豆。

肉。

魚。

どれも同じ方法では保存できない。

「まず、何が一番困っているのか聞きましょう」

沙樹は農業ギルドを訪ねた。

そこで待っていたのは、十人ほどの農家だった。

「収穫期になると、作物が一気に市場へ出ます」

一人の農家が話し始めた。

「すると値段が下がる」

「売れ残ったものは腐る」

「腐る前に安く売る」

「それでも売れなければ捨てる」

別の農家が続けた。

「ところが数か月後には、同じ作物が高値になる」

「……なるほど」

沙樹は地図を見る。

これは単純な生産量の問題ではない。

『時間』の問題だ。

収穫時期に集中する供給。

保存できないため、一気に売らなければならない。

そして数か月後。

市場に商品がなくなれば価格が上がる。

「つまり」

沙樹は言った。

「豊作だから農家が儲かるとは限らない」

農家たちは頷いた。

「むしろ豊作の年ほど、安くなりすぎて困ることがあります」

「だったら」

沙樹は黒板に書いた。

『保存』

『加工』

『物流』

『倉庫』

「この四つを整えましょう」


最初に始めたのは、保存方法の分類だった。

「全部を冷やす必要はありません」

沙樹は説明する。

「というより、この国には大規模な冷蔵設備がありません」

そこで、

穀物は乾燥と防虫。

根菜は温度と湿度を管理した貯蔵。

果物は種類ごとの保存条件を確認。

葉物野菜は短期間で流通させる。

肉や魚は別途、衛生管理をした上で保存・加工する。

「作物ごとに違う?」

「違います」

沙樹は頷いた。

「だから『食料保存庫』を一種類作って終わりにはしません」

そこで、商人と職人が集められた。

大工。

石工。

陶器職人。

金属職人。

農家。

商人。

運送業者。

そして料理人。

沙樹は彼らに一つの提案をした。

「共同倉庫を作ります」

「共同倉庫?」

「はい」

農家一軒ごとに立派な倉庫を作る必要はありません。

村ごとに一つ。

町ごとに複数。

大きな市場には大型倉庫。

そして、

「誰が何を預けたのかを記録します」

倉庫の入口には受付。

作物を受け取ったら、

生産者。

品目。

数量。

収穫日。

搬入日。

保管場所。

出庫日。

それを記録する。

「まるで商会ですね」

商人が言った。

「倉庫も商売ですから」

沙樹は答えた。

「保管する場所を貸す」

「運ぶ」

「仕分ける」

「加工する」

それぞれ別の仕事にする。


そして最初の共同倉庫が完成した。

木造の大きな建物。

床は地面から少し高くしてある。

雨水が入り込まないように排水も整える。

壁には換気用の設備。

内部には区画がある。

穀物。

豆。

根菜。

乾燥品。

加工品。

それぞれを分けて保管する。

「思ったより普通ですね」

農家の一人が言った。

「普通でいいんです」

沙樹は笑った。

「特殊な魔法より、毎日きちんと使える仕組みのほうが強いです」

倉庫が稼働すると、農家たちの行動が変わった。

収穫した作物を、

「今日全部売らなければ」

と焦る必要がなくなった。

一部を市場へ。

一部を倉庫へ。

一部を加工へ。

そして価格や需要を見ながら出荷する。

すると市場にも変化が出た。

収穫期だからといって、商品が一気に集中しなくなった。


しかし三か月後。

商人たちが大騒ぎした。

「沙樹さん!」

「どうしました?」

「作物の値段が安定してしまった!」

「……それは良いことでは?」

「良いことです!」

商人は慌てて答えた。

「ですが、今までのような大きな価格差がなくなっています!」

沙樹は少し考えた。

なるほど。

保存できるようになれば、収穫期の投げ売りが減る。

しかし品薄になったときも、倉庫から商品を出せる。

結果として、

『極端な安値』

と

『極端な高値』

の両方が抑えられる。

もちろん天候不順などで供給そのものが大きく減れば、価格は上がる。

それでも、

「保存できるだけで、市場の時間が伸びる」

沙樹はそう考えた。

「これは農家だけの問題じゃありません」

「市場全体の問題ですね」

商人が呟いた。


さらに問題が出た。

「倉庫に預けた作物が腐った!」

農家が怒鳴り込んできた。

原因を調べる。

すると、

保管場所が悪い。

換気不足。

傷んだ作物と正常な作物が混在。

搬入時の確認不足。

記録不足。

いくつもの問題が見つかった。

沙樹は怒らなかった。

「最初から完璧な倉庫なんてありません」

そして、新しい規則を作った。

『入庫検査』

『保管区画』

『定期確認』

『異常記録』

『出庫確認』

さらに、

「傷んだものを見つけたら、隠さない」

というルールまで作った。

「隠したほうが問題になります」

沙樹は倉庫責任者に言った。

「一個の腐敗を隠せば、十個に広がるかもしれない」

「だったら、最初の一個で止める」

倉庫責任者は頷いた。


その頃。

別の商人がやってきた。

「保存するだけではなく、加工してしまえばいいのでは?」

「加工?」

「はい」

商人が持ってきたのは、売れ残った果物だった。

「ジャムにする」

別の者が言った。

「乾燥させる」

「漬物にする」

「粉にする」

「油にする」

沙樹は黙って聞いていた。

「……そうですね」

加工食品にも可能性がある。

ただし、ここでも衛生管理が必要になる。

「加工品にも規格を作りましょう」

「また規格ですか」

商人が笑った。

「また規格です」

沙樹も笑った。

原料。

加工日。

製造者。

保存方法。

容器。

表示。

品質確認。

これまで作ってきた仕組みが、また一つつながっていく。

石鹸から始まった内田生活工房の規格が、

農業。

水。

排水。

ごみ。

堆肥。

倉庫。

加工食品。

へと広がっていく。


その日の夜。

沙樹は帳簿を眺めていた。

商品の売上だけではない。

新しい仕事が増えている。

倉庫業。

運送業。

包装業。

加工業。

検査業。

農業資材。

そして食品加工。

「……会社が大きくなりすぎてる」

思わず呟いた。

最初は、

「安い石鹸を作ろう」

それだけだった。

ところが今では、町の生活そのものに関わり始めている。

そして翌朝。

さらに一通の書状が届いた。

差出人は王都。

内容を読んだ沙樹は、しばらく黙った。

『内田生活工房が定めた各種規格について、王国政府として採用を検討したい』

その下には、さらに一文があった。

『王国全土で統一規格として運用できないか』

沙樹は書状を机に置いた。

「……国全体?」

今まで内田生活工房が作ってきたのは、

町の仕組みだった。

商会の仕組みだった。

ギルドの仕組みだった。

だが今度は違う。

王国そのものが、

その仕組みを使おうとしている。

沙樹は王国の地図を広げた。

そして、小さく呟いた。

「これ……私の会社だけでやったら、絶対に破綻する」

だが同時に、

「だからこそ、分業するしかない」

そう思った。

翌週。

王都から使者がやって来る。

そして沙樹は、まだ知らなかった。

この会談が、

『内田生活工房』

という一企業を、

王国規模の生活基盤ネットワークへ変えていくことになるとは。


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