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転生したので田舎で錬金工房を始めます ~地味な生活用品を作っていたら、なぜか王都で大騒ぎになりました~  作者: レモンティー


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■第三十一話 肥料を増やせば作物が増える、とは限らない

「土を良くする方法を教えてほしい」

農業ギルドの代表は、真剣な顔でそう言った。

内田生活工房の会議室。

机の上には、いくつもの袋が並べられている。

堆肥。

灰。

家畜の糞。

腐った植物。

そして、農家から持ち込まれた土。

沙樹はその土を少しだけ指先でつまんだ。

「何を植えても、最近は収穫量が落ちている?」

「はい」

農業ギルドの男が頷く。

「同じ畑で何年も作り続けている土地ほど、その傾向が強いのです」

「なるほど……」

沙樹は土を見つめた。

前の世界でも、これは珍しい話ではない。

肥料を入れれば何でも解決するわけではない。

土の状態。

水。

排水。

作物。

肥料。

輪作。

それぞれを考えなければならない。

「まず、肥料を売るのをやめましょう」

「……え?」

農業ギルドの代表が固まった。

「肥料を作ってほしいと言ったのですが」

「作りますよ」

沙樹は即答した。

「ただし、その前に調べます」

「調べる?」

「ええ」

沙樹は黒板に文字を書いた。

『土壌調査』

「畑によって土の状態は違います」

「同じ肥料を全部の畑に入れればいい、という話ではありません」

「まず、土を採取する」

「次に、水はけを見る」

「そのうえで、作物の種類と収穫量を記録する」

農業ギルドの男は腕を組んだ。

「そんなことをしていたら、農家の仕事が増えます」

「だから簡単にします」

沙樹は別の紙を取り出した。

そこには簡単な記録表があった。

畑の場所。

作物。

植えた日。

収穫量。

使った肥料。

水やりの量。

そして、

『土の状態』

という欄。

「難しい測定は専門の業者に任せます」

「農家には簡単な記録だけお願いします」

「専門の業者?」

「はい」

沙樹は笑った。

「また分業です」

これまでと同じだった。

石鹸を作るだけでは終わらなかった。

水道が必要になった。

排水処理が必要になった。

ごみ処理が必要になった。

そして今度は農業だ。

一つの問題を解決すると、その周辺に新しい仕事が生まれる。

「農業ギルドには、土壌調査を担当する部門を作ってもらいます」

「土を調べるだけの仕事ですか?」

「はい」

「それで商売になるのでしょうか?」

沙樹は即答した。

「なります」

農業は、この国のほとんどすべての人間に関係している。

畑が一つ増えれば、一つの顧客になる。

農家が千軒あれば、千軒分の需要がある。

しかも一度きりではない。

毎年、土の状態は変わる。

作物も変わる。

肥料も変わる。

つまり、

「継続的な仕事になります」

農業ギルドの代表の目が変わった。

「……なるほど」

「ただし、土壌調査をしたからといって、必ず収穫量が増えるとは約束しません」

「約束しない?」

「はい」

沙樹は強調した。

「農業は天候にも左右されます」

「病害虫もあります」

「水不足もあります」

「だから、『この肥料を入れれば必ず収穫量が倍になる』なんて売り方は禁止します」

会議室が静かになった。

「そんな売り文句を禁止するのですか?」

「禁止します」

沙樹は言った。

「数字を出すなら、条件を書く」

「どの土地で、どんな作物に、どれくらい使ったのか」

「その結果、どうなったのか」

「それを記録する」

農業ギルドの代表は、しばらく考えていた。

そして、

「……ずいぶん商売人らしくない商売ですね」

と言った。

沙樹は苦笑した。

「嘘をついて売るより、信用してもらって毎年買ってもらうほうがいいでしょう?」

「確かに」


数日後。

最初の土壌調査班が動き始めた。

農家を回り、畑から土を採取する。

だが、ここでも問題が起きた。

「この畑は肥料を入れればいい」

「こっちは水を増やせ」

「いや、水を減らせ」

農家によって意見がバラバラだった。

沙樹は調査班に言った。

「感覚だけで決めないでください」

「記録してください」

土を採る場所。

採取した日。

畑の状態。

前に植えた作物。

使った肥料。

収穫量。

雨の量。

可能な範囲で、全部残す。

そして一年後。

二年後。

三年後。

記録を比較する。

「農業は、一年だけ見ても分からないことがあります」

沙樹はそう説明した。

「だから記録が財産になるんです」

最初は面倒がっていた農家たちも、少しずつ記録を残すようになった。

すると、

「あれ?」

という声が出始めた。

同じ肥料を使っているのに、畑によって結果が違う。

同じ作物でも、水はけの良い畑と悪い畑で結果が違う。

家畜の糞を大量に入れれば良いというわけでもない。

灰を入れた畑。

堆肥を入れた畑。

何も入れずに休ませた畑。

作物を変えた畑。

それぞれ結果が違った。

沙樹はその記録を見て、

「これでいい」

と呟いた。

「やっと、勘ではなく比較できるようになった」


次に問題になったのは堆肥だった。

「堆肥を売りたい」

商人がやってきた。

「農家から大量に注文が来ています」

「それはいいですね」

「ですが、どんなものを混ぜればいいのか分かりません」

沙樹は頷いた。

「では、堆肥にも規格を作りましょう」

「堆肥にも?」

「もちろんです」

腐敗が不十分なもの。

異物が大量に混ざったもの。

金属片。

ガラス片。

明らかに農地へ入れるべきではないもの。

そうしたものまで混ざれば問題になる。

そこで、

『農業用堆肥・第一規格』

を作った。

原料。

異物混入。

発酵・熟成の管理。

保管方法。

出荷時の確認。

そして、

『原料記録』

まで残す。

「何を使った堆肥なのか分からないものを、農地に大量投入するのは危険です」

沙樹は説明した。

「だから、堆肥を作る人にも責任を持ってもらいます」

さらに農家から出る植物残渣。

市場の野菜くず。

家畜由来の副産物。

これまで捨てられていたものが、少しずつ堆肥原料として集まり始めた。

第三十話で始まったごみの分別が、ここでつながった。

「ごみだったものが……」

農業ギルドの代表が、堆肥の山を見ながら呟く。

「農地に戻っていく」

「全部ではありませんけどね」

沙樹は答えた。

「使えるものだけです」


さらに半年が過ぎた。

最初の比較結果が出た。

収穫量が増えた畑もあった。

ほとんど変わらない畑もあった。

逆に悪化した畑もあった。

「悪化した?」

農業ギルドの代表が驚く。

「はい」

沙樹は記録を見せた。

「だから面白いんです」

「面白い?」

「はい」

沙樹は笑った。

「失敗した記録が残っている」

成功だけを記録すれば、都合のいい話しか残らない。

しかし失敗も残せば、

「何をすると悪い結果になるのか」

が分かる。

そして、それを次の農家が避けられる。

「成功例だけを売るんじゃありません」

沙樹は言った。

「失敗例も共有します」

農業ギルドは、その記録をまとめることにした。

『農業実証記録集』

成功。

失敗。

土地。

作物。

肥料。

水。

天候。

すべてを記録する。

それは、これまでこの国になかった新しい種類の情報だった。


そして農業の変化は、別の場所にも波及した。

肥料を運ぶ荷車が必要になった。

堆肥を保管する倉庫が必要になった。

土を採取する容器が必要になった。

測定器具を作る職人が必要になった。

農業記録を整理する仕事も生まれた。

農家から注文を受ける商人。

肥料を作る工房。

運送業者。

倉庫業者。

土壌調査員。

そして農業技術を教える講師。

沙樹は、その光景を眺めながら思った。

石鹸を一個作っただけだった。

それが衛生になった。

衛生が水を必要とした。

水が排水を生んだ。

排水が環境管理を生んだ。

ごみの分別が堆肥につながった。

堆肥が農業につながった。

「……一個の商品から、ここまで広がるか」

沙樹は思わず笑った。

しかし、その日の夕方。

農業ギルドから、新しい相談が持ち込まれた。

「沙樹さん」

「はい?」

「農家から、もう一つ要望があります」

「何でしょう?」

代表は一枚の紙を差し出した。

そこには、こう書かれていた。

『収穫した作物を、もっと長く保存できないか』

沙樹は紙を読んだ。

そして、ゆっくり顔を上げた。

「……保存ですか」

農業で作る。

だが、作っただけでは意味がない。

腐れば損失になる。

運べなければ売れない。

保存できなければ、豊作になった瞬間に価格が崩れる。

沙樹は机の上に王国の地図を広げた。

農業。

物流。

倉庫。

市場。

そして、

「食料保存」

新しい線が、地図の上に引かれた。

内田生活工房の仕事は、また一つ増えようとしていた。

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