■三十話 ごみを捨てるにも仕組みがいる
「ごみ……」
沙樹は王都の街角に立っていた。
目の前には。
生ごみ。
灰。
壊れた木箱。
古い布。
割れた陶器。
使い終わった容器。
さまざまなものが積まれている。
「……多いね」
トーマが頷いた。
「人が多い街ですから」
「衛生を改善したら、今度はごみが目立つようになった」
「綺麗になったからこそ、ですね」
沙樹は苦笑した。
以前なら。
汚れた水も。
ごみも。
街の風景の一部だった。
しかし。
水場が整備された。
石鹸が普及した。
排水処理が始まった。
すると今まで気にされていなかった問題が見えてくる。
「このままじゃ駄目だね」
沙樹は言った。
「何とかしよう」
まずごみを種類ごとに分ける。
生ごみ。
灰。
金属。
ガラス。
陶器。
布。
木材。
そして危険なもの。
「全部を一緒に捨てちゃ駄目」
沙樹は説明した。
「再利用できるものまで捨てることになる」
トーマが首を傾げる。
「再利用?」
「金属は溶かせる」
「木材も使い道がある」
「布も再利用できる」
「生ごみは?」
「堆肥にできる」
トーマの目が丸くなる。
「ごみがお金になるんですか?」
「全部じゃないけどね」
沙樹は笑った。
「分ければ資源になるものがある」
そこでまた商会とギルドを集めた。
会議室には以前より多くの人間が集まっていた。
「今度は何を作るんです?」
商会主が尋ねる。
沙樹は黒板に書いた。
『廃棄物管理』
「街からごみを回収します」
「誰が?」
「専門の回収商会です」
一人の商会主が手を挙げる。
「ごみを集めて、何をするのです?」
「分別します」
「分別した後は?」
「売れるものは売る」
金属は金属加工業者へ。
古布は布業者へ。
木材は燃料や再利用資材へ。
ガラスはガラス職人へ。
そして生ごみは
「農業ギルドに渡します」
「農業に?」
「堆肥にします」
農家の代表が身を乗り出した。
「本当に肥料になるのですか?」
「適切に管理すればね」
沙樹は説明した。
生ごみをそのまま畑に埋めるのではない。
腐熟させる。
温度と水分を管理する。
十分に分解させる。
そして。
農地に使う。
「これなら」
農家の代表が呟く。
「廃棄物を農業資材に変えられる」
「そう」
沙樹は頷いた。
「ごみを減らせるし、肥料も作れる」
また新しい産業が生まれた。
『堆肥製造業』
そして街では新しい箱が設置され始めた。
『生ごみ』
『金属』
『ガラス・陶器』
『布』
『木材』
住民たちは最初。
戸惑った。
「なんで分けるんだ?」
「全部同じ場所でいいだろ」
しかし回収されたものを見れば理由が分かる。
金属は金属商会へ。
古布は布工房へ。
木材は木工所へ。
生ごみは堆肥場へ。
ごみの山が。
少しずつ小さくなっていく。
ある日。
トーマが帳簿を持って走ってきた。
「沙樹さん!」
「どうしたの?」
「面白い数字が出ています」
「何?」
「回収した金属の一部を売った収益で、回収費用のかなりの部分を賄えています」
沙樹が帳簿を見る。
「なるほど」
「つまり」
トーマが言う。
「ごみを集めるだけでも商売になる」
「そういうこと」
沙樹は頷いた。
「だから分別が重要なんだよ」
全部を混ぜてしまえば。
ただのごみ。
分ければ資源になる。
その考え方が商人たちの間にも広がっていった。
「古布を買い取ります!」
「金属くずを集めています!」
「木材の廃材を引き取ります!」
街のあちこちに回収業者が現れ始めた。
そして思わぬ問題も起きた。
「沙樹さん!」
トーマが慌てて駆け込んでくる。
「どうしたの?」
「勝手に『内田生活工房認定』を名乗っている業者がいます!」
沙樹の顔が険しくなる。
「……認定?」
「はい」
「勝手に?」
「勝手にです」
沙樹はすぐに調査を始めた。
どうやら。
『内田式分別』
『内田認定回収』
などと勝手に名乗り。
品質の悪い回収や処理をしている業者が出ていた。
沙樹は頭を抱えた。
「……規模が大きくなると、こういう問題も出てくるんだ」
トーマが言う。
「名前が売れた証拠でもありますけど」
「嬉しくない証拠だね」
そこで。
沙樹は制度を改めることにした。
認定制度を明確化する。
認定番号を発行する。
製造業者。
回収業者。
処理業者。
それぞれに登録番号を付ける。
そして。
基準を満たした業者だけが。
『内田生活工房認定』
を名乗れるようにする。
「これで、勝手に名乗る業者と区別できます」
「なるほど」
「それと」
沙樹は続けた。
「認定業者には定期的に検査をする」
「大変ですね」
「でも、やらないと信用がなくなる」
石鹸。
洗剤。
水道。
排水。
そして。
ごみ。
どれも。
一度仕組みを作ったら終わりではない。
運用する。
検査する。
改善する。
問題があれば直す。
それが必要だった。
そして。
数か月後。
王都の街から。
少しずつごみが消えていった。
路地裏に積み上がっていたごみが減る。
生ごみが放置される場所も減る。
回収日が決まり。
回収車が街を回る。
人々も。
「これはどこに捨てる?」
と考えるようになった。
沙樹は街を歩きながら。
その変化を眺めていた。
「……習慣になってきたね」
トーマが笑う。
「石鹸も最初はそうでした」
「うん」
「最初は誰も使わなかった」
「それが今じゃ」
沙樹は市場を見る。
店先には。
普及石鹸。
洗剤。
衛生用品。
そして。
ごみ回収サービスの案内まで並んでいる。
「暮らしって」
沙樹は呟いた。
「一個ずつ仕組みを作ると、どんどん変わるんだね」
そのとき。
農業ギルドの代表がやってきた。
「沙樹さん!」
「はい?」
「お願いがあります」
「何でしょう?」
代表は一枚の書類を差し出した。
そこには。
『農地の土壌改善について相談したい』
と書かれていた。
「堆肥を使ってみたところ」
代表が説明する。
「土地によって効果に差があるのです」
沙樹の目が輝いた。
「土壌?」
「はい」
「……土の状態を調べてみよう」
また。
新しい問題が見つかった。
水。
排水。
ごみ。
そして今度は
土。
沙樹は新しい帳簿を開いた。
『第四次・生活基盤計画』
その下に。
『土壌・農業環境』
と書き込む。
トーマが苦笑する。
「どこまで広がるんでしょうね」
沙樹は少し考えて。
笑った。
「分からない」
そして帳簿の隅に小さく書いた。
『まず調べる』
それが内田生活工房の新しいやり方になっていた。




