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転生したので田舎で錬金工房を始めます ~地味な生活用品を作っていたら、なぜか王都で大騒ぎになりました~  作者: レモンティー


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■第三話 お風呂一軒、おいくらですか?

「順番にしてください!」

沙樹は両手を広げた。

しかし。

人の波は止まらない。

「うちにも作って!」

「私の家にも!」

「魔石でお湯を沸かせるんでしょう?」

「昨日見せてもらったお風呂、すごかったわ!」

「うちは子供が三人いるから、大きめでお願い!」

「ちょっと待ってください!」

沙樹は叫んだ。

「一人ずつ話してください!」

ようやく、人の声が少しずつ収まる。

沙樹は額を押さえた。

「……なんでこうなったの?」

昨日まで。

自分が快適に暮らすためのお風呂を作っていただけだった。

それが一晩経っただけで。

「お風呂を作ってほしい」

という客が殺到している。

「……スローライフって、こんな感じだっけ?」

誰に聞いても答えは返ってこない。

仕方なく、沙樹は一人ずつ話を聞くことにした。

「まず、お名前をお願いします」

「マリアです」

「マリアさんですね。家族は何人ですか?」

「夫と私と子供二人です」

「なるほど」

沙樹は紙に書き込む。

「浴槽は一人用でいいですか?」

「二人で入れるくらいがいいわ」

「二人用……」

続いて別の女性。

「私は一人暮らしだから、小さくていいわ」

「はい」

さらに別の女性。

「うちは子供が五人いるから、大きめで!」

「五人……」

沙樹は頭の中で浴槽の大きさを計算した。

「……家族用も必要か」

どうやら、一種類のお風呂だけでは対応できないらしい。

そして最大の問題。

「ところで……」

沙樹は恐る恐る尋ねた。

「いくらくらいなら払えますか?」

その場にいた女性たちが顔を見合わせる。

「いくら……?」

「はい」

「それは、こっちが聞きたいんだけど」

「ですよね……」

沙樹は困った。

自分の浴室は、材料を自分で集めて作った。

石材。

粘土。

木材。

配管。

魔石。

そして錬金術。

だが、他人の家に作るとなると話が変わる。

材料費が必要だ。

さらに、運搬。

設置。

工事。

魔石。

配管。

排水。

「……ちゃんと計算しないと」

沙樹は客に少し待ってもらい、工房の中へ戻った。

机の上に紙を広げる。

「まず材料費」

粘土。

木材。

石材。

配管用の素材。

防水材。

断熱材。

魔石。

一つずつ書き出していく。

「うーん……」

さらに計算する。

「これくらいかな」

沙樹は数字を書いた。

そして、しばらく考える。

「……安すぎるかな?」

自分の感覚では、材料費だけならそれほど高くない。

しかし、この世界では魔石そのものが安いとは限らない。

さらに。

「私が全部作るなら、人件費も必要だよね」

沙樹は前世の記憶を思い出した。

商品を売るなら。

材料費だけでは駄目だ。

作業時間。

設備費。

失敗したときの損失。

そして利益。

「……商売って難しい」

しばらく考えた末。

沙樹は紙に大きく数字を書いた。

「銀貨二十枚」

それが一人用浴室の基本料金だった。

材料費。

魔石。

配管。

浴槽。

設置費。

すべて込み。

「これくらいなら……」

沙樹は外へ戻った。

「お待たせしました」

女性たちが一斉に振り向く。

「決めました」

「いくら?」

「一人用のお風呂なら、銀貨二十枚です」

一瞬。

誰も喋らなかった。

「……銀貨二十枚?」

「はい」

沙樹は不安になった。

高すぎたかもしれない。

「高かったですか?」

すると。

「安いわ」

「え?」

最初の女性が即答した。

「それだけで毎日温かいお湯に入れるんでしょう?」

「はい」

「しかも家に作ってくれる」

「はい」

「だったら安いわよ」

別の女性も頷く。

「公衆浴場に毎日通うことを考えたら、長い目で見れば悪くないわ」

「そうそう」

「私もお願いする!」

「私も!」

「うちも!」

「…………」

沙樹は目を丸くした。

「そんなに……?」

どうやら価格設定は受け入れられたらしい。

「じゃあ、最初に注文を受けた方から作ります」

「お願いします!」

その日のうちに。

沙樹は最初の依頼主の家へ向かうことになった。

場所は工房から歩いて十分ほど。

普通の庶民の家だった。

「ここです」

「お邪魔します」

沙樹は家の中を見回した。

木造の小さな家。

台所。

居間。

寝室。

そして裏手には、何も使われていない小さな空き地がある。

「ここに作れそうですね」

「お願い」

沙樹は地面を確認する。

「水は?」

「裏の井戸から取れます」

「排水は?」

「その先に小さな溝があります」

「なるほど」

沙樹は頷いた。

「じゃあ、ここなら大丈夫です」

「本当に今日から作れるの?」

「はい」

「今日から?」

「材料さえ揃えば」

女性は驚いた顔をした。

「普通、こういう工事ってもっと時間がかかるんじゃ……」

「錬金術がありますから」

「……そうだったわね」

沙樹はまず地面を整えた。

土を掘る。

床になる部分を固める。

排水管を埋め込む。

「まず排水から」

陶器製の管を組み合わせる。

接合部分には錬金術で作った防水材を塗る。

「これで漏れない」

次に床。

石材を並べる。

排水口へ向かって、緩やかな傾斜をつける。

「ここを少し低くして……」

沙樹は水を流した。

ジャーッ。

水は排水口へ向かって流れていく。

「よし」

続いて壁。

木材を組み上げる。

断熱材を入れる。

その上から板を張る。

「浴室は湿気が多いから、ここもしっかり防水」

壁全体に防水処理を施す。

さらに天井。

換気口。

窓。

照明。

「……思ったより本格的になってきた」

依頼主の女性は、ずっと後ろで見ていた。

「沙樹ちゃん」

「はい?」

「それ、本当に今日完成するの?」

「たぶん」

「たぶん?」

「やってみないと分からないので」

「……錬金術師ってすごいのね」

沙樹は苦笑した。

そして。

最後に浴槽を作る。

「今回は二人用だから……」

前回より少し大きくする。

粘土を錬成。

強度を高める。

形を整える。

防水処理。

断熱処理。

「よし」

完成した浴槽を台車に乗せる。

ゴロゴロゴロ。

浴室へ運び込む。

「ここに設置して……」

浴槽と給水管を接続する。

排水管も接続する。

そして。

魔石式給湯装置を取り付ける。

「最後に温度調節」

小さな魔石を取り付ける。

「四十度で停止」

「三十八度で再加熱」

「これで大丈夫」

沙樹は蛇口をひねった。

ジャーッ。

最初は冷たい水。

しばらくすると。

少しずつ温かくなる。

「……お」

沙樹が温度計を見る。

「三十八度」

依頼主の女性が、恐る恐る手を入れる。

「……本当に温かい」

「どうぞ」

「え?」

「入ってみてください」

「今?」

「はい」

女性は少し恥ずかしそうにしながら、浴槽の中に足を入れた。

「……」

そして。

ゆっくりと肩まで浸かる。

「…………」

しばらく無言だった。

「どうですか?」

沙樹が尋ねる。

女性は目を閉じた。

「……最高」

「ですよね」

「これが……家で毎日できるの?」

「できます」

女性は浴槽から出ると、沙樹の両手を握った。

「ありがとう!」

「い、いえ……」

その顔には、心からの笑顔が浮かんでいた。

その日の夕方。

沙樹が工房へ戻ると。

「沙樹ちゃん!」

「帰ってきた!」

「次は私の家!」

「その次はうち!」

「うちは家族用!」

「ちょっと待ってください!」

また人だかりができていた。

沙樹は頭を抱える。

「……注文、多すぎない?」

工房の机を見る。

そこには、今日受けた注文を書いた紙が並んでいる。

一枚。

二枚。

三枚。

十枚。

二十枚。

「…………」

沙樹は数えるのをやめた。

「私、一人しかいないんだけど」

すると。

市場の店主が笑った。

「沙樹ちゃん」

「はい?」

「もうスローライフは諦めたほうがいいんじゃないか?」

「…………」

沙樹は無言で店主を見る。

そして。

「……嫌です」

「まだ諦めてないのか」

「私はのんびり暮らしたいんです!」

「だったら、どうする?」

沙樹は少し考えた。

そして。

机の上に一枚の紙を置いた。

「……弟子を取ります」

「弟子?」

「はい」

沙樹の目が輝いた。

「私が全部作るから忙しいんです」

石鹸も。

シャンプーも。

お風呂も。

全部、自分で作っている。

ならば。

「作り方を教えて、他の人にも作ってもらえばいい」

沙樹は立ち上がった。

「お風呂を作れる職人を増やします」

その瞬間。

沙樹の中で、新しい計画が始まった。

自分だけが作るのではない。

錬金術で作れる設備を、誰でも扱える形にする。

設計図を作る。

部品を規格化する。

作業手順を決める。

そして。

「……量産できる」

沙樹は小さく笑った。

これなら。

これなら、本当にのんびり暮らせるかもしれない。

――本人は、まだ気づいていなかった。

一人の錬金術師が始めた小さな風呂作りが。

やがて、この町の住宅事情そのものを変えていくことを。


挿絵(By みてみん)

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