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転生したので田舎で錬金工房を始めます ~地味な生活用品を作っていたら、なぜか王都で大騒ぎになりました~  作者: レモンティー


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■第二話 お風呂を作ったら大騒ぎになった

石鹸を作った翌日。

沙樹は工房の前に立っていた。

「……やっぱり、お風呂が欲しい」

昨日、石鹸を作った。

手も洗える。

身体も洗える。

けれど、それだけでは満足できない。

「私は湯船に浸かりたい」

前世では、それが当たり前だった。

仕事から帰れば、服を脱いで風呂に入る。

浴槽に張った温かい湯に、肩まで浸かる。

「あぁ……」

それだけで、一日の疲れが抜けていく。

異世界に来たからといって、その習慣まで捨てるつもりはなかった。

「毎日入りたいんだよね」

この世界にも風呂そのものは存在する。

ただし、庶民の家に浴槽があることは珍しい。

町にある公衆浴場も、毎日利用するには少し贅沢だった。

「……だったら」

沙樹は工房の裏にある空き地を見た。

「作ればいい」

まずは紙を広げる。

前世の記憶を思い出しながら、簡単な図面を描いていく。

「浴槽は……一人用なら、これくらいかな」

幅一メートル。

長さ一・六メートル。

深さ六十センチ。

「これなら、ちゃんと足を伸ばせる」

次に浴室全体の配置を考える。

浴槽だけ置いても仕方がない。

身体を洗うための場所も必要だ。

「浴槽の横に洗い場を作って……」

そして、もう一つ重要なのが排水だった。

「これが一番大事かも」

湯を抜いたとき、水が床に溜まってしまったら大変だ。

沙樹は浴室の床に緩やかな傾斜をつけることにした。

浴槽から遠い場所を少し高く。

排水口に向かって、少しずつ低くする。

「これなら、水が自然に流れる」

図面を書き終える。

次は、お湯をどうするか。

薪を燃やして湯を沸かす方法なら簡単だ。

だが。

「毎日薪を燃やすの、面倒なんだよね……」

薪を運ぶ。

火を起こす。

水を沸かす。

温度を調整する。

毎日やるとなると、かなりの手間だ。

沙樹は少し考えた。

そして、腰につけていた袋から魔石を取り出した。

この世界では、魔力を蓄えた魔石が普通に流通している。

「これを使えば……」

魔石から熱を取り出す。

その熱で水を温める。

「簡単な給湯器が作れるかも」

思いついたら、すぐに試したくなる。

沙樹は材料集めを始めた。

まずは石材。

近くの河原まで行き、平たい石を拾う。

次に粘土。

工房の裏の土を掘り、使えそうな粘土を集める。

木材は町の木材屋から購入した。

「さて……浴槽は何で作ろう」

石でも作れる。

木でも作れる。

だが、どちらも一長一短がある。

「石だと、触ったとき冷たそう」

「木だと、水に長時間触れていたら腐りそうだし……」

少し考えて。

「陶器にしよう」

沙樹は粘土を作業台に乗せた。

錬金術で不純物を取り除き、強度を高めていく。

「錬成」

淡い光が粘土を包む。

しばらくすると、粘土は普通のものとは明らかに違う質感になっていた。

沙樹が指で叩いてみる。

コン。

「おお……かなり硬くなった」

これなら浴槽に使えそうだ。

次は形を整える。

幅一メートル。

長さ一・六メートル。

深さ六十センチ。

大きな浴槽を少しずつ形作っていく。

そして、内側には防水処理を施す。

さらに外側は二重構造にした。

「ここに断熱材を入れて……」

錬金術で作った軽石状の素材を隙間に詰める。

「これなら、お湯が冷めにくいはず」

ようやく浴槽が完成した。

沙樹は満足げに眺める。

「よし!」

ところが。

持ち上げようとした瞬間。

「……重い」

びくともしない。

「…………」

もう一度、力を込める。

「んんんっ……!」

動かない。

「無理」

沙樹はあっさり諦めた。

浴槽そのものは作れても、運ぶことまでは錬金術では解決できない。

そこで今度は、小さな台車を作ることにした。

車輪を四つ。

丈夫な木枠。

浴槽を固定するための支え。

「これなら……」

浴槽を台車に乗せる。

ギシッ。

「大丈夫そう」

ゆっくり押す。

ゴロゴロゴロ。

「よし、動いた!」

なんとか設置場所まで運び込む。

次は浴室の床だ。

石を敷き、その下に排水管を通す。

「排水管は……陶器でいいかな」

細長い管を錬金術で作り、床下へ埋め込む。

その先は、浴室の外にある排水溝へつなげる。

さらに、浴槽の近くに排水口を設置する。

「これで、湯を抜けば……」

沙樹は試しに水を少し流してみた。

ジャーッ。

水が床を流れていく。

そして排水口へ。

「成功!」

……と思った。

だが。

「……あれ?」

よく見ると、床の隅に水が少し残っている。

「傾斜が足りないか」

沙樹は床を削った。

もう一度、水を流す。

ジャーッ。

今度は水が綺麗に排水口へ流れていった。

「よし!」

一つずつ問題を潰していく。

次は給水だ。

壁に細い管を通し、近くの水源から水を引き込む。

浴槽につながる配管を設置する。

「水はこれでいい」

蛇口を取り付ける。

だが――。

「問題は、お湯だよね」

沙樹は魔石を取り出した。

まず、水を通す管を作る。

その周囲に、熱を発生させる魔石を配置する。

「これで水を温める」

しかし、ここで別の問題がある。

「温めすぎたら危ない」

そこで、温度を感知する小さな魔石を追加した。

水温が四十度を超えたら加熱停止。

三十八度まで下がったら、再び加熱する。

「これで自動調整できる」

前世でいうところの給湯器だ。

沙樹は少し緊張しながら、蛇口をひねった。

ジャーッ。

最初は冷たい水が出てくる。

「まだ冷たい」

しばらく待つ。

少しずつ温度が上がっていく。

「……お」

沙樹は手を入れてみた。

「温かい」

温度計を見る。

「三十八度」

「成功!」

思わず笑みがこぼれる。

「これなら、いちいち薪を燃やさなくてもいい」

だが、まだ終わりではない。

最後に残っているのは換気だ。

浴室に湿気がこもれば、カビや腐食の原因になる。

沙樹は壁の上部に小さな換気口を作った。

さらに窓も一つ取り付ける。

「これで空気が抜ける」

壁には防水処理。

床にも防水処理。

木材には腐食防止。

照明には小さな光魔石。

そして――。

「……完成」

朝から始めた作業は、気づけば夕方になっていた。

沙樹は浴室の入口に立ち、完成したばかりの浴室を眺める。

小さな浴室。

白い陶器の浴槽。

洗い場。

蛇口。

排水口。

換気窓。

壁には淡く光る魔石。

豪華ではない。

けれど。

「……十分」

沙樹は嬉しそうに笑った。

さっそく浴槽にお湯を張る。

ゴボゴボゴボ……。

温かい湯が、少しずつ浴槽を満たしていく。

沙樹は服を脱ぎ、ゆっくりと湯船に入った。

「やった!」

思わず拳を握る。

「これで毎日風呂に入れる」

肩まで湯に浸かる。

「……あぁ」

目を閉じる。

温かい。

柔らかい。

身体の力が、ゆっくり抜けていく。

「最高……」

しばらく何も考えなかった。

仕事のことも。

前世のことも。

これからのことも。

ただ、温かい湯に浸かっていた。

そして沙樹は思った。

「やっぱり……お風呂は必要だよね」

異世界に転生して。

錬金術を手に入れて。

最初に作ったものは石鹸。

そして次に作ったものは――。

自分が毎日快適に暮らすためのお風呂だった。

十分後。

「……最高」

二十分後。

「出たくない」

三十分後。

「異世界転生、最高かもしれない」

沙樹は完全にスローライフを満喫していた。

――そして翌朝。

沙樹が朝食を終え、工房の片付けをしていると――。

コンコン。

扉を叩く音がした。

「はーい?」

沙樹が扉を開ける。

そこに立っていたのは、昨日の市場の店主だった。

その隣には、見知らぬ女性が三人いる。

「おはようございます」

「おはようございます……?」

沙樹は首を傾げた。

女性たちは、沙樹を見るなり顔を見合わせている。

「本当にこの子?」

「昨日の石鹸を作った子?」

「そうらしいわ」

どうやら、自分について何か話していたらしい。

「何か用ですか?」

沙樹が尋ねると、一番年上らしい女性が一歩前に出た。

「昨日の石鹸……まだありますか?」

「あ、ありますよ」

沙樹は工房の棚から石鹸を取り出した。

女性は受け取ると、目を輝かせた。

「これよ!」

「使ってみたら、手がすごくすべすべになったの」

「香りもいいのよ」

「昨日買った一個なんて、家族で取り合いになったわ」

「そこまでですか?」

沙樹は苦笑した。

「じゃあ、もう少し作りますよ」

「本当ですか!?」

三人の声が揃った。

「はい。一個、銅貨三枚です」

その瞬間。

女性たちが固まった。

「……本当に?」

「はい」

「十個ください!」

「私は二十個!」

「私は……三十個!」

「え?」

沙樹は目を丸くした。

「そんなに使います?」

「使うわよ!」

「家族全員で使うんだから!」

「友達にも配るわ!」

「ええと……」

沙樹が困っている間にも、話を聞きつけた人が集まってくる。

工房の前が、少しずつ騒がしくなっていった。

「石鹸を売ってるって?」

「昨日、市場で売ってたやつか?」

「安いらしいぞ」

「香りがいいって聞いたぞ」

「一個くれ!」

「俺にも!」

「ちょっと待ってください!」

沙樹は慌てて声を上げた。

「順番にお願いします!」

結局、その日の午前中だけで、作っておいた石鹸はすべて売り切れた。

「……」

昼過ぎ。

客がいなくなった工房で、沙樹は床に座り込んでいた。

机の上には、大量の銅貨が並んでいる。

「こんなに売れるとは思わなかった……」

一個、銅貨三枚。

百個売れば、銅貨三百枚。

銀貨三枚相当になる。

生活費としては十分だ。

「これなら、そんなに働かなくても生活できる」

沙樹は満足そうに笑った。

異世界に来てまで、仕事漬けの生活をするつもりはない。

ほどほどに作って。

ほどほどに売って。

あとはのんびり暮らす。

それが理想だった。

――ところが。

その日の夕方。

コンコン。

また工房の扉が叩かれた。

「はい?」

扉を開ける。

そこに立っていたのは、朝に石鹸を買っていった女性だった。

「こんにちは」

「こんにちは」

「今日は石鹸じゃないの」

「?」

女性は、沙樹の髪をじっと見つめていた。

「その髪……」

「はい?」

「すごく綺麗ね」

沙樹は自分の髪に触れた。

「ああ、これですか?」

昨日作ったシャンプーを使ったおかげだ。

「自分で作ったシャンプーで洗ってるんです」

「……シャンプー?」

女性の目が輝いた。

「それ、何?」

沙樹は一瞬、嫌な予感がした。

だが、もう遅い。

「えっと……髪を洗うためのものです」

「石鹸とは違うの?」

「はい。髪を洗いやすいように作ってあります」

「売ってる?」

「……まだ売ってません」

「作れる?」

「作れます」

「いくら?」

「え?」

女性は真剣な顔で言った。

「いくらでも払うわ」

「…………」

沙樹は固まった。

そして、心の中で呟く。

――これは。

――もしかして、商売になる?

その夜。

沙樹は工房の机に材料を並べた。

植物油。

香草。

水。

石鹸の材料。

そして、昼間に作ったシャンプー。

「……シャンプーだけじゃ足りないよね」

前世の記憶を思い出す。

シャンプーの後には――。

「リンスも作ろう」

さらに。

洗顔料。

化粧水。

ハンドクリーム。

歯磨き粉。

制汗剤。

次々と頭に浮かんでくる。

「…………」

沙樹は頭を抱えた。

「作れるもの、多すぎない?」

前世では、当たり前に店で買っていたもの。

それを錬金術で作れる。

しかも、この世界ではまだ一般的ではない。

「……まあ、少しずつ作ればいいか」

沙樹は気楽に考えた。

自分が快適に暮らせれば、それでいい。

そう思っていた。

――そのとき。

「沙樹ちゃーん!」

外から声が聞こえた。

「……?」

近所に住む女性の声だった。

「いるー?」

「はーい!」

沙樹は返事をして、工房の扉を開ける。

「どうしました?」

女性は沙樹の顔を見るなり、首を傾げた。

「さっきから、この辺りから白い煙みたいなのが出てるんだけど……」

「え?」

沙樹は振り返る。

工房の裏手。

そこには、浴室の換気口から白い湯気が立ち上っていた。

「ああ……」

しまった。

「何してるの?」

女性が不思議そうに尋ねる。

沙樹は少し迷ってから答えた。

「お風呂を作りました」

「……お風呂?」

「はい」

女性の目が丸くなる。

「家に?」

「はい」

「毎日?」

「毎日入るつもりです」

「お湯はどうするの?」

「魔石で温めます」

「…………」

女性はしばらく黙り込んだ。

そして。

「ちょっと、中を見せてもらってもいい?」

「え?」

「お願い」

「いや……まだ使ったばかりなので、ちょっと濡れてますよ?」

「浴槽だけでも!」

「えぇ……」

沙樹は困った。

だが、女性の目は完全に好奇心で輝いている。

仕方なく、沙樹は浴室へ案内した。

「これが……お風呂?」

女性は浴室に入った瞬間、言葉を失った。

白い陶器の浴槽。

蛇口。

水が流れる傾斜のついた床。

壁には淡く光る魔石。

「……家の中で?」

「はい」

「こんなに温かいお湯に?」

「はい」

女性は浴槽に恐る恐る手を入れた。

「……温かい」

「三十八度くらいです」

「毎日?」

「はい」

女性はしばらく浴槽を見つめていた。

そして、小さく呟く。

「……欲しい」

「え?」

「私の家にも、これが欲しい」

「…………」

沙樹は固まった。

しかし、このときの沙樹はまだ知らなかった。

この世界では――。

「毎日、自宅で温かい風呂に入る」

という生活そのものが、庶民にとって非常に珍しいことだった。

そして翌朝。

「沙樹ちゃーん!」

「いるー?」

「昨日のお風呂なんだけど!」

工房の扉を開けた沙樹は、目を疑った。

そこには、昨日とは比べものにならないほどの人が立っていた。

「私の家にも作って!」

「うちにもお願い!」

「うちは二人用で!」

「うちは子供も入れるようにして!」

「魔石でお湯を温めるやつも欲しい!」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

沙樹は必死に両手を振った。

「順番にしてください!」

昨日まで沙樹が欲しかったのは、ただ一つ。

自分が毎日、快適に暮らせるお風呂だった。

それだけだった。

なのに。

「お風呂、一軒いくらで作れる?」

「材料費は?」

「魔石はどのくらい使うの?」

「うちにも作ってくれる?」

気づけば、沙樹は大勢の人に囲まれていた。

「…………」

沙樹は遠い目をした。

――私、スローライフをするために転生したんじゃなかったっけ?

異世界でのスローライフ。

そのはずだった。

しかし、沙樹の錬金術は。

石鹸を売り、シャンプーを生み、

そして今度は

「家庭用のお風呂」

まで商品にしようとしていた。

沙樹の知らないところで。

彼女の工房は、少しずつ町の暮らしそのものを変え始めていた。


挿絵(By みてみん)

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