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転生したので田舎で錬金工房を始めます ~地味な生活用品を作っていたら、なぜか王都で大騒ぎになりました~  作者: レモンティー


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■第四話 弟子を取ったら、もっと忙しくなった

「……弟子を取ろう」

朝。

工房の机に突っ伏しながら、沙樹は呟いた。

昨日だけで、お風呂の注文が十件以上入った。

今日も朝から、

「お風呂を作ってほしい」

「うちにも魔法のお湯を!」

「いつ頃できますか?」

そんな声が工房の外から聞こえてくる。

「これ、私一人じゃ無理だよね……」

石鹸なら、一人で作れる。

シャンプーも、一人で作れる。

けれど、お風呂は違う。

地面を掘る。

排水管を設置する。

床を作る。

壁を作る。

浴槽を運ぶ。

給水管をつなぐ。

魔法石を取り付ける。

最後に水を入れて、漏水がないか確認する。

一軒作るだけでも、それなりに手間がかかる。

「しかも……」

沙樹は注文書の山を見る。

「このままだと、私がずっとお風呂を作ってるだけの人生になる」

それは違う。

沙樹が欲しいのは、

スローライフ。

働かないという意味ではない。

自分の好きなことをしながら、余裕を持って暮らす生活だ。

毎日朝から晩まで浴槽を作る生活ではない。

「よし」

沙樹は立ち上がった。

「人を雇おう」

そう決めた直後だった。

工房の扉が開いた。

「沙樹!」

入ってきたのは、昨日お風呂を作った家の主人だった。

「どうしたんですか?」

「うちの風呂を見た近所の連中が、全員欲しがってる!」

「……でしょうね」

予想通りだった。

「それでな、俺も手伝う!」

「え?」

「昨日、お前さんが風呂を作ってるところを見ていたんだ。俺は木工ならできる。何か役に立てるだろ?」

沙樹は少し考えた。

確かに、昨日の工事でも木材を加工する作業があった。

浴室の扉。

窓枠。

床の補強。

木工ができる人がいれば助かる。

「じゃあ……お願いします」

「本当か!」

「ただし、一つ条件があります」

「なんだ?」

「私のやり方を覚えてもらいます」

「もちろんだ!」

こうして、沙樹は最初の弟子を取ることになった。

名前はトーマ。

三十歳くらいの木工職人だった。

腕は悪くない。

むしろかなり器用だった。

ただし。

「……トーマさん」

「なんだ?」

「これ、三センチずれてます」

「え?」

「三センチです」

「そんなに?」

「そんなにです」

浴室では三センチのズレでも結構大きい。

特に排水。

水は正直だ。

床が傾いていれば、必ず低いところへ流れる。

「お風呂作りは、勘より測定です」

沙樹は木の定規を見せた。

「幅」

「一メートル」

「奥行き」

「一・六メートル」

「床の傾き」

「奥に向かって……」

トーマが考える。

「一メートルにつき一センチ?」

「正解です」

「細かいな……」

「細かいから、水がちゃんと排水されるんです」

沙樹は床に水を少し流した。

水は、

さらさら……

と排水口へ向かって流れていった。

「おお……」

トーマが感心する。

「こういう小さいところを全部揃えるんです」

沙樹はさらに説明した。

「浴槽そのものは私が作れます。でも、それ以外は普通の職人さんでも作れるようにしたい」

「つまり?」

「私がいなくても、お風呂が作れるようにします」

トーマは目を丸くした。

「そんなことができるのか?」

「できます」

沙樹は机の上に大量の図面を広げた。

そこには、

浴槽。

排水管。

給水管。

魔法石。

温度調整石。

断熱材。

換気窓。

扉。

それぞれの寸法が細かく書かれている。

「全部、規格を決めます」

「規格?」

「はい」

沙樹は説明した。

「浴槽は一人用なら幅一メートル、長さ一・六メートル。二人用なら幅一・二メートル、長さ一・八メートル」

「なるほど」

「排水管の太さも統一。給水管も統一。魔法石の取り付け位置も統一します」

「つまり、毎回ゼロから作らない」

「そういうことです」

沙樹は笑った。

「部品を先に作っておけば、現場では組み立てるだけになります」

トーマは図面を見つめた。

「……なるほどな」

今まで職人というものは、現場で寸法を測り、その家に合わせて一つ一つ作るものだった。

だが沙樹は違う。

最初に同じ形を大量に作る。

そして現場では組み立てる。

「これなら、俺でもできそうだ」

「できます」

「じゃあ、やってみよう」

その日から、工房の一角が浴槽工場になった。

沙樹は粘土を錬成する。

「錬成」

ぐにゃり。

粘土が形を変える。

浴槽の形になる。

表面を滑らかにする。

内部を強化する。

防水処理をする。

断熱層を作る。

「完成」

一つ。

二つ。

三つ。

四つ。

浴槽が並んでいく。

トーマはそれを見ながら呆れていた。

「……相変わらず、とんでもないな」

「錬金術って便利ですよ」

「便利すぎるだろ」

一方、トーマは木材を加工する。

扉。

窓枠。

棚。

浴室用の小さな腰掛け。

そして、魔法石を固定する台。

「これなら普通の木工で作れる」

「そうです」

「つまり、全部が錬金術じゃないんだな」

「もちろんです」

沙樹は頷いた。

「普通の人ができるところは普通の人にやってもらいます」

その考え方は重要だった。

沙樹しかできない作業ばかりにしてしまえば、いつまで経っても沙樹から仕事が離れない。

だから、

沙樹にしかできない作業。

誰でもできる作業。

職人に任せる作業。

それを分ける。

「……これなら本当に、私が現場に行かなくてもよくなるかも」

沙樹は嬉しくなった。

そして、その翌日。

二人目の人間がやってきた。

「俺も雇ってくれ!」

「……誰ですか?」

「石工だ!」

大柄な男だった。

名前はガルド。

石積みと配管工事をしている職人だった。

「昨日作った風呂を見た」

「はい」

「排水がすごかった」

「ありがとうございます」

「俺にも作らせてくれ!」

沙樹は少し考えた。

「じゃあ、試験をしましょう」

「試験?」

「この床に排水管を設置してください」

沙樹は木の板に印をつけた。

「水が全部ここに流れるように」

「任せろ」

ガルドは工具を取り出した。

トーマも横から見ている。

しばらくして。

「できたぞ!」

「じゃあ、水を流しますね」

沙樹が桶から水を流した。

水は床を走り、

排水口へ。

……ところが。

一部の水が端に残った。

「……」

「……」

ガルドが固まった。

「少し残りましたね」

「どこだ?」

沙樹はしゃがみ込んだ。

「ここです」

「ほんの少しじゃないか」

「お風呂では、その少しがカビの原因になります」

「なるほど」

沙樹は木の板を使って床を少し削った。

「もう一度」

今度は、

さらさら……

水が全部排水口へ流れていった。

「完璧です」

ガルドは悔しそうに笑った。

「……面白いな」

「でしょう?」

「よし。俺も弟子になる」

「弟子というより職人さんですけどね」

こうして、沙樹の工房には三人が集まることになった。

沙樹。

トーマ。

ガルド。

そして三人で最初の「量産型家庭風呂」を作る。

浴槽。

排水。

給水。

魔法石。

温度調整石。

断熱材。

換気。

照明。

必要な部品を全部揃えた。

沙樹は最後に一枚の紙を取り出した。

「これを見てください」

そこには手順が書かれていた。

一、設置場所を確認。

二、排水位置を決める。

三、床を作る。

四、排水管を設置。

五、壁を作る。

六、浴槽を設置。

七、給水管を接続。

八、魔法石を設置。

九、漏水検査。

十、温度検査。

「十個だけ?」

トーマが驚いた。

「基本工程はこれだけです」

「……本当にこれで風呂ができるのか?」

「できます」

「じゃあ、やってみよう」

三人で作業を始めた。

最初は遅かった。

二時間。

三時間。

四時間。

それでも、一軒目の時より圧倒的に早い。

そして夕方。

「完成!」

新しい浴室が完成した。

水を入れる。

魔法石が起動する。

ぽう……

温度が上がっていく。

三十度。

三十五度。

三十八度。

そこで止まった。

「完璧です」

トーマが感心する。

「これ、俺一人でも作れるようになりそうだな」

「そうなってください」

「え?」

「私が目指しているのはそこです」

沙樹は笑った。

「私がいなくても、お風呂が完成する状態」

その言葉を聞いて、トーマは少し考えた。

「それって……すごいことじゃないか?」

「そうですか?」

「だって、今まで風呂を作るには、職人を何人も呼んで、一から作る必要があった」

「はい」

「でもこれなら、決められた部品を持っていって組み立てればいい」

「はい」

「だったら……」

トーマは外を見た。

そこには注文を待つ人たちが並んでいた。

十人。

二十人。

いや。

もっといる。

「……これ、町中の家に作れるんじゃないか?」

「え?」

沙樹の動きが止まった。

「いや、だから……」

トーマが続ける。

「このやり方なら、俺たち以外の職人にも教えられる」

「……」

「部品を作る工房と、取り付ける職人を分けてもいい」

「……」

「そうしたら、もっと早く作れる」

沙樹は黙った。

頭の中で計算する。

一軒。

二軒。

十軒。

百軒。

「……」

沙樹はゆっくり首を振った。

「いやいや」

「どうした?」

「私は、のんびり暮らしたいんです」

「うん」

「町中にお風呂を作る事業とか、そういう大げさなのは……」

外から声が聞こえた。

「沙樹ちゃん!」

「お風呂、まだー!」

「うちも注文したい!」

「うちは二人用で!」

「うちは三人!」

「子供が四人いるから大きいのを!」

沙樹は窓の外を見た。

長い行列。

その先には、さらに人が並んでいる。

「…………」

トーマが苦笑した。

「人気者だな」

「嬉しくない……」

「昨日まで『お風呂を作ってほしい』って言われて喜んでただろ」

「昨日は十軒だったんです」

「今日は?」

沙樹は注文書を数えた。

「……三十七軒」

「増えたな」

「増えすぎです!」

沙樹は机に突っ伏した。

「私は……」

小さな声で呟く。

「静かに暮らしたかっただけなのに……」

しかし。

その日の夜。

沙樹は一つのことに気づいた。

お風呂が普及すれば。

石鹸が売れる。

シャンプーも売れる。

タオルも必要になる。

浴室用の椅子。

桶。

洗面器。

掃除道具。

そして――

「……もしかして」

沙樹は目を輝かせた。

「お風呂の周辺商品、全部売れるんじゃ……?」

静かな夜。

工房の明かりの下で。

沙樹は新しい紙を一枚取り出した。

そして、その紙の一番上に書いた。

『お風呂用品一覧』

その下には、

石鹸。

シャンプー。

リンス。

タオル。

桶。

洗面器。

浴室用ブラシ。

香り袋。

入浴剤。

沙樹はペンを止めた。

「……あれ?」

自分でも気づいていなかった。

お風呂を一軒作っただけのはずなのに。

いつの間にか新しい商売が始まっていた。


挿絵(By みてみん)

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