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転生したので田舎で錬金工房を始めます ~地味な生活用品を作っていたら、なぜか王都で大騒ぎになりました~  作者: レモンティー


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■第二十八話 石鹸を売ったら水が足りなくなった

「次は、水だ」

沙樹がそう言ってから。

三日後。

内田生活工房に、一通の報告書が届いた。

差出人は王都の衛生担当官だった。

『普及石鹸の使用量が急増している』

『学校、宿屋、軍施設、食堂などで水の使用量が増加』

『一部の共同水場で混雑が発生』

沙樹は報告書を読みながら、眉を寄せた。

「やっぱり……」

トーマが尋ねる。

「何がです?」

「石鹸を普及させれば、水も必要になる」

「当たり前では?」

「そうなんだけど」

沙樹は王都の地図を広げた。

「水を使った後は?」

トーマが黙った。

「……捨てます」

「どこに?」

「川……とか?」

沙樹は頷いた。

「そこが問題」

王都には水路がある。

井戸もある。

川もある。

しかし。

大量の生活排水を処理する仕組みは、ほとんど存在していなかった。

洗濯した水。

食器を洗った水。

風呂の水。

掃除した水。

それらが。

そのまま街の外へ流れている。

「上流で使った水を」

沙樹は地図を指でなぞる。

「下流の人が飲むことになったら?」

トーマの顔が険しくなる。

「……まずいですね」

「そう」

沙樹は頷いた。

「石鹸だけ普及させても、水が汚れたら意味がない」

その日の午後。

沙樹は王都の水場を視察することになった。

共同井戸。

洗濯場。

市場。

軍施設。

そして。

川沿い。

目に入ったのは。

洗濯をする人々。

食器を洗う店。

水を汲む住民。

そして。

川へ流れ込む排水。

沙樹は腕を組んだ。

「……これは大きな問題だ」

トーマが言う。

「でも、どうするんです?」

「まず分ける」

「何を?」

「飲み水と、生活排水」

沙樹は地面に棒で簡単な図を描いた。

「飲む水は、できるだけ汚さない」

「使った水は、別の経路で流す」

「そして」

「汚れた水をそのまま川に流さない」

トーマが目を丸くする。

「そんなことできるんですか?」

「できるかどうかじゃなくて」

沙樹は笑った。

「作るんだよ」

まず。

王都の水源を調査する。

井戸。

泉。

河川。

貯水池。

水路。

それぞれの場所を地図に記録する。

次に。

水質を確認する。

「水の透明度だけじゃ駄目」

沙樹は説明した。

「見た目が綺麗でも、安全とは限らない」

そこで内田生活工房は新しい部署を作った。

『水質調査班』

担当するのは。

水源の調査。

水の状態の記録。

異常の発見。

そして各地域の水利用状況の把握。

さらに商会とギルドにも声をかけた。

「今度は何を作るんです?」

配管工事を請け負う商会。

石造りの水路を作る石工ギルド。

木管を作る木工職人。

金属管を作る金属加工ギルド。

貯水槽を作る建築業者。

仕事は一気に増えた。

「水を運ぶ商会も必要だな」

沙樹が言う。

「水まで商品にするんですか?」

トーマが驚く。

「全部じゃないよ」

沙樹は笑った。

「でも、水が足りない地域には必要」

そして。

王都で最初の試験設備が作られた。

大きな貯水槽。

そこから。

水路を通して。

共同水場へ送る。

さらに。

使用後の水は別の排水路へ流す。

「これなら」

沙樹は図面を見る。

「飲み水と排水を分けられる」

石工ギルドの職人が尋ねた。

「しかし、排水はどこへ?」

「処理してから流す」

「処理?」

沙樹は頷いた。

沈殿。

ろ過。

そして必要に応じた消毒。

いきなり完璧な設備を作ることはできない。

だから。

できるところから始める。

まずは。

大きなゴミを取り除く。

次に。

泥や細かな汚れを沈ませる。

その後。

ろ過する。

最後に。

用途に応じて適切な処理をする。

「水道を作るだけじゃない」

沙樹は説明した。

「水を綺麗にする仕組みと、使った水を処理する仕組みを一緒に作る」

その言葉に。

ギルド長が頷いた。

「つまり、水路だけでは完成ではない、と」

「そういうこと」

やがて。

王都の一角に。

新しい共同水場が完成した。

蛇口をひねる。

水が出る。

住民たちが驚いた。

「水が出た!」

「わざわざ井戸まで行かなくていいのか?」

「しかも綺麗だ!」

子供たちまで集まってくる。

沙樹はその様子を眺めていた。

そして一人の母親が子供の手を洗っているのが目に入った。

石鹸を使う。

手を洗う。

水で流す。

そして。

清潔な布で拭く。

沙樹は小さく笑った。

「これだ」

トーマが聞く。

「何がです?」

「石鹸だけじゃない」

「水だけでもない」

「両方が必要なんだよ」

そして。

さらに一つ。

『手洗い場』

という設備を各地に設置することになった。

学校。

病院。

軍施設。

市場。

食堂。

宿屋。

人が集まる場所には。

できるだけ水と石鹸を置く。

最初は。

「そんなもの必要なのか?」

という声もあった。

しかし使ってみれば便利だった。

わざわざ遠くの井戸まで行かなくていい。

水を汲んで運ぶ必要も減る。

手を洗える。

食器を洗える。

清掃もできる。

そして石鹸も使いやすい。

「……売れる」

トーマが呟いた。

沙樹は笑った。

「そこ?」

「だって商売ですから」

「まあ、そうだけど」

水場が増える。

石鹸が売れる。

石鹸が売れる。

水の需要が増える。

水の需要が増える。

水路が整備される。

水路が整備される。

排水設備が必要になる。

排水設備が必要になる。

新しい商会が仕事を受ける。

新しいギルドが仕事を受ける。

そして。

さらに多くの人間が衛生用品を使うようになる。

一つの商品から。

産業が広がっていく。

沙樹はその流れを帳簿に書き込んだ。

『衛生産業』

その下に。

石鹸。

洗剤。

洗浄用品。

足部衛生用品。

水道設備。

排水設備。

水質検査。

「……ものすごいことになってきたね」

トーマが笑う。

「最初は石鹸一個だったのに」

「うん」

沙樹も笑った。

「でも、まだ足りない」

「まだ?」

沙樹は王都の地図を見る。

「水道があっても」

「排水設備があっても」

「水源そのものが汚染されたら終わり」

トーマが黙る。

沙樹は赤い印を付けていく。

市場。

皮革工房。

染色工房。

鍛冶場。

そして人が密集して暮らす地域。

「産業排水」

沙樹が呟いた。

「これも管理しないと」

ちょうどそのとき工房の扉が開いた。

「沙樹さん!」

職人が駆け込んでくる。

「どうしたの?」

「王都の商業組合から急ぎの依頼です!」

「今度は何?」

職人が息を整える。

「工房や工場から出る汚水をどう処理するか、相談したいそうです」

沙樹は天井を見上げた。

「……やっぱり来たか」

トーマが苦笑する。

「水を綺麗にしたら、今度は汚す側の問題ですね」

沙樹は地図を見つめる。

そして新しい紙を一枚取り出した。

そこに大きく書く。

『第二次・生活衛生計画』

その下に『産業排水』と書き込んだ。

石鹸から始まった仕事は。

ついに街そのものを変え始めていた。

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