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46話【教育】優雅な暴力

――弱者でいては守れないという直感が、俺の理性を焼き切った。


それは暴走ではない。リズを一人にしないという約束を守り抜くため、俺は自らの意志で、怪物(バケモノ)の檻を内側から蹴り破ったのだ。

俺の全身を駆け巡る魔力が、戦いの開始を告げる鼓動となって、肺の空気をすべて吐き出させた。


「――おおぉぉおおおおおぉぉぉおぉっ!!」


俺は地面を蹴り上げた。

迅雷纏装(ボルト・アクセル)】による加速。

影から引き抜いた漆黒の魔剣が、空気を切り裂き、黒い稲妻を撒き散らしながら彼女の首筋へと(はし)る。

ギルドに捕捉されるリスク、正体を隠すためのカモフラージュ……そんな人間の計算はすべて捨てた。

ただ一点。目の前の深淵に、この刃を届かせ、生き残る。

その一心で、俺は魂のギアを限界の先へと叩き込んだ。


キィィィィィィン!!


だが、俺の最高速度の銀光は、彼女の喉元数センチの場所で、見えない壁に阻まれた。

レヴィは、指先一本さえ動かしていない。

ただ、彼女の圧倒的な力量差と、その高ステータスからあふれ出す魔力が周囲に展開され、目に見えるほど高密度の障壁が、俺の魔剣を無造作に拒絶していた。


「あら、速いけれど……真っ直ぐすぎて読みやすいわ。魔力の指向性がバレバレよ、カイトくん」


レヴィが、艶やかな唇を歪めて笑った。

彼女が、優雅な所作で右手を振り抜く。ただの横薙ぎ。だが、それは空間そのものを物理的な塊としてぶつけてくるような、圧倒的な質量攻撃だった。


「が、はっ……!?」


防御に回した左腕が、骨の(きし)む音を立てる。レヴィの攻撃とも呼べないような動作は、【金剛鉱殻(アダマント・シェル)+6】と【衝撃分散 +10(MAX)】を持つ俺の防御力を(やす)々と超えてきた。

俺の身体は、まるで巨人に叩きつけられた紙屑のように吹き飛び、石造りの壁へと叩きつけられた。

背後の壁が爆散し、肺の中の空力が強制的に絞り出される。


「攻撃を外した後の判断が遅いわ。思考が加速していても、同格以上との戦いでは、その遅さは致命的なミスになるの。それに、魔力の変換効率もよくないわよ? せっかくの【暴食(ベルゼブブ)】の出力が、余計な動きで逃げてしまっているわ」


レヴィは悠然と歩み寄ってくる。

その足音一つ一つが、俺の心臓に直接杭を打ち込むような重圧となって響く。

俺は口内の血を吐き捨て、震える足で立ち上がった。


(……一筋縄じゃいかないのは分かってる。なら、これならどうだ!)


俺は再び地を蹴り、空中で魔剣を再構成する。

右手の剣には【地獄の業火(ヘル・ブレイズ)】を、左手の剣には【氷界の福音(アブソリュート・ゼロ)】を。

相反する極大のエネルギーを、強引に【魔導溶解腐食液 +10(MAX)】の触媒で繋ぎ合わせ、漆黒の刃に紅蓮と蒼白の螺旋を纏わせる。


「はあああぁぁぁ!」


熱膨張と収縮を繰り返す不安定な爆発力を乗せた双剣。触れるものすべてを砕き、焼き、凍らせる混沌の魔刃をレヴィの頭上に叩き込んだ。


「あら、出力だけは一人前なのね。……でも、詰めが甘いわ」


レヴィは眉一つ動かさず、ただ指先で空中に円を描いた。

それだけで、俺の魔剣を構成していた熱気と冷気が、まるで(しつ)けられた子犬のように彼女の指先に吸い込まれ、霧散したのだ。


「まだまだっ……ッ!」


俺は攻撃を止めない。さらにギアを上げていく。

即座に【魔力暴食(マナ・ドレイン) +10(MAX)】を全身に展開し、彼女が纏う圧倒的な魔力の衣を強引に剥ぎ取ろうと試みる。彼女の防御さえ崩せれば、勝機はある。


だが――。


(……なっ、なんだこれ!? 底が見えない……!)


吸い上げようとした瞬間、逆に俺の意識が吸い込まれそうになった。

彼女の魔力は、井戸どころか、巨大な深海だ。ストローで海を飲み干そうとするような絶望的なまでの質量差。


「無駄よ。私の魔力密度は、目覚めたばかりの今の貴方の権能では、とても消化しきれないわ」


レヴィの瞳に、冷ややかな色が過る。

その瞬間、彼女の膝が、俺のみぞおちを正確に、そして容赦なく抉り上げた。


ドシュッ!!


意識が白濁する。

だが、レヴィの攻勢は止まらない。

彼女は、まるでダンスでも踊るような軽やかなステップで、俺の四肢を、関節を、急所を、確実に撃ち抜いていく。


「これは甘いわね」


ドン、と背中に衝撃。

振り返る間もなく、俺は地面に転がりそうになるのを強引に踏みとどまり、影から【黒雷の連鎖(チェイン・ヴォルト)】による死角からの不意打ち――だが、レヴィは背を向けたまま、ヒールの先で正確にその魔力を踏み潰した。


「……っ!?」


「魔力の立ち上がりが遅いわ。予備動作で|《《》》次|《《》》を教えてどうするの?」


返す刀で、彼女の掌底が俺の脇腹を抉る。


「ここは無駄だわ」


バキィッ、と肋骨が悲鳴を上げる。

俺は痛みを無視し、【停滞の領域ステイシス・フィールド】を自分の周囲に展開。彼女のヒールが鼻先に迫った瞬間、時間をコンマ数秒だけ遅延させ、その隙に彼女の手首を掴もうと指を伸ばした。


だが、俺の指先が彼女に触れるより早く、レヴィは俺の停滞そのものを踏み越えてきた。


「出力不足ね。私の理を上書きしたいなら、命ごと乗せなさいな」


「ぐ……っ!!」


顎を蹴り上げられ、視界が火花を散らす。

真理の眼(エピタフ)】が未来を見せている。コンマ数秒後、彼女が次にどう動くのか。

分かっている。見えている。なのに、身体が、魔力の循環が、彼女の速度に追いつかない。


「未来が見えることと、それを回避できることは全くの別物よ。……そして、これはお仕置きね」


レヴィが優雅に指を鳴らした瞬間、俺の周囲の空気が物理的な質量を持って爆ぜ、俺は吹き飛ばされた。


バキッ、バキッ、と鈍い音が、静まり返った広間に響き渡る。

手加減はされている。俺が死なないように。

だが、その一撃一撃は、確実に俺の動きを封じ、激痛を魂に刻み込む。

ボロボロのポーター服はさらに引き裂かれ、俺の身体は自分の血で赤く染まっていく。

【超再生組織 +10(MAX)】で傷自体はすぐに塞がっていくが、ダメージの蓄積はそうはいかない。手も足も出ない。文字通り手の上で転がされている。


(……くそっ、これがレヴィ。ユニオンの頂点かよ……!)


俺は血の混じった唾を飲み込み、視界が白濁する中で、レヴィの動きを食い入るように見つめた。

彼女の指導という名の蹂躙(じゅうりん)。その無駄のない魔力操作、関節を抜く角度、空間の掌握……。

痛みにのたうち回りながらも、俺はその技術さえも()らい、己の糧にしようと必死だった。

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