表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/55

47話【執念】届いた暴食の牙

視界の端では【真理の眼(エピタフ)】が処理不能の警告を真っ赤に点滅させ続けている。脳を焼くようなノイズの合間に、俺の心臓を、魂を、内側から叩き壊さんばかりの熱が突き上げてきた。


暴食の王(ベルゼブブ)】――俺の半身であるその権能が、『この程度の相手に手こずるなよ』とでも言うように、猛烈な飢餓感を煽り立てている。


(分かってる。まだ勝つことを諦めちゃいない……。そんなにせっついてくるな。無様に泥を啜ってでも、死中に活を見出してやる!)


俺は一度、【迅雷纏装(ボルト・アクセル)】で爆発的な魔力を足元に集中し、大きく距離を取った。


「あら、もう休憩かしら? 私の授業はまだ終わっていないのだけれど。……折角(せっかく)ここまで足を運んだのだから、もう少し私を楽しませてちょうだい」


レヴィは追撃もせず、艶やかな指先で眼鏡のブリッジを押し上げた。その立ち姿は、戦場の中にあってあまりにも優雅で、あまりにも異質だ。


(奴は俺を殺す気まではない。……だが、そんな保証はどこにもない。次の瞬間には奴の気が変わり、俺の首がゴミのように飛ばされているかもしれない)


その程度で死ぬほど、俺は安く作られてはいないつもりだ。だが、この圧倒的な力量差で攻撃され続ければ、いずれ自己再生の限界を超え、リズを守る盾さえ跡形もなく砕け散る。


(俺の魂にはリズがいる。……絶望の(ふち)から、やっと顔を上げたあいつを、また一人の暗闇に放り出すなんて、死んでもさせるかよ。……俺という怪物が抱えた、たった一つの|《《》》約束|《《》》を、こんな場所で終わらせてたまるか!)


魂の叫びが、限界を超えたアドレナリンを脳に叩き込む。

体内に取り込んできた数多のスキル。それらすべてを、一つの決意という型に流し込む。

俺は全身の神経を逆流させ、魂の最奥にある【暴食の王(ベルゼブブ)】の炉心に、自分自身の命さえも燃料として叩き込んだ。


「……退屈させて悪かったな。だが、ここからが本番だ。みっともなく足掻いてでも、あんたの喉元に牙を立てる。……俺には、絶対に守らなきゃけない|《《》》約束|《《》》があるんでな!」


俺の叫びに呼応し、漆黒の魔力が暴風となって吹き荒れる。

今、この瞬間のために、俺はすべての制約を解除した。


「【特異点の顕現シンギュラリティ・フォーム】――起動」


アズガルドから掠奪(りゃくだつ)した勇者の力が、魔王の闇と混ざり合い、全ステータスを極大まで跳ね上げる。

俺は影の中から【魔剣生成(ブレード・ワークス)】を発動。生成された刃には、俺の根幹スキルである【魔導溶解腐食液 +10】の致死毒と、【暴食(ベルゼブブ)】の飢餓感を限界まで上乗せした。


「【停滞の領域ステイシス・フィールド】」


俺はさらに、自身の周囲の時間を強制的に静止させた。

これは回避のための盾ではない。爆発的な推進力を生むための、車のレースで言うブレーキスタートだ。

その絶対停止の檻の中で、俺は【迅雷纏装(ボルト・アクセル)】を全開に叩き込んだ。

行き場を失った加速エネルギーが、行き止まりの回路で高まった回転数を跳ね上げていく。

魔力の咆哮が脳内を蹂躙(じゅうりん)し、圧縮されたトルクが、俺という器を内側から焼き切らんばかりに膨れ上がった。


レヴィが指摘した魔力の無駄を削ぎ落とし、ただ前進のためだけに、すべての魔力回路をレッドライン寸前まで回す。

パチパチと空間が爆ぜ、停滞した空気の境界線が、極限まで過給された魔力によって白熱していく。


「……今のカイトくんの目、とてもいいわ。だからどうか、私の期待を裏切らないでね」


迎撃姿勢をとるレヴィの表情に、初めて明確な悦びが浮かんだ。

俺は心の中で、全力で踏み込んでいたブレーキを跳ね上げる。

停滞の領域ステイシス・フィールド】、解除。


ドォォォォォォンッ!!


爆発的な初速が、第30層の空気を物理的に叩き割った。

音速という壁さえも置き去りにし、現実の風景がただの線となって網膜から消え去る。

摩擦さえも()らい尽くす、今の俺に出せる最高出力の加速。

俺は一閃の稲妻と化し、死を振り()くレヴィの懐へと肉薄した。


「くらえ!【星彩の断罪ステラ・エグゼキューション】……ッ!!」


天を焦がすほどの光を纏わせたその刃。この攻撃が直撃すれば、レヴィとて無傷では済まないだろう。同時に、その反動で俺自身の肉体も大ダメージを受けかねない、まさに肉を切らせて骨を断つ特攻。


「うーん。残念……、攻撃が真っ直ぐすぎると言ったはずよ。減点ね」


レヴィがわずかに落胆した表情で、魔剣を受け止めようと手を伸ばした。

だが、俺はそこで既に次の手を打っていた。


「【奈落の魔糸(アビス・ストリング)】……!」


加速の極致にありながら、俺は周囲の柱に張り巡らせた魔糸を使い、物理法則を無視した急旋回を敢行。直線の軌道を直角に曲げ、レヴィの視界から一瞬で消え去る。

それでもなお、彼女は首をわずかに傾けるだけで、俺の再加速に反応してきた。


だが、そこが――狙いだ。


(今だ……ッ!!)


俺は魔剣を叩き込む直前、レヴィの周囲数メートルに対してのみ【停滞の領域ステイシス・フィールド】を展開。一瞬、コンマ数秒だけの時間停止を叩き落とす。

さらに【重圧の深淵(アビス・プレッシャー)】による超重力フィールドで彼女の自由を縛る。

動きを止め、反撃を許さず、すべての殺意を込めた魔剣を――彼女の心臓へと叩き込んだ!


「ふふ、少しは工夫したわね。でも、そんな大振り――」


レヴィはそれでも、余裕の笑みを消さなかった。

彼女は停止した時間の中でもなお普通に動き、魔剣を受け止めようと手を伸ばした、その一瞬。


(剣は……(おとり)だ……!)


魔剣から手を放すと同時に、俺は影の中へと沈み、彼女の死角へと移動した。

掴まれた魔剣がレヴィによって砕かれるのと同時。

俺は彼女の背後から、あらゆる権能を右拳の一点に集中させて、飛び出した。

全スキル、全ステータス、そしてリズを守るという執念を込めた、一点突破の奥の手。


「【暴食の審判ベルゼブブ・ジャッジメント】……ッ!!」


ドッ、と空気が爆ぜる。


「あら……?」


レヴィの瞳が、初めて微かな驚愕に揺れた。

彼女は反射的に俺の手首を掴み取ったが、その瞬間、俺の拳から放たれた【暴食(ベルゼブブ)】の顎が空を喰らう勢いで彼女の髪を掠める。


パラパラと、白銀の輝きが宙を舞う。

それは、切断された彼女のプラチナブロンドの髪、数本だった。


「……面白い。最高に面白いわ、カイトくん」


レヴィが、サディスティックな歓喜に満ちた笑みを深く浮かべる。

彼女の手首から伝わってくる圧力が、これまでの遊びとは一線を画す、神話級の質量へと膨れ上がっていった。


「今のカイトくんでは、絶対に勝てないくらいの出力で相手をしていたのに……。まさか戦いの中でこれほどギアを上げてくるとは。私の指導を血肉に変え、この私から一本取ろうとするなんて。やはり【暴食(ベルゼブブ)】を覚醒させた器は、いつも、いつだって興味深いわ」


彼女の碧の瞳が、虹色に、そして残酷なほど美しく輝き始める。

周囲の空間が、彼女の発する魔力だけでミシミシと(きし)み、転移ゲートの台座に巨大な亀裂が入った。

もはや、ただの味見で済みそうな雰囲気ではない。


「いいわ。カイトくんのその、絶対的な信念に敬意を表して。……特別に、私の全力を少しだけ見せてあげるわね」


レヴィの背後に、先ほどよりも巨大な、天をも覆い尽くさんばかりの海龍の幻影が顕現する。

第30層全体が、彼女の吐息一つで、文字通り塵へと還りかねないほどの絶望に包まれた。


ボロボロになった俺の唇が、それでも折れない意志を込めて、狂ったように吊り上がる。


反撃は、始まったばかりだ。

だが、レヴィの力が完全に解放された瞬間――俺の視界は、逃げ場のない純白へと塗り潰されていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ