45話【実力差】プラチナの才女
「……レディの秘密を覗き見ようなんて、ずいぶんと無粋なことするのね」
プラチナブロンドの女性は、眼鏡の奥の碧眼を細め、唇をなぞっていた人差し指を俺に向けて、小悪魔的に微笑んだ。
その仕草は上品でありながら、有無を言わせぬ絶対的な力の誇示でもあった。
(……くそっ、弾かれた、のか? 【真理の眼】が……)
頭痛に顔を歪めながら、俺は内心で考察を加速させる。
このダンジョンに置き去りにされてから、文字通り死ぬ気で魔物を喰らい、ギロチンを屠った。
復讐を優先し、ギロチンとの戦闘後は魔物を狩る量自体は減ったが、経験値6倍の効果もあって、前人未到のレベル帯に突入していながら、ハイペースでレベルは上がり続けていた。
あのLv 40の弱かったポーターから、Lv 135の奈落の王へと至り、自分でもかなり強くなったと思っていた。
だが、やはりまだ、その上には上がいるというのか。
(俺と同じ、大罪ノード保持者か、はたまた美徳ノードの方か。……少なくとも完全に自分より実力は格上。それが痛いほどに伝わってくる)
彼女が纏う空気は、ギロチン・レクスのような死の怨嗟ではない。
世界の理そのものを支配し、都合よく書き換えてしまう、絶対的な王の威光。
俺が【慈悲の王】でマップを塗り替えたような、あの理不尽な権能を、彼女は常時、その身に纏っているのだ。
『カイト……? どうしたんですか? 何が起きているんですか? 酷く動揺されているようですが』
脳内に、魂の揺り籠の中にあるリズの念話が響く。
揺り籠自体は隔離された空間なようで、この来訪者の異常な力はリズに伝わっていないみたいだが、俺の異常に気付き心配してくれているようだ。
「(……ああ、いや、何でもない。……ただ、少し面白い客人が現れただけだ。……何があっても、お前は俺が守る。……だから、心配するな)」
俺は心の中でリズに語りかける。
それは彼女を守るための嘘であり、同時に俺自身への、絶対に譲れない誓いでもあった。
『……はい。あなたがそう言うのなら……信じます。どうか、ご無事で』
リズの気配が、揺り籠の中で静かに鎮まる。
俺は意識を完全に目の前の女性へと集中させた。
恐怖か? 不安か? いや、違う。
俺の唇が、自然と三日月のように吊り上がった。
(……いいぜ。格上だろうが深淵だろうが、俺の前に立ちふさがるというのなら。その代償は高くつくぞ)
腹の底から突き上げてくるのは、恐怖などではない。
純然たる、闘争本能だ。
強敵を喰らうことでしか得られない、あの至高の高揚が、【暴食の王】を震わせている。
俺はポーターとしての弱々しい演技を保ち、怯えるような表情を作りながらも、影の中に漆黒の魔剣――アズガルドの聖剣が昇華された死滅の刃――の柄を、静かに、だが力強く握りしめた。
「あら、力量差は理解したと思っていたのだけれど、まだ戦う意思が折れていないのね。フフッ……そうこなくては」
俺の擬態を見透かすように、レヴィは碧の瞳を細め、少し嬉しそうに微笑んだ。
「一応自己紹介しときましょうか。私はレヴィ。世界冒険者連盟から執行官として来たの。……名目は『神話級変異種』、あるいは『超越者』の調査。……ええ、カイトくん。貴方のことよ」
(ユニオンの……レヴィ……?)
その名を聞いて、俺の記憶の奥にある知識が蘇る。
世界中の冒険者を統括するユニオン、その中でもトップクラスの地位にあり、現在のギルドのシステムや、種子センサー、ドローンの技術など、数多くのギルド関連技術を確立した、稀代の才女。
「……生きる伝説とまで呼ばれる、ユニオンの最高顧問にお目にかかれるとは光栄だな」
「あら、勤勉なのね。……私のことを知っていてくれてるなんて、嬉しいわ」
俺の皮肉も意に介さず、彼女はニコニコと笑いかけた。
「元々、貴方に危害を加えるつもりはなかったのだけれど……。ふふ、少し気が変わってしまったわ」
彼女はどこか遠くを見るように、艶やかな仕草でため息を吐く。
「……ここまで来てしまうと、もう同格なんてほとんどいなくて。弱い子たちはみんな、私の前では存在を消すように逃げてしまうのよ。殺意を向けられるなんて、もう随分と無かったことだわ」
強すぎるがゆえの孤独と退屈。
「だから……久々に貴方のような美味しそうな殺意を向けられたら、もう我慢できなくなってしまったわ。……ねえ、少しだけつまみ食いしてもいいわよね?」
その碧の瞳が、俺の殺意を食事として楽しむような、残酷な色へと塗り替えられていく。
彼女は俺を見つめたまま、右手の人差し指を俺に向けて、小悪魔的にちょいちょいと動かした。
その動作は、完璧な余裕と、獲物を弄ぶかのような挑発に満ちていた。
「いらっしゃい。……少し指導してあげるわ」
その言葉が紡がれた瞬間、彼女を中心として、静かな、それでいて絶対的な波紋が世界を塗り替えた。
第30層の強固な石造りの空間が、悲鳴を上げるようにミシミシと軋みを上げる。
空気が一瞬にして粘度を増し、まるで肺の中に液体を流し込まれたかのような錯覚。光が歪み、音さえも吸い込まれていく。
脳を焼くような【真理の眼】の未だかつてない程の拒絶反応。それが、俺の中に辛うじて残っていた、人間としての理路という細い糸を蝕んでいく。
(……ああ、分かってる。今の俺じゃ、この女には届かない)
本来なら、リズという光をその魂に宿す俺は、ここで冷静に撤退の機を伺うべきだろう。
だが、本能が、そして俺の深淵に棲まう大罪がそれを許さない。
格上? 力量差? そんなものはもう、どうでもいい。
先ほどの衝撃で制御が不安定になった【暴食の王】が、目の前の極上の獲物を前に、涎を垂らす飢えた獣のごとく、俺の中で暴れ狂っていた。
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【祝100万PV達成】
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これも、日頃から応援してくださってる読者さん達のおかげです。
これからも頑張って更新していきますので、今後とも拙作をよろしくお願いします。
レヴィのビジュアル作っていただきましたので、貼っておきます。良かったら見てみてください。
[https://kakuyomu.jp/users/yositomo222/news/2912051597217617635](https://kakuyomu.jp/users/yositomo222/news/2912051597217617635)




