第91話 包囲
ショウの誕生日を祝った翌日。わたしたちは遅い朝から本町南門先の草原に出向いていた。隔日で呼ばれるようになっている神殿は「昼二刻過ぎに来て欲しい」と言われているので、午前中は河原辺りまで足を延ばして狩猟と採集をする予定なのだ。このところ公私ともに絶好調だから、三人とも上機嫌だった。
「新しい装備で狩りをしても問題なかったね」
「素材が羖頭鬼に変わったから黒くなったけど、デザインは同じだしね。でも明らかに体が動かし易くなったよ。思い切って金貨で新調して良かった」
「羖頭鬼の革は靱やかで頑丈だ、という謳い文句に偽りは無さそうだね」
軽々と飛び跳ねるように動いてみせたモモに、ショウが笑顔で話し掛けた。前の装備も決して悪くなかったものの、比べてみれば動きの滑らかさは勿論のこと、着心地まで大きく違っていた。
「リカの魔鉄棒が加わると、戦力が更に充実するよね」
「うん。小鬼くらいなら多分…あ、でも殴るとグロがすごいことに」
「そこが問題だよね。僕たちもいずれ慣れてしまうのかな……」
ショウが複雑な表情で呟く。「赤い棘」との合同調査の時のマクアナさんの言葉を思い出したのね。「魔物の命を奪うことに何の痛痒も感じなくなったら、次は人間の命でも同じなのだ」という。この世界で生き抜くためには強くなる必要があるけれど、命の重みは忘れたくないと思う。
わたしとショウの魔力循環は【剛力】だけ取得している。ホスタさんの口ぶりからは、それなりの訓練が必要そうだったけれど。わたしが第五段階で彼が第四という魔法能力の高さ? 或いは細胞構成説に達していない「我等世」で「魔素を細胞に巡らせる」というイメージが近道になったのかもしれない。
筋力はかなり上がる。わたしでもショウを無理なく持ち上げられるし、離れの裏手で試した彼の投擲もスピードと威力が増していた。それに何より、魔力を循環させて力を入れた瞬間にステータスを見ると【剛力:第一段階】になるのよね。魔鉄棒は在庫が無かったので注文したけれど、完成が楽しみ!
「今日は暖かさを感じるね。緑も一気に増えて、さすが「繁月」よね」
「うん。でも、まだ革服でも暑くはないから助かる。汗を掻いてもショウがいるから平気だけどね」
「モモ、いつでも【清浄】するから」
「ね、敢えて汗を掻いてお風呂で流すのも気持ちいいかも。どう、あなた?」
「モモ、とても嬉しいよ。でも、その……」
「ふふ、分かっているって。あ、な、た?」
モモの誘惑にショウが動揺している。モモったら! そう、あの日の朝には三人でお風呂に入った。でも彼の一部はわたしたちの魅力に逆らえなかったのよね。「寛げない」という訴えにモモが負けて、一人ずつ入る状態に戻っている。そんな幸せな会話が続いていたけれど、ショウが突然、わたしたちを止めた。
「珍しく、他の魔物狩が近付いてきているね。少し離れよう」
前回、網頭茸を見付けた入り江の辺りでお昼を食べ終わっていた三人は、下流に移動することにした。接骨木の蕾などを物色しつつ西へ戻るように歩いたものの、再度ショウが北へと誘導する。ヒュッという合図のような音が聞こえた気がした。そして三度目の進路変更。今度は間違いなく指笛か何かの響き。まさか!
「リカ。モモ。これは追い込まれているね。包囲されている」
木が殆ど生えていない広場のような草原に出たところで、ショウが深刻な顔で告げる。モモの表情も厳しい。
「ショウ、何人くらい?」
「三方向から、4人、8人、10人かな」
「これは「怒龍団」とリコヤン兄弟の両方という線もありそうね」
モモが角耳を欹てるようにしながら呟く。残念ながら、モモの角耳はまだ【探知】能力を獲得していない。
このところ平穏な日々が続いていたけれど、わたしたちは決して油断していた訳では無い。対人戦のシミュレーションもしている。リコヤン兄弟などが相手ならば、勝機は十分にある。何故なら、殺すよりも捕らえようとしてくるだろうから。わたしたちに覚悟さえあれば、ね。そこが一番のネックだ。
「リカ。モモ。僕は君たちの身を守るためであれば、躊躇しない」
「ショウ、有難う。わたしも覚悟は決めているつもり。想定内だといいけれど」
「私たちの幸せは誰にも邪魔させない! お互い、気合入れていこうね」
わたしたちは密々と合図などを確認し、装備や魔法袋を点検した。恒神様。そして董ちゃん。どうか、わたしに勇気を。何卒、お見守りください!
「い、痛い~助けてくれ~」
「おお~何という偶然。光魔術士の森人さま~治療をお願いします~」
見たことのない大柄な魔物狩2人が姿を見せた。片方がもう片方に肩を貸しているけれど、大根役者にも程がある。こっちでは「木面役者」か。ショウは後ろ手で指を四本示しつつ、敢えて「どうしました?」と近付く。
「小鬼の群れが出た! なんとか撃退したが、こいつが……」
その瞬間、左側の岩陰から新手2人が左右に飛び出したかと思うと、鍵の付いた投げ縄が2本、ショウを襲った。
「何をする!」「「ショウ様!」」
わたしたちの叫び声は自然に出せた、と思う…予想通り、投げ縄を振るった2人はリコヤン兄弟だった。
「女ども、動くんじゃねえ!!」
リコヤン兄弟は投げ縄の端を放り投げ、目にも止まらぬ速さで弓を番える。最初の幅広な2人が投げ縄を拾い、グルグルと彼の周りを回って自由を奪っていく。
「おい、武器を捨てろ! それから左右に離れるようにして下がれ!」
顎髭面のリコヤン兄が冷えた眼でわたしたちに命令してくる。モモとわたしは顔を見合わせて頷くと、黄鋼剣と小盾、それに短棒を放り、ゆっくりと後退りでお互いから距離を取りながら離れていった。
「女魔術士! 杖は予備があるだろう? 後ろを向け。いいか、変なことをするとお前らの大切なご主人様に矢が2本、魔角みたいに生えちまうぞ?」
口髭だけの弟が低い声で脅してきた。わたしはゆっくりと後ろを向くと、マントの裏から取り出して右手に持ってそのまま上にかざし、奴らからも見えるようにした。ヒュイ、ヒュウイ、という音が聞こえた。
左右から、ざわざわと草を掻き分ける音がする。残りの連中が姿を見せたのだ。8人と10人の集団は武器を構え、わたしとモモを半包囲していく。わたしの側の8人のうち6人に見覚えがある。そして8人とも頭から水を被り、半数が水に濡れた革盾を構えていた。モモの方の10人には「怒龍団」の4人がいる。弓持ち2人もモモだ。こちらは大きな金属盾を構える男が半分で、他はその陰に隠れている。
「女魔術士! こっちを向くなよ? 【火球】をお前の正面に向かって撃て!」
そうよね。そう来ると思った。魔力を枯渇させようと言うのだろう。わたしは右腕を震わせた後、ゆっくりと降ろし、何もない平原に【火球】を放った。
ボウン!
赤い火の玉が、藪を薙ぎ払って爆発する。「うおっ!」「これが!」などという騒めきが幾つも聞こえてくる。碌に【火球】を見たこともないレベルの連中も混じっているということね。いい兆候。
「続けて撃て! 撃ちまくれ!」
リコヤン弟が喚いている。わたしは続けて【火球】を発動していった。三発……五発……六発……わたしは片膝を付いた。
「誤魔化されねえぞ! もっと撃てるだろう?」
仕方がない。七発……八発……九発目は線香花火のようになってしまった。わたしは今度こそ、がっくりと座り込む。
「やっぱりな…そんなものだろう。杖を捨てろ!」
「す、すげえ」「こんなに撃てるのかよ……」
わたしの近くに居る連中が震え声を絞り出している。思い出した、「夜狼死」とか言っていた! 最近、北の街道からヴェイザに入った魔狩隊だったよね。治療もしたことがある。思わず睨み付けてしまった。
「よし。女魔術士は、まず懸布を脱いで背袋を放れ。獣人女もだ。それから手を上げろ。降ろしたら、放つぞ!」
リコヤン兄が冷たく言い放つのを聞いてわたしは思わず振り返った。リコヤン兄弟や「怒龍団」や「夜狼死」どもの表情には既に驚愕の色は無かった。別の色がぎらついていた。嫌らしい色。地球で散々、見覚えがあるけれど、ショウが決して向けてこなかった色。ああ、あなた! モモ!




