第92話 何故(なにゆえ)に
わたしとモモはゆっくりとマントを脱いで背袋を降ろし、両手を上に伸ばした。
「金が欲しいのか? 金貨何枚だ?」
ショウが震える声で言う。襲撃犯どもがどっと沸いた。
「ああ、金は全部いただくぜ!」
「でも、もっといいモンをいただくけどな!」
「大切なお宝をな!」「げへへへ……」
「まさか!」
演技とは思えない悲痛な声でショウが叫ぶ。
「ほ、本当に大丈夫なのか? セルウァが二人ってことは貴族だろう?」
ごつい胸甲の「怒龍団」のリーダーがリコヤン兄弟に問い掛ける。それを聞いて嗤っていた他の連中も押し黙った。
「スレイグ、何度も言っただろうが。こいつらが現れてからもう七週かそこいらだ。こんなに時間が経っても、のんびり狩りなどしてやがることが貴族じゃねえ証だ。せいぜいが「元」だろうよ」
「それにアステリデの連中が嗅ぎ回っている。こいつらのことを知らねえんだ。これも貴族じゃねえ裏付けだ。何より、女どもが大きな顔をしていやがる。三人とも、逃げ出したか追い出された貴族の家臣というところさ」
「そ、そうだよな!」
「貴族じゃねえよな」
「うへへ……」「ヒヒヒ……」
襲撃犯たちの目が再び嫌らしい色に染まり、汚らわしい視線がわたしとモモに集まって這い回る。虫唾が走った。汚らわしい!
「み、見ろよ。有り得ねえ美形の上に、あの胸甲の盛り上がり!」
「ああ。一晩金貨3枚ってのも、納得だぜ」「安すぎるぐれえだぜ!」
「な、なあ。全員いいんだろ? そ、想像しただけで……」
「ああ、構わないぜ」
三下どもが舌なめずりして尋ねると、リコヤン弟が頷いた。なんてことを!
「で、でも22人もいるんだぜ? 壊れちまったら、売れねえだろ?」
「おいおい、光魔術士さまがいらっしゃることを忘れたのか?」
「違えねえ!」「安心したぜ!」
「はッ。テメエじゃ傷ひとつ付くものか!」
「ぬかせ! オメエは小鬼の魔角より、ちっちぇえくせに!」
どっと下卑た哄笑が湧き起こる。リコヤン兄弟も、口の端を一層歪めている。勝利を確信したのだろう、弓を持つ手が緩んで下に降ろされた。わたしたちは心で頷き合う。今しかない!
バシュッ! ドゴッ! ブワッ!
「げっ!」「??」
「テメエッ!」「チイイッ!」
わたしとモモの口からの【火矢】と【石弾】が縄を握る男どもを貫くと同時に、ショウを縛っていた綱が粉々になる。何も反応できない他の連中と違って、さすがリコヤン兄弟はさっと弓を番え直すと、目にも留まらぬ速さで彼に矢を放った。思った通り、わたしとモモにではない。
「なっ!」「ぐふッ!」
リコヤン兄弟の矢は見えない壁に弾き返される。今度こそ2人の動きが止まったところに、わたしとモモの追撃が襲い掛かる。怒りの【火矢】が兄の頸を貫き、小さな【石弾】が弟の顔に命中した。
「な、なにが!」「どうなって!」
「獣人が!」「まさか!」
口々に喚きつつもやっと武器を構える連中を後目に、わたしはさっと腰のポーチ風の「魔法袋」から《《本物の杖》》を2本取り出して構える。モモも同じく《《杖と青鋼剣》》を取り出したようだ。さあリカ、覚悟を見せる時が来たのよ!
グオオオオ……!
「ギャアアア!」「ウアアア!」
「ヒアアアア!」「アチイイイ!」
わたしの渾身の第五段階火魔術【火壁】が《《水平になって》》「夜狼死」らを焼く。第五段階の紅蓮の炎は、多少の水分など関係ない。何とか逃れようと身を縮め或いは躱そうとする獣どもを追うように双杖を操り、炎の位置を上下左右に変形させる。凄い勢いで魔力が吸い取られていく!
「め、目がッ!」「ゲ!」
「ゴフ!」「ウグッ!」
モモは初手で弓持ち2人に【砂矢】を右手の杖と口から同時に放って視界を奪い、左手に青鋼剣を構えつつ杖から次々と【石弾】を撃ち出している。弓持ちを皮切りに、鉄盾を掠めるように軌道を曲げて襲撃者どもに命中させていく。既にモモは小さな石球ながらも、方角を変じて当てることができるのだ。
「舐めんじゃねえ!」
「くそ、森人を狙うぞ!」
卑怯にも仲間を盾にして無傷だった「怒龍団」のスレイグともう一人が、大剣と長剣を振りかざしてショウに迫ろうとするも、殴られたような痙攣を見せて相次いで地面に倒れ伏す。その目からは、柄頭に穴が開いているブレーザさんの形見のクナイみたいな棒投剣が生えていた。
「た、助け!」「ま、待っ!」
「げえッ……」「…………」
わたしは怒りに任せて残りの魔力を振り絞り、生死を確かめることもせずに8人全員に【火矢】を撃ち込んでいった。気力が失せる。もう、限界よ……わたしは今度こそ演技ではなく本当に崩れ落ちた。何もしたくない。それでも必死に顔を上げてモモとショウの戦況を確認する。
「わああッ!」「ヒイイッ!」
「ゴボッ……」「やめッ……」
モモも容赦なく青鋼剣を煌めかせている。手負いながらも立ち向かってきた輩を一太刀で切り伏せると、遁走しようとする奴に黄鋼剣を拾い投げて串刺しに仕留め、後は蹲り悶えるばかりの首や喉を切り裂いていく。
やがて動く者はいなくなった。呻き声ひとつ聞こえない。ショウがスタスタとリコヤン兄弟の亡骸の方へ近付く。と、いきなりモモの【石弾】を顔に受けた筈の弟が仰向けのまま左手を振るった。黒い影が飛ぶ。あなたッ!
細い投剣は音もなくショウの直前で跳ね返った。彼は、地面に転がる楔型の投剣を慎重に拾う。真っ黒な刀身がヌメヌメと粘つくように妖しく光っている。これは毒ね! ショウは無言で軽く投擲した。
「時……ゴボ……」
小石弾に砕かれた口から何か言葉を絞り出そうとしたらしいけれど、次の瞬間には恐怖に見開かれた賊の目に無慈悲に黒い物体が突き刺さっていた。ピクピクと痙攣する口髭の瞳孔から光が消えていき、やがて魔物のような暗黒に転じた。
「よし。反応はひとつも無くなった!」
ショウが頷きながら駆け寄ってくる。【探知】で生死を確認したに違いない。モモも剣の汚れを振り払いながら傍に来てくれる。か、勝った。で、でも、わたしは……ひ、ひとの……命を……。
「リカッ! モモッ!」
「あ、なた……モモ……」
「ショウ! リカ!」
あなたが力強く抱き締めてくれる。あなたの心が流れ込んでくる。離さないで、あなた! 飛び込んできたモモも、震える腕で緊と抱き締めてくれる。
「リカ。君が倒したのは魔物だ。少しばかり大きい小鬼に過ぎない!」
「ショウ! ショウ……うう……わ、わたし……」
「リカ、さすがよ! まさに「紅蓮の女神」よ!」
モモの顔は蒼白だ。わたしも同じだろう。彼だって……。
生暖かな風がざらりと頭上を駆け抜けていった。ブスブスと焼ける匂いが鼻につく。目に染みるほどの鉄の臭いが大気を支配している。視界が曇って何も見えない。モモの顔が見えないの。愛するあなたの顔すら見えないの! ああ、こんな時でも聞き慣れない鳴き声が。これは蛙? 虫? 違う。呻き声だ。わ、た、し、の……。
「うくっ……ぐふ……うう……あ、なた……モモ……」
泣くまいと頑張っているの。で、でも……どうしても抑えられないの!
「リカ。僕はここにいるよ。君の傍にいる。モモもいる。君を離さない。二人とも離さないから。二人を絶対に、離すものか!」
「そ、そうよ、リカ。ひっく……ショウ……私は……この手で!」
あなたが慰めてくれる声が遥か遠くに聞こえる。ああ、恒神様。非道すぎます。ここは余りにも残酷な世界です。どうして貴方様は、わたしたちをこの世界へ送られたのですか。わたしたちに何をさせようと。何を成すために……恒神様、お願いです! お答えください! 答えて! 答えてよ!
「う、うう……」「ひっく……うう……」
「リカ……モモ……ぐうッ……」
堕ちてしまった三つの魂の呻くような泣き声は、この世のものとも思えぬ音色に溶け合いながら、雲ひとつ無い天色の空に吸い込まれていった。神の声など、どこからも聞こえてこなかった。
※次回更新は6/27(土)予定です。




