第93話 始末
「かなり大量の魔石が回収できそうだよ……」
ショウが自分に言い聞かせるような口調で呟く。いつの間にか風が止んでいると思って振り仰ぐと、まだ太陽は中天を過ぎていなかった。今度こそ本物の鳥の鳴き声が遠くに木魂している。彼は「せめて素材を回収しよう」と言って、魔物兄弟を皮切りに大きな小鬼どもの懐などを探っていた。
わたしは涙と一緒に何かが抜けてしまって、虚ろになったまま、へたり込んでいた。小鬼どもの成れの果てに顔を向けることさえできなかった。わたしを抱き締めてくれているモモの両腕も震えが止まらない。リカ、しっかりしなさい。ショウに全てを押し付けるなんて、董ちゃんに申し訳が立たないでしょう?
ショウが戻ってきて地面に広げた綱麻 (ジュートだ)の袋に硬貨を投げ入れた。兄弟の金貨だけでも計4枚。縄を扱った大柄な2人が各金貨1枚。「怒龍団」のスレイグと「夜狼死」のリーダーらしい輩は大銀貨が数枚ずつ。それ以外も最低でも大銀貨1枚。合計するとかなりの金額を回収できた。
「服の裏に必ずポケットがある。腰ポーチ、腰嚢と靴を二重底にするのも定番らしい。でも誰も背袋を持っていないから、どこかに置いてあるのだろうな」
ショウがわたしたちの様子を確認しつつ説明してくれる。追い剥ぎみたいだけれど、これがこの世界の慣習だ。恒神様から何もお答えがないのだから、粛々と従うべきよね? さあ、リカ! わたしはモモと頷き合った。
「ショ、ショウ……」「私たちが……」
わたしとモモは寄り添うように立ち上がった。慌てて彼が支えてくれる。温かい気持ちが流れ込んで来る。あなた……。
「二人とも、まだ。魔力だって……」
「だ、大丈夫よ。【復調】持ちだから戻ってきたし。荷物を探すのは任せて?」
「私はギリギリまで使わなかったから。それに私、ナナさんたちに足跡の見付け方とか教わったのよ?」
「……そうだね。お願いするよ。【探知】に反応は無いけど、気を付けて」
ショウが武具などをひと纏めにしようとしているのを横目にしながら、モモとわたしは奴らが現れた方向の地面を探っていった。半刻ほど探し回り、捻じ曲がった根の間に荷物が纏めて置かれている大木に辿り着いた。
「数は……18か。リカ、どうする?」
「うん。魔力循環の練習も兼ねて運ぼうか」
背中と両手で一度に三つの背袋を持っても大丈夫だった。わたしが何度も往復して、その間にモモはショウを手伝い始めた。彼は、大きな小鬼の死骸を一箇所に寄せようとしていたのだ。積み上がった小山を背に、武具や荷物を検めた。
「食料の類は、何となく不安だよね。捨て置くことでいいよね」
「そうね。予備の武器はみんな持っているのね。組合札もあったし」
「ええと、名前入りの黄銅札が兄弟らを始め10人。青銅札が8人。あとは木札だね。もっとも「怒龍団」4人は降格した木札だから、全員が正会員だ」
そして荷物の中からも帝貨を回収できた。「魔法袋」は無さそうだった。
「武具類はどうする? 数が多いから、売り払えば結構な金額になるよね」
「ヴェイザ出身と分かっている「怒龍団」の4人と、手練れで持ち主と結び付けられそうな兄弟の装備は、この町では売らない方がいいかも」
「それ以外は「魔法袋」に入れてヒヤルさんの店で引き取って貰うkとを検討しようか。革鎧や盾や兜も売れるだろうけど」
「ちょっと汚い感じの鎧が多いし、革は焦げや傷もあるし。金属の大きなパーツ以外は置いていこうか?」
「そうね。わたしも、それでいいと思う」
例の塊は視界に入れないようにしているのに、犇々と存在を感じてしまう。よくぞ無傷で撃退できたと改めて思う。兄弟は薬物も用意していた。地球ではフィクションでお馴染みの、嗅がせたら直ちに気絶する薬物なんて実際には存在しない。でもこの世界では、獣人限定で脱力させる「獣人殺し」があるのだ。
「ショウ、残りの4人の荷物は探す?」
「恐らく兄弟ら正面に居た4人だね。巧妙に隠している可能性があるし、その前にやることがあると思う」
それは……でも確かに、このまま放置する訳にはいかない。モモが答えた。
「……ショウ。砂魔術で穴を掘ればいいの?」
「うん、モモ。でも大きなものは必要ない。この廃棄物の山の真ん中辺りの下の土を……そうだな。直径1mで深さも同じくらいの大きさで凹ませられるかな」
「いいけど……」「…………」
モモが首を傾げながらも杖を向けた。第一段階【操砂】ならば、それなりに離れても発動できる。ずず、と音がして山の突起物が蠢きながら僅かに小さくなり、わたしは思わず顔を背けてしまった。
「では、二人には残りの荷物の探索をお願いするよ」
わたしはモモと顔を見合わせる。彼女の瞳にも驚愕の色がある。ま、まさか、あなたは時空魔術でこの山を……?
「ショ、ショウ。そこまでする必要がある?」
「私、まだ魔力に余裕があるから大穴も拵えられると思うよ?」
「このまま埋める訳にはいかない。ヴェイザ出身者もいるからね。大丈夫。魔力残量には注意しながらやるから」
「「…………」」
二人とも口を開いたものの、何の言葉も紡ぎ出すことができなかった。
モモは無言で地面を確かめながら、足跡などを探している。わたしは、ふと振り返った。もう50m以上は離れたと思うけれど、ショウはまだこちらを見ていて硬い笑顔ながらも軽く手を振ってくれた。わたしたちに音が届かないくらいに距離が開くのを待っているのだろう……。
やがて、ところどころに盛り上がる岩や木々に隠れてショウの姿がすっかり消えてしまった頃。何かの音が少しだけ響いてきた。空気を震わせるその振動からは、何も分からない。でも、わたしとモモは彼が何をしているのか頭で理解しているのだ。二人とも思わず耳を塞ぎながら、足早に距離を取ってしまった。
「リカ、ごめんね……」
「ううん、そんなことないって」
足跡を辿ったつもりだったけれど、結局、見失ってしまった。残りの4人の背袋は、どこにも見当たらなかった。
「リナリア様とのお約束の昼二の刻は、とっくに過ぎているよね。もう諦めて、ショウのところに戻ろうか」
「襲われたって説明すれば、許していただけるよね? ええと、付けた印を辿って……あそこね」
わたしたちは木の幹や岩の上などを削って付けた印を逆に辿りながら、あの包囲された草原の広場まで戻っていった。おかしい。もう視界に入っても良い頃なのに、ショウの姿が見えない。突然、湧き起こった激しい不安に押し潰されそうになりながら、二人は同時に走り出した。
小山は消え失せていた。連中の荷物も見当たらない。わたしたちの背袋だけだ。異様な臭気が立ち昇る丸くて赤黒いゴミ穴があるだけ。ぼろ切れか何かのような細かい破片と、金属の粉のようなものが混ざっている。そしてその傍らに、最愛の夫が力無く俯せで倒れ伏していた。
「「ショウ!!」」
わたしは狂ったようにモモよりも先に縋り付くと、何かおぞましいものから引き離そうとでもするように、地獄の入口が開いたような場所からショウの体を持ち上げて必死で遠ざける。
「ショウ! 起きて! いやああッ!」
「リ、リカ、落ち着いて。ほら、温かいし、脈もある。息もしている……」
モモの声は震えていた。わたしは彼女の顔を確かめる余裕も無かった。
「ショウ! 気を付けるって言ったのに!」
「リ、リカ。大丈夫。少し、寝かせてあげよう? 大丈夫だから!」
わたしは叫び続けた。今回は違う気がする。温かいのに、あなたが遠くに去ってしまったような気がする。モモも自分に言い聞かせるように大丈夫と繰り返しつつ、ぎゅっとショウの手を握っている。わたしと同じく不安なのだ。どうして? どうしてなの? 「光匠の技」には本当は何と書いてあったの?




