第94話 揺れる紫瞳
ショウは自らの紫瞳のように深閑と眠り続けていた。二人とも心を籠めて手を握り両側から抱き続けた。遠くへ去ってしまったような最初の違和感は消えたものの、言いようのない不安がどうしても消えてくれなかった。
やがてモモは決死の面持ちで握り続けていた手を離すと、砂魔術で例の部分を覆い隠し、更に木の枝や枯れ葉などをばらまいた。陽も傾きつつあったので、モモがショウを担いで町へ戻ることにした。
「モモ、ごめんね。重いでしょ」
「平気。リカこそ、三人分の背袋は持ちにくいでしょ」
「なるべく「魔法袋」に入れたから重さはそうでもないから。ごめん。わたしが、ちゃんとショウに聞いておけば……」
「リカ。今はいいから。警戒を怠らないで前に進もう」
迷いながらも街道に出てヴェイザ南門に辿り着いた時には、柘榴色の落陽が作る長い影と共に歩んでいた。閉門する間際だった。荷馬車の姿は無論のこと、徒歩の旅人さえ誰一人見当たらない。わたしはモモがショウをそっと降ろすのを待って、顔馴染みの衛兵スタンダンさんに三人の青銅札を掲げて胸礼した。
「どうした。ショウ様の具合が悪いのか? 光魔術士さまなのに?」
スタンダンさんが尋ねてきた。わたしとモモは顔を見合わせて、目顔で確認してから代わる代わる答える。
「少々お疲れになって、お眠りになっています」
「通っても構いませんか?」
「ああ、当の前だよ。それにしても、モモさんはさすが獣人だな。リカさんも意外と力があるのだな」
わたしとモモは笑顔が歪まないように、なるべく平静な声色になるように、そして視線をもう1人の門番に向けないように気を付けつつ、答えた。もう1人の門番が明らかに挙動不審だったから。確か名前は……シタンさん。まさか。わたしたちの動向を奴らに教えたのは!
組合に駆け込むつもりだったけれど、予定は変更。衛兵隊に協力者がいる可能性が生じたからには、組合だって分からない。クンディ様は信用できるとしても、魔物狩の中には他に仲間がいるかも。歩みを速めながら宿に辿り着くと、離れの前でコルノさんとエンディルさんが立って話し込んでいた。
「どうした? ショウ様が優れないのか?」
コルノさんが音も無く近付いてきた。わたしはモモを見る。頷かれた。
「申し訳ありません。お約束を違えてしまいまして。このお詫びは……」
「いや、それは良い。狩りが長引くこともあろう。しかしショウ様は如何された……意識が無いのか!」
「賊に襲われて、魔力を使い切ってしまい……」
「愚かな! それでもセルウァか! 手練れ二人が付いていながら!」
コルノさんの剣幕に怯みながらも、わたしとモモは離れにショウを運び入れ、22人もの賊に襲われたことなどを話しつつ、二階のベッドに寝かせた。コルノさんは彼の脈などを確かめると「待っておれ」と言ってあっという間に消えてしまった。エンディルさんもコルノさんに何やら耳打ちされていなくなっていた。
――――――
わたしとモモは主寝室の隅で目に涙を溜めながら頭を垂れていた。コルノさんが仁王立ちしている。久々に親か教師にでも怒られているような気分を懐かしく感じる自分に戸惑う。リナリア様がショウの手を取り診察されている。カランサさんも魔具を当てた後、何かを確かめようとするように手を触れている。
そして控え間からは、組合札の山を前にしてホスタさんとクンディ様が何やら相談する声が漏れ聞こえてくる。わたしが次々と、或いは焼け焦げ或いはひしゃげた札を取り出して机に積み上げたとき、クンディ様は顔を覆ってふらついてしまった。いつになく人口密度が上がった離れは異様な雰囲気に包まれていた。
「信じられぬ……華月からで、早や三回目とは。セルウァの務めを何と心得る! そなたらを教育した者どもの顔が見たいわ! どこの戯け者か!」
こめかみが赤くなっているコルノさんの声に棘がある。
「だ、だって……」「ご、ごめんなさい……」
わたしとモモは何度目かも分からない謝罪を繰り返した。時空魔術士であることだけは隠したけれど、ショウが昏倒したのは、この二か月弱で三度目だと白状するしかなかった。クンディ様も二度目はご存じだろうし。無論のこと門番の1人が怪しかった件も伝えた。この時もクンディ様が顔を覆った。
「コルノ。その辺にしておきな」
「カランサ。わたしはショウ様の……いや、これは姫様のためでもある」
「無理を言うな。如何にリカ殿とモモ殿が天賦の才溢れる者たちとは言え、まだ十七なのだ。寧ろ22人もの賊を退けたことを褒めるべきだ。リカ殿、モモ殿。よくぞ耐え抜いたね。誇ってよい。そなたたちはセルウァの鑑だよ」
「そうであった。手練れと思う故に、つい忘れていた。リカ殿、モモ殿。申し訳も立たぬ軽言であった」
コルノさんは両手を交差させる森人の礼で深々と頭を下げてくれた。
「コルノ。22人ですよ。何度も深手を負いつつ光の技で復しながら、ショウ様を守り通されたに違いありません」
リナリア様も震える美声でコルノさんを嗜めてくれる。
「姫様、その通りでございましょう」
「このわたくしとて。そなたらが危急の際には、魔力を使い尽くすことに躊躇いはありませんよ?」
「リナリア様! 滅多なことを仰らないでください!」
「そうです。姫様はいずれ大神官、いや光の技を究められる御方です。我らとは命の価値が違うのです!」
コルノさんばかりかカランサさんまで口々にリナリア様を諫める。
「セルウァを見捨てるような卑俗な者がいったい何を成せましょうか。そうです。ショウ様こそ、並ぶ者とて無き偉業を打ち立てられましょう。わたくしはショウ様のお傍に侍り、その崇高なる……」
リナリア様は清楚な笑顔に決意を滲ませながら話し始めたものの、途中で自分が何を言っているのか気付かれたのだろう、真っ赤になって言葉を途切らせてしまった。ふと気付くとショウの目が開いていた!
「「ショウ!!」」
わたしとモモは次の瞬間にはベッドの横に居てショウの手を取っていた。
「…………」
ショウの紫瞳が部屋の中を揺れ動く。リナリア様の心配そうな表情に出会って焦点が合うと、急いで頭を起こそうとした。
「し、失礼を……」
「ショウ様。そのままで。構いませぬ。どうかそのままで……」
リナリア様は震え声でわたしとモモに揺れる紫瞳を向けられると、ぎゅっと黄金色の睫毛と宝石のような唇を閉じてから、カランサさんとコルノさんに何か合図をした。二人は黙って頷くとリナリア様の両脇に控えた。
「長居をしてしまいました。リカさん。モモさん。どうか、ショウ様を確と見扱いくださいますよう……お願いいたします。どうか……」
「は、はい」「はい……」
リナリア様は嫋やかな所作で立ち上がると軽く頭を下げて森人の礼をされ、カランサさんとコルノさんを伴われて退出していった。ややあって、ホスタさんとクンディ様が入ってきた。ホスタさんが口を開く。
「リカ殿。明日はショウ様のご体調に障りなければ、だが。朝から神殿にお越し願えぬか。治療依頼ではない。我らは三人ともに、どうしても抜けられぬ所用があるものでな。宿舎にてリナリア様の護衛を依頼したい。ショウ様は宿舎内で休まれていても、一向に構わぬ」
わたしはショウに目顔で確認した。大丈夫そうだ。
「ショウ様のご体調に依りましては……それでも宜しければ、承ります」
「うむ。そうだな……朝七の刻に神殿の宿舎を直接、訪ねていただけるか。丸一日、宿舎にて姫様をお守りしていただきたい。クンディ様、これはアステリデ家の依頼として処理願います。金貨1枚で宜しいか?」
「はい、ホスタ様。そのように」
わたしとモモは宿の外まで見送ろうとしたけれど、どうかショウ様のお傍に、と言われたので離れの入口で一行の姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた。エンディルさんとベルさんが夕食を運んできてくれたので、有難く受け取って主寝室に戻った。扉を開けた瞬間にショウが謝罪の言葉を繰り出してくる。
「ごめん。心配かけてごめん。魔力をコントロールできると思って」
「もう、ショウ。本当に心配したのよ?」
「そうよ。びっくりしちゃった。お詫びは明日以降にしてもらうからね?」
「……モモ。頑張るよ。覚悟しておいてくれよ」
「うふふ、期待しちゃうから。時間が遅いから、お腹ペコペコよね!」
「わたしも!」「僕も。今日の夕食は?」
三人とも敢えて明るく振舞う。今日のところは問い詰める訳にはいかないもの。夕食を持ってきていただいて申し訳なかったよね、クンディ様はホスタ様って呼んでいたよね、わたしたちも……などと当たり障りのない雑談をしながら時が過ぎ往くのを待った。この日の夕食に何を食べたのかは、今でも思い出せない。
※次回の更新は、7/4(土)を予定しています。




