第90話 徨(さまよ)う花の物語
「僕たちの魔狩隊名ですか?」
「ええ。必須ではないのですが、魔狩隊名をご登録いただいた方が、こちらとしても仕事を依頼する際などに都合が宜しいのですが」
「そうですか」「「…………」」
あの夜から三日。今日は愛するショウの誕生日祝い。朝の訓練も治療もお休みにして、「山猫の注文亭」の予約時間の前に資料室でも覗こうと魔物狩組合を訪れた。するとクンディ様に「今日は奥に」と応接室に通され、彼だけが長椅子に座って二人が後ろに立ったところで、こう切り出されたのだった。
「普通は、木札のうちから御大層な……失礼、立派な魔狩隊名を付けたがる人たちが多いのですが。ショウ様は一向にお決めにならないので」
ショウがわたしとモモを振り仰ぐ。わたしたちだって、全く考えていない訳ではなかった。でも、魔狩隊名が無いことで特に不都合を感じなかったので、無名のままでいいかもね、と話していたのだ。
「まあ、周囲が勝手に二つ名を付けてしまって、それが魔狩隊名として定着することもありますが」
「クンディ様。僕たちには何か呼び名が付いていたりするのでしょうか?」
ショウが不安げな声音で尋ねる。
「はい。「例の三人」とか、「森人ご一行様」とか。あと、二つ名も付いていますよ。リカさんは「紅蓮の女神リカ様」で、モモさんは「天下無敵のモモ様」。ショウ様は「羨まし過ぎショウ」とか「森人は爆発しろ」とか…」
「……すみません、もう結構です」
ショウが頭を抱えている。わたしとモモも、顔を見合わせて盛大に苦笑してしまった。空耳では無かったのね……。
「では、一旦、持ち帰って考えさせていただきます。それでいいかな」
「分かりました」「はい、ショウ様」
組合を辞したわたしたちは「山猫の注文亭」へと向かった。ご主人のディネンさんに迎えられ、前回と同じく店の奥の個室に案内された。良かった。ここなら意味不明な単語が混じる会話を交わしても問題ないだろう。今日も紫蜜柑果汁を注文して運ばれてきたところで、新妻二人がお祝いを述べることになった。
「ショウ。あなたには、どんな感謝の言葉を捧げればいいか分からないの。どれだけ言葉を費やしたって、とても足りやしないもの」
「ショウ。私たちを幸せにしてくれて本当に……僕こそ、って言うのは駄目よ?」
「ひと言だけ。リカ。モモ。決心してくれて有難う」
何故か視界が曇ってしまった。モモも同じみたい。でも、これだけは言わないとね。さあモモ、声を揃えて……
「「ショウ様! 18歳のお誕生日、おめでとうございます!」」
わたしたちの声を聞きつけたのだろう、お店の方が足を踏み鳴らすのが響いてきた。これがこの世界の拍手に相当する所作らしい。そして笑顔のディネンさんがお料理を運んできた。最初の「温野菜の牛酪煮込み」は贅沢なバター風味が嬉しかったけれど、驚くほどでは無い。驚きが待っていたのは次のお料理だった。
「次は、「白人参の合挽肉団子、凝乳仕立て」と白麦餅でございます。白麦餅はお替りもお申し付けください。付け合わせは取り寄せました泡茸でございます」
肉団子といっても、何故か白い球だった。実は予約の際に「ショウ様は挽肉料理にもご興味がお有りです」と伝えたら、ディネンさんは喜んで「獣人のモモ様がいらっしゃいますしね。挽肉料理は無限の可能性がございますから、お任せください」と請け合ってくれたから楽しみにしていた。でもこれは予想外。
「挽肉団子が芯になっていて、その周りをマッシュしたパースニップで包んでいるのね。この発想は無かった。でも、どこかの国の料理であったような?」
モモが頭を捻っている。マッシュド・パースニップはマッシュポテトに近いから、コロッケの具材を分けた感じ? 衣は付いていないけれど。牛頭鬼と黒毛猪の合挽肉の団子には微塵の玉葱とハーブが入っていて、酸味のある濃厚なクリームソースには燻製塩豚 (ベーコンね)の微塵切り。意外と食べ応えもあった。
「あ、思い出した。球形じゃなくて紡錘形にしたら、リトアニア料理の「ツェペリーナイ」にそっくりよ!」
「面白い名前の料理ね。どういう意味?」
「確か、飛行船だったかな」
「ああ、飛行船「ツェッペリン号」か!」
ショウが納得顔で頷く。ツェッペリン号って、聞いたことがある気がする。ショウは相変わらずだけれど、モモもよくリトアニア料理なんて知っているよね。
「泡茸ってマッシュルームよね。確か、この世界でも栽培されているよね」
「うん。濃厚な網頭茸、モリーユも美味しいけど、マッシュルームはいろんな味付けに合うから使いやすいよね。でもどうして泡茸って翻訳されたのかな?」
わたしとモモは期待に満ちた笑顔を向ける。勿論、ショウは裏切らなかった。
「仏語のムース「泡」由来だから、語源が同じなのだろうね。和名は「作茸」。欧米では人工栽培化された茸と言えばマッシュルームだから、作る茸という和名になったらしい」
なるほど! 養殖しやすい茸というところまで同じ茸なのね。
三品目は「押麦と岩香芹の煮込み」。細かく刻んだ緑色の野菜がたっぷり入った押麦粥だ。こちらの人には、とろとろの小麦粉粥の方が人気らしいけれど、わたしたちにとっては粒の形のある押麦粥の方が食べ易い。
「この香りと味。パセリみたいね。独特だけどジェノヴェーゼに近いかも。そうか、トマトが無いからイタリア料理の再現は難しいと思っていたけど、香草類はあるから、松の実さえあれば、ジェノヴェーゼソースは作れそうね」
「言語では「股実」で反応するね。松の木が「太股」か。こちらのパセリは、葉っぱが縮れていないのね」
「リカ、地球でもパセリは葉が縮れていないフラットパセリが原種だから、こちらも同じということじゃないかな」
「あ、そうか。フラットパセリがあったよね」
そしてデザートである「甘物」は「干酒実と卵液の麦皮生地包み」。攪拌した卵と牛乳と糖蜜で作った卵液に、干酒実を入れて焼いた四角いパイだった。さっぱりした味わいのカスタード生地ね。パイもサクサクだったし、本日のお料理も大満足だった。わたしたちは幸せな気分で本日のお題に入った。
「魔狩隊名、何か意見があるひと?」「はい!」
モモが元気いっぱいに手を挙げる。手を挙げる所作って、久しぶりに見た気がする。そんな小さなことでも愉しくなって、三人で微笑みを交わし合った。
「あの、橘花を入れた方がいいと思うの。ほら、もう橘花百桃とか、橘花璃花とかって名乗ることは……リカ、ごめん。夢の中で勝手に想像していただけなの」
言いながらモモの顔が赤くなる。彼もね。わたしの頬も勝手に染まってしまったけれど。心臓まで走り出している。でも、もし地球にいたら、どちらか一人しか名乗れなかったもの。転生して良かったことの一つかもしれない。
「でも明白に名乗ってしまうのも不安よね。ショウ、植物の「橘」って言語対照では……無さそうよね?」
「橘は柑橘類の一種だから、何となく柑橘類として反応があるけど。橘とごく近い植物はこちらでは存在しないか、少なくとも一般的ではないのだろうね」
「ショウ、「タチバナ」の「音」だと、何か変な意味になるかな…」
「う~ん。それはこちらの人に確認したいな…でも「タチバナ」だと他の転生者、特に同級生には、丸分かりだよね」
「まだ誰とも出会っていないけれど…味方になるとは限らないから、不安よね。わたしたちは成功している方だと思うから、仄めかす程度はしてもいいのかな?」
「あと、橘は日本固有種で、学名はシトラス・タチバナで英名もタチバナ・オレンジだけど……シトラスもオレンジも柑橘類の音訳で使われているな。この世界にある名字だと、逆に誤解を招くかも。モモ、この案は諦めよう? リカもいい?」
「うん。分かった。心の中だけにする」
「勿論よ。いずれは、こちらで通じる家名も決めないとね」
結局「徨う花」と名乗ることになった。わたしたちの姓名、橘花菖・真榊璃花・御酒花百桃に共通して入っている「花」を使うことにしたのだ。そして文字通り世界を渡ったのだから、やはり世界を渡り歩いた『指輪物語』のガンダルフの別名「灰色の放浪者」の「放浪」と組み合わせた。
「放浪の花」ではなく「徨う花」としたのは、「徨」という漢字の「皇のようにゆったりと落ち着いて歩き回る」というニュアンスに肖りたいと思ったから。そしてショウは、転生してからずっと記録を取って四冊目となっているノートの表紙に「徨う花の物語」と日本語でしたためた。
――――――
「……「徨う花」ですか。皆様に相応しいかもしれませんが」
わたしたちは組合でクンディ様に魔狩隊名を伝えた。隊名として変だったら考え直すつもりだったけれど大丈夫みたい。でも「定着はしないかも」と微妙な表情をされてしまった。元々どうしても魔狩隊名を名乗りたい訳では無かったし、そこは勘弁してもらおう!
J.R.R.トールキン『指輪物語』(灰色の放浪者ガンダルフ)
※次回更新は6/20(土)を予定しています。明日6/14はウィラルテ・サーガ新作「ウィラルテの唄と祈り」を公開します(菜1話は作品テーマ曲とイメージ画像)。




