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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第3章 姫花草

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第89話 新たな朝

 格子戸の窓から漏れ入る光が部屋の中を照らしている。既に陽が昇ってしまっているようね。さすがに寝過ごしてしまったみたい。ふと顔を上げると、すぐ傍にショウの寝顔があった。わたしとモモはショウを真ん中にして両脇に抱かれるように眠っていた。音を立てないように、そうっと上半身を起こす。


 二人とも、まだ夢の中だ。わたしは昨夜のことを思い出して頬を染めた。そう言えば、あなたの寝顔を見るのは初めてね。あなたはいつも一番に起きて、窓を開けたりお水や手拭の準備をしたりしてくれて…湧き上がる愛おしさに胸がいっぱいになって、つい唇を重ねてしまった。


「……リカ……」

 まずい、起こしちゃった?……大丈夫。本当にあなたって男性ひとは。「モモ」って呟いても怒らないよ? 今日くらいは一日中……わたしは必死に胸の高まりを抑え込んだ。駄目よ。溺れてはいけない。昼間は、ちゃんと仕事をして、普通に過ごさないと。わたしはゆっくりとベッドから脚を降ろした。


 ああ、まだ……わたしは一歩一歩踏みしめながらベッドを離れ、脱ぎ散らかした衣服を畳み、新しい下着を身に付けるとチュニックを被った。全開になったままで魔石が切れている「白灯」を最弱に戻し、魔石を交換しておく。それから静かに主寝室の扉を開けると、ゆっくりと階下に降りて行った。


 さて、何かお腹に入れるものを作らないと。非常用にひと通りの食物のストックはある。どうしよう。やっぱりスープ系よね。ベーコンと玉葱を微塵にしてバターで炒めて…ベーコンの塩気と鳥醤で味付けは何とかなる。根菜は何があったかな。そうこうしている内に、モモが降りてくる気配を感じた。


「モモ? 大丈夫?」

 わたしは覚束ない足取りながらも階段に急いだ。彼女も、手摺に頼り一歩一歩踏みしめるように降りてくる。

「平気。光魔術のお陰で痛くないから。痛くはないけど……」

「あなたも、なのね……」


 モモが恥ずかしそうに頷く。わたしは彼女を支えながら暖炉端の「魔焜炉」の前に戻った。わたしの調理に眉を上げた名シェフは、硬くなっている茶色の平パンを「魔法袋」から取り出し、細かく切っていった。

「これをスープに加えて、嵩増しと、とろみ付けに使おう。あとチーズも。それからハーブは何がいいかな……」

 あとはモモに任せ、わたしはお風呂を準備することにした。


 昨晩は水を流す日だったので、モモの砂魔術製の大きなバスタブは空だ。「水筒」魔具で魔法水を出す。どうやら小鬼ホルトの魔石ひとつ当たり100リットルの水を出せる。純水100リットルが銀貨2枚だと、魔石の買い取り価格は安い気がする。でも他の属性で出せる物質との兼ね合いもあるから、判断できない。


 僅かずつ水漏れを続ける必要があるために全量を有効活用できない、というこの世界の魔具ならではの事情もあるし。二つ接続している小鬼魔石がひとつ空になる度に、魔力を追加して魔具が切れないようにする。何度も補充が必要だった。それでも、わたしの魔力は余裕も余裕。


 三人とも訓練の他に魔具への魔力追加などを頻繁に行っているから、魔力総量は着実に増えている実感がある。こちらの世界の人が魔法の素質に目覚めるのは十歳から十五歳の誕生日まで。でも、第一段階を両方とも成功させるには初級魔法書で勉強する必要があるし、平均で一年はかかるらしい。


 そして段階が上がるかどうかは、個人差が大きい。十代の間に第二段階にならなければ、生涯、第一段階だ。ショウは二か月も経たずに水と風の第二段顔を発動できている。ステータス表記は第一段階のままだそう。さすがだけれど「単に水や空気は分子で構成されていると理解しているからだと思う」とは彼の弁。


 モモの魔具術は、まだまだ。先ずは第一段階基本魔具の魔法陣を全て暗記して、魔鉄針を使って一筆描きで掘れるようにならないといけない。【定着フィギテ】を発動してみるのは、その次の段階。むしろ【定着】を成功させる方が簡単にできるのでは、と予想している。モモは魔術士だし、相性も全く問題ないからね。


 わたしたちのとったスキルは、魔法にせよ武術にせよ職能にせよ、第一段階でも使い物になっている。逆に言えば、新しくスキルを獲得するのは思ったよりも大変な気がする。キャラメイクでは、広く素質や第一段階をとっておくのが正解だった? あ、でも、独りで転生したらアウトかも。


 それに素質だけとった人は、少なくとも魔法に関しては15歳を過ぎているから発動できない……よね? そして素質をとらなかった武術と魔具術は、恐らく第三までしか上がらないだろう。これは大変な落とし穴だったかも。お風呂の準備を終えたわたしは、暖炉端のモモの元へと戻った。まだショウは起きてきていない。


「リカ。ごめんなさい。あなたが正しかった……」

「え? モモ、何のこと?」

「何日も時間を掛けて、光魔術もあったのに。私、ギリギリだった。直ぐにだったら、とても頑張れなかった」

「そ、そんな。わたしこそ謝らないと。こんなに、す、素敵なら、もっと早く……」

「それも、時間を掛けてきたからこそ、かもよ?」


 二人は同時に恥ずかしげに顔を染めた。もう乙女ではない。大人になったという事実を、改めて実感してしまったから。

「わたしたち、すごい会話をしているね」

「ふふ。はしたないって思われちゃうかな?」

 具沢山のスープが仕上がり、良い香りが部屋に満ちてきたころ。ショウがおずおずと降りてくるのが分かった。


(リ、リカ。どんな顔をして迎えればいいの?)

(そんなこと、わたしだって分からないよ! それよりショウのことだから)

(土下座し兼ねないよね)

(モモ、任せた)(任された)


 ショウがわたしたちの背後に立ち止まった。

「あの。昨晩は、どうにもその……二人には大変な負担を」

 わたしとモモは同時に振り返った。そして予想通りに土下座に入るショウを、モモが大根でも引っこ抜くようにあっさりと立たせ、黄金色の頭をがっちりと捕まえて黙らせるのを笑顔で見守った。


 ショウは驚いて両手を震わせたものの、躊躇したのは一瞬で、モモを折れんばかりに抱き締め返した。先ほどの膂力はどこへ行ったのやら、モモは一転して力を抜いて体を撓らせて身を任せている。こうしてみると本当に華奢な……部分的に例外ありだけれど……モモからこんな力が出るなんて、魔力って不思議すぎる。


「ショウ、有難う……」

「モモ、その……」

 漸く唇を離した二人は抱き締め合ったまま愛の囁きを交わす。

「平気だから。嬉しいの。夢だった…叶わぬと分かっていながら、諦められなくて苦しくて。ごめん、リカ……」

「モモ。ショウの愛は、ほんの少しだけ、わたしに傾いていたかもしれない。でもショウの心遣いは、あなたにこそ向いていたのよ。本当にあなたを宝物のように大切にしていて。わたし、羨ましかったのよ?」


「…リカ、有難う…私たち死んでしまったけど、第二の人生を与えていただいて……無駄にしない。二人を守る。だから私のことも守ってね。ずっと一緒に」

「勿論だよ、モモ。リカも」

「うん。わたしも絶対に、二人を離さない……」


 やがてショウは、瞳を潤ませてぼうっと上気しているモモをそっと離すと、わたしを力強く抱き締めてくれた。ああ、あなた…愛している…魂が震えるほどに好きよ、あなた。わたしたちも唇を重ねた。舌を絡ませ合い、激しく吸われる度に甘く痺れる感覚が体じゅうを駆け巡る。幸せ……。


 わたしは決意を新たにしていた。大丈夫。あなたとなら。あなたとモモの三人となら、少なくとも昼間は溺れずに過ごせる。この厳しくも美しい世界で生きていける。いえ、生き延びなければならない。董ちゃん。もう暫くの間、待っていてね。恒神様、どうかこれからもお見守りください。

「リカ。そろそろ交代して欲しいの……」

 だ、だから、もう少し。もう少しだけ、このままで……。

※次回更新は6/13(土)を予定しています

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