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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第3章 姫花草

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第88話 諸共に

 その晩。ショウにゆっくりおトイレに入ってね、とお願いした。目が泳いだ彼は無言だった。そして恒例の相談タイムで、わたしとモモは長い親友関係を通じても初めてと言っていい、激しい口論を交わしてしまっていた。


「モモ。彼から聞いたから。あなた自分から……やっぱり、そのつもりで二人だけで過ごしたいって言ったのね?」

「それは違う。私は、ショウに委ねただけ。ショウは選ばなかった。私を選んでくれなかった。リカが決心するまではと言ってね!」


「モモ、わたし……」

 きゅっと胸が痛んだ。わたしは……モモとショウが望んでいるのを分かっているのに、踏み出せなかった……違う。彼に委ねれば、彼がわたしの気持ちを汲んで進まないと分かっているからこそ、彼に委ねたのだ。


 わたしはずっと、そうしてきた。転生前から。あなたの優しさに甘えて、その気配りに甘えて、甘えることに慣れきっていて。あなたに全て押し付けて……。

「そもそも、いつまで引き延ばすつもり? 月止薬を飲み始めて二週間も過ぎたのよ? 副作用も出てないし!」


「で、でも。結局、生理が来る前に飲み始めたから、ひと月くらいは確認を」

「リカ。そう言って、薬が完全に効く六日、下着が仕上がる十日、もう少し、と引き延ばしてきたのよ。どうせまた延ばすつもりでしょ! そもそも私たち、とりわけ私は、飲まなくても良いくらいなのよ?」

 そう。森人は森人同士でも子供を儲け難いけれど、他種族との間では猶更だ。特に獣人との間では。ホスタさんたちも獣魔戦士は数えるほどだと言っていた。


「ショウのお誕生日に決めよう? い、い、よ、ね?」

 ま、間も無くじゃない!

「そ、そういうのはショウは却って嫌がると……」

「リカの申し出を断る訳がないでしょ」

 それは、そうかもしれないけれど…そういうことではなく……。

「月止めは完璧とされているけれど、万々が一の時には……それに、いくら光治療があると言っても、出産は命賭けよ?」


「そう。命賭け。厳しい世界よね。私たち、明日、狩りが失敗して死ぬかもしれない。誰かに襲われて殺されるかもしれない。このままで死んでしまったら、私、後悔してもし切れない! リカ、何度も言うようだけど」

「そ、それは何度も聞いたから」

「いいえ、何度でも言わせてもらう。ショウと私たちとでは、時間の価値が違うのよ? ざ、残酷なまでに。リカ、お願い、決心して! 私、一日だって無駄にしたくない! 一日だって!!」


 エルフと音訳されるこの世界の森人の寿命は、永遠ではない。120歳ほどだ。普人は長生きして80歳、獣人と鉱人は70歳くらい。しかし森人は青年期が永い。2()0()()()()5()0()()()()()()()()のだ! わたしとモモは老いた姿を晒して、まだ男盛りにしか見えない若々しいショウに看取られるのだ。永遠の差がある方が却って諦めもついたかもしれないのに。


「ショウはね。老いた私たちを看取ったあと、長い時間を追憶とともに過ごすのよ。勿論、周りが放っておく筈がない。新しい奥さまを迎えるかも。それでも私は、若くて綺麗だった頃の私の思い出を少しでも多く、ショウの記憶に留めてもらいたい。ほんの少しでも多く!」

「モモ、あなたまだ17歳になったばかりじゃない! これから綺麗になっていくのよ。焦るような歳じゃない。それにショウはきっと老いさらばえたわたしたちでさえ、変わらずに愛してくれる!」


「そうよ。私、もっともっと綺麗になる。ショウの手で最高の女にしてもらうの。リカに、少しでも追いつきたいの。そ、そうしないと、ひょっとしたらリナリア様まで……い、いつまでも若くて美しいリナリア様が!」

「モ、モモ。落ち着いて。まだ何も……」


「リカ。ショウはね、転生初日に決心したって言ったの。私がショウに全てを捧げたキャラメイクをしたことに意気を感じてくれたからではないのよ? 寿命に差のある種族を選んでしまった私たちを見た瞬間に、生涯の面倒を看ることを覚悟してくれたのよ! 全てを捧げたのは私ではなく、ショウなの!」

「…………」

 わたしは言葉も無かった。モモの言う通りだから……。


「あの()()()()が、どうして急いでプロポーズしてくれたのか、考えたことある? 私たちが寿命の中身の詳細を知る前に…彼は【医学】や【博物学】で最初から分かっていたのよ? 私たちが遠慮したり躊躇したりする前に申し出て。ショウはそういう男性ひとよ。リカも十分に理解しているよね?」

「で、でも、それとこれとは。モモだけ先に……わたしからも頼んでみるから」


「絶対に断られるって、知っている癖に。ショウは私たちを平等に愛すると誓ってくれたのよ。私は、私の全てを愛して欲しい。丸ごと全てを。リカは違うの?」

「そ、そんなことない! わたしだって、ショウと。ショウが……でも……」

「リカはいいのよ! ショウの本命で……い、壱妻いちのつまだもの!」

「モモ! それこそショウに対する侮辱よ? あなた今、平等に愛してくれると言ったばかりじゃない! そもそもそんな順番なんか決めていない!」


「ショウは誠実に私を愛してくれている。それこそ日々、身をもって実感している!…でも、でもね…天秤は釣り合ってはいないの。傾いているのよ。そのこと自体はいいの。私、それでも全然、構わない。それにね、リカだって気付いているでしょ。ショウとの最初の子は……」

「言わないで! モモ、言わないで!」

 勿論、気付いている。ショウだって間違いなく気付いているに違いない…。


「リカ。どうして駄目なの? 今更じゃない! 何を躊躇っているの?」

 ああ、だからこそ、なのに……。

「モモ。わたしは怖いの。今でもショウのことで心が占められているのに……。わたしは怖い。一線を越えたら、今と比べようもない世界が待っているに違いないから! ショウのことしか考えられなくなりそうで、ショウの愛に溺れて沈んでしまいそうで……こ、怖くて堪らないの!」

「リカ、あのね……」


「そ、それに……できてしまったら。もし、董ちゃんの魂が宿る子だったら。いえ、間違いなくそうよ! この世界で、この厳しい世界で董ちゃんを育てるなんて。もし、死なせてしまったら。次は転生できるか分からないのに!」

「リカ。月止薬は完璧なのでしょ? そもそも私たちは……」


「モモ。あの男性ひとは特別なのよ。もう分かってきたでしょ。わたしたちとは違うのよ! きっとショウが望むと……そうよ。きっと、事態が動いてしまう! リナリア様のことだって! 何もかも大きく進みそうで怖いの!」

 わたしは泣きながらモモに縋り付いてしまった。

「ばかね、リカ」「うう……」


 モモは自分も涙を零しながらも優しくわたしを抱き締めてくれる。

「ショウは特別。そんなの最初から分かっていた。あなたと私が愛した男性ひとだもの。見た目も中身も完璧な美少女二人が夢中になった男性ひとよ。それにね、もしショウが本当に恒神様に愛された存在だったとしてもね、董ちゃんに会いたいと望んでいる筈が無いじゃない。だって……」


 モモは天使の笑顔を向けてくれる。涙に濡れていても可愛さが些かも損なわれない、奇跡の造形を。

「ショウがあなたの不安を感じ取れないはずが無い。あなたの不安が無くならない限り、そんなことにはならない。それにね…いつかそうなったとしてもね」

 ふと何かを思い出すように遠い目をしたモモの顔に決意が籠る。


「リカ。董ちゃんはね、頼って、頼られてくださいって言ったの。愛して、愛されてくださいって言ったの。ショウとの間のことだけじゃない。私とリカのことでもあるのよ。あなたを独りにはしない。どんなに溺れてしまおうとも、どんなに悩もうとも、どんなに辛くとも、きっと私が引き上げてみせる」


「……モ、モモ……」

「そして、私だけじゃない。ショウもいるのよ。三人一緒なら怖くない。どんな困難に遭おうとも、きっと乗り越えられる。ううん、私たち三人なら、絶対に。それが家族になるということよ?」

「家族。新しい、家族ね……」

 わたしたちは家族を失った。でも、新しい家族を作ることができる!


「悲しみも、喜びも、苦しみも、全てを分かち合って。董ちゃんは、私たち三人に、そういう家族になって欲しかった。そして、自分もそこに加わりたかった。それこそが彼女の最後の願いだったのよ」

「……それが家族。それが『わたしも見守るから』という菫ちゃんの想いの意味。それが董ちゃんとの約束よね……」


 長い時間を使ってしまった。ショウはとっくに戻って、扉の向こうで戸惑いつつ立ち尽くしているだろう。わたしが行かなければならない。わたしが、あの男性ひとに伝えなければならない。わたしが。


 扉を開けるとショウが堰を切ったように話し出した。

「二人とも、勘違いしている。僕には覚悟など必要なかった。二人のために生きるのは当然のことで何の負担も感じていない。それに董の魂に会いたいだなんて」

 わたしは黙ってショウの唇に指を添えて、奔流を押しとどめた。


「有難う。わたしたち、あなたの気持ちを微塵も疑ってはいないのよ。でも、でもね。プロポーズの時に言ってくれたでしょう? 支え合いながら共に生きていこうって。董ちゃんと約束したのに、あなたには支えてもらってばかりだった。これからはね、わたしたちが支える番なの」

「そ、そんな、それでは僕がまるで」


「ショウ。もう、言わないで。何も言わないで。何も」

「…………」

 わたしは美しい瞳を真っすぐに見詰める。深閑たる湖のように濃い紫の瞳を。わたしの心が、いえ、魂が震えだす。三つの魂が響き合う音色に耳を傾ける。その調べに素直に心を、そして体を委ねよう。


「抱、い、て」

「!!……」

「抱いて。モモと、わたしを、抱いて。今すぐに」

「…………」

 ショウは黙ってわたしの肩に手を副え、モモの待つ部屋へといざなった。後ろ手に扉を閉める音が虚ろに響く。


溺れましょう、諸共に。あなたの瞳が導くままに、いついつまでも。

沈みましょう、諸共に。互いの心が求めるままに、果て無く深く。

蕩けましょう、諸共に。三つの(たま)の欲するままに、ひとつとなって……

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