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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第3章 姫花草

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第87話 プリン

 転生三十九日目。第四月「繁月しげりつき」の八日目。ショウの誕生日が近付いている。モモと相談しないといけないのに、彼女が主張するプレゼントが分かるから躊躇してしまう。今朝は夜も明けないうちにモモが主寝室の扉を押し開け、泣きそうな瞳で見詰められた。ショウが首を振り、わたしが頷く。伝わったみたい。


 結局、わたしは朝食の席で「あなたのお誕生日だけれど、「山猫の注文亭」()()でもいい?」と言って期先を制してしまった。テーブルの下でモモに思い切り足を蹴られた。いえ、獣人が思い切り蹴ったら大変なことになるだろうから、手加減してくれたと思うけれど。でもやっぱり痛い……。


 朝の治療仕事を熟してから神殿へと向かう。文字通り花が咲き乱れるリナリア様の笑顔に迎えられ…向けられたのはショウに、だけれどね…ショウとリナリア様、それにカランサさんとモモが療病院へと赴いた。今日は神官様も一緒らしい。わたしはホスタさんに、訓練しようと西門の外へと誘われた。


「ふむ、リカ殿の火魔術イグニサルスも素晴らしいな。いやはや、このような若き俊英二人を揃えられるとは。我がアステリデ一門でもなかなか。羨ましい限りだ」

「あ、有難うございます。でも、わたしは武術がからきし駄目で」

「モモ殿が居るとは言え、そこが弱点だな。どれ、もう少し揉んでやろう」

「お願いします!」


 習得段階については正直に言うべきかどうか迷ったけれど、結局、第四段階になったばかりだということにした。第五段階だと魔匠士になるので、さすがにそれは不自然に思われて痛くも無い腹を探られるのでは、と判断したのだ。探られても、何も出て来ないけれどね。出て来ないことが、問題だから。


 幸い、というべきかホスタさんの火魔術は第三段階らしい。わたしの方が上だから、わたしの段階を正確に看破されることは無い筈だ。教科書的にはね。でも魔術士との接触が多くて、実戦経験が豊富そうなホスタさんには勘で見破られてしまう可能性はそれなりに高い気もする。


 わたしの【棒術】は素質無しの第一段階だ。「赤い棘(プカ・キスカ)」相手や毎朝の日課で多少は稽古してきたとは言え、モモをも上回る腕前のホスタさんとの訓練は、具体的かつ実践的で大変に参考になった。ここだけの話、モモの教え方は「もっと、そこを、こういう風に」とか、感覚的だからね。


 一番の収穫は、武器として魔鉄製の棒を薦められたこと。ほぼ鋼鉄だから重いものの、魔術発動補助の長杖と兼ねられるので、棒術を使っていくのなら検討しては、とのことだった。そういえば先日の「玄奥の森」偵察隊の魔術士も金属製の長杖だった。魔力循環を覚えて腕力が付いたら買おうかな。


 今日はお昼前に神殿を辞する。輝ける笑顔ながら、どこか戸惑いと迷いを滲ませるリナリア様の表情に心の中で溜息を吐いく。モモに「ますますリカにそっくりね」と揶揄からかわれてしまった。そして昼食のため宿に戻ると、意外な訪問者が待っていた。ショウが「崩甜尿」を治療したフェドソンくんだ。


「森人さま! この通り、すっかり元気になりました!」

「フェドソンくんだね? それは良かった」

 ショウはすっと屈んで目線を合わせ、少年のその後の体調などを確認する。幸いなことに、全く問題ないらしい。

「あの、これ。母さんが持っていけって。今朝の生みたてです」


 フェドソン少年は麦藁で編んだ籠を差し出す。白い鶏卵が六個も入っていた。鶏は、闘鶏用みたいに黒くて逞しいものの、ほぼ同じ外観の鳥がいる。翻訳は「時鶏にわとり」だ。地球と同じく朝の時を告げる鳥だからだろう。

「お礼は神殿からいただいているから」

 ショウが遠慮したところ、少年は胸を張って籠を押し付けてきた。


「うちはヴェイザで一番の養鶏場ですから。代官屋敷や神殿にも納めています。命の恩にはとても足りませんが、自慢の卵でお礼をしたいのです。ぜひ、受け取ってください。ほんとうにありがとうございます」

 フェドソンくんは、きれいな胸礼をして頭を下げた。わたしたちは目顔で相談した結果、どうも断るのも却って失礼という空気を強く感じたので、有難く頂戴することにした。新鮮な卵の魅力には勝てなかったしね!


「何に使おうか? 甘いもの、いけるかな」

「プリンならお鍋で湯煎して作れるけど自信ないかも。オムレツとかが無難かも」

「プリンを優先して、それから考えようか?」

「うん。プリンを入れる容器に漉し器も欲しいな。でも買うのは勿体ないよね?」


 わたしたちは宿の食堂でお昼をいただきながら卵の使い道を相談していた。時鶏卵そのものは町中でも売っていて、購入してみたこともある。殻は茶色くて黄身がかなり白っぽい。この世界で最初に食べたのは麦粥に溶かれていた卵だけれど、この色の所為で、口に入れるまでは気付かなかった。


 ショウに拠ると「トウモロコシや青草のような色の濃い餌ではないために白い黄身なのでは」とのこと。そして臭くて古い。水に浮くし、卵を割ると黄身がへたって白身も流れる。今まで食べてきたお料理に使われている卵もどれほど新鮮なものやら、と考えると……本当にショウの【浄化プルガーテ】が命綱よね。


「容器は広口で丈も低い薬品瓶がグラファさんのところにあったよね。調味料入れなんかにも転用できるから、買ってしまっても無駄にはならないかな?」

「そうね。漉し器は、エンディルさんに聞いてみよう」

 幸い、網のような漉し器がある、ということなので貸していただくことにした。というか、プリンは言語対照でも反応しないし説明しても通じなかったので、宿の厨房を借りて作ってお見せすることにしたのだ。


 材料も道具も全て【浄化】して、小鍋に泡立て器で(泡立て器は細かい木の枝を束ねたものがあった)卵をよく溶き解す。温めた牛乳と糖蜜を加えてよく混ぜ、粗い金網状の漉し器でプリン液を三度、漉して薬品瓶に入れる。大綿布を敷いたお鍋に布を縛って蓋をした瓶を置き、お鍋にお湯を注ぎ入れる。


 お鍋の蓋をして「魔焜炉」を弱火でしばらく加熱する。バッギさんたちがいるから【加速アクセレラ】は使えないけれど、プリンの固まり具合を何度も確認したいから、わたしたちだけで作ってもショウの出番は無かったらしい。その間に糖蜜を焦がしてカラメルを作る。蒸し上がったプリンにカラメルを掛けて完成だ。


「やっぱり表面に鬆が入っちゃった。ごめ……申し訳ありません、ショウ様。硬くなってしまいましたし」

「モモ、最初だし、道具とかも違うし、十分に美味しいよ?」

「僕は、こういうしっかりした食感のプリンが好き……ですよ」

「二人とも有難う……ございます。バッギさん、お味は如何ですか?」


「ふむ。滑らかな食感と濃い甘味に焦がし糖蜜の苦味。卵と牛乳と糖蜜を使った贅沢な甘物あまものですので、うちで出すのは難しいですが、「山猫の注文亭」なら飛びつくのではないでしょうか」

 結局、厨房を借りて食材を分けていただくお礼も兼ねてバッギさんたちにも食べていただこうと、卵は六個全部使ってプリンを二回、作ったのだ。特に二人の娘さんたちに泣かれるほど、大好評だった。


「この世界……この辺りでは、似たようなものはないのですか?」

「もっと硬いですが、卵と牛乳を混ぜて干果物を加えて麦皮生地に乗せて焼く甘物が近いでしょうか。野菜や肉を入れて焼くことも」

(フランやクラフティに近いお菓子はあるのね。お料理はキッシュかな)

 モモが耳打ちする。そう言われて言語対照を探ると、反応があった。


 言語対照は、わたしたちが自発的に探らないと駄目だから。検索窓とは違うし、簡単な英単語カードを捲るのに近いかも。今日は、思わぬ形でデザートを楽しむことができて良かった。さて、今晩は、モモとしっかり相談しないとね。


(モモ。今晩は二人で話したいのだけれど)

(リカ。わたしも是非、あなたに話したいことがある)

((…………))

(えっ? あの、これは……)


 珍しく二人の間に緊張感が漂う。ショウが狼狽した表情でわたしたちの間に視線を彷徨さまよわせている。バッギさんたちが顔を見合わせている。あ、こんな場所で不用意だったかな。でもモモが「ショウ様、しっかり精を付けてくださいね。精を。うふふ」なんて言うものだから、つい……。


「バッギさん。今晩の夕定食は何でしょうか?」

「はい。養鶏場から老時鶏を仕入れたので煮込んでいます。お野菜は玉菜や油菜と干肉を炒める予定です。汁物は……」

「ショウ様、美味しそうですね。楽しみです。たくさん食べてくださいね」

「……ハイ。そうさせてもらうよ」

「私も楽しみです!」

 わたしたちは精一杯、森人主人とそのセルウァを演じて見せた。

※次回更新は、6/9(土)を予定しています。

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