第82話 自家製
次の日。わたしたちは本町南門先の草原で採集と狩りに勤しんでいた。寝坊したのは最初の数日だけだったので、北門で朝の治療仕事をしつつ偵察隊を見送ってから移動した。昨日から組合に掲示されていたし、北門の門番さんも注意喚起をしてくれたので、敢えて「玄奥の森」に入る魔物狩はいなかったと思う。
森に入った偵察隊は、十名ほど。衛兵が十人。ガットさんは見掛けなかったものの知った顔もいた。そして杖使い風の人が二人。長寛衣に金属製の長杖だった。渡しの船頭さんが話していた「代官屋敷の魔術士」だろう。頭巾を深く被っていたから確証はないけれど、高齢のように感じた。
「北門の南平原には、もう牛頭鬼は見当たらない、という話だったね」
「森から押し出された魔物は、そう多くはなかったのかな」
「大事にならないといいよね」
顔見知りになっている魔物狩さんたちやクンディ様などの話を総合すると、そろそろ鎮まりそうな印象を受けた。そうなってくれると良いけれど。
狩りも採集も順調そのものだった。まず駆鳥が二羽と跳兎が一羽。最初のときに当たらなかったのが嘘みたいに、わたしの【火矢】は軌道を修正して計ったように獲物の首を飛ばした。アウストリ川の河原まで出向いて春甘根の球根も十個ほど掘り出し、接骨木も見付けて蕾を採集した。
そして川沿いの小さな入り江の傍で、倒木の周囲にモリーユである網頭茸を数本、見付けることができた。それでもまだお昼前だったので、予定を変更して急いで町へと戻ることに。組合へは【冷凍】して「魔法袋」に入れた兎と鳥を一羽ずつ(寝具や羽ペンになる駆鳥の羽毛は二羽分とも)と接骨木だけを卸した。
食材を幾つか購入してから宿へと戻り、直前で申し訳なかったけれど夕食をキャンセルして、早速、三人で料理を始めた。メニューはいつもの野菜の炒め煮の他に、「モリーユ茸のクリームソース自家製ショートパスタ」と「駆鳥と春甘根の赤ワイン煮込み、コック・オ・ヴァン風」よ!
まずはパスタ生地。全粒粉に水と塩を混ぜてよく捏ね、布を被せて寝かせる。その間に卸さなかった駆鳥を解体する。
「鳥肉なのに赤身なのね。脂身も少ないね」
「走るだけあって、腿肉が立派だよね。レバーとハツは試してみる?」
「僕が【浄化】すれば大丈夫とは思うけど。今回は止めておく?」
「そうね。私もジビエの内臓の扱いは気持ち的に……」
ということで、腿肉と胸肉と手羽元以外は夕食の直前キャンセルのお詫びも兼ねて宿の厨房へと持っていった。内臓は使えるし骨も良い出汁が採れるとのことで、喜んで引き取ってくれた。
ぶつ切りにした赤肉に塩を振って鍋に入れ、駆鳥の脂で焼き色を付ける。一旦お肉を取り出して、薄切りにした玉葱を炒めてからお肉を戻し入れ、ハーブ類と先日ステック・アッシェを作ったときに蓋を開けた赤酒(赤ワイン)を全部空けて強火で沸騰させたら、ショウに【加速】してもらう。
そして春甘根の球根を加えて煮込む。【加速】は便利だけれど、すごい勢いでアクが出てくるから掬うのが大変なのよね。球根に火が通ったら鍋を降ろして、鍋ごと完全版「魔法袋」へ。次はパスタ生地を麺棒で伸ばし(麺棒は売っていた)、三人で手分けして手で千切って転がして、ショートパスタに成形していく。
パスタは言語対照では「麦麺」として反応するけれど、この辺りでは作らない。スープに入れる麦玉にするくらい、とのこと。でも「山猫の注文亭」でタルトが出てきたように伸ばす生地は作るので、麺棒は手に入るのだ。小麦粉を振った調理台代わりの板にショートパスタを並べて乾燥させる。
次はパスタソース。適当に切った網頭茸を鳥の脂で炒め、高かったバター(牛酪)と酸味の強い生クリーム(凝乳)を混ぜて、サワークリームかヨーグルトソース風に。勿論、全て【浄化】している。そして自家製ショートパスタを少なめのお湯で蓋をして、蒸し茹でる。直ぐにモモが茹で具合を確かめていた。
「自家製の生パスタは、茹で過ぎると溶けちゃうからね」
金属製のザルは売っていなかった。鍋を傾けて蓋の隙間から慎重にお湯を捨てる。少し時間が掛かってしまった。そしてショートパスタを茸クリームソースで和える。なんとか完成ね。お肉の鍋も魔法袋から取り出し、「サムの調理道具セット」の小鍋や、宿から借りてきたお皿などに三品のお料理を取り分けた。
「「いただきます!」」
「パスタは、スプーンで掬った方が早く水切りできた。ごめんね」
モモが申し訳なさそうに言う。途でもない。モモがいるから手際よく作れるもの! ちなみに2本歯のフォークしか売っていない。しかも肉を切る際に抑えるための食器なので、歯は真っ直ぐで細長くてフォークとしては使い難い。名前も「肉叉」だ。それもあって、お匙で食べられるショートパスタにしたのだ。
「アルデンテじゃなくても、全粒粉だからか味が濃くて美味しいよ!」
「不揃いだけど、却ってクリームの濃厚なソースが絡まったしね」
わたしもショウも本気の本音でモモを労って、笑顔で感謝を捧げる。
「二人とも、有難う。モチモチの食感もいいよね。コック・オ・ヴァン風の「駆鳥と春甘根の赤酒煮込み」の方はどうかな?」
駆鳥の赤身肉は、鳥肉というよりも牛肉か羊肉? という系統の味だった。
「駆鳥は、哺乳類系のお肉に感じるね」
「そうね。食べたこと無いけど、駝鳥やエミューも赤身だって聞いたことがある。水を足さずに赤ワイン、赤酒だけで煮込んだのは正解だったね。風味が豊かになってグレードアップした感じ」
「そうだね。春甘根の球根もホクホクで、ほんのり甘みがあって美味しいな」
「白人参、パースニップにも飽きてきたから良かったよね。球根は花が枯れた後も残るから偶には食べようか」
今回も大満足の夕餉となった。後片付けは光魔術で一瞬だし、時間も早めだったので、お風呂にもゆっくり入れた。体も洗わないし温まるだけだから、本当にゆったりできる。基本的にショウが一番風呂。入浴前にお湯と三人の体を【浄化】するから、魔力回復も兼ねるためだ。水は【浄化】して三日使っている。
「ザルもそうだけど、細々とした調理器具が無いのは不便ね。蒸し器なんかも欲しいけど……でも「魔法袋」があるといっても、あまり荷物を増やすのはね?」
お風呂上りに応接スペースで幸せに寛ぎながら、モモが相談してくる。
「そうねえ。今のところお料理も偶にしかしないからね。魔法があるといっても、やっぱり時間かかるもの」
「モモ、お料理はもっと作りたい?」
何度もご挨拶を交わしつつ、ショウが気を遣って確認してくれる。
「ううん、そんなことないから。それよりも武術訓練や魔術練習をした方がいいと思うし。私の場合は早く魔具を起動できるようになりたいしね」
「そう言えば、明日のリナリア様の呼び出しだけれど、モモは武装してきて欲しいって伝言だったよね」
組合に兎肉などを卸した際にクンディ様から伝えられたのだ。
「ホスタさんやコルノさんが手合わせしたい、っていうことだよね」
ショウは心配そうにモモの手を握った。
「ふふ、有難う。でも私、寧ろ楽しみなの。ホスタさんもコルノさんも…特にホスタさんは私よりも強いと思うから、良い訓練になりそう」
「そうよね…武術は素人同然のわたしでも、強そうに感じたもの」
「僕も思った。モモ、くれぐれも無理はしないで欲しい」
「ショウ、いつも優しいのね……ん」
二人は自然に顔を合わせる。続いて、わたしの頭の後ろに手を回してくれる。
そう。「おはよう」「おやすみ」の頻度どころではなくなっていた。特に離れにいる間は。部屋の出入りの際は言うまでも無く、それこそ会話が途切れたりする度に…嬉しいけれど。幸せだけれど。あなたのキスは、痺れるもの。わたしのも気に入ってくれているといいな…気に入ってくれていると思う。だって今も……。
「リカ、そろそろ交代……」
「んっ……ご、ごめんね、モモ」
「あの、僕んむ!」
(あ、と、で。ずうっと、あとで!)
J.R.R.トールキン『指輪物語』(サムの調理道具)




