第81章 セルウァ
ホスタさんは門を出るところで「些少ですが、これは組合の報酬とは別でございます」と例の菊花が尾を引いて昇る紋様が縫われた小袋を渡してくれた。確かめると金貨が1枚入っていた。これが些少というご身分なのね。組合へと急ぐ道すがら、モモとわたしはショウから少し遅れて歩きながら囁き合っていた。
(リナリア様、綺麗だったねえ。これぞエルフの姫君っていう感じだよね)
(まさに夕星姫。いえ、金髪だからガラドリエル様? 清楚系だから違うか)
(間違いなく、ショウに惚れたよね……)
(ショウの能力と人柄と、同じ属性の魔力まで触れ合ったら、ね……)
言うまでも無く、モモこそリナリア様のお心に気付くよね。
(ねえ、「春を知らぬ蕾」は処……乙女で、「契りはございません」は婚約者がいないって意味だよね)
(まさかこれって、森人の作法ではもう告白ってことだったりする?)
(さすがに、ほぼ初対面でそれは…従者はそこまで反応していなかったし)
(そうよね。ね、従者二人の名前にあった「S」が「セルウァ」よね?)
(たぶんね。セルウァという制度?があるから、私たちも森人のショウと一緒でも不自然に思われなかったのかな)
(それは、あるよね。助かった、というべきなのよね)
わたしとモモは、ショウの「副官と護衛」という見られ方をすることが多かった。クンディ様から始まって、武器屋のご主人とか、魔具士のグラファさんとか、「登仙楼」の皆さんとか…初めて「セルウァ」という言葉を聞いたのは「赤い棘」のナナさんからだったかな?
改めて言語対照を探ると、微妙な反応を返してくる。「世臣?」とか「節士?」とか。丁度よい存在が日本語表記には無かったのだろうな。そもそも「セルウァ」はどういう意味なのかな?
「ね、ショウ」「ハイ」
「セルウァの意味って、分かる?」
ショウも既に検討していたのだろう、いつも通りの熟れた説明をしてくれる。
「ラテン語風に翻訳されている意味が同じなら「サービス」の語源。男性だとセルウスかな。元々は奴隷の意味で、そこから召使とか奉仕とかの意味になった。この世界でも昔は森人に仕える奴隷で…でも「世臣」「節士」などが反応するから、今では森人に代々仕える、恐らくは異種族の忠実な家臣を指すのだと思う」
「有難う。さすがね」「ショウ、本当に助かる」
神様翻訳がカタカナのままなのは「異種族」の所為なのだろうか?
「ねえ。私があなたを好きだってこと、いつ気付いた?」
モモがほんのりと頬を染めながらショウの耳元に甘い声を吹きかけた。
「……こんな可愛い子がこの世に存在するのか、っていう驚きが大きくて……」
「うふふ、有難う。でもショウ、正直に教えて?」
「ハイ。最初からです」
「正解。でも、私、ずっと隠していたのに……」
わたしはショウと顔を見合わせて苦笑する。あ、れ、で、隠していた、は無理がございますわよ、モモさん!
「じゃあね。リナリア様がショウに惚れちゃったことも分かるよね?」
モモの容赦ない追撃が待っていた。
「いや……リナリア様は、自分でもよく分かっていないと思う。たぶん、誰かを本気で好きになったことは無いのでは。それに自分だけでは決められないお立場だろうし。自分の気持ちに素直に向き合えないと思う」
「つまり、リカと同じってことね」
モモがいい笑顔でわたしを見てくる。手痛く反撃されてしまった。
「リナリア様の最後のあの表情。リカで散々、見飽きたもの!」
「ええっ? それをいうならモモでしょ!…そ、そうよね、ショウ?」
「…………」
「ショ、ショウ?」
「ショウ。正直に教えてあげてね」
うっ…知りたいような、恥ずかしいような……。
「いやその。そうだったらいいな、とは思っていた、かも……」
「ショウ、いつもリカにだけ甘いよね?」
モモがわざとらしく、むくれて見せる。か、可愛い……。
「そ、そんなことは! モモ、僕は君を」
それでも彼は懸命にモモを宥める。モモは嬉しそうだ。ほんの揶揄いなのよ、あなた? と表情が語っている。モモったら! わたしは心を落ちつかせ、これ以上、攻め込まれる前に話題を変えることにした。
「ね、ねえ。「赤い棘」も驚いていたけれど、リナリア様も【清浄】で膀胱を空にできる、って知らなかったよね。わたしたちが掴んだと思っている本質、魔術は目標に向かって飛ばしているのではなくて、目標まで移動させているから軌道も変えられる、っていうのは、知られていると思う?」
「リカが知らなかったから【魔法学:第二段階】、恐らくは「魔法全集」まで読んでも書いていないということだよね。でも、僕の【医学:第二段階】の知識も……帝国の医学知識という意味だけど、リナリア様の知識より劣るというか、違う部分も結構あった。例えば銀人の仮説は、僕の知識には含まれない」
「つまり、経験則や口伝などで知られているのかも、ということ?」
「そう。或いは……」
「或いは「光匠の技」のような専門書には書いてあるのかもね」
「そうだね、モモ。次回もお礼をいただけるなら、専門書を読ませて貰えないか頼んでみる、というのは?」
「それがいいかもね。「光匠の技」は売っていなかったしね」
「ついでに、四魔術の「匠の技」も読ませていただけると言うことないよね」
その後、わたしたちは組合に寄ってクンディ様に報告をした。神殿からの報酬は明日の夕方以降に渡してくれるとのこと。残念ながら金額に不満があっても交渉の余地はない、と申し訳なさそうに付け加えてくれた。力関係は神殿の方が上なのね。それから別途、組合から依頼があるかも、とのこと。
「玄奥の森」での魔物の増加の件だ。明日、衛兵隊と代官屋敷の魔術士が森に偵察に入るらしい。その結果次第で更に人数を増やして…神官様も同行した上で…魔物を間引くかもしれないそう。その際には、ショウに北側の組合出張所で待機する仕事を依頼する可能性がある、ということだった。
閉所時間が迫っていたけれど、急いで資料室の「貴家収攬」でアステリデ家の項目を読んだ。通称「星辰のアステリデ」。森人の五伯爵家の中でも筆頭の貴家だった。侯爵家はひとつだから、森人序列二位の大貴族だ。それどころかアステリデ家は! セルウァたちがリナリア様を「姫様」と呼んでいたのは文字通りの!
今では四協帝国の伯爵家だから実権は無いはず。それでも、森人貴族の中でもアスデリデ伯爵当主には覡王、伯爵夫人には巫后という尊称が奉られていた。音訳の「バシレウス」「バシレイア」はショウの知識にも無かった。そして魔法能力については、伯爵は究魔導師、伯爵夫人は尊神官だった。
四魔術は第五段階で魔匠士、第七で魔導師、第十で究魔導師と呼ばれる。ペルフェクトゥスはパーフェクトだろう。光魔術の第四以上は神官、第六以上は大神官だけれど、尊神官って何だろう。音訳のハギアはショウでも分からなかった。神官は第十段階に達しても大神官のままらしいのに。
役職の名前か、それとも尊称なのだろうか。でも神様の漢字翻訳からすると「巫后」こそが、神職としての尊称よね? そして、紛うこと無き本物の姫君であるリナリア様の記載は無かった。父君エンピリオス様と母君ヘリクリサ様のお名前だけ。まだ17歳とお若いし、こちらの書物は頻繁に改訂されないからだろう。
わたしとモモは頷き合った。リナリア様の件は、この世界で生きていく上で正に分水嶺となるかもしれない。正直、心に細波が立ってしまうけれど…さすがに文字通り素性の知れないショウを、素性を探っても何も出て来ない森人を…婿養子に迎え入れる、などということにはならないと思う。
でも、どこかの貴族家の保護下に入りたいとか、臣下になりたい、ということになった場合の頼る先としては、申し分ないのかもしれない。勿論、現時点では情報が足りなさ過ぎて判断できない。先ずは、もっと森人の世界のことを、そして何よりもリナリア様のことを知らねば…。
J.R.R.トールキン『指輪物語』(夕星姫、ガラドリエル様)




