閑話 クンディは悩む
「それではクンディ様。話されるおつもりになりましたら、ご連絡を」
「ホスタ様。本当にわたしは何も知りません。ご期待には添えられませんかと」
ホスタ様は片眉を上げたものの、優雅な仕草で胸礼をしつつ退出された。わたしは緊張を解いて、ほっと息を吐く。
ホスタ様はセルウァとは言え「星辰のアステリデ」伯爵本家の壱姫の副官だ。形式上は郷士でも、普人の弱小男爵家から郷士家へと降嫁したわたしよりも格上。そして何より……わたしは深い溜息とともに振り返った。
始まりは……そう、ショウ様たちがヴェイザに現れてから四週ほどの頃か。解体場担当の職員…元は我がグラフェル男爵家の従者、ずっとわたしに付いて来てくれているファイスからだった。
「クンディお嬢様。折り入ってお話がございます」
「まあ、ファイス。あなたはもう男爵家の人間ではないのですよ。もっと普通に接してくださいな」
「わたしにとっては、クンディ様は男爵家ご令嬢ですから」
「……………」
いつもながら心が乱れる。狩人の才もあったのに。わたし付きの従者になったばかりに、貧乏くじを引かせてしまった。郷士家を辞してまで、魔物狩組合に就職することはなかったのに……。
「ショウ様のことです」
「最近は、治療だけでなく積極的に狩りに出られているわね。相変わらず謎めいた方よねえ。「実用袋」もお持ちだし、選りすぐりのセルウァ二人とは仲が良過ぎて驚くけど。何か分かった?」
「それが。お持ちなのは「完全版」かと」
「そうなの。そこは隠されたかったのかしら?」
「複数、お持ちのようで。どんどん増えています。まさかとは思いますが、御手ずから、ということもあるかと」
わたしは衝撃を受ける。まさか、時空魔術士? 有り得ない!
「だって、ショウ様は恐らく第三段階の光魔術士よ? 時空も使えるのなら、そちらを優先して修行するから、少なくとも第三段階で。まさか!」
「ご領地の時空魔術士の習作の「魔法袋」を持ち出されたのでしょうか」
「そうとしか考えられないわね。このことは?」
「クンディ様だけです。フリゾルは全く気付いていないでしょう」
「……いつも苦労を掛けて、ごめんなさいね」
「いえ、わたしの……仕事ですから」
まさかね、そんなこと。この時はそれほど気に留めなかった。「玄奥の森」に魔物が増えて犠牲者が出て、今いる魔狩隊で最強だった「赤い棘」が全滅しかけ、ショウ様らが救援したときも……「赤い棘」が心酔してしまっていたのは驚いたけど。魔力を昏倒寸前まで使っていただいたのであれば当然か。
いや、ファイスには告げなかったが、ショウ様は第四段階の光魔術士の可能性すらあるのだ。以前にモモさんが【獣化】したことがあったが、今回もマクアナさんとナナさんは【獣化】まで使った筈だ。それにしては回復が早い。【回復】で体力を戻したなどということは。十八になるかならぬかで!
問題は、これほどの光魔術士をホスタ様がご存じないことだ。無論のこと森人は種族の結束が強いとは言え、勢力争いもまた激しい。将来有望な若者の実力が秘匿されることもあるだろう。しかしその場合は、わざわざ普人地域の辺境にまで修行に出すことは考え難くなってくる。
かといってショウ様の位階が低いとも……確かに不自然ではある。ショウ様は自ら動かれ過ぎる。例えばリナリア様は出来過ぎた姫君だ。どの身分や職の患者にも誠心誠意、治療に当たられるし。何しろ「聖女リナリア」様だ。それでも自ら魔物狩組合に登録を、などということは発想すらお持ちではないだろう。
「袋道亭」のエンディルさんが驚いて訪ねてきたこともあるが。女魔具士のグラファさんも。武具店のヒヤルさんも。いくら複婚妻の絶世の美女セルウァとは言え、それはもう細やかに気遣われて。ショウ様だってお人柄まで隔絶した美形なのに。あのお二人も、ショウ様を心根から敬愛されているけど。取り留めもない思いを巡らせながら事務室に戻ると、フリゾルたちが花粉を堪能していた。
「ねえ、聞いた? 森人地域に龍鬼が出たって!」
「聞いた、聞いた! でも見事、退治されたのでしょ?」
「マグノリデ侯爵閣下が御自らご出陣されたとか!」
「さぞ、美しい軍勢だったでしょうね」
わたしは溜息を吐く。侯爵閣下の出陣を仰がねばならないほどの惨事だったと何故、分からないのかしら。
「でも、犠牲も出たのでしょう?」
「デゲネリア子爵のご後継様が戦死なさったとか。聖剣使いのデーゲン様が」
「なんと、お労しい!」
そう、大宝玉よりも貴重な聖剣使いをまた一人、失ってしまったのだ。聖武器を扱えるのは光の第六段階、大神官だ。いや、大神官の中でも戦える少数の者に限られる。この帝国全体でも……。
「ねえ。ショウ様もいずれ、ご出陣されるのかな?」
「十八にもなられないのに第三段階ですもの。きっと聖剣使いに達するわよね?」
「ああ、想像しただけでもう。純白の鎧に身を包み、銀光に輝く聖剣を掲げる、栄えある四協帝国一の美形戦士!」
「両脇を固めるは、これまた美神のような従者ふたり!」
「間違いなく、唄になるわよね!」
無知と言うのは幸せね。わたしだって直轄領の組合幹部だから知ったのだけど。本当のことを実家に知らせることさえ、硬く禁じられている。帝国上層部は可能な限り隠すつもりだ。そう、嘗てない規模の大漲溢が起こったことを。「晦冥の森」の予期せぬ方向に溢れた呪酷龍鬼の群れに襲われた子爵領は崩壊した。
全滅した村の数だけでも五十を超えた。数多の戦士と魔術士が散った。領都の砦に籠った子爵軍の留守部隊は壊滅。帝国期待の花であった子爵の嫡男、デーゲン様も戦死された。言うまでも無くセルウス・セルウァたちは全滅だ。魔石と魔力を使い尽くして昏倒した主人を守ろうと最後まで立ち塞がったのはふたり。
魔力が切れた副官の女魔術士は、自ら龍鬼の顎に飛び込み、親衛の女獣人護衛は、ばらばらに引き裂かれるまで戦って果てたという。まるでショウ様たちの未来のような気がして、背筋が凍ってしまったものだ。ショウ様は、どうみても戦いとは無縁の方だ。それでも……そう、お立場が許さないだろう。
案外あの二人が、リカさんとモモさんが主導してショウ様を出奔させたのかもしれない。自分たちへの深い愛情を奇花として、遥か普人地域の辺境に逃れ、治療の技によって人々を守れば良いからと。或いはショウ様が二人を守ろうとしたのは婚約者からではなく……フリゾルじゃあるまいし「恋物語」の読み過ぎね。
デゲネリア子爵の属する「偉烈のマグノリデ」一門は、上を下への大騒ぎだ。これに乗じてまた共政国が国境を侵すかもしれない。マグノリデは子爵領の復興に掛かり切りになる。その余波は森人全体に及ぶだろう。ショウ様も戻られるかも。その前に是が非でも我が実家でお持て成しをさせていただかなくては。
「ねえねえ、聞いた? 最近、フォルカラッドで森人の唄手が人気だそうよ?」
「本当? 知らなかった。森人だなんて!」
「新しくて泣ける唄を次々と吟じられる、って花粉を吸ったわよ?」
「ああ、聴きに行きたいなあ……」
「フリゾル、あなたのところで馬車を仕立てられない?」
「それは可能だけど。護衛費や滞在費も合わせると金貨を覚悟してよ?」
いつの間にか話題が飛んでいる。若い娘らしいと言えば、らしいけど。
「フリゾル? ショウ様に護衛を依頼して、とか考えてないでしょうね?」
「ええっ! 考えてないわよ。そもそも、あのお二人が……」
「あのお二人よねえ。紅蓮の女神リカ様と天下無敵のモモ様!」
「お二人とも、間違いなく種族で一番の美貌よね」
「有り得ないよねえ。森人だってあんな美形は。その上、胸まで!」
そう、有り得ない。有り得ないことを説明するには……。
「羨ましいよね。ショウ様に姫君のように大切にされているお二人がね?」
「うん。お二人もショウ様の虜だけど!」
「ねえ、どうして留具を付けていないのだと思う?」
「枯れそうな程のご事情があるのかしら……」
「留具を路銀に換えねばならぬ程に、慌てて飛び出されたとか?」
「恋物語になるような泥畑を漕いでこられたのよ!」
本当に、いい気なものねえ。まだ「玄奥の森」の魔物増加だって要注意なのに。わたしは今日何度目かの溜息を吐いた。何故、ここヴェイザの砦が百年の時を超えて尚、硬化石の高壁で維持され続けていると思っているのだろう。彼女たちは皆、地元出身だというのに……。
あの大漲溢「ノルドの惨劇」を忘れたのだろうか。突如として「玄奥の森」から溢れた惨血蛟鬼の群れに蹂躙された地獄を。龍鬼でさえ無かったのに、万を超える犠牲が出た。我がグラフェル男爵家もその復興の功績により叙爵されたのだ。今回は、このまま収まってくれるといいけど。
ショウ様には、深いご事情があるのだろう。大恩あるショウ様にはできるだけのことをしなければならない。ショウ様が開示された綿実油の脱色は、あっさりと成功した。出入りのペニング商会の食い付きも予想以上だった。動物脂よりも桁違いに生産できる透明植物油が特産となれば、実家の経済力は大きく上昇する。
それでも所詮は普人の弱小男爵家。万が一、頼られたとしても、一時的に匿うことしかできないだろう。全力で匿って差し上げるつもりではあるけど。次の行先だって知らぬ存せぬ、を貫いてみせる。例え「星辰のアステリデ」が、森人の筆頭伯爵家が、古の旧王家が相手だとしても……。
※次回の更新は5/16(土)を予定しています




