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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第3章 姫花草

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第79話 体の内外

(ね、崩甜尿は糖尿病でいいのよね?)

 コルノさんに案内される道すがら、わたしは小声で囁いた。

(ええと、一型はランゲルハンス島からインスリンが出なくなるのよね?)

 モモもショウの耳元に密々(ひそひそ)と話し掛ける。


(そう。正直、よくリナリア様に納得していただけたと思う。【医学:第二段階】の知識に含まれていなかったけど、リナリア様が栄養の基本をご存じで良かったよ。そこから説明が必要だと、完全にお手上げだったと思うから…)

(いつもの治療よりは、かなり時間が掛かっていたよね?)

(…実を言うと、自信がない。一型糖尿病は自己免疫疾患だからね)

(ええと、どういうこと?)


(自己抗体がインスリンを作る膵臓のβ細胞を攻撃するのが原因だから。【深癒サナーテ】で膵臓や腎臓を健康にするだけでなく【浄化プルガーテ】で自己抗体を消すことを意識した。体に害悪を及ぼすという意味で自己抗体も病原体も同じでは、と判断してね。【回復スルギテ】よりも多く魔力を消費したから、逆に言うと消せた気もするけど…)


 さすがに自己抗体を作る白血球のゲノムまでは正常化できていないかな…とショウの説明を聞いている間に、神殿の角を曲がって城壁に接した場所に出た。「袋道亭」の離れに似た蔵のような建物が並んでいて、コルノさんはそのひとつの扉を開ける。神殿と同じ青雫草(あおしずくさ)(ローズマリー)の香りが中から漂ってきた。


 やはり入って直ぐに土間と暖炉。でも上がり間は扉で完全に閉じられている。コルノさんは引き戸を開けて、上がるよう促してくれた。当然、靴を脱ぐ。中は立派な応接間になっていた。床は植物を編んだ敷物で全面が覆われている。薄い畳…というより筵に近い。三人で顔を見合わせて確認することにした。


「コルノさん。裸足になってしまっても失礼には当たりませんでしょうか?」

「当の前にございます。どうぞ、ご家中と思ってお寛ぎください」

「有難うございます」「では、失礼して…」

 早速、靴下を脱ぐ。直ぐにショウが靴下と素足を【浄化プルガーテ】してくれた。


 ああ…足裏に感じる草の感触が気持ち良い。イグサは…「(ゆい)(くさ)」としてあるのね。それかな。低い座卓のみで椅子は無くて、丸い布製の座布団が幾つか置いてある。座布団にはホスタさんの鎧などにもあったのと同じ紋様が。大きいので、星ではなく花が尾を引いて昇る紋様だとはっきり分かった。


 そして座卓の上には木目が美しい艶のある花器。小さな紫の花がたくさん集まって咲いている植物が活けてあった。最初は二種類の花かと思ったけれど、よく見ると花弁が上下に分かれているような不思議な形をしていた。葉の形もとても細くて上品だ。何の花かな? ショウに視線を向けると首を傾げた。


真花まこと、姫様を体現するような美花でございましょう」

 コルノさんが話し掛けてきた。

「そうですね。瞳と同じ紫色の小さな花々が幻想的に咲き誇って、その類例を見ない姿形も大変に美しく…」

 ショウが花を褒め始めたけれど、途中で口を閉じてしまってモモとわたしを窺ってきた。コルノさんは興味深そうな表情を覗かせてから、ご自由にお座りください、お茶をご用意します、と言って席を外した。


「…リカ。モモ。誤解しないで欲しいのだけど…」

「ショウ、分かっているから。花を褒めただけ、って言いたいのよね」

「リナリア様を褒めたとしても、全然、気にしないよ」

 モモもわたしも安心させるように笑顔を向ける。


「…向こうでも、二人が注目を集める度に複雑な気持ちになった。僕も讃えたかったけど、嫌がられるのが怖かった。どちらにせよ、言い表せる言葉が見つからなかったと思うけど。今は、二人の顔を真っ直ぐに見ることができて、この気持ちを伝えられるだけでも、有り得ないほどに幸せだよ」

 その美しくて深い紫瞳は真剣だった。恥ずかし過ぎる物言いだけれど、素直に嬉しい…ショウ、愛している…。


「あ、ありがとう。わたしも幸せよ」

「三人で、もっともっと幸せになろうね?」

「…甜果香あまのかおり茶をお持ちしました」

 いつの間にかコルノさんが傍に来ていた。


 無意識のうちに肩を寄せ合って話していたことに気付いて、慌てて姿勢を戻して正座した。き、聞かれちゃった…? 頬が火照るのを感じて狼狽しつつモモを窺うと、彼女は難しい顔で正座している。えっと思ったけれど…そうか、コルノさんの接近に気が付かなかったからね。相当、腕が立つ方なのかな…。


 「甜果香」はカモミールだ。そう言えば、【薬術】の知識からすると、季節的にそろそろ咲いてもおかしくないかな。地球と同じように花をお茶にしたり、精油を鎮静剤に使ったりするようだ。

「コルノさん。この辺りでは、もう甜果香が咲いているのですか?」

「…どうでしょう。わたしは疎いもので。昨年のお茶で申し訳ありませんが」


「あ、いえ! そのような意味で申し上げた訳ではございません。わたしは多少、薬術を嗜みますので…」

「ほう。頼もしき副官殿でございますな」

 薄黄緑色で、ほんのりとミカンやリンゴのような香りと甘さを感じる飲みやすいハーブティーだった。探して自家用に採取しよう。


 その後は「玄奥の森」での魔物の増加の話などをコルノさんと交わした。リナリア様の従者は三人で今日はいない最後の一人は魔具担当の魔匠士だ、という情報を得ることができた。家名などは聞かれなかったけれど、リナリア様を待って、ということよね…。やがてリナリア様とホスタさんが宿舎に戻ってきた。


 わたしたちは慌てて立って出迎えたのだけれど、リナリア様は、どうぞそのまま、と言って座卓を挟んで三対三の形で座るように示されて自らも正座されると、やや興奮気味に美しく透明なソプラノを紡ぎ出した。


「ショウ様。本日は誠に感服いたしました。フェドソン少年は見違えるように快復しました。膵の臓と腎の臓だけでなく骨の髄や血管内に至るまで【深癒】されましたが、【浄化】まで当てられたのは何故なにゆえでございましょうか」

「はい。崩甜尿は…血液や骨髄の中も、特別な異常が生じますので。説明は、相当に長くなってしまいますが」


「では先にこちらを。最後の下腹部に当てられました【清浄エウェッレ】には、どのような意味がございますか?」

「…【清浄】を膀胱に浸透させることで、尿を消し去りました」

「なんと言われましたか?…【清浄】は体内に作用させられると?…で、では【浄化】も同じく体内に?…あ、あの光の動きは…」


 リナリア様は勿論のこと、左右斜め後ろに正座する従者二人も明らかに驚いていた。青光魔術は、光の当たる表面にしか効果が無い、とされているから。ショウの体内青光魔術は吸い込まれるように消えていくのに、それを見た瞬間には変だと思われなかったのね。あまりにも常識外だったのだろう。


「リナリア様。【清浄】を口に作用させれば食べ滓が消え、【浄化】では歯垢が消えますのはご存じと思います」

「はい。それは承知しております」

「不躾な物言いをお許しください。肛門回りも同様に綺麗になりますね。口は食道から胃袋、小腸大腸と繋がっております。これら消化管の表面は確かに体の中ですが、同時に体の外とも言えます。すなわち、消化管の内部にあり、栄養源となる飲食物以外の不要な汚物などは、青の技で消すことができます」


「…ま、まさか! そのような…」

「膀胱も同じです。尿道から繋がっておりますので、体の外表面とも見做せます」

「仮に…そうしますと、吐瀉物や糞便なども…」

「糞便と歯垢などは細菌…いや、癘素れいその巣窟ですので【浄化】が必要ですが。痰なども同じく消せます」

「なんと…これも、銀人ぎんびとの技でございますか?」

「いや、銀人については何も知りません。これは…私が見出しました」


 リナリア様が衝撃を受けている。思い込みってあるよね。ショウに新しい使い方が出来たのは地球の医学知識、いや科学的思考のお陰だろう。わたしたちは四魔術に関しても、本質を掴んだ気がしている。これについても確認したいところだけれど、切り札になるかもしれないから慎重にいかないと。


「姫様。わたしが膀胱にショウ様の【清浄】の技を掛けていただきます」

 ホスタさんが申し出た。自分の腕を折ってしまう人だからね。これくらいの人体実験は何ともないのだろう。

「それでは、宜しいですか?」

 ショウが杖を持ってホスタさんの下腹部に当てる。リナリア様は慌てて彼の肩に、その細くて白い美しい手を置いた。


「…【深癒】のつもりで膀胱の内部を【清浄】するが如き技でございます」

 淡い青光が輝いて吸い込まれていく。

「…確かに尿意が消えたように思います」

「ショウ様、わたしにもお願いいたします」

 コルノさんも申し出る。その後、リナリア様も自ら被験体となった。


 ショウと向き合って、ショウの肩に手を置きながらね。三度も彼の魔法を感じたことで何かを掴んだのだろう。大きく頷いた。

「…この技だけでも、帝国の医学が…」

 明らかに感動してしまっているリナリア様にホスタさんが促す。

「姫様、そろそろ…」

 神官補様は、はっと気を取り直すと姿勢を正した。


「…失礼いたしました。そもそもショウ様のご休憩のみならず、「口上交わし」のために、この陋屋ろうおくにまでご足労いただいたのでございました」

 リナリア様はその清らかな美貌に微笑みを湛えながら、両の手を交差させるように胸の前に置いた。わたしも背筋を伸ばして姿勢を正す。モモのお母様に茶道の触りだけでも教わっていて良かった…。

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