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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第3章 姫花草

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第78話 崩甜尿

 その後もショウの独壇場だった。怪我人の次は病人のところへ。息をする度に胸が激しく痛んで咳が止まらない、と訴える患者さんに相対したときは、この世界の見知らぬ感染症かと怯んでしまったけれど、彼は一通り診察すると「肋骨のヒビが原因ですね」と言って【深癒サナーテ】であっさりと治してしまった。都度、ショウと魔法と医学の話を交わすリナリア様の驚きが増していくのが分かる。


 そして神官補様にも驚かされた。光魔術は第三段階に達したばかりとのこと。彼女の治療には真心が籠っていて、清らかな風が流れるようなお人柄がよく分かった。さすがに魔物を鎮めるのは無理だろうけれど、猛り狂う黒毛猪くろいのししくらいだったら落ち着かせてしまうのではないか。そんな不思議な静謐さのある御方だった。さすがは「聖女サンクタリナリア」様とも呼ばれる方よね、と心から納得してしまった。


「こちらの少年は難儀でございまして」

 別の青白長寛衣の男性がリナリア様に説明する。寝台でぐったりする少年は十歳くらいだろうか。身なりは小奇麗で、付き添いの女性もきちんとした装いだ。平民でもそれなりの地位にあるのかな?


「多量の排尿と、激しい口渇がございます。体力もかなり低下しておりまして。まさかとは思うのですが」

「この子ったら、寝小便までするようになってしまって」

「か、母さん! 言わないって約束したのに!」

 少年がなじる目を母親に向ける。この年頃の男の子としては恥ずかしいよね。


「いいかな。ええと、君の名前は?」

 ショウが少年の視線の高さまで座り込んで話し掛けた。

「……フェドソンです」

「フェドソンくん。お母様も君を責めている訳ではないんだよ。君は悪くない。たくさんおしっこが出てしまうのは……癘素れいそのせいだ。そして、君が困っていることを正直に話してくれないと、どんな癘素か分からないからね。大丈夫だよ。きっと、治してみせるから」


「ほ、ほんとですか! ぼ、僕…母さんのお手伝いをしないといけないのに。でも、どうしても力が湧いてこなくて! おねしょなんてしたくないのに! 気が付くと……」

 少年が涙ながらに訴える症状を聞き取ったあと、わたしたちは別室に移動した。


「年少ですが、崩甜尿でございましょうか?」

「恐らく。ですが尿の臭いを確認したいですね。「浄化便所」は、すぐに臭いが消えてしまいますか。一度、魔具を切ることはできますか?」

「折悪しく、神殿の魔具士スクリプトルも、わたくしの従者セルウァ女魔具士スクリプトリクスも出払っており」

 ショウがちらりとわたしを窺う。残念ながら、わたしは第四段階魔具である「浄化便所」は扱えない。


「ショウ様、わたしには「浄化便所」の再起動は無理です」

 リナリア様は、わたしに軽く笑顔を向けて頷いてくれた。クンディ様やグラファさんに言われたことがあるけれど、森人貴族の従者には魔具を扱える者が付くことは珍しくないのだろう。

「では、私が彼と便所に入って間近で確認してきましょう」

「……お願いいたします」

 リナリア様は少し驚きながらも、控えていた青白服の人に指示して、ショウと少年を便所に向かわせた。


()()()()、如何でしたでしょうか」

 少年を寝台に戻した後、リナリア様とショウは声を潜めて相談していた。

「特徴的な甘酸っぱい尿臭で泡立ちもありました。崩甜尿で間違いないでしょう」

「やはり。しかし年少でも発症するものでしょうか」

「数は多くなないでしょうが。有り得ることです」


「弱りました。【全快ウィーウェ】を使える大神官ヒエラルケスはノルド教区には座しておりません。腎の臓への【深癒】で何とか保たせるより。それもどこまで。不憫でございます……」

 リナリア様が深刻な声音で嘆く。本当に心から憂慮されているのが伝わってくる。【全快】は第六段階だ。そして第六段階の光魔匠士は、普人の辺境地方には配置できないほど貴重なのね……。


「崩甜尿は、膵の臓の病です。年少者ならば恐らく私でも治せます」

「膵の臓、でございますか? 尿に異常が出ますので腎の臓が原因では?」

「多尿や口乾は、病の原因ではなく、結果なのです。血液中の糖分が多すぎるために尿が甘い臭いになりますが。ここまでは宜しいでしょうか」

「聖国で唱えられているという、三大栄養説でございますね。膵の臓から出る膵液により、食べ物は卵質と糖質と脂質に分けられて、血管を通じて体の隅々に染み込むのだ、と。帝国では確と存知されておりませんが」


 卵質は蛋白質のことかな。ここまでの知識は辛うじて有るのね。聖国は、確か銀人ぎんびと…銀髪の森人が住まうという僻遠の大国だ。勿論、住民の大半は普人だけれど。地球でも、欧州の医学は中東や中国のそれに比べると遅れていた時期が長かったのよね。こちらでも銀人の方が進んでいるのかな。


「そうです。膵の臓にはもう一つ、重要な役割があります。糖質が細、いや、体の隅々に、特に筋肉と脳に染み渡るためには鍵を開ける必要があるのですが、その鍵を膵の臓が作っているのです。崩甜尿は、特に年少者のそれは、膵の臓が鍵を作れなくなるというのが病因です」

「わたくしは初耳でございます。そうしますと多尿になるのは、どのような仕組みからでございましょう」

「血液中の多すぎる糖分を体外へ出そうとするからです。腎の臓が過労となりますので、腎の臓を【深癒】することに意味がない訳ではありません。そもそも……」


 うん、そうではないかと思っていたけれど、崩甜尿というのは糖尿病、それも一型糖尿病ね。鍵というのがインスリンよね。ショウは言葉を選びながら、リナリア様の投げかける質問に答えていく。尿や血液の検査で糖質や脂質の値を示すこともできないし、顕微鏡も無いし。納得してくださると良いけれど。


「……確かに理は通じていると思います。これほどの魔力を操られるお方です。このリナリアが責を負います。どうぞ、()()()()の崩甜尿の治療をお見せください」

 かなり悩んだように見えたけれど、神官補様はその深紫の瞳をショウに向けて、しっかりと決意を籠めて告げた。


「リナリア様のご期待に添えられますよう、全力を尽くします」

 彼は穏やかな笑顔を返した。二人の視線が正面から交錯した刹那、リナリア様はふと顔を伏せてしまった。そう言えば、いつの間にか「ショウ様」呼びになっている。ショウが第四段階と分かったからかな? 神官補は第三段階までだから。


「では、フェドソンくん。背中を向けてくれるかな」

「……お願いします。森人さま」

 ショウは股穿 (パンツね)だけになってもらった少年の背中の真ん中辺りに掌を添えると白い光魔術を発動する。一瞬ではなかった。


 続いて両の手を最初に当てた場所の少し下の両脇に当てると、今度は強い青光を輝かせ続ける。更に両太腿に手を副えてもうワンセット。それぞれに10秒くらいは時間が掛かった、と思う。次いで【回復スルギテ】を煌めかせる。そして最後に、仰向けにした少年の下腹部に淡い青光。これは一瞬だった。膀胱を空にしたのね。


「も、森人さま! すっきりしました!」

「おお、なんという御技でしょう! 癒し手さま!」

 明らかに元気を取り戻した少年と、それを見た母親が感動している。神殿の人たちは戸惑いの表情を見合わせている。


「フェドソンくん、一刻くらいは寝ていてね。…リナリア様、膵の臓が鍵を作るのに時間が掛かりますので」

 ショウは呆然としている神官補様に告げたあと、生活指導に入った。

「お肉をたくさん食べるのは難しいですか? 豆は嫌いかな? 運動不足になることは……ないか。それから……」


 ひと通りの指導が終わると、ショウはまだ固まっている神官補様に声を掛けた。

「それでは、フェドソンくんはもう少し様子を見て……リナリア様?」

「失礼いたしました。ショウ様、お聞きしたきことが数多ございまして」

「はい、リナリア様……」

 ショウは立ち上がろうとしたけれど、ふらついてしまった。慌ててわたしとモモが近寄って彼を支える。


「これは! わたくしとしたことが、つい…ショウ様、これにてお上がりください。わたくしは魔力に余裕がございますので、フェドソン少年の様子見も兼ねまして勤務を続けます。コルノ、ショウ様を宿舎へご案内差し上げるように」

 リナリア様は、ここまで存在感が無かった背が低い方の従者に指示を出した。

「畏まりました。それでは、ショウ様、従者殿、こちらへ」

 コルノさんは温かみのあるアルトで療病院の外へと先導してくれた。

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