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【R15版】徨う花の物語(さまようはなのものがたり)  作者: 紫瞳鸛
第一部 転生 第3章 姫花草

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第77話 神官様

「いや、いや、ショウ殿の崇高なるご助力には感謝するばかりでしてな。何も含むことなど御座いませぬぞ!」

 マクアナさんたちを見送ったその日の午後。神殿を訪れると円形部から続く狭い方の四角い建物の奥へ通され、お葬式の時とはかなり印象の異なる元気な神官様と向かい合っていた。神殿にお伺いも立てずに治療などしまして…と真摯に申し出たショウに対する返答がこれだった。


 事務棟らしいこの部分に入る際には、武器を預けて靴を脱ぎ、ローブやマントも預けた。靴を脱ぐのは森人だけの習慣の筈だ。光魔術士に森人が多いからだろう。ちなみに二つ付属している四角い建物の大きい方は療病院で、やはり入る際に裸履き(サンダルね)に履き替えて「浄化」魔具に手を翳して祈祷する。


 奥の部屋も、装飾は青白二色の水晶が使われていた。正面の長椅子には神官様…ボンデ師と名乗った…と神官補のリナリア様が座っている。ボンデ師は普人の中年男性だ。神官という時点で第四段階以上の光魔術士になる。普人は第三段階で終わることが多いから、普人の中ではエリートだろう。


 こちら側はショウだけが座って、わたしとモモは長椅子の後ろで立っている。神官様、というよりリナリア様の後ろには普人女性が二人。一人は男装の麗人で、もう一人は背が低くて…それでもわたしくらい…ガッチリした体格の女性ね。でも女兵士という感じだった「赤い棘(プカ・キスカ)」と違って、女性将校という雰囲気だ。


「…確かに我らの治療は高額かもしれぬ。しかし、決して()()を肥やしているわけではありませんぞ。光の技は白だけではない。青の技こそが肝要なのです。便所を始めとする青光魔具の流布こそが癘素れいそを退け、人々の健やかさを守るのです。これらの設置と維持管理には、多大な手間と費用を要するものでしてな…」


 そうよね。正しい政策だと思う。ショウも素直に頷いている。それにしても、神職とか医師とかより、どこかの広報担当の人みたいよね。そういう能力がないと出世しないのだろうな。それよりも、わたしたちは…少なくともわたしとモモは…ボンデ師の横に座るリナリア様が気になって仕方が無かった。


 彼女の装いは、白を基調とした神官服だ。上はシンプルなブラウスにボディスで下はロングスカート。ボディスにだけ青色の紋様がある。森人らしく細身で凹凸は控え目だけれど、ボディスで強調されている曲線は滑らかで美しいラインを魅せている。輝くばかりの豊かな金髪は後ろで編み込まれているようだ。


 何よりその美貌! 目鼻立ちは正に完璧としか言いようがない。それなのに全体の印象は優しい。眉間や鼻筋はしっかりと通っているのに、高過ぎないし長過ぎないのだ。白人美女ほど顔の造作が真ん中に寄り過ぎていない。西欧系というよりも、中央アジア系とかハーフ系が近いかも。


 長くて濃い黄金色の睫毛に縁取られた瞳は、ショウと同じく神秘的なまでに深い紫。肌理細やかな白肌は象牙のように輝いているけれど、モモと同じく白桃のように健康的な色相だ。全ての仕草が上品かつ柔らかで…こういう女性を「たおやか」と表現するのだろうな…正に物語に出てくる正統派エルフのお姫様だ。


 これは「美しのリナリア(リナリア・プルクラ)」様と二つ名が付く筈よね。そう、神殿に呼ばれたことをクンディ様に伝えたところ教えてくれたのだ。ショウやモモや…わたしが…特別な美貌なのかと思っていたけれど、紫の瞳の色濃さも含めて、森人なら実在する範囲の「特別」だと分かったのは、寧ろ安心材料かも。


「…癘素れいそはあらゆる空気、水、土を蝕もうと淡々と狙っておりますからな。これに抗するには、町の防壁を幾重にも積み上げようと足りませぬ。剣も四魔術プリマルスでも力及びませぬ。(よつ)の人族の住まう地より魔物を退け、我ら神殿の徒が青き光にて畏きも尊き恒神アペイロン様に祈祷を捧げることこそが…」


 ボンデ師の演説が続いている。ショウが微妙な顔をした。この世界は病原体が未発見で、嘗ての地球と同じく汚れた空気など…地球では「瘴気」ね…を吸い込むと病気になる、という理解の段階だ。厄介なことに魔素が存在する世界だから、悪い魔素である「癘素」が病気の原因だ、という説に説得力が生まれてしまう。


 まさかと思って改めてステータスを確認してみる。【耐性:第一段階】が「病原体及び毒素への抵抗力」と表示された。「癘素への抵抗力」では無い。地球でも疾うに顕微鏡で微生物が見付かっていても、19世紀のパスツールの実験まで病原体感染説が受け入れられなかったのよね。この世界は猶更に揉めるだろうな…。


「…では、あとは神官補ディアコニサにお任せするとしましょう。わたしは代官レクトル様の館で所用がございますのでな。これにて失礼を。リナリア様、宜しくお願いいたします」

 神官様は、部下である神官補に深々と頭を下げて胸礼した。やはり森人は…それも間違いなく貴族だろうから…特別扱いなのね。


「…畏まりました。それではショウ殿。第三段階の技を操られると聞き及んでおります。お手数ですが、療病院の方へお越し願えませんでしょうか。わたくしの技をご検分いただき、ご助言など賜りとうございます」

「彼女たち…我が従者も同行して構いませんか?」

 ショウがわたしたちを振り仰いで尋ねる。


「当の前でございます…青白長寛衣をご用意いたします。ホスタ、ご案内を」

「はい、リナリア様。それではショウ殿、従者(セルウァ)殿、こちらへ…」

 リナリア様の斜め後ろに立っていた男装の麗人が、扉を開けて別室へ案内してくれる。ホスタさんって言うのね。


 二色の長寛衣姿になった六人は療病院へと移動した。先頭のリナリア様が頭巾を被っていないのでそれに倣っている。まずは地球の病院にありそうな外来のような部屋に入った。似た服のスタッフが何人かいて、リナリア様に丁寧に頭を下げて胸礼をする。患者さんは町の人ね。魔物狩風の人はいない、と思う。


「…おお、リナリア様が」「今日もお美しい…」

「リナリア・プルクラ…」「サンクタ・リナリア…」

 騒めきが湧き起こる。リナリア様を窺うと、たくさんの賛美の声に戸惑うように俯いてしまっている。


(リカもよく、あんな顔をしていたよね…)

(…モ、モモこそ…!)

(二人とも常に視線を集めていたものね…正直、モヤモヤしていたよ…)


「後ろの森人の方は?」「な、なんと…」

「まさか…」「従者の方まで…」

 わたしたちも…特にショウが注目されている。騒めきが大きくなる。やはりショウは抜きんでた美形なのかな…。


「リナリア様。こちらの方は石材を足甲に落としまして」

 年配の男性スタッフが美しき神官補様に告げ、大柄な男性患者の包帯を外す。

「何時ですか?」「三日前でございます」

 リナリア様は杖を当てようとして、軽く首を傾げてショウを振り返り、上品を超えて(みやび)としか言いようのない笑顔を彼に向けた。

「ショウ殿。ご遠慮なさらず、肩にでも触れてくださいませ」


 ショウはチラリとモモとわたしに視線を送り、少し迷いながらもリナリア様の肩にそっと手を置いた。神官補様は患者さんに向き直ると、痛そうに腫れあがった患部を触って確かめ、杖を当てた。白い光が足甲を包む…数秒間は当てただろうか。彼の光治療と異なり、一瞬ではなかった。

「リナリア様が御手ずから! あ、有難や!」

 足が動かせるようになった患者さんは感動の余り額を床に付けている。


 魔法は、属性が同じ杖使いに触れてもらいながら発動したり、杖使いに触れてその魔力の動きを感じたりして練習するのが王道なのだ。魔具の起動の時と異なり相性はそれほど関係ない筈だ。少なくともわたしの知識には無い。モモを確認したけれど落ち着いている。わたしたちの関係が進んでいて良かった。


「如何でしたでしょうか?」

 リナリア様が端正な真顔でショウに尋ねる。思わずドキリとするほどに美しい。

「…【深癒サナーテ】で骨折を治された訳ではありませんね?」

「はい。複雑な骨折でしたが骨は失われておりませんでしたので。魔力節約も兼ねまして体表面の組織から順に【治癒キュラーテ】を作用させる基本手技でございます」

 なるほど、正式な教育を受けた光魔術士は、そういう使い方をするのね…。


 属性が同じ場合、他人の魔力の働きが結構分かるらしい。わたしたちも触れ合いながらの発動は試したけれど、偶然にも属性が重なっていないから、触れた相手が何らかの魔法を使ったことしか分からなかった。幸せな気分にはなったから…相性でどこまで左右されるのかは兎も角…相手の「心」は窺えるのかもしれない。


 次の患者さんは赤い顔をしてベッドで唸っている。前腕部の大きな傷は腫れあがっている上に黄色い膿がじくじくと出てきている。傷を受けてから、それなりに時間が経過しているのだろう。

「一週ほど前の傷で、化膿に加え発熱もしております…」

 先程の男性が答える。医術士か、その助手なのかな。神殿の治療は高額だと神官様も認めていたから、受診を躊躇して時間が経ってしまうことが多いのね。


「ショウ殿、お願いできますでしょうか」

 リナリア様が穏やかに微笑みながら依頼してくる。クンディ様に会った際に伝えられたのだけれど、神殿から魔物狩組合を通して出された正式な依頼なので、後で清算するし組合への貢献度にも加算されるのだ。


「それではリナリア様。恐縮ですが僕、いえ、私の肩に…」

 神官補様が肩に手を置いたのを確認してから、ショウが傷口に杖を当てる。まず青い光が輝き、次いで白い光。あれほど汚かった傷が一瞬で綺麗になる。そして更に明滅するような強い白光。【回復スルギテ】だ…。


 ショウの肩に置いたリナリア様の手が震える。相談した結果、同じ光魔術士に習得段階を隠すのは無理だろうということで、正直に見せることにしたのだ。

「リナリア様?」

 彼が固まっているリナリア様に呼びかける。


「…失礼いたしました。第四段階でございましたか。しかも、なんという…素晴らしき…魔力でございましょう…」

 微かに声を震わせながら、麗しき神官補様が答えた。やはりショウの魔法能力は高いということなのかな…。

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